剣の試練
「はぁあああぁっ!!」
「姫様っ!? くっ! ベルガ様! どうして!!」
「落ち着いて下さい。これはきっと、カタリナにとって必要なこと。誰が必要だと定めたわけでもなく、彼女自身が決めたことです」
かつて相対したことがある、何かを振り切るようなカタリナの突進突き。
あの時のようにあやふやな気持ちなんて言うものじゃなく、確たる何かへと向かってカタリナは爆ぜた。
「ですがっ!!」
「もちろん、カタリナは俺の可愛く大切な生徒です。殺させはしない。近衛の仕事がカタリナを、王族に連なる者を守ることだというのなら、彼女の心も守ってやって下さい。やると決めた、カタリナの心を」
「くっ……」
「お゛ぁ゛あぁぁぁっ!!」
あんなモンにカタリナを殺させはしない。
けど、生温い何かでカタリナの心が強くはならない。
「ぐ、ぅっ!」
「があああああっ!!」
直接手を汚すこと。
まだ受け入れられてないんだろう、突進突きの動きは鈍く中毒者の肩をえぐり取っただけ。
「は、ぁっ……はぁ……」
「ぐぅおおおっ!!」
丸太腕が突き抜けて背後に回ったカタリナへと振り払われる。
地面に沈むように身体を伏せた後、バネの要領で身体を起こしそのまま突きを再び放つが。
「く、そぉおおっ!!」
「ぐぎいいいいっ!!」
急所は捉えられない、今度は脇腹を抉った。
カタリナの剣先が鈍い。
いや、身体のキレは凄まじく良いんだ。
実力差だけから考えるのなら、最初の突進突きで相手の生命を貫いていただろう。
でも、それができない。
「私は……わたし、はぁっ!」
そうだ。
これが、模擬戦といった命のやり取りでなかったのなら、とっくに決着はついている。
「ばぁああ゛ぁ゛あ゛ぁ゛!」
「く、ぅ……はぁっ!」
如何にドーピングで破壊力を増しても、カタリナの身体に触れることさえできない。
もっとも、触れられてしまえばその時がカタリナが死んでしまう時となるが……それは俺が許さない。
「く、らぇえええっ!!」
攻撃を躱したカタリナが間を置かず突きのラッシュを放った。
一突き一突きが、プリズナーの身体を穿ち確実に命を削っていく。
どれだけ一撃が浅くても、痛みを感じない身体になっていたとしても。
「あ゛が、ぐ……ば、ぁ゛」
「はぁっ!! はぁっ! はぁっ……は、ぁ」
血だるまの巨体が膝をついた。
なんで身体が動かないのかがわからないのか、戸惑っている様子が伺える。
人間離れしてしまったとは言え、人間の理からは逃げられない。
関節の筋を断たれてしまえば動かせなくなるし、血を流しすぎてしまえば力が入らなくなる。
「う、ぁ……う、ぅ」
「姫、様……」
流石だとか、見事だとか。
そんな称賛の声をあげる場面だっていうのは近衛の人もわかっているだろう。
でも、動けなくなったプリズナーの前に立つカタリナの表情を見れば、何も言えなくて。
「私、私は……」
これじゃあどちらが追い詰められたのかわからない。
もう後は結論を示すだけ。
言葉通り、カタリナが言った果たすべき責を、どうするのか。
それだけだ。
「先生……」
「はい」
「この人は、もう、助からないのよね」
「カタリナの言う、助かるという意味が。元通りの生活を送ることができるようになるという意味であるのなら不可能です」
傷も、膨れ上がった筋肉だとかも治療できる。
けど、精神やダストコープスを求めてしまう心は治せない。
仮にここで再び動けるようになれば、彼は再びダストコープスを求めて暴れるだろう。
王都で捕らえられた中毒者たちが、結局どうにもならなかったように。
「わかった……」
「う゛?」
返事を聞いたカタリナが、静かに愛剣を構え、呼吸を整え、覚悟を深めていく。
助からないから殺す。
短絡的かも知れない、死を与えることこそが救済の道だと決めつけるのは傲慢かも知れない。
けど。
「ごめんなさい。私は、あなたを救えない、救えなかった。王家の者を代表して、謝罪します」
自分の罪として背負い、前を向いて歩む。
それは、人間が許された贖罪の方法だと思うから。
「誓います。あなたをこうした原罪を、必ず裁くと。神の身ならぬ私ではありますが、人として、必ず」
カタリナの目には涙が浮かんでいたし、声も震えていた。
それでも今から行うことから目を逸らさずに。
「あ、が……と」
「っ!!」
「がり、ど、ござ、ま……」
奇跡か偶然か。ただ、そう言っていると思いたいという願望か。
ただプリズナーは、強張らせていた身体から力を抜いた。
「――はぁああああっ!!」
「――」
ごとり、と。
男の頭が地面に落ちた。
「う、ぁ……うぅう、ぁああっ……ごめん、ごめん……ごめん、なさいぃ……」
「……ベルガ殿」
「我らは証拠となりそうなものを探して参ります。姫様を、頼みました」
「……はい」
二人が離れて、カタリナの目から涙が溢れて、手から剣が落ちた。
膝をついて、泣き声を押し殺しきれず、ひくひくと泣くカタリナへと近づいて。
「カタリナ」
「うぅぁ、せ、せんせ……先生っ!」
「お、っと……」
「うあぁああああっ! 私! わたし! この人、救えなかった! 何も思いつかなかった! 出来なかった! なのに、なのに! うわあぁあああっ!!」
体当たりしてくるかのように、胸に飛び込んできて大声で泣き叫ぶカタリナを抱きしめる。
「辛い、辛いよ先生……! 私、まだまだ弱かった! 先生みたいに強くなかった! 私、わたしぃ……!」
「いいえ、カタリナ。あなたは強かった。とても、とても強かったですよ」
心から、そう思う。
俺は何も思わなかったから。それどころか、いい気にすらなっていたから。
真摯に死と向き合って、命の重みを実感した上でやりきった。
「でも、でもっ!!」
「よくやったとも、見事だったとも言いません。言っていいわけがない。ですが……ご立派でした。あなたの強さを、俺は先生として誇りに思います」
「――う、あぁ……うわああぁあああんっ」
強くなる。
カタリナは、もっともっと強くなる。
強くなった先で、彼女が望んだことが叶いますようにと願って。
震える背中をずっと撫でた。




