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うちの娘には××癖があります  作者: 志月さら


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40.花火大会③

 女子トイレの行列の進みは遅かった。

 視界の先には両手で数えきれないほどの人が並んでいる。花火の時間が迫ってくるとともに茜の尿意もじわじわと高まりつつあった。


「……茜、大丈夫?」


 柚香にそっと訊ねられ、茜は不安になりながらも小さく頷く。


「だ、だいじょうぶ……たぶん……」


 下腹部がじんわりと重たい。茜は内股に力を込めて、膝をそっと寄せた。太腿の横で、浴衣の薄い生地を軽く握る。大丈夫、まだ我慢できると自分に言い聞かせる。

 ――この浴衣は夏休み明けに行われる文化祭において、家庭科部での活動成果として展示することになっている。例え洗濯するとはいえ、粗相で汚したくはない。

 茜のすぐ後ろに並んでいる柚香が、ふいに声を上げた。


「そういえば、麻倉めっちゃ射的の景品取ってたよね? すごくない?」

「ねー、得意なのかな」

「す、すごかったよね……!」


 気を逸らすためか、柚香となずなが話しかけてくれる声に茜もなんとか相槌を打つ。


「てか、さっきのたこ焼きおいしかったよね!」

「たこ焼きって普段あんまり食べようと思わないけど、こういうとき食べるとおいしいよねー」

「なずな、ちょっとしか食べてないじゃん」

「いや、お腹いっぱいになっちゃったし。でもかき氷が一番おいしかったかなぁ。やっぱり抹茶しか勝たん。茜ちゃんは何が一番おいしかった?」

「えっと、いちご飴かな……?」


 二人とぽつぽつと会話しながら待っているうちに、あと数人というところまで列が進んだ。

 しかし、段々と会話に参加する余裕はなくなってきたので、いつの間にか茜は黙ったまま必死に尿意に耐えていた。あと四人、あと三人、あと二人、あと一人。

 目の前に並ぶ残りの人数を数えながら、少しずつ足を前に進める。

 じっと立っているのがつらくなってきて、時々小さく足踏みをしてしまう。帯で締めたお腹が少し苦しい。早くトイレに入りたい。おしっこをしたい。


 茜の前にいた女性が奥の個室に入ったあと、少ししてようやく手前の個室が空いた。出てきた女性と入れ替わりに中に足を踏み入れる。

 茜は焦りながらも、浴衣を汚してしまわないように慎重に裾を捲り上げた。下着を膝まで下ろして便座に腰掛ける。


(間に合ったぁ……)


 座ったのとほぼ同時に、しゅーっとおしっこが飛び出した。

 ワンピースタイプなので着脱がし易くてよかった。普通の浴衣だったら、下着を下ろすのにもっと手間取っていたかもしれない。

 狭い個室内に激しい水音が響く。重たくて苦しかった膀胱が少しずつ軽くなっていく。

 水音はなかなか止まない。かき氷とラムネと、時々水分補給のために口にしていたペットボトルの麦茶が全部おしっこに変わってしまったかのようだった。


「はぁ……」


 普段よりも時間をかけて排尿を終え、茜は思わず息を吐きだした。

 すっきりした。間に合ってよかった。幸い、下着に濡れた感触もない。

 ペーパーを巻き取って拭いてから、立ち上がって下着を上げる。水を流して、浴衣の裾を整える。着崩れていないか、汚していないかよく確認してから個室を出た。

 

 洗面台で手を洗っていると、柚香となずなも順番に個室から出てきた。

 鏡に映る姿を見て、浴衣に合わせてシニヨンにした髪型や胸元が崩れていないか確認する。

 大丈夫なのを確かめて、三人でトイレから出る。女子トイレの外には変わらず長い行列ができていた。


「夏癸さん、お待たせしました……!」

「そんなに待っていないので大丈夫ですよ」


 待ち合わせ場所に戻ってきた茜たちを、夏癸はにこやかに迎えてくれた。

 

「じゃあ、移動しましょうか」

 

 急遽花火大会へ行くことを決めたというのに、夏癸は既に予約が終了していたはずの有料観覧エリアのチケットをどこからか入手してくれた。

 混雑している一般観覧エリアの横を通り過ぎていき、有料エリアの指定された場所へ向かう。

 

 夏癸が敷いてくれた大きめのレジャーシートの上に、履き物を脱いで四人で座る。柚香となずなに前に座ってもらい、茜は夏癸と並んで後ろに座ることにした。

 正座を崩して腰を下ろした茜の隣に、夏癸が片膝を立てて座る。ふと、夏癸は心配そうな視線を茜のつま先に向けた。

 

「足、痛くなってませんか?」

「大丈夫ですっ」

 

 慣れない下駄で歩き回ったけれど、いまのところ足の痛みはない。

 

「それならよかった。でも、何かあったらすぐ言ってくださいね」

「はぁい」 

 

 気遣ってくれる夏癸の声に頷いた途端、まもなく花火の打ち上げが始まるという場内アナウンスが聞こえてきた。

 ほどなくして、大きな破裂音が聞こえてきて茜は思わず肩を竦めた。最初の花火が打ち上がったのだ。夜空に大輪の花が咲く。

 

「迫力やば!」

「きれー……」

 

 柚香となずなが歓声や感嘆の声を上げる。

 

「わぁ……!」

 

 最初こそ驚いてしまったものの、次々と打ち上がる色とりどりの花火の美しさに茜も気付けば声を上げていた。

 耳を劈くような大きな音がお腹に響く。ほとんど頭上に打ち上がる花火の臨場感。微かに火薬の匂いもする。

 こんなに近くで花火を見るのは生まれて初めてだ。


(みんなでお祭り来れてよかったな……夏癸さんも一緒だし……)

 

 ふと、横を向くと夏癸と視線がぶつかった。花火の鮮やかな光に照らされた夏癸の顔が柔らかな笑みを浮かべる。

 人混みには少し疲れたけれど、花火大会に来れてよかったなと、茜は心から実感した。

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