深層領域1
外部活動の必要あり、ボディの割り当てを要求。
ーー使用する機体を選択して下さい。
エリアR28の防衛施設A2に配備されているBD-7FFを選択。
ーーエラー、機体の性能不足によりインストールに失敗しました。
条件を満たすボディを検索、A2から10キロメートル圏内ならなんでもいい。
ーー検索結果、0件。A2のバトルドール製造ラインが新造を提案しています。
提案を受諾、製造可能なボディを完成の早い順にソート。
ーーリスト内4件、ECD-5G、XHBD-2、BD-3SR、BD-3LR。
ECD-5Gを選択、直ちに製造を開始。
ーー個体識別名の登録を推奨します。
…………あーー……
ーー確認、個体識別名"ああああ"で登録します。
ちょ……今のコマンドを破棄、"アステル"で再設定。
ーー再設定を完了しました。
ふぅ……。
ーー報告、"ヴァニタス"からの上位権限執行により一部コマンドが書き換えられました。
だぁぁぁぁぁ……!
ーー変更内容確認中……骨格の100パーセントをチタン合金へ置き換え、頭部の設計を大幅変更、身長を17センチメートル縮小、防弾機能の90パーセントを排除、脚部サーボモーター換装、バッテリー換装……
破棄! 破棄!
ーー失敗、既にプランは製造ラインへ提出されました。
あんの……もぉぉぉぉぉぉぉぉ……!
で、
「何この美少女……」
起動を終えた瞬間、アステルは「鏡もしくは磨いた鉄板!」と叫んだ、第一候補のボディだったBD-7が大急ぎで装甲板にサンドペーパーかけてきた。
まずBD-7、遠隔操作式ではないAI内蔵のバトルドールとしては最も一般的で、そこらを巡回しているのは基本これである。人間に似せた皮膚を持たない金属装甲むき出しの外観で、ロボット!という印象しか残らない。当然表情を作る事は出来ず発声スピーカーも非搭載、目の前で装甲板抱えてる彼は慣れない事させられて若干疲れてるような気がするが、気のせいだろう。
次にアステルが使用するに耐えられる最低限のメモリと処理速度を持つECD-5G、BD-7と比べて色々かなり強化されたハイエンドモデルで、電子戦用、カーボン素材の防弾プレートを人工皮膚で覆った外観は人間に近い。男性モデルと女性モデルがあって、といっても顔の造形がちょっと変わって胸にシリコン入れてるかどうかの違いだが、向こうはアステルを女性だと思っているのでそこは当然女性モデルを選択した。設計図通りに仕上がっていれば身長175cm、各種電子装備と防弾プレートを内蔵した体はどうしても横に太く、機動力を突き詰めるべく軽く小さく作られたBD-3シリーズ、つまりアトラやティオと比べればまぁ、美しいとは言い難い(そもそも美しさを求める必要があるのかは別として)。
それがどうだ、予定の3倍の時間をかけて製造されたアステル専用ボディはぐっと縮んで158cm、弱点部以外の防御力を排除した上にフレームの素材変更、あらゆるパーツの最新型置き換えを行い、その上からモーターを強化して軽量化とハイパワー化を両立、彼女らと並べてもまま見れるレベルにまで機動力は改善された。その分防御力は低下しているものの、どうせカーボンやケプラーの防弾素材なんて無いよりマシ程度でしかなく、正面から撃ち合うには金属製のシールドが必須なので、不要といえば不要、それより射線に捉えられないよう動き回れる方が大事か。
いやスペックに関しては別にいい、問題なのは外観だ。腰を越えて膝下まであるベージュの髪は非常に透き通ってサラッサラ、深い青色の瞳が輝く。大きすぎず小さすぎない、すらりとした体を絶妙に引き立てる胸(シリコン)と、さらにそれをまた目立たないように目立たせるVネックの黒いニット。下はショートパンツとかなり軽装だが、寝かされていたメンテナンスベッドの横に明るい青のコート、及び裏地がフリースな白い防寒パンツが並んでいた。
「はぁ……施設外の状況は?」
『気温11度、湿度68パーセント、3時間以内に降雨の恐れあり。10キロメートル圏内に敵影は認められず、ただし複数のビーストが確認されている模様』
ベッドの上から身を乗り出すのをやめ、バトルドールは下がらせる。代わりに近付いてきたのは小型の飛行ドローンだ、全長15cm、4基のローターを埋め込み搭載する板っぺらみたいな形状で、上下に魚眼レンズをひとつずつ、マイクとスピーカーをワンセット載せる。足だけ下ろしてベッドに座る間に非常に静かな飛行でアステルの頭上へやってきたそれは抑揚の無い声で質問に答え、「ビースト?」と続ければ詳細情報も追加する。
巨大化したヒグマらしい、生物学的にはただそれだけであるが、小さい個体でも10mというアホすぎるサイズで、我らAI側であっても撃退には対戦車兵器を要する。数日前にこの施設に突っ込んできて、バトルドールの奮戦虚しく敗北したとのこと。いやヒグマにとっても派手に暴れ回って手に入ったのが食料になる訳の無い金属スクラップだけだったのだから勝者などいないのだが。
「じゃあここの残存戦力は?」
『バトルドール3体が稼働中、8体が製造工程を終え最終調整を行なっています。また4体分のプランが先程製造ラインに提出されました』
という事はこの施設の戦力定数は15体ぽっちか、製造設備を持つというのに、3ケタ単位が当たり前の激戦地で戦い続けてきた彼女達が聞いたら鼻で笑うだろう。ヒグマに負けるのも当然だ、ロケットランチャーも数本しかない。
情報を収集しつつ自分の長髪を指ですく、ストレートにしておくにはこの髪は長すぎるだろう。何か無いか、と見てみればコートの上にヘアゴムが数本。じっとりしながら拾い上げ、後頭部のやや高い位置でまとめて縛る、もう一度バトルドールに装甲板を要求すると、ポニーテールになった自分が映った。
「……製造ラインに空きは?」
『40パーセントが未稼働です』
「なら今から言う装備を……」
とにかく行動を開始しよう、立ち上がってコートとパンツを重ね着する。やる事はかなり多い、急がなければ。
ただでさえ変な割り込みのせいで遅れているのだから。