海賊姫ミーシア 船長と魔の秘宝 第1章『赤ん坊になった船長』
教会の鐘が街中に響いていた。挙式後に新郎と新婦が仲睦まじく再びバージンロードを歩き、教会の入り口まで出て来ると、白い鳩が一斉に大空に放たれた。祝福の声と共に、二人の頭上に色取り取りの紙吹雪が舞っている。幸せに笑顔するミーシアが後ろ向きにブーケを投げると、宙を舞った色鮮やかな小さなブーケは、キャシーの手の中に飛び込んで来た。
「やったじゃないキャシー!」
キャシーを取り囲む女の子達が笑顔で言葉を掛けると、
「次は私達の番ね!」
とキャシーが笑顔でトニーに言った。
男達に囲まれ、ハンカチを噛みながら大粒の涙を流し、言葉にならない呻き声を上げて、顔を皺くちゃにしながら船長はミーシアを見つめている。
結婚の数か月前、船長から承諾を貰うのはミーシアにとって、とても忍耐のいる作業だった。船長からしてみれば、いつまでも自分の可愛い娘であり続けてもらいたかったのだ。
ミーシアもジョセフも心から互いに愛し合っていた。
「私が結婚しても、とうさんに対する気持ちはちっとも変わらないわ!」
「それはわかっている……」
「じゃあどうして……?」
「それは……、そのぉ~……」
煮え切らない船長を見兼ねて、赤鼻のじいさんが口を挟んだのだ。
「ミーシア、船長はな、ミーシアと会える時間が少なくなる事を淋しがっているんじゃよ」
「もぉ~う、とうさ~ん。結婚したからといって、私もとうさん達にはいつも会いたいし、私も船は好きだから、しょっちゅう船には顔を出すわよ」
「ほんとかミーシア……」
「勿論よ! それに紅鯨団は、今ではミンティア初めラドゥール国の海援隊にも抜擢されているじゃない。いつでも城には行き来出来るんだから、一緒に暮らしているのと変わりないじゃない」
「そうは言ってもなぁ~……、そうだっ! ミーシア、あと二年待って、二十歳になってから結婚するっていうのはどうだ!」
一度傾き掛けた決断をまた船長は振り出しに戻した。これでも船長にとってはかなり譲歩した故の決断だった。
ミーシアはガックリとうな垂れた。
こんな調子で月日が過ぎ、なんとか結婚まで漕ぎ着けたのだ。
「大御婆様、ミーシアは結婚しましたが、船長さんは相変わらずですね」
「そうじゃの。だがそれがあ奴の良いところかもしれんのぉ~」
「そうですね。船長さんらしいですね」
「じゃがエレーナよ。ミーシアの結婚と、あ奴の相も変わらずの行いに笑ってばかりはいられんぞ!」
「それはどういう事ですの、大御婆様?」
「うん。詳しくはわしにもまだ解らんのじゃが、真実の泉に良くない兆しが出て来ておるのじゃ!」
「良くない兆し?」
「そうじゃ、気泡がまだごく僅かではあるが、水面に浮かんで来ているであろう。解り辛いじゃろうが水面をよく観てみるといい」
「はい」
水面を観ると、微細ではあるが大御婆様のおっしゃるように、気泡が時間を置いて浮かんで来ていた。
「これは凶兆泡と言って、今後起こりうる悪変が近い事を示唆しておるのじゃ! お前がここに来る前にも同じ現象が起こっておったのじゃよ」
「では泉は早くにあのエリーザの一件を示唆していたと……」
「そういう事じゃ! かといって現世とこの神界では時間という概念が本来違うでのう。この凶兆泡の出かたを観ても、それがいつ現世で起こりうるか予測はつかん。一年後、あるいは三年後、はたまた十年先の場合もあるのじゃ」
私の中に不安が募った。あのエリーザの惨劇を、再びこの泉で目にしなければいけないのかと思うと気が気でなかった。
「しかしこれはわしも初めて観る凶兆泡の出かたじゃ! これまでわしの見た凶兆泡は、水面のあちらこちらに現れたのに、このあ奴の映る水面にだけ凶兆泡が浮かんで来るとは、はたしてこれが何を意味するのか、まったくもって予測がつかんわい……」
現世での一年の時が過ぎ、ミーシアに双子の兄妹が生まれた。私はこれまでになく真実の泉で孫の成長を見守った。更に時が経過し、私の孫、スコットとイザベラは五歳になっていた。
