御用達とバカ
「むー……やっぱり先生、嫌いだわっ」
「いやほんとに申し訳ないです……私としてはカタリナ様の鎧姿がやはり印象的でして、カタリナ様の美しい姿! と言えばドレス姿ではなかったのですよ」
「うつくっ!? そっ、そういうところよっ!! 反省なさい!」
「師匠……流石に時と場合と場所を考えましょうよ」
おかしいな、俺としては朴念仁の評価を覆すべく褒めると共に本人確認をしただけのつもりなんだけどな。
なんだか自信無くなってきたよ、今度テレシアに練習付き合ってもらお……。
「あ、あの? 色々未だにこんなボロ工房へ姫様だけならず、剣聖様までいらしたことが、あたいとしては信じられないんですが……えぇと、とりあえずお茶をどうぞ」
「ありがとうございます。そして急に申し訳ありません」
「い、いやっ! た、大変嬉しく! ほ、誉に思ってますが!」
果てしなく困惑したままの工房主、リアさんが震える手でお茶を出してくれた。
ほんとあの武器屋のおっちゃんにしてもそうだけど、剣聖ってだけでそこまで緊張されて困るのはこっちなんだけどな。
まぁ約束もなしに訪れた俺が悪いか。
「そういえば改めてカタリナ様は公務って言われてましたよね? どうしてこちらに?」
「ええトリア。まぁ一言で言えば先生のせいね」
「あ、やっぱり」
「やっぱりじゃなくてさ?」
ほんとトリアはさぁ!?
「冗談よって言いたいところだけど、冗談じゃないのよ。先生が騎士たちに稽古つけたでしょ? あのせいでやる気が漲り過ぎちゃったのか、訓練具の消耗が早くてね。御用達の工房へ発注に来てたの」
「ほら、やっぱり師匠のせいじゃないですか」
「もう突っ込む気力もないよ。御用達ってこちらのリアさんの工房……ではないですよね?」
「別の工房よ。リアさんの工房へは私の愛剣修繕依頼に寄ったの。こちらの工房の先代……カルドさんに打ってもらったものだからね、やっぱりお子さんで愛弟子さんのリアさんに依頼したくって」
「は、はい。親子共々、お世話になっています」
代替わりしたのか。
カタリナ様の愛剣ってあの装飾剣、だよな? 観賞用にも実戦用にもちゃんと使えるかなりの代物。
「その先代、カルド氏は?」
「腰をやっちまいまして。歳も歳だし、引退しろって無理やりあたいが継いだんです。まぁ、その、まだ早かったとは、最近思い知っちまってますが」
恥ずかしそうに、でもやっぱり悔しさは消せないのか複雑な笑顔を浮かべながらボサボサの茶髪頭を掻くリアさんだ。
「あ、でも姫様はご安心下さい。親父からも修繕と加工だけは俺を超えてやがるって言ってもらえてますから!」
「ええ、先程も伺いました。腕も拝見させて頂きましたし安心しておりますよ」
「もう普通に喋ってもいいのでは?」
「先生はうるさい」
はい、ごめんなさい、つい。
しかしなるほどね、修繕と加工の腕はいいってのには納得だな。
本人も自覚してるんだろう、じゃなきゃお姫様の愛剣修繕依頼なんか受けたりしない。
カタリナ様も安心しているって言ってるし、こりゃ相当当たりを引いたな。
「そ、それで。剣聖様は一体どんな要件で? その、言っちゃあなんですが、あたいはまだまだ半チクなもんで、剣聖様のおメガネに適うモンは――」
「俺の専属鍛冶師になってもらおうと思って来たんです。どうですか?」
「――へ?」
「ちょぉっ!?」
「……師匠、そういうところです」
話はさっさと結論から言ったほうが早い、よね?
また俺は朴念仁やっちまったのか……もう俺はダメかもしれない。
「お、お話は、わかりました。そちらのお弟子さんに合わせたこの二振りを打ち直すのは、お任せください。ですが」
「専属は難しそうですか?」
「へ、へぇ……いや、はい。正直、お話はものすごく嬉しく思います。しかし、あたいには実績もありませんし、腕もまだ未熟。それどころか、継いだ当初に自信を過剰に持ち振る舞ったもんで、ギルドから鼻まで摘まれちまってる。反感は避けられずご迷惑になってしまいます」
申し訳無さそうに言われるが、本当に話自体は嬉しいんだろう、そんな雰囲気があったりする。
「最初から熟練の腕を持つ職人などいませんよ。リアさんの未来へ投資しているとでも思っていただければ」
「な、なんだか急に胡散臭い物言いになりましたね? あ、あぁいや、申し訳ない」
今のは自分でもそう思った。詐欺セールスに聞こえても仕方ないと。
「口を挟むけど。先生はどうしてリアさんにそんな話を持ってきたの? こういっちゃなんだけど、確かにリアさん以上の腕を持つ職人なんて沢山いるわよ?」
「あぁ、そうですねでは――よいしょ」
「うわぁっ!? な、なにもないところからランス!?」
「師匠?」
「ごめんて。失礼しました、これは保管庫と言っていくつか武器を収納できる魔法なんです。そこから取り出しました」
「は、はぁ……左様で。剣聖様は魔法も扱われる」
大層な魔法でもない。ほら、カタリナ様も特別驚いたりしてないしさ。
いや、まじで。魔法使いは誰かと旅する時に荷物持ちとしても優秀だったりするんだって、皆使えるから!
「こちらはリアさんが打たれたランスで間違いありませんね?」
「は、はい……ご購入頂き、感謝します。が、そのランスがどうしました?」
「そうね。反りは見事の一言だけど、見た感じバランスも悪いし、国で採用しているモノとは比べ物にならない粗悪品よ?」
「うぐっ」
カタリナ様はリアさんをどうしたいんだよ、そういうところだぞ。
「粗悪品であることに違いはありませんが。仰るようにこの反りは私でも目をみはるものです。腕が未熟ということはいうなれば発展途上ということ。発展途上にも関わらずここまでの才能を示す事ができるんです、言ってしまえば言葉は悪いですが青田買いのようなものですよ」
「あ、青田買い……」
「つまり、この才能を俺……ひいてはカタリナ様やトリア、あるいはメル様やまだ稽古をつけられていませんが、アルル様のためだけにチューニングし、振るってもらいたく思ったんです」
職人が多くの人に認められる腕を持つためには時間がかかる。
だが、特定の人だけに絞るのであればその限りじゃない。
「発展途上であれば、俺たちが求める技術も一緒に吸収してもらえるでしょうし、将来有望なんて言葉だけじゃ収まりませんよ」
主に武器防具への付与魔法とか。
最近手を回せなくなってきたし、この際そっちも覚えてもらえたなら最高だよね、魔法の才能もありそうだし。
「――ふぅ」
「えっ!? あ、あれ? リアさん!? どうしましたかリアさん!?」
いきなり卒倒したぞ!? え!? 何!? 攻勢魔法の気配もなかったし! 何が起こったの!?
「いやあの師匠? ご自分で言ったことがどういう意味なのかわかってます?」
「先生が言ったのって、それはつまり剣聖サマだけならず、王家の、お姫様専属の鍛冶師になってくれないかってことよ? そりゃ卒倒もするわよ」
……あ。
「師匠、ボクやっぱり諦めました」
「そうね。先生のコレはもう手遅れよ……頑張りましょうね、トリア」
「はい、カタリナ様。微力を尽くします」
いやもう本当に。
「申し訳ない……」