004 ソ・ウンジェ
[四十四番目の異世界、マジアン、二十五歳]
「ずいぶん変わった形だね」
「うえっ! くっそ気持ち悪い」
ナビの評価に、マジアンは心底嫌そうに答えた。
周囲の平野をほぼ見渡せる岩山の頂で、マジアンはナビと一人の男と共に立っていた。
男は最低限の革鎧を着け、腰に短剣を差し、マントをまとっていた。
王宮魔法使いとして、この平野の『巨大スライム討伐作戦』を指揮するゼンジが、できるだけ慎重な口調で話しかけた。
「古き星の子にして、竜の継承者たる、ナネシルの魔女マジアン様」
マジアンは男を軽くにらんだ。
「あたしに、そんな経歴があった?」
「ええと……その……貴族院から、魔女様の正式な呼称を決めてほしいとの要請があり、陛下がお決めになったのですが……」
「あなたたちの陛下に、そんな話したっけ?」
首をかしげるマジアンに、ナビのテレパシーが届いた。
〈君、酔ってたからね〉
マジアンは顔をしかめ、ゼンジを見た。
「まあ、そういうことにしとこう。星の……何だっけ。とにかく、あたしは敬語が嫌い」
「敬語、ですか?」
「ええ。その『ですか』でございますよ。お分かりになりますか?」
「ですが、王国を救いにお越しくださった竜の継承者様に、どうして……」
マジアンは困惑するゼンジをじっと見た。
「大丈夫。あなたはイケメンだから、マジアンって呼んでも怒らないよ」
「はい?」
黄土色のリネンのローブをまとい、ほうきを持つ魔女の返事に、ゼンジは少し戸惑った。
会った人が皆、常識では測れない変わった魔女だと評していた理由が、分かってきた。
「では……ええと……マジアン?」
「うん、今のはよかった。何?」
「支援作戦の準備状況をご報告して……しても、いいかな?」
「どうぞ」
気のない顔で平野を見るマジアンの目に、広大な穀倉地帯の中央にいる、途方もなく巨大な黒いスライムが映った。
不定形ながら、おおよそ球に見えるそれは、作物をすべて踏みつぶしながら、ゆっくり北へ移動していた。
速度はさほどでもない。だが、その大きさは、この世界の人間の技術では対処できない規模だった。
「まず、おっしゃ……君が言った文を刻んだ布を持つ兵士二千人を、ボルタール川沿いに長く配置した。魔法のアーティファクトに守られていると思っているから、離脱者は多くない。ただ、戦いがどう進むか分からず、かなり動揺しているようだ」
「じゃあ説明するから、今すぐ伝令を送って。あたしが戦えば、スライムの動作は止められる。でも、あいつはもう大きくなりすぎてるから、粘っこい死骸が、かなり広い範囲に流れ出す。あの田畑は、たぶん一年は耕せない。それは何とか自分たちで対処できるだろうけど、ボルタール川の向こうの人口密集地まで死骸が押し寄せたら、人が死ぬ。それを止めるのが、その人たちの役目」
「そのお言葉……言い方だと、一人で戦わ……戦うってこと?」
「うん。あなた、ため口が苦手なんだね?」
ゼンジはびくりとして謝った。
「ごめん」
「謝るほどじゃないけど。後はよろしく」
マジアンは右手に持っていたユジャにまたがり、空へ飛び立った。
ゼンジに誤解されないよう黙ってほうきの先に乗っていたナビは、空へ出るなりため息をついた。
「イケメン? あの男、三十九歳だよ。君の相手には年が上すぎる」
「関係ないじゃん。イケメンならオッパでしょ」
「それにしても、本当にとんでもなく汚いものを作ったね。ここまで臭うよ」
「アボリターを作る基準ってあるのかな?」
「僕が見る限り、イネルシルには美的感覚がない」
空を飛びながらイネルシルの陰口を楽しむ二人は、いつしかスライムの真上まで来ていた。
マジアンは左手の飴を口に入れた。ナビがほうきの上から念を押す。
「昨日作った粉砕魔法だけど、なるべくブレードの回転数を二百二十以下に落とさず、スライムが巻きつき始めたら、刃を作り直し続けて。FORCE FIELDが発動していても、呼吸できなくなれば相当まずい。VITAL SPHEREを重ねられればいいけど、そこまでは無理だろう? 核へ届くまで、空気の通り道を塞がないようにね」
「分かった! 行くよ!」
マジアンの周りに青いFORCE FIELDが現れ、虫の羽ばたきに似た音が響いた。
ほうきから飛び降り、そのままスライムへ襲いかかる。粘つく表面にぶつかった瞬間、凄まじい轟音と共に、その体が容赦なく切り刻まれ始めた。
一定の大きさ以下に刻まれて宙へ飛ぶ肉片の大半は、粉砕地点からかなり遠くへ飛んでいった。
だが、一部はまた穴の中へ戻り、それが増えるにつれ、マジアンの開けた大きな穴は少しずつ塞がり始めた。