「スコット。どうしていつもサルサをイジメるのよぉ~!」
サルサとは、イザベラが可愛がっている愛犬である。
「だってオイラには少しも懐こうとしないし……」
「それはスコットがサルサをイジメるからでしょ!」
「お前はいいよなぁ! 動物と話が出来るし」
「話が出来なくても、サルサに優しくしてあげればきっとスコットにも懐くわよ」
「そんな気休めはよしてくれ! どうせオイラはママやイザベラのように動物と会話する能力はないよ!」
孫の成長を真実の泉で観るのが私の一番の楽しみではあるが、スコットの能力がないという妬みには、この先どうなるのかと私は心配でならなかった。しかしスコットの成長を危惧するよりも先に、事件は突然起こった。以前から凶兆泡が真実の泉に現れていたのが現実のものとなったのだ。
「ミーシア大変だッ、船長がァ~ッ!」
落ち着きを失い、酷く当惑した表情でラドゥール城に悲報を届けに来たのは、赤鼻のじいさんだった。
「どうしたのッ、何があったのッ?」
赤鼻のじいさんの余りの焦りの立ち振る舞いに、ミーシアは声色を変えて聞き返した。
「せ、せ、船長がァ~ッ!」
「落ち着いて赤じいッ! とうさんに何があったのッ?」
「せ、せっ、船長が赤ん坊になってしまったんじゃ~ッ!」
「えぇ~~~っ、とうさんが赤ん坊にぃ~~~~ッ!」
「そ、そっ、そうなんじゃ~ッ! 船長が赤ん坊になってしまったんじゃ~ッ!」
「どういう事なの赤じいッ? ちゃんと説明してッ?」
「そ、そっ、それが~……」
私は即座に真実の泉に、船長のここ数週間の行動を映し出してもらった。水面に映し出されたのは、二十日前の船内での映像だった。
「どうしたんだ船長、浮かない顔して」
赤鼻のじいさんの言葉に、
「いやな、昨晩ちょっと変な夢を見たもんでよ……」
船長が答えた。
「どんな夢だよ?」
「口にするほど大した夢でもねえよ……」
「そうかい、ならいいが」
しかしあくる日も、
「どうしたんだ船長、今日も浮かない顔して。さては女にフラれる夢でも見たのか?」
「いや、女にフラれる夢じゃねえが、昨日とまったく同じ夢を見たもんでよぉ~……」
「二日も続けて見たのかよ」
「あぁ」
「三日続けて見たら正夢かも知れねえな!」
「正夢とかそんな類の夢とかじゃねえが、まあ不思議な夢だったわなぁ~……」
「どんな夢だったんだ?」
「それだがな……、なんというか目の前には光の世界が広がっていたんだ。その光の中から男の声が聞こえたんだが、ジョンお前が最後の希望だ! いつの日か必ずこの世界を救ってくれ! と言って、光の中から大きな手が現れ、俺に青い石を渡してくるんだが」
「青い石って船長がずっと持ってる石のような物か?」
「あぁ、全く同じものだ!」
「だからといって、それのどこが不思議な夢ってんだ?」
「話は最後まで聞けよぉ~、赤鼻ぁ~っ!」
「すまねえ、で?」
「その男の声の後は、どことなく懐かしい感じのする女の声が俺にこう言うんだ。私達を許しておくれ、でもこうするしか道が無かったの……。声だけだが、それがやけにリアルでなぁ~。その後しばらくして、羽の生えた小っちゃな妖精のような生き物が現れて、石が赤に変色した時、私の声に従って下さい……。あなたを秘宝へと導きます……って言いやがるんだ!」
「何だかファンタジーの世界だな」
「だが赤鼻、これを見てくれ!」
船長は胸元から石を取り出し、赤鼻のじいさんに見せた。石は赤色に変色しつつあった。
「船長、こらどういう事だ?」
「解らねえ。だが、何かあると俺は睨んでいる。しかもお告げのようなこの夢の結末には秘宝ときたもんだ! ワクワクして来ねえか赤鼻ぁ~っ! 宝探しは男のロマン、強いて言えば海賊のロマンじゃねえか!」
「おぉ~船長っ! わしも若き血潮がムズムズと煮えたぎって来たぜぇ~っ!」
「バカっ、お前はもう若くねえだろ、じいさんじゃねえかっ!」
「そう言うな船長、わしの宝への情熱は、まだ二十歳よ!」
