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前を向ける日

 俺には一つ、気を付けていることがある。


 ――殺す。


「落ち着けテレシア、あんなの敵ですらない」


 ――ダメです殺します。ご主人様の御身を……御身をっ! あいつは! 下等生物の分際で! 取るに足らぬゴミの分際で!! よくも……よくもぉ……っ!!


 自分から顕現しようとするテレシアをなんとか宥めながら。


「争いは同じレベルの間でしか起こらない。テレシア?」


 ――う……。


 ここであいつに対して怒りを覚えれば、そりゃわざわざ同格に成り下がってやるということだ。

 俺はもちろん、テレシアにもそんなことはさせたくない。


「いい子だ」


 ――あとでいっぱいぎゅうってしてください。


 そりゃもちろん。


「あば、ががぁ? あぐばろっ?」


「……はぁ」


 相手に生存本能なんてものが残っているようで何より。

 それに従うなら一目散に逃げることだろうが、様子を見るに女の子を逃してしまったショックのせいか、辛うじて残っていた言語力も失ってしまったんだろう。


 限界まで見開き、血走った眼をぎょろぎょろと。

 そのくせ何に怯えているやら身体を震わせて。


「これだから、弱い奴は……っと、なんでもないぞ? テレシア」


 そう、俺が気を付けていること。

 それが誰かを嫌わないということだ。


 テレシアへ人間嫌いの克服方法として俺は無関心を教えた。

 相手に興味を持たなければ殺したいともなんとも思わなくなるからだ。


 しかしながらこういう状況。

 興味のない相手が無理やり意識に入ってきて、ましてや害してくるなんてことになった場合。


 テレシアは我慢しなくなるから。

 俺が嫌いだな、害してもいいかななんて思えば、躊躇なく殺すから。


「ぐげっ? ぐへぇっげひょ?」


「……あぁ、今楽にしてやるから」


 それでも思う。


 こいつにどんな薬なんてものへ逃げたくなるような不幸が降りかかったのかは知らないし、知ろうと思わない。

 けど、自分という理性を放棄して、思うがまま深層欲求を発露しようとするやつは決して好きになれない。


「どんなことをしても、自分じゃないと言える……そういう弱い逃げ方は、嫌いだよ」


「ぐいぃっ!?」


 一歩踏み出す。

 合わせて男が一歩引いた。


「責任から逃れるなとは言わない、俺が言えることじゃないからな」


 これでも自分のことはよくわかってるつもりだ。

 多くのことを解決できる程度には力を持っているし、その力をどういう風に使ってほしいと願われているのかも。


「だが、責任を放棄するな。最初から手に負えないと思うなら抱えるな……まぁ、改めててめぇの責任と向き合うんだな」


 でもそれは、ただのその場しのぎで依存だと思うから。

 アルル様が本当は口にしたくても、歯を食いしばって我慢していることでもあるから。


「ケェエエェッ!?」


 やぶれかぶれだろう、男がとびかかってきた。

 誰かを盾にしようとしたりしていたのなら、痛い目に合わせてやろうと思っていたけど。


 最後に良い選択をしたってことで。


「――」


「ケッ――」


 剝き出しの本能へ向けて、思い切り殺気を叩きつけた。


「え……?」


 周りに居た人から戸惑いの声が上がる。


 そりゃそうだろう、俺にとびかかったと思ったら、そのまま力なく俺へ崩れ落ちたのだから。


「すまん。誰か騎士を呼んで来てくれないか? 大丈夫、こいつはもうしばらく動けないから」


「は、は、はいっ!」


 女の子を抱えられていたままだったら流石にね、できないからね……。


「師匠っ!」


「おートリア、助かったよ。いい仕事をしてくれた、流石俺の弟子」


「そ、そんなのいいですから! けがっ! 大丈夫ですか!?」


 怪我? あぁ、そういうやボコボコに殴られてたっけ。


「大丈夫」


「そ、そうですか、よかった」


「ちょっと肋骨が何本か折れてるくらいだよ。あぁ、アゴもイってるか」


「だいじょうぶじゃなあああいっ!?」


 でぇじょうぶだ、魔法で治る。




 あの後はやってきた騎士、ビスタにお任せした。

 なんでわざわざ団長がと思ったけど、どうやら王都の複数個所で似たようなことが起こっていたらしい。


 つまりは計画的な犯行……って言い方も変だが、意図的に作られた状況というセンが濃厚とのこと。

 既に現在は全部鎮圧済みで、誰かが死んでしまったりという被害はなしと、騎士団の優秀さが伺える。


 なにしてんだなんて思って悪かったよ。


「しっかしトリアが聖騎士(パラディン)とはなぁ」


「ぱら、でぃん? なんですか? それ」


 忙しいだろうにビスタは額が地面に埋まるかと思うかの勢いで平謝りしてきた。

 正直、俺とトリアが居て良かったとしか思わないし、誰が悪いのかって言えばこれを仕組んだヤツなわけで、気にしないでほしいものだ。


 あの女の子も大した怪我はなかったし、母親からもこっちが恐縮してしまうほどに感謝を伝えられたし。


 もう十分ってやつである。


「使った魔法さ。ホーリーって一句、あれは自分で意図的に発した語句じゃないだろう?」


「あ、はい、その……ボクがイメージできたのは布で、そのまま護る布って言ったつもりだったんですけど」


 ともあれトリアのことだ。

 ある種の極限状態で魔法が開花することはあるが、どうやらあの状況がトリアにとっての極限状態だったらしい。


 トリアらしいといえばトリアらしいのかもしれないが、素直にすごい奴だよ。


「ホーリーって語句は使える人間が限られているんだ。あまり好きな言い方ではないけど、選ばれた人間しか無理だ」


「えっ!? えらばれたにんげんん!? そそ!? そんなボクなんか!?」


「こうなるから好きな言い方じゃないって言うんだ。けどまぁ、少なくとも俺はホーリーという語句を魔法に使えないし、効果についても推測の域を出ない。自分でちゃんと研究するんだぞ?」


 そういえば驚きの抜けきらない顔のままコクコクと何回も頷くトリアちゃん。なんだかなぁ。


「そ、その、パラディン、っていうのは?」


「聖の語句を使える騎士をそう呼ぶ。魔法使いだったら聖者(セイント)だったかな。流石に使えない魔法のことは教えてやれないけど、アドバイス位なら出来ると思うからいつでも相談してくれ」


「は、はい……ありがとう、ございます」


 ぼんやりと夢心地というか、自分の手をまじまじと見つめてぐーぱーと。


 信じられない思いっていうのはそうなのかもしれないが。


「トリア」


「えっ? あ、はいっ!」


 いい加減ネガティブにならなくていい理由は出来ただろう。


「今回、あの女の子が無事だったのはお前のおかげだよ。ありがとう、そしてよくやった」


「そ、そんな!? ボ、ボクなん――」


「あの……シュシュちゃん、だっけ? 俺とトリア、どっちを向いてありがとうって言ったのか忘れたのか? 感謝したいとあの子が思ったのはお前だ。その感謝を見ないふりするのか?」


「……ボク、が」


 そう、トリアはちゃんと女の子を守った。

 いや、トリアの言葉を借りて言うなら護ったのだ。


「お手柄だよ、師匠として鼻が高い」


「師匠……はいっ!」


 同時に。


「お前はやっぱり強いヤツだ。最高だよ」


「も、もうっ! そんな褒めすぎですって! も、もーやだなー! え、えへ、えへへ……」


 やっぱり俺は、強いヤツが好きだななんて思った。

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