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剣を持つ意味

「ガハハッ! 流石剣聖様だ、目が高い! ありゃあ確かに鉄打ってゴミ作ったようなもんだが曲線だけはわしにも真似できねぇ! なぁんでこんなになっちまったかわかんねぇが! 自慢の娘にちげぇねぇのよ! ガハハ!」


 テーブルについて、乾杯してから少し。

 かなりいい酒を出してもらえたらしく、嗜むって範疇を超えて杯が進んでしまいそうだ。


「も、もう、褒められてんのか怒られてんのかわかんないよ」


「なぁにしおらしくなってんだおめぇはよ! 旦那が男前だからってぶってんじゃねぇぞ!」


「ちがっ!? あ、あたいは普通だからね!? あーったく、珍しくベロベロじゃないかもう」


 それは親父殿も同じらしく、さっきから口元に杯を持っていけば一口で全てを飲み干し、リアさんに次を注がせている。


 奥さんはたまに料理を運びに顔を出してくれるが、キッチンにいるようにしているみたいで……まぁ、なるほどと言ったところ。


 ともあれなんともまぁ仲の良い親子だ。

 あるいは、自分で言ったように自分の娘が俺なんて剣聖に認められたのが嬉しいのか。

 どちらにせよ微笑ましい光景には違いない。


「師匠、完全に飲み明かしモードになる前にちゃんとお話をしたほうがいいんじゃないです?」


「っと、そうだな。ついつい」


 さっきから愛想笑いが止まらないトリアに促されて我に返った。

 割と疎外感あるよな、トリアからすれば。悪かったよ。


「親父殿。詳しい話をさせてもらっても?」


「お、おおっ! こりゃいけねぇ、悪かった。そうだ、専属鍛冶師ってのには納得したが、わしらというかリアも商売だ。どんなもんになりそうなんだい?」


 酒で顔を赤らめながらも目には理性が戻っている。

 認めてもらえはしたけど、娘の生活がかかってるんだ、真面目にもなるわな。


「やってもらうのはリアさんより聞かれたかも知れませんが。俺とトリア、そしてお姫様方の得物の作成、修繕、加工となります」


「ああ、聞いてるぜ。未だにわし自身信じられねぇ思いがあるが、それはいい。んで? いかほど頂けるんで?」


「ちょっ、親父!」


「黙っとけひよっこ。名誉なんかでメシは食えねぇし、名誉をちらつかされて食いもんにされるヤツは腐るほどいる。旦那がそういうヤツじゃねぇのはわかるが、ちゃんと聞きてぇんだよ」