「まあ確かに、お前のスケベな事に対する情熱は、二十歳よりもっと若いかも知れねえな!」
「ところで船長、その石はどこで拾ったんだ?」
「いや、これは拾ったんじゃねえ。確か……、俺が赤ん坊の頃に親に捨てられていた時、握り持ってたらしい。そういや孤児院の園長さんが俺にそんなこと言ってたなぁ~」
「て事は、夢に出て来た声の持ち主は、船長の両親って事か?」
「まさかぁ~、この世にあんな羽の生えた小っちゃな生き物などいやしねえし、それに俺が赤ん坊の時の記憶が残っている訳もねえし、それとこれとを結びつけるなどバカな話よ!」
「しかし確かに不思議な夢だなぁ~」
そして三日目の朝。
「どうだった船長、昨晩は例の夢見たのか?」
「いや、昨晩は見なかった。しかし見て見ろ赤鼻、石がもう少しで赤一色に染まりそうだ」
「ほんとだなぁ~、石の色が変わるなんて不思議としか言いようがないな」
更に四日目の朝を迎えると、
「見て見ろ赤鼻、とうとう赤一色に染まりやがった!」
「で、どうなんだ? 例の妖精の声は聴こえるのか?」
「よくぞ聞いてくれた赤鼻、聞いて驚くなよ! 実はな、まったく聴こえねえ!」
「なんだよ船長、期待させやがって! 秘宝も何もあったもんじゃねえじゃねえか!」
「それでどうするんだよ?」
「何がだ?」
「これから向かう先だよ。このままあてもなく海上を北上して行くのか?」
「ん~ん。一度南下してラドゥールにでも戻るか!」
(そのまま北上し続けて下さい……)
「いやだからだな、一度ラドゥールに戻ってスコットとイザベラの顔を見にだな」
「何言ってんだ船長、わしは何も言っておらんぞ」
「えっ、お前北上を続けろって言わなかったか?」
「言ってねえぞ」
「おかしいなぁ~、確かに聞こえたんだがなぁ~? まあいいや、おいスマート、面舵いっぱい、向きを変えてラドゥール城に向けて前進だァ~ッ!」
(向きを変えてはいけません……。北上を続けて下さい……)
「赤鼻うるせえぞ! さっきから」
「だからわしは何も言ってねえって言ってるだろ!」
「えっ? じゃあ俺がさっきから聞こえてる声はいったい何なんだ?」
「船長、それ……って、もしや……」
「赤鼻、その、もしやかもだッ!」
こうして船長達は航路を変更する事なく、妖精の声に従い北上を続けたのだ。
北上を続けて更に三日が経った。
「船長、まだ例の妖精から次の指示はないのか?」
「無いなぁ~」
「そろそろ船員達も、その声は船長の幻聴だとか言い出してるぞ」
「なにッ、あいつら俺さまをぼけ老人扱いしやがってッ!」
「そらそうと、前に言ってた神界のばあ様の声は、もう聴こえねえのかい?」
「あぁ、あの日以来ぷっつりだ。俺の声も向こうに届かねえ。しかし観ていると思うがな」
「なんだ観ているって?」
「お前に言った所で理解できねえよ」
しかし妖精の声は聴こえずとも変化はあった。日が沈みだす頃、諸島が彼方に目視出来たからだ。
「やっとそれらしい島が見えて来たな」
赤鼻のじいさんの声に、
「あぁ」
と船長がそれとなく返した。
その日は諸島を目前にしていたが、碇泊を余儀なくされた。明くる朝早くに船長に啓示があった。船長達の会話では、入り江のある島を目指して上陸せよとの事だった。
船長達は入り江のその島を見つけると、ライフパルス号の碇を降し、手漕ぎボートでその島に上陸した。
「初めて来た島だが、なんか財宝がたんまり眠ってそうな感じだな」
「確かに船長、他の海賊どもがお宝を貯蔵してそうな感じですね」
ジミーが応えた。
妖精の啓示はまだ無かったが、一団は島の探索に取り掛かった。これといって進展のある発見はなかったが、その日は野営し、次なる啓示を待った。だが明くる朝、アクセントが用を足しに野営地から離れた時、偶然にも洞窟を見つけた。
「船長、オラ向こうに洞窟を見つけただよ」
「なに~ぃ、洞窟ッ!」
逸早く声を出したのはジミーだった。
