第八章 『月あかりに‥‥‥』
新しい旗もようやく完成し、いよいよ決行の日が訪れた。
ミーシアを説得して、マッシュ夫妻の所へ短期のお泊りをさせるのには一苦労だった。
「わたしを置いてみんなでどこに行くのよ!」
とミーシアはしつこく聞き質し、口裏を合わせて皆してウソを吐くのは、男達にとってはとても骨の折れる事だった。最終的にミーシアを納得させたのは、
「学校に行けば大好きな本がいっぱい読めるぞ!」という赤鼻のじいさんの一言だった。
「そこにはどんな本でもあるの?」
「ああ、いっぱいあるさ! ミーシアの好きな物語だって、それにこの赤じいにはちんぷんかんぷんな難しい本だって何だってあるぞ!」
「わたし行くわ! その本たちが、きっとわたしを待っているはずだもの……」
この時ミーシアは、早くもお得意の空想の世界へと旅立っていた。
船が港へ入ると、事前に伝書鳩を飛ばして連絡を入れておいたマッシュ夫妻が、港に着船するのを待ってくれていた。
「マッシュ、それにアンナも!」
逸早く甲板からマッシュ夫妻を見つけたミーシアは、甲板から小さな手を夫妻に向けて振った。
「トロント、あなたも来るでしょ?」
「ブヒヒー、ブウブウ(おいらは残飯を片付ける仕事があるんだけどなぁ~)」
「学校にはきっとおいしい物がいっぱいあるわよ!」
「ブヒブヒ!(行く行くおいら行くよ!)」
美味しい物に目がないトロントは、ミーシアの一言で、あっさり下船する事を決めたのだった。
ミーシアをマッシュ夫妻に預け、再び出航するとき甲板に男達は勢揃いし、別れを惜しみながら、ミーシアが見えなくなるまでいつまでも手を振っていた。中には泣き出す者までいたが、旅立つ前に涙など見せるものではない! とそれを咎める者はいなかった。他の男達よりも大粒の涙を流していたのは船長だったからだ。
船が港を離れ夕日に消えて行くと、ミーシアはマッシュとアンナに手を引かれてマッシュ夫妻の家に向かった。街を抜け、白樺並木の小道に差し掛かった時、ミーシアは空想した様々な冒険に胸躍らせていた。その中でも一番の冒険は初めて行く学校の事だった。
「マッシュわたしね、学校に行ったら一番に図書室に向かうわ! そして本たちにこう言うの! はじめまして本さんたち、これからよろしくね! って」
自身の右手を繋ぐマッシュの顔を見上げ、屈託ない笑顔でミーシアが言った。
「そらぁ~良い事だ!」
ミーシアの顔を優しい笑顔で見降ろしマッシュが言った。
「そしてねアンナ、お友達も作ろうと思っているの……」
次は左手を繋ぐアンナの顔を見上げながら、友達が出来るか不安があったのか、意見を求めるような顔をして言った。
「あらいいじゃない。ミーシアならきっと素敵なお友達がすぐに出来るわよ!」
アンナも優しくミーシアに向けて微笑んだ。
ミーシアの顔がぱっと華やいだ。
「でね、この島にいる間は、陸でしか出来ない事をいっぱいしようと思っているの。まず初めにするのは街や山や川を探索しようと思っているわ! マッシュもアンナもそれはいい事だと思わなくって?」
「そうさのぉ~」
マッシュに意見を述べさせる間を与えずミーシアは話を続けた。
「海と船しか知らない女の子がはじめて陸を冒険するのよ! わくわくしてこなくって? わたし思うのよアンナ、この冒険はきっとわたしにとって忘れられない出来事が待ち受けているような気がするの」
「ミーシアがそう思うならきっとそうなるでしょうね」
「アンナならそう言ってくれると思っていたわ!」
アンナはこのおませさんの豊かな想像力と、周りを気にせず思った事をすぐ口にする純粋な明るさに、いつもクスっと笑顔を見せた。アンナがミーシアのこんな性格を気に入ってくれているのは、水面から見ていても十分感じ取れた。
マッシュは普段から口数が少なく、人と接するのは苦手な性格だが、ミーシアに対しては違っていた。普段人に対して受け答えすらろくに出来ないマッシュが、ミーシアに対しては自分から話そうとするからだ。
「ミーシア、さっきから後ろを歩くお友達はいったい誰じゃな? わしに紹介してくれんかのぉ~?」
「あらごめんなさいマッシュ。すっかり忘れていたわ」
「ブウブウ!(これだからイヤになっちゃうよ!)」
トロントは三人の後ろを歩きながら、ぶうたれた顔をしてぼやいた。
「後ろを歩くあのピンクのかわいらしい子は、わたしのお友だちのトロントよ!」
「よろしくトロント」マッシュとアンナが言った。
「ブブブウー、ブウ!(まあおいらの言葉は解らないと思うけど、よろしく!)」
「この子もよろしくって言ってるわ!」
二人はミーシアが動物と話せる事を知らなかったが、子供らしいミーシアの返答に微笑んだ。
マッシュ家に着くと、テーブルを囲み、船での生活をミーシアは楽しそうに話し始め、ビッグママの尾ヒレから滑り下りるくだりになると、マッシュとアンナは目を丸くして息を飲んだ。
「でもね、わたしが一番気持ちいいって感じるのは、マストの天辺に上って水平線を眺めることなの」両手でコップを持ち、喉を潤した直後、口の上にミルクのお髭を付けながらミーシアが言った。
「あんな高い所に登るのかい?」
マッシュが聞く横では、アンナがマストに登るミーシアを想像したのか、口に手を当て驚いた表情をしている。
「そうよ。わたし高い所も全然へっちゃらなのよ。片足のとうさんはわたしに危ないから降りて来い! っていつも怒鳴るけど、わたしは止めないの。だってもしも誰も行った事のない無人島があったら、まず一番にわたしが見つけたいもの。マストの天辺が一番遠くまで見渡せるのよ。マッシュ知ってた? 未開の島を一番に発見した人が島の名前を決めていいんですって。わたしはもう名前を決めているのよ」
「どんな名前にするんじゃな?」
「キャンディアイランド。お菓子の島よ。そこにはお菓子で出来た鳥たちがいて、お菓子の実をたくさん実らせる木もあるの。チョコレートの沼はとっても甘くてきっとおいしいわ」
ミーシアのメルヘンチックな想像力に、マッシュとアンナはクスクスと笑った。
その夜ミーシアは遅くまで寝つけなかった。明日の事を考えると期待に胸が膨らんだのだろう。窓から入る月の光が優しくミーシアを照らしている。
「おやすみ、とうさんたち……」
窓の外に浮かんでいるお月様を眺め、ミーシアは小さな声で言った。
(おやすみ私のミーシア……)
私は水面を見つめ、心の中でミーシアにそっと囁いた。
海賊姫ミーシアとは別に、コメディータッチの自伝、
レッツ ゴー トゥ ザ NY ウィズ 岸和田㊙物語シリーズ1『武士はピンク好き 編』
も同時連載しておりますので、よければ閲覧してくださいね!
作者 山本武より!