第三話:鋼を喰らう獣、法を纏う騎士 (改稿)
第三話:鋼を喰らう獣、法を纏う騎士
乾いた風が森の葉を不吉に鳴らし、湿った土の香りに混じって、生々しい血の匂いを運んでいく。
かつて静寂の修道院に捨てられた赤子の一人、アレクサンダーは、今や歩く場所すべてを戦場へと変える「動く災厄」そのものであった。
彼の背には、自身の背丈ほどもある黒ずんだ鉄塊が鎮座している。それはもはや「剣」という洗練された呼び名が相応しくない、ただ重く、鋭く、対象を叩き潰すためだけに打たれた断頭の刃。一切の装飾を排し、幾多の魔獣の脂と血を吸って黒光りするその「グレートソード」は、アレクサンダーという男の苛烈な生き様そのものを体現していた。
「――逃げろ、とは言わねえ。だが、邪魔だ」
アレクサンダーが低く吐き捨てた先。そこには、ラーテルの如き剛毛と凄まじい執念を持つ魔獣が、一人の少女を食い殺さんと牙を剥いていた。魔獣の喉から漏れる濁った咆哮。それが極限まで高まった刹那、獣は地を蹴り、弾丸となって少女の喉元へ肉薄する。
その瞬間、アレクサンダーの背後で爆音が鳴り響いた。巨大な鉄塊が、大気を引き裂きながら引き抜かれる。
「おらァッ!」
一閃。
咆哮と共に振り下ろされた大剣は、物理的な質量を超えた速度で空間を薙いだ。衝撃波だけで周囲の草木が根こそぎなぎ倒され、魔獣の強靭な骨格は、その一撃に触れた瞬間に粉々に粉砕された。魔獣であった「モノ」が物言わぬ肉塊となって飛び散る中、アレクサンダーは血を吸った大剣を無造作に肩へ担ぎ直す。
逆立った黒髪を乱暴に掻き揚げ、彼は腰を抜かした少女を、燃えるような黄金の瞳で一瞥した。
「立て。村まで送ってやる。死にたくなければ、俺の影から離れるな」
少女を伴い、アレクサンダーが村の境界へと辿り着いた時、そこには周囲の荒廃した風景にはおよそそぐわぬ、冷徹なまでの「規律」が鎮座していた。
整然と隊列を組む白銀の騎馬隊。その中心に、陽光を鏡のように反射して神々しく輝く一人の男がいた。
シーザーである。
彼は一切の汚れを許さぬ、雪のように白い白亜の鎧に身を包んでいた。かつての幼さは消え、その顔立ちには理知的な鋭さと、法を司る者の峻厳さが深く刻まれている。
「止まれ。貴公、その物騒な武器を収めよ。ここは聖教会の保護区であり、許可なき武装歩行は禁じられている」
シーザーの合図と共に、兵士たちが一斉に槍を突き出す。アレクサンダーはそれを鼻で笑い、肩に担いだグレートソードを、わざと力任せに地面へと叩きつけた。
ドォン――ッ!
凄まじい地響きが村の入口を揺らし、訓練された軍馬たちですら怯えて後退る。
「保護区だと? 笑わせるな、シーザー。お前らの管理が甘いから、このガキが森で死にかけてたんだぜ。神様の加護ってのは、祈ってる間に相手を噛み殺してくれるのかよ」
その名が呼ばれた瞬間、シーザーの氷のように冷徹な瞳が微かに揺れた。彼はゆっくりと馬を下り、金属音を響かせながらアレクサンダーへと歩み寄る。
「……アレクサンダー。その野蛮で、知性の欠片もない剣筋。隠しようもないな。相変わらず、力こそが全てを黙らせる唯一の手段だと信じているのか」
シーザーの声は、静かだが重い。彼は腰に差した名剣の柄に指をかけ、己の「正義」という名の圧力をアレクサンダーにぶつける。
「ああ、そうだ。お前みたいに、古臭い法典と神様の顔色を伺いながら振るう剣じゃ、目の前のガキ一人守れねえからな」
一方は、鋼の規律で世界を縛り、平穏を統べんとする「聖騎士」。
一方は、巨大な剛剣で不条理な宿命ごと世界を叩き潰さんとする「聖戦士」。
かつて修道院の揺り籠で、同じ温もりに包まれて眠っていた二人は、今、再会の喜びではなく、いずれ避けられぬ衝突を予感させる強烈な殺気を交わし合う。その背後では、黄昏の空が血のような赤に染まり、これから始まる動乱の幕開けを告げていた。