「しかしアクセント、おめえはホント毎回なんでもよく見つけて来るよなぁ~。ミーシアの入ってた樽を見つけたのもおめえだしなぁ~」
ジミーの言葉にアクセントが頭を搔いた。
洞窟の周りにはシダ植物が生い茂り、獣の口がぽっかりと開いたような洞窟の入り口は、未踏というに相応しい禍々しさが漂っていた。
「おい、松明を点けろ! それとカナリアの用意も怠るな!」
カナリアは、洞窟内の有毒ガスを感知するのに用いられていた。
洞窟の奥に進むにつれ、松明の明かりに照らされた鍾乳石や石筍といった神秘的な世界が広がっていた。そんな空間を抜け、更に奥へ進むと少し先に光が見えた。それは外に通じる出口だった。船長達は出口に辿り着くと、太陽の日差しを遮るように額に手を当てた。泉が船長の視点に切り替わった。徐々に日の光に慣れだした船長の視界に映るその光景は、大自然の壮大さを顕著に映し出していた。崖に面した一角にぽっかりと空いた出口から見下ろすその光景は、木々が生い茂る緑一色の絨毯の中に、緑を二分するように大河が流れていた。その大河を更に辿って行くと、大よそ500メートル先に大きな滝が視界に映った。
(水のカーテンを潜って下さい)
そのとき船長にお告げがあった。
「おい、あの滝を目指すぞ!」
船長達は崖に沿って足場を探りながら慎重に下り、河に沿って更に滝を目指した。
「船長、やはり滝の裏には空間があるようですぜ」
ジミーが先導して皆を滝の裏に招いた。滝裏の洞窟はそれほど奥深くまではなかった。
「ここで行き止まりだな」
その空間にはこれといってお宝と思しき物は存在しなかった。しかし飲んだくれのジョンが椅子ほどの高さの岩に腰を持たせた時、カチィと何かが作動するような音がしたかと思うと、石壁の一部が音を立てて地に下り、新たな空間を生み出した。
「おい、あれ見ろよ!」
船員達の視線の先には、石材で出来た棺と呼ぶには少し小さいが、そのような石造りの箱があった。船長達はその石箱に駆け寄ると、即座に石蓋を開けた。中には木の実を入れるような小さな袋と、緯度と経度が示された羊皮紙、更には、人の胴体がすっぽりと納まりそうなほど大きな王冠が入れられていた。
「なんだなんだ、このバカデカい王冠はッ!」
そう言って船長は王冠を持ち上げた。
「これが秘宝か!」
(それは秘宝ではありません。その羊皮紙に記された場所に赴き、袋の中の種を海に投げ込んで下さい)
「そういう事か」
「船長、どうしたんですかい?」
とジミー。
「今また例の声が聴こえたんだが、秘宝を探す旅はどうやらまだ続くらしい……」
「えっ、そうなんですか?」
「あぁ、次はこの緯度と経度が記された場所に行き、その袋の中に入っている種を海に放り込めと言って来やがった」
「種なんか海に投げ込んでどうなるんですかね?」
「いや、それは解らんが、今のところこの王冠が秘宝という訳ではないらしい」
「しかしその王冠、正面の宝石が収まる部分、何もない所を見ると、外れちゃってるんですかね」
「ほんとだなぁ~、俺の持ってるこの石がちょうど収まりそうだがな……」
船長は右手に持つ赤い石を、その王冠の窪みに嵌めて見た。
(ダメです! それはまだ早い……)
妖精らしき声がそう船長に言ったが、時すでに遅かった。赤い石を窪みに嵌め込んだ途端、船長の身体がみるみる縮んで、赤ん坊にまで退化してしまったのだ。
「こら大変だァ~ッ!」
船員達が焦りに声を出した。
これが泉に映し出された、船長が赤ん坊になった経緯である。
私は次にミーシアを泉に映し出してもらった。赤鼻のじいさんに事情を説明してもらったミーシアは、赤鼻のじいさんと共にライフパルス号に駆け出していた。
「とうさんは何処ッ?」
甲板に上がるなりミーシアが叫んだ。
「こっちだミーシアッ!」
ジミーが船内に入るよう促した。
船内に入ってみると、お包みに包まれた船長を、料理長があやしている最中だった。
「ダメだ! 泣き止まねえ」
「私が抱いてみるわ」
