第十二話:私は――生きる!
憎悪に燃える赤い瞳。
真っ黒な影のように見えるそれは――魔獣だ!
受け身を――。
地面に激突する瞬間、首を丸め、頭を腕で庇う。
激痛を覚えるも、腰に帯びていた剣を急いで抜いて、立ち上がる。
魔獣は大きかった。
マトリアークは、大型の4頭立ての馬車に匹敵するサイズと、レイノルドが言っていた。目の前の魔獣も、それに匹敵する大きさに思える。
レイノルドがマトリアークを倒していた。それに目の前の魔獣の体毛は黒。ゆえにこれも通常の魔獣だと思うけれど……。とにかく大きく、その燃えるような赤い瞳に感じる憎悪に、気力が萎えそうになる。
剣を持つ手が震えていた。
しっかりして、私。
この先にマコノヒーお爺さんの家がある。
彼はいわゆるぎっくり腰で動けないのだ。
魔獣がお爺さんの家に向かったら、大変なことになる。
動ける私が何とかするしかない。
そこでレイノルドの戦術を思い出す。
子供たちを逃すため、レイノルドは自身が囮になった。
さっき吹き飛ばされた時、足の膝をすりむき、そこから血が流れているのを感じていた。
よし。
右の道に駆けて行こう。
この右の道を抜けた先は墓地だ。
私の血の追わせ、この場から魔獣を移動させよう。
ということで駆け出そうとするが……。
足に痛みを覚える。
膝は打撲で骨折などしていないと思うが、痛みがあり、うまく走れない。
「!」
魔獣の鼻先が背中に当たった。
それだけで私は、地面を転がることになる。
剣を手に持っていたので、うまく受け身をとれないが、なんとか頭は死守。
だがすぐに魔獣が襲い掛かる。
立ち上がろうとして、間に合わないと分かった。
そこで私は地面を転がる。
動きを止めると、魔獣の真下、見上げる先にはお腹が見えていた。
そこからは無我夢中で剣を突き立てる。
咆哮が聞こえ、同時に鍋鐘の音が聞こえた。
今の咆哮で、村人が魔獣に気付いたのだ。
「!」
魔獣が動き、私は素早く剣を抜く。
噴き出る血を浴び、私は肝を冷やす。
再び、魔獣がこちらへ迫ってくる。
傷つけられた怒りで、凄まじい殺意を込めた目を、こちらへ向けていた。
今、魔獣を攻撃をできたのは、ラッキーとしか言いようがない。
次は無理だ。
魔獣にパクリと頭部を持って行かれる……!
そこでギルとミルリアの顔が浮かぶ。
ダメだ。
死ねない。
二人を残して。
私は――生きる!
その瞬間。
窮鼠猫を嚙むではないが、とんでもない闘志が沸き、私は体に感じる痛みを忘れていた。
立ち上がり、剣を構える。
魔獣は再度の咆哮をあげ、こちらへ駆け出したが――。
その魔獣の頭を目掛け、降ってくる人影が見えたと思ったら。
魔獣は声を発することもできないまま、顔面から地面へつっこむようにして倒れる。
逃げるべきなのに、体が固まった私の目の前に滑り込んできた魔獣は……。
数十センチ手前で、土埃と共に動きを止める。
そしてその魔獣に見事を剣を突き立てているのは――。
寝間着にマントを羽織ったレイノルド!
「セ、セドニック卿……!」
「間に合って良かったです」
そう言うと、レイノルドは突き立て剣のグリップを強く握りしめたまま、膝から崩れ落ちた。
◇
レイノルドが気絶した瞬間。
私は驚き、時が一瞬、止まったように感じた。
助けてくれた御礼を言う隙を与えずに気絶してしまうなんて!
だがすぐに時は勢いよく流れだす。
まず鍋鐘も鳴らされたので、村は厳戒態勢になり、自警団があっという間に組織された。それは私がそうなるよう訓練した結果で、彼らは見回りをすぐに行ってくれたのだ。
そこで私と気絶するレイノルド、討伐された魔獣が自警団により発見される。
彼らはレイノルドと私をすぐに屋敷へ運び、ルール通り、野獣の遺体はすぐに燃やしてくれた。魔獣の血やその体臭で、他の魔獣が集まらないようにするためだ。
屋敷に着くとすぐにレイノルドの体は清められ、私も返り血を拭った。
それを終えると私は、ハドソンから話を聞くことになった。
「セドニック卿はお嬢様が郵便局へ向かわれた後、しばらくお休みになっていました。でも目覚められ、喉の渇きを覚えられたのです。ベルが鳴り、私が駆けつけました。するとセドニック卿は、わたしが現れたことを、不思議に感じられたようです。日没も近い時間、てっきりエレナお嬢様が登場すると思っていた。そこでお嬢様はどうしているかと尋ねられたのです。わたしはお嬢様が郵便局へ行ったことを伝えると……」
レイノルドは素早く窓の外の様子を伺う。
レースのカーテンが引かれていたが、外の様子は分かる。
徐々に空が茜色に染まり始めている時間。
「間もなく日没……」と呟いたレイノルドは、そのまま起き上がると、マントを手に取る。
それは父親が使っていたものだったが、レイノルドのマントは背に穴が空いていたので、代用で用意していたものだった。それを羽織るや否や、レイノルドはハドソンに告げる。
「マトリアークの遺体は、川に半分沈んだ状態です。そちらは川に流れがあるので、まだ大丈夫でしょう。ですが匂いは、材木置き場に残っていると思います。その匂いに気づいた魔獣が、材木置き場にフラリと現れる。場合によって、村にまで姿を現わす可能性は、ゼロではないです。しばらくは日没以降の外出を、領民に控えさせてください。魔獣除けを村はずれにまきましたが、それは絶対ではないので」
そう言うとレイノルドは屋敷を出ようとする。
ハドソンは驚き、止めようとするが――。
「何かあってからでは遅い。ウィリス嬢は私の恩人。様子を見に行きます」
そう言ってハドソンの制止を振り切り、私を追って屋敷を出たのだと言う。
「そうだったのね。セドニック卿は、さすが対魔獣のために編成された、騎士団の一人だと思うわ。彼の直感のおかげで、命拾いをし――」
そこで眩暈がした私はぐらりと体が揺れる。
「エレナお嬢様!」
ハドソンの声が、遠くに聞こえた。






















