上空で見守るナビの表情が、次第に硬くなった。
〈マジアン! FORCE FIELDの後ろに死骸がつきすぎてる。防御膜とブレードの稼働範囲を広げて! 空気の通り道が塞がるかもしれない〉
「くそっ! 異物が多すぎて、ブレードがひっきりなしに壊れるの!!! これ以上増やすのは無理!!」
穴を開け始めてから、スライムの体内にあった大量の刃や服、鎧が、ブレードに引っかかり続けていた。
「この野郎!!! いったい何人食べたのよ!!!」
いつからか、マジアンはぞっとする感覚に襲われた。
この巨大な黒いスライムは、王城の南の山脈に現れてから、一週間にわたって進行を食い止めようとした王宮の兵士二千人を食らった。
スライムは鎧や刃より、人間の肉体を速く腐食させる。
今、中に残っているのは、このアボリターを止めるために命を捧げた兵士たちの遺品だった。
ならば、この黒さは、彼らの血がスライムと混ざってできた色なのだろうか。
私の親。私の子。私の兄弟。私の恋人。
王国に生きるすべての人を守るため、兵士であるというだけで命を投げ出し、このアボリターを止めようとした者たち。その遺品が、核を壊しに行くマジアンの道を阻んでいた。
核へ進むマジアンは、いつの間にか、大きく膨らませた球状の防御膜の後ろが、隙間なく死骸に覆われたことに気づいた。
〈マジアン!!!〉
「いいの!! さっさと入れば済む!!」
〈マジ……アン!! 干……渉がひど……核まで……七十メ……〉
ナビのテレパシーが、徐々に途切れがちになった。
膨らませた防御膜は、肉体から一メートルほど離れた球だった。この空気で、どれくらい呼吸できるのか、彼女には分からなかった。
それ以上の問題は、最初の飴がほぼなくなっていることだった。
残り二つ。一つで十分ほど保つなら、二十分以内に核を壊して脱出しなければならない。
「死ぬのを怖がる魔女なんて、どこにいるのよ!!!」
素早くもう一つ口へ入れ、マジアンはすべてのブレードを前へ向けた。
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黒いグレンジャーが一台、京畿道の外郭環状道路のインターチェンジを下りていた。夜も遅く、運転席の中年男性は目をこすった。
「お父さん、眠い?」
助手席の娘が、スマートフォンから顔を上げた。
「ああ、大丈夫。もうすぐだ。あと十分だな」
「こら、隣でスマホばかり見てないで、ガムくらい出してあげなさいよ。この子ったら」
後部座席の中年女性が、娘を叱った。
「何それ、お母さんだってスマホ見てるじゃん!」
「私は後ろでしょ。誰が助手席に座れって言ったの?」
「うわ、意味分かんない」
「ははは、本当に意味分かんないよな、ウンジェ。変なこと言ってないで、お母さんにもヨンタクのYouTubeばっかり見るのはやめろって言ってくれ。もううんざりだよ」
「あら? 何で突っかかるの? あなた、一度でもPremiumの料金払ってくれたことある?」
もう家も近く、三人の家族は車内でにぎやかに話し始めた。
人生でときおり巡り合う不運は、大抵、誰か一人のせいだと断定できないことが多い。
そもそも、世の中のすべてを善と悪にきっぱり分けるのは難しいものだ。
その日、京畿道郊外のメウンタンの店で酒を飲んだ男は、運転代行の料金が二万ウォンを超えそうだと知り、そのまま自分で運転して帰ろうと決めた。
それは極めて悪質な選択であり、ある家族の不運に大きく関わることになった。
「あれ? 何だ、あれ。何でこっ……」
――キィィィィィッ!!!!! ガシャン!!!!!!
高速道路のインターチェンジを下り、家へ向かっていた黒いグレンジャーに、対向車線の白い乗用車がセンターラインを越えて突っ込んだ。
大きな衝撃を受けたグレンジャーは横転し、道路脇へ弾き飛ばされた。
夜の空気の中に、激しいブレーキ音がいつまでも漂っているようだった。
「昨夜、京畿道楊州市の国道五十六号線で、飲酒運転をしていた二十九歳のイ容疑者の車がセンターラインを越え、対向車と衝突しました。この事故でイ容疑者は重傷を負い、対向車に乗っていた家族三人のうち二人が死亡しました。同乗していたもう一人も重体で、病院で治療を受けています」
ソ・ウンジェの家族の交通事故が報じられたのは、彼女が二十歳になったばかりの年の二月二十八日だった。
[地球、ソ・ウンジェ、二十歳]
ソ・ウンジェのYouTubeチャンネルも、ご覧いただけると嬉しいです……。
https://www.youtube.com/@WESTEUNJAE