ミーシアが料理長から船長を慎重に受け取ると、手慣れたあやし方で船長を落ち着かせようとしたが、やはり一向に泣き止まなかった。
「ミーシア、わしに貸してみろ」
赤鼻のじいさんが名乗りを上げた。
「赤じい大丈夫?」
「何を言っておるんじゃ! ミーシアが赤子だった頃は、このわしがこの船随一のあやしの名人だったんじゃぞ!」
そう言ってミーシアから船長を抱き取ると、赤鼻のじいさんは方乳を出して、船長の顔を自身の乳房に近付けた。
私は泉に船長の心情を、音声として流してもらった。すると泉は気を利かせてくれたのか、船長の視点まで水面に映し出してくれた。
(やめろっ、赤鼻っ、何しやがるんだッ! テメエこの野郎ッ!)
赤鼻のじいさんの乳房には、長い毛が三本生えていた。その乳房とセットになった赤鼻のじいさんの、少し黒味がかった乳房が船長の目前に迫って来ていた。
(やめろと言ってるだろ赤鼻ッ!)
「ハ~イ良い子でちゅねぇ~、おしゃぶり代わりに、じいちゃんのオッパイを吸いまちょうねぇ~」
赤ちゃん語を話しながら、赤鼻のじいさんは更に船長の顔を近づけた。
(やめてくれぇぇぇぇ~~~赤鼻ッ! 俺はお前の乳首など吸いたくなァァァァ~~~いッ!)
しかし船長の心の声など一向に届いていない赤鼻のじいさんは、躊躇する事なく自身の乳房を船長の口に押しやった。だが以外にも口の中に乳房を強引に押し込まれた船長は、口を塞がれ声を出す事が出来なかったので、泣き止んだ形となってしまった。
「どうじゃミーシア、手慣れたもんじゃろぉ~!」
「赤じい、それ私にもやってたの……?」
「当たり前じゃないか、お前はよくこの赤鼻のじいさんの空乳を吸っておったんじゃぞ!」
「想像しただけでちょっと目まいがして来たわ……」
(赤鼻ァ~~ッ、元に戻ったらお前を殺すッ!)
この時の船長の心情である。
それからミーシア達は船長をどのように元通りに戻すか検討し合っていたが、答えはそれほど簡単に見付かるものではなかった。
「大御婆様、どうすれば……」
「それはわしにも解らんが、あ奴の為にわしもさっきから考えてはおるのじゃが……。とにかくあ奴に得されたものが、呪いなのか魔法なのかここからでは皆目見当も付かんのじゃ! わしがあ奴の傍に行って見定めん限りは、どうしてやる事も出来んのじゃ……」
「以前のように、泉から顕界に移動する事は出来ないのでしょうか?」
「残念じゃが其方一人の祈りの力では、わしの本体は移動出来ん……」
「じゃあ意識なら移動できますの?」
「おぉ、その手が有ったかっ!」
「それでは早速」
「いや待て、その前にわしがあちらに留まれる媒体を探さねばならぬ」
「媒体と申しますと?」
「憑依出来る身体の事じゃ。まず人間は魂が存在するので入り辛い。そこで会話出来る媒体、つまり動物でも話す能力がある身体を必要とするのじゃ。例えばオウムとかが最適じゃな」
大御婆様はそう仰ると、ミーシアの近辺にいるオウムを泉に映し出した。
「よし、これにするか。さあエレーナ準備が整ったぞ!」
「ではお気を付けて」
「うむ」
私は泉に大御婆様の意識が顕界に向かえるよう祈りを捧げた。大御婆様の口からプラズマのような神秘的な霧状の靄が飛び出た途端、その靄は以前に大御婆様が泉に吸い込まれたように、また泉に吸い込まれ顕界へと旅立った。泉に映る大きく赤いオウムに大御婆様のプラズマが覆い被さると、オウムは一度コロンと地に倒れた後、ほんの僅かな時間を経て立ち上がった。
「エレーナ観ておるか?」
「はい、大御婆様」
「しばらくそこを留守にするので、わしの身体を其方に預けたぞ」
「承知しました。御武運を……」
「うむ」
そして大御婆様はミーシアの許に飛び立ったのである。
ラドゥール城のとある一室では、ミーシアの腕の中に船長が抱かれ、その足元ではスコットとイザベラが、私たちにも赤ちゃんを抱かせてよとミーシアにせがんでいた。そんな所に大御婆様は降り立ったのだ。
「わぁっ、見てスコット、インコよ!」
イザベラが窓枠に止まる赤いインコに向けて指を指した。