 もっともだ。

 実に親父殿は親としても職人としても、正しいことを言っている。


「契約金として金貨20枚、月に金貨1枚。剣を打つのに必要な材料費と言った出費はこちらで持ち、作ってもらった武器の出来によって更にいくらか支払いましょう」


「い゛っ!?」


 リアさんの目がこれ以上ないってくらい見開かれた。

 大体一般人が月に稼げる金が平均銀貨50枚だ、その倍である金貨一枚ってなら驚く気持ちもわかる。


「いくらかってのは? たとえばそのランスならいくらになる?」


「これじゃあ精々が銅貨50枚でも良いところでしょう。その値段であっても俺なら買いませんが」


 銅貨100枚で銀貨1枚。

 銅貨50枚と言えば大人一人の3日分の食費で消える額。


 ちなみに、剣闘会で貰った賞金が金貨50枚だったりする。


「ぷっ――おいおいおいリアよ! こりゃあ旦那は本気だぞ! 覚悟すんのはてめぇの方だったな!」


「しょ、正直、ちょっと意味がわかんないよ……」


「いやぁ旦那、試すようなことをして悪かった、許してくれ」


「必要なことでしょう。とりあえず専属契約を継続するかは1年単位で考えていますが、最低3年は必ず雇い続けることを約束します」


 ようするに賞金分が無くなるまでは必ずってことである。


「ありがてぇ話だ……そうだ、旦那」


「はい」


 ……思いついた、みたいな体で話を振られたが。


「旦那は……剣ってやつは何のためにあると考えている?」


 恐らく、これが一番聞きたかったことだろう。


 剣は何のために、か。


「そうだな、嬢ちゃん、でいいんだよな? あんたはどうだ?」


「えっ? あ、ボ、ボクですか? えぇと、そうですね、誰かを守るために、でしょうか」


「ほほう? 大層立派なお考えだな」


 少し侮るというか、トリアの答えを鼻で笑ったような感じはある。

 トリアもわかっているのか、違うのかなと思いながらも悔しそうだ。


「で、旦那は?」


「紛れもなく、何かを殺すためのものでしょう」


「えっ!? し、師匠!?」


「……ほう」


 そりゃあ俺も殺しを好き好んでいるわけじゃないけど。

 誰かを守るっていうのは結果だ。確かに剣で人を何かから守ることはできるが、それは剣で相手を退けるという過程を経たものだ。


「トリア。確かにその場だけを切り抜けるために相手を殺さず退け、自分や誰かを守るなんてことは可能だ。退けた相手に思い直す機会やきっかけを与えるだってできるさ。けどな、それが大筋でできるというのなら、この国は未だにお隣さんと争ってなんかいない」


「そ、それは……」


「一人を見逃せば今度は三人で追い立てられる。三人を追い返したなら次は十人、じゃあ十人を退けたなら今度は? そうやって増えていった結果が国同士の戦争だ。自分だけならまだしも、友達や恋人、あるいは他の大事な何かが傷つけられることを防げなくなる」


 騎士団もそうだ。

 人を国を、自分の大切なものを守るために、人を殺す技術を磨いている。


「剣は守るという結果を手繰り寄せるための手段の一つだ。そして、殺したくないというのならば別の手段を考え選ぶべきだ。剣は凶器であり剣術は誰かを殺すための合理を極めたものである。その認識は、正しくもっておけ」


「……はい」


 少し厳しい言葉になってしまったか。暗い表情をして俯いてしまった。

 騎士団に入ったヤツにしては随分と温いと思わずにはいられないけど、だからこそ弟子にしたいって思ったことに違いはない。


「ったく、そう難しい顔するな。だからといって必ず相手を殺さなければならないってわけじゃない。剣を学んで、強さを得て、納得できる道を探せばいいじゃないか。俺はそんなお前だから弟子にしたんだし、応援もしたいと思っているよ」


「師匠……はいっ! ありがとうございます!」


 やれやれ、この切り替えの早さは見習わないとな。


「失礼しました。俺の考えとしては以上です」


「よぉくわかったよ、旦那。んでわしとしても安心できた。たまにいるんだ、そこら辺に妙な夢を持っちまってるやつがな」


 そこで親父殿はちらりとトリアじゃなくてキッチンの方へと視線を送った。


 まぁ、親父殿がしたい質問じゃないってのはわかってましたよ。


「改めて、だ。リアをよろしく頼む。良いように使ってやってくれ。なんだったら妾にでもしてくれて構わんぞ」


「めかっ!? 親父っ!?」


「ガハハ! なぁにおめぇは時間の問題さ。何年親やってると思ってんだ、孫の顔に期待してるぜ!」


「ま、まご、まごごご――くぅん」


「あわわっ! り、リアさーん!」


 ばたーんと卒倒したリアさんに苦笑いを送って。

 とりあえずこれで一安心、より良い環境で腕を磨けるようになって何よりだ。


「あぁ、そうだ」


「ん? どうしたんでぇ?」


「あっちの奥に居られる方が安心できたか、それとも不安を煽ってしまったのかはわかりませんが。俺の考えはきっとこれからも変わりません。ですので、少なくとも親父殿は安心してもらえたらと思います」


 そう言ってみれば、親父殿は一瞬真顔になった後。


「――ガハハハハッ! あーもう! んっとに旦那には敵わねぇな! ガハハハハッ!」


 腹を抱えて大爆笑してくれた。

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