伍 現在
日差しは暖かかった。
時代は平成、場所は東京の一般的なマンションの一室。ダイニングテーブルに伏せていたマリユスは、顔を上げて目を擦った。
自分の居る場所がどこなのかいまいち分からない。綺麗すぎるのだ。昔住んでいた洋館でも、泥臭い戦場でもない。
「俺は……」
「起きたの? おはよう、マリユス」
黒髪の美少女が視界に入る。外見年齢は彼と同じくらいで、左手の薬指には金色の指輪が光る。彼女の方もいつしか、相手を呼び捨てで呼ぶようになっていた。
東條華蓮。マリユスの吸血鬼としての眷属で、人間としての妻である。唯一の家族で、永遠を共にすると誓った仲である。
夢現だった記憶が繋がった。
「おはよう、華蓮」
優しい笑顔を浮かべて返事をしたつもりだったが、何故か涙が一筋頬を伝った。
懐かしい思い出が、涙腺を緩めてしまったようだった。
親友の賢徳、父親のジャック。
二人とも生きていた時は、今と同じくらいに輝いていたように思えた。華蓮と二人きりであることに、マリユスは一切の不満はないが、彼らも生きていたら、と思わずにはいられないのだ。
「懐かしい、夢を見たんだ……」
ソファーに座りなおして、妻の手を握って独語する。
夫の手を握って、華蓮は優しくいった。
「良かったら、教えてほしいな。マリユスのこと、もっと知りたいから」
「辛い話だけれど、良いか?」
首肯を返した華蓮に対し、東條マリユスは話し始めた。
それは過去の話だけれど、それがあったからこそ、今があるのだから。
こんどこそ、いつまでも幸せであることを願って。
話の最後には、少年と少女が出会って、そして現在。
日も落ちて。
涙は枯れて。
けれども。
――幸せを掴んだのだけは間違いなかった。
これにて過去編も完結です。
ご愛読ありがとうございました。