終幕:「それでも」の先にある、静謐な肯定──総括の詩(エピローグ)
この物語に結論はない。
執着も。
記憶も。
孤独も。
なくなりはしない。
雨が止まないように。
孤独への応答
──誰かを抱きしめたかった。
あまりにも強く。
壊れてしまうほど強く。
その手はいつしか檻になり、愛は名前を変えて、執着と呼ばれた。
満月の劇場で、ひとりの女は今もなお、誰かの輪郭を指先でなぞっている。
──忘れたくなかった。
消えてしまうものを。
涙の湖も、歩く椅子も、名前を失った誰かの微笑みも。
だから書いた。
来る日も来る日も。
文字という小さな灯で、世界の欠片を照らし続けた。
けれど気づく。
書き留めていたのは、誰かの存在ではなく、
自分が自分であるという
かすかな証だったことに。
──そしてある日、
誰かは溶けることを望んだ。
消えるためではなく、広がるために。
名前の外へ。
境界の外へ。
雨粒が海へ帰るように。
帰る場所ではなく、混ざり合う場所へ。
──届いてほしいと願う愛があった。
忘れたくないと願う愛があった。
そして最後に、ただそこにいてほしいと願う、愛が残った。
──世界は治らない。
人は相変わらず孤独だ。
雨は今日も降り続いている。
劇場には影が残り、
硝子の庭には月が映り、
窓辺では誰かが雨を見ている。
それでも。
食卓には冷めかけたお茶があり、
向かいの席には、
少し透けた誰かが座っている。
「まだいる」
その言葉だけで、救われる夜がある。
抱きしめなくても。
書き留めなくても。
引き留めなくても。
ただ、
そこにいる。
私も。
あなたも。
雨の音を聞きながら。
壊れきらなかった今日を抱えて。
名前を忘れても。
輪郭が滲んでも。
静かに。
静かに。
それでも──。
けれど、最後まで残ったものがある。
誰かに届いてほしいという願い。
忘れたくないという願い。
そして、
それでも一緒にいたいという願い。
もしこの物語を読み終えたあと、誰かのことを少しだけ思い出したなら。
あるいは、自分自身のことを少しだけ許せたなら。
雨はきっと、今日も静かに降っている。




