見えぬなら、乗ってしまえよ、ベルガさん
残念ながらやっぱり俺の頭で現状をどうにかするための考えなんて浮かぶわけもなく。
「メル様、それは――」
「メル」
「いえあの、ですから」
「敬語」
そんなことよりさっきからろくに話を聞いてくれないメル様をどうにかしたい。
「魔法のお話、しませんよ?」
「知らないよ」
「……まじかよ」
魔法のことでも食いつかないの? やべぇでしょこれは。
――ご主人様? やっぱりコイツ、殺しますか!
あぁもうどうしろってんだよ!
というか遠目でカタリナもしょうがないお姉ちゃんねぇみたいな顔してんじゃないよ! お前の姉だろう!?
責任持ってどうにかしろってんだ!
あとテレシアはいちいち悪魔の誘惑をするな!
「わかりました、わかりましたよ……メル、いい加減にしろ」
「うんっ! いい加減にするね! それで!? 魔法のお話だっけ!」
泣いた赤子じゃないんだからさぁ?
「楽に話せるのは嬉しいんだけどな? この訓練場の中だけにしてくれよ?」
「もちろんだよ! あ、でもでもここ以外でも二人っきりの時はいいよね?」
「そんな機会がいつあるってんだ。けどまぁ良いんじゃないかね、俺には判断できないことだよ」
「じゃあ許す! 許すからそのつもりでね!」
「はいはい」
どういう心境の変化やら。どもり癖も治ってるし。
カタリナの件がきっかけになったのはわかるけれど、オタク友達でも欲しかったの? いや俺はオタクじゃないからね?
「改めて魔法の話だ。カタリナとの模擬戦もそうだけど、他にも今日に至るまででイメージは掴めたか?」
「えぇと、こういう時にこうしたいっていうイメージだよね? 正直、皆の動きが速すぎて掴めない部分が多かったから……まずはそれを無くしたいって思ったよ?」
ふむ。
わかっていたことだけど、メル様……メルは魔法に関する発想の仕方が面白い。
こういう時にこうしたいというイメージが浮かばないなら、相手を自分の型に嵌めるよう動かすという発想が一般的だし、俺はそうだ。
対してメルは順応を目指そうとする。
「思えば順応という発想が陣構築に活かされているのかもしれないな」
「うん? どういうこと?」
「相手じゃなくて環境をどうにかしようと先に考えるんだ。ミクロじゃなくマクロ、同じ条件か自分だけが有利な状況を作り出そうとするって発想は、魔法陣構築には極めて大切な観点だ」
「環境をどうにか……うん、そう言われてみると、確かにそうだね。えっと、せんせ風に言うなら、メル流死者蘇生は時空魔法で、時の流れを操って、母様の時間を戻して固着って考えてた。時間って環境へのアプローチをしようとしていたってことだよね?」
そしてこの吸収力だよ。
カタリナが剣ならメルは魔法だ、とことん1を聞いて10を知るとんでもない人たちだわ。
「じゃあ火点の一日継続方法もわかるな?」
「えっ!? ……あ、あぁ! そっか! 継続できる環境を作ればいいんだ! それなら!」
言うやいなや魔法陣を構築し始めた。
この調子なら大丈夫だろう。
基礎を勉強し直したからか術式を見てもそりゃねぇよって部分も見当たらないし、問題なく一日保つ。
順調だな。
「……」
遠くからこっちを随分と湿度の高い視線で見つめてくるアルル様を除いて、だけど。
「それで自分のところに来る肝の太さにこちらの肝が冷える思いだとも、剣聖様?」
「止めて下さいよ、良いじゃないですか騎士団に訓練つけた貸しの返しどきですよ? 剣派筆頭様?」
「困ったな、ぐぅの音も出ない」
苦笑いを浮かべるのはアーノイドさんだ。
稽古の帰りに顔を見せれば大層驚かれた、そりゃつまり俺の排除作戦とやらに一枚噛んでいるってことだろう。
「正直に言いますと、アーノイドさんが俺を排除しようとする理由がありませんから。味方とは言いませんが中立ではあるのでしょう?」
「いや? 味方だとも。これは我が剣に誓おう。自分はバカなことは止めろと止めるために介入した」
あらま。
疑心暗鬼になっていた部分があるな、反省しよう。
「顔に似合わず冷静に状況を見ておられる」
「一言余計だな、自覚はあるが。むしろ自分からすれば奴らの頭を疑うぞ? 姫様方は別としても、騎士団はベルガ殿のおかげで力を増した。これは疑いようのない事実であり、ひいては国防力の向上という国益だ。国益を齎す存在を排しようとするなど、気がしれぬよ」
もっともだ。
国益だなんだに対して自覚はあまりないけれど、騎士団が強くなった理由に俺が存在するのは事実だろう。
「じゃあこの際ですがアーノイドさん。アルル様についてどう思われますか?」
「どう、とはまた抽象的だな。それでも言えることがあるとするならば、自分から最も遠い人であるということくらいか」
「遠い?」
「アルル様は剣にも魔法にも寄らぬお方だ。あえて言うのであればアルル派とでも言うのか、国を豊かにする、その一点のみへと執心されているまさに王族の鑑とでも言える人だと個人的には思っている。故に、自分とは接点がほぼない、遠いお方だよ」
なるほどね。
ならあの書状は挙げた人物を処理したいがための匂わせと考えるのが妥当だろうか。
「しかし……」
「しかし?」
「あの方が口を開く時、動かれる時は、決まって致命的な危機を回避する時というイメージが強くてな。今回このような動きが現れ始めたのが、何か新たな危険の始まりのように思えてしまう」
……ということは、既に何かを感じ取っている、か?
「ベルガ殿」
「はい」
「自分はあなたを信頼しているし信用している。憧れであり追いつきたいと思う剣士であり、自分では至れなかった剣術指南役に納まった人だ。そのような人が、この国を窮地に追い込むなんて想像は出来ないが……それでも」
「……アーノイドさん」
アルル様のことも信じているし、俺のことも信じている。
だが、アルル様の予期した致命的な何かに、俺が原因として存在しているのなら。
「ふふ、ある意味、そうなったら全力で戦えるのが魅力と思えてしまうのが困ったものです」
「光栄だな。そして、冗談で言ってもらえて助かったよ」
安心したように笑ってくれるアーノイドさんだが。
なるほど、ね。
だったら、そうだな。
いっちょ本気でアルル様の感じ取った未来に、乗っかってみるか?