「ほんとだ! 大きなインコだ!」
スコットがインコを見つけるなり駆け寄った。
大御婆様は大きく羽を開いて一羽ばたきすると、ミーシアのすぐ横にある机の上に降り立った。
「ミーシア、わしじゃ!」
「えっ、その声は大御婆様?」
「よくわしの声を覚えておったのぉ~」
スコットとイザベラは驚きに尻餅を着いた。
「いつぞやは大御婆様のおかげで助かりました」
「まあ堅苦しい挨拶は抜きにして、ミーシア、そ奴をわしの前に置きなさい」
「とうさんの事ですか?」
「うむ」
ミーシアは大御婆様の仰る通り指示に従った。大御婆様はオウムとなった自身の額を船長の額に重ね合わせた。大御婆様はしばらく額を合わせたまま診断していたが、
「ん~ん、これは呪いではないが、ある魔法が掛かっておる。こんな魔法はこの世に使える者が居るはずもない。わし自身この魔法は初めて目にする魔法じゃ。ミーシア残念だがわしがこの場でこ奴を治してやる事は出来んようじゃ」
「ではどうすれば……」
「わしの見解では、この魔法を発動した者、つまり術者に直接会うしかないのぉ~」
「その術者は何処に居るのですか?」
「それはわしにも解らんが、恐らく羊皮紙に記された緯度と経度に行って、妖精が啓示した事を実行するほか選択の余地はなさそうじゃ。事情は赤鼻のじいさんから聞いておろう」
「はい、でもそのとうさんに語り掛けて来た妖精を信用して良いのでしょうか?」
「わしは神界から一部始終この経緯を見ておったが、妖精の発する言葉に悪意は感じ取れんかった。更には、こ奴が王冠に赤石を嵌め込んだ時も、妖精はそれはまだ早いと止めておったのをわしは聴いておった。なのでここは先に進むしかないじゃろう」
「大御婆様がそう仰るのであれば、私は指示に従います」
「では旅に出る支度を整えるのじゃ。明日には出発するぞぇ」
「わかりました大御婆様」
明くる朝、ライフパルス号に乗船したミーシアの許に集まったのは、
「ミーシア、水臭いじゃない何の相談もなしに旅に出るなんて!」
キャシー達だった。キャシー達仲良しグループは、夏の休暇をラドゥールの街で過ごしていたのだ。
「そうだよミーシア、何と言おうとオレ達は付いて行くぜ!」
とトニー。
「そうよミーシア、海賊姫ミーシア再結成の日には、私達も同行するって言ってたじゃない!」
とカトレーナ。
「僕が居ないと正確な緯度と経度には辿り着けませんよ! でも師匠がいるけど……」
とマーカス。
「みんな準備は整えてるわ!」
とアリス。
「わたし最近ちょっと太り気味だから、ダイエットの為にちょうど冒険に出たかった所なのよ」
とスーザン。
「俺達が居た方が何かと便利だぜ!」
とデビット。
ゴッズは相も変わらず口の中に食べ物を頬張っていた。
「でもキャシー、あなた最近赤ちゃんを産んだばかりじゃない!」
キャシーとトニーも一昨年の夏に式を挙げ、今年に入って直ぐに元気な男の子を産んでいた。
「大丈夫よ。今回のラドゥールの休暇には、子供を連れて来なかったから」
「本当に大丈夫なの?」
「ええ、パパとママに預けて来たから心配しなくても大丈夫よ。それよりもジョセフ王は同行しないの?」
「ええ、王位継承したばかりだから同行は出来ないの……。それにスコットとイザベラの事を見ててもらわないといけないし……」
「なら今回の旅は子供の居ない、久々の独身旅行って訳ね!」
「でもあなた達、旅先で何が起こるか解らないのよ! とうさんだってこの通りだし……」
「うん、解ってる……」
キャシーの言葉に子供達の表情に緊張が走った。皆言葉では明るく振る舞ってはいたが、事の重大性をそれぞれが認識していた。
「だからこそ私達、一緒に行きたいの、船長は私達にとっても父親のような人だから……」
「そうだ、俺達のビッグファーザーさ!」
この現状の空気感を打ち破ったのは船長だった。船長が突然泣き始めたのだ。
私は泉に船長の心情を、また音声として流してもらった。
(お前達ぃ~、泣かせやがるぜぇ~っ!)
しかし船長にとって、このタイミングで泣き出したのは、非常に災難な結果となってしまった。ミーシアがオシッコと勘違いして、船長を樽の上に置き、皆の前でオムツを替える作業に移ってしまったからだ。
(やめてくれぇぇぇ~~~~っ! 皆の前で俺の息子をさらさないでくれぇぇぇ~~~~っ!)
しかし皆が船長の見られたくない部分を気にするよりも、皆の目に留まったのは、船長の切断された足だった。赤ちゃんの片足が無い姿は、皆にとって衝撃的な痛ましい姿に映って見えたようだ。そんな所に大御婆様が舞い降りて、ミーシアの肩に止まったのだ。
「ん~ん。これはどうにかしてやらんといかんのぉ~」
大御婆様の言葉に、キャシー達は驚きを隠せないでいる。
「ミーシア、あのぉ~、もしかしてだけど……、ミーシア・ベネット・ウォールデン様?」
「おぉキャシー、よくわしと解ったのぉ~」
インコの声を聞いて、
「ええええぇぇぇぇぇぇ~~~~~~~~~~~ッ⁈」
と皆が驚愕に甲板にへたり込んだ。
ミーシアは皆のその驚き様を見て、クスッと笑みしている。
「ミーシア、あなた最近人が悪いわよ! どうしてウォールデン様がいらしてるって教えてくれなかったの!」
キャシーは大御婆様の熱狂的なファンだった。
「ごめんなさい。隠すつもりはなかったのよ……」
そう言いながらもミーシアは笑みを抑える事が出来なかった。
「もぉ~う、ミーシアったらぁ~、いつも人を驚かせて一人楽しんでいるんだから!」
「まあキャシーよ。話はそれくらいにして、お前達の大事な船長の足を治してやろうと思っておるのじゃが、取り掛かっても良いかな?」
「勿論ですわ! ウォールデン様」
キャシーは胸の前で手を結び、期待に目を輝かせている。
「よし、それでは取り掛かるとするかのぉ~、まずミーシア、わしはこの姿では十分に魔法を使う事が出来んので、其方の力をわしに注ぎ込んで欲しいのじゃが」
「どうすればよろしいのですか?」
「まずわしを其方の指に止まらせて貰えるかのぉ~」
ミーシアは人差し指を水平に立てた。そして大御婆様が肩からミーシアの指に移動すると、
「それではミーシア、目を瞑って意識を集中し、わしの止まっておる指先に、自身の内に秘めるパワーを注ぎ込んでくれんかのぉ~」
「わかりました」
ミーシアは目を瞑り、自身に内在する大御婆様から頂いた大いなるパワーを指先に流れるよう意識を集中した。しばらくすると神々しい光が指先を纏った。
「よし、それでよい」
大御婆様はミーシアの指に掴まる自身の足の平から、ミーシアが流した神々しい光を吸い取った。そして即座に船長の切断された足に飛び移ると、
「モジロギ、アスタベ、ソニアラーノ、プレイバーナ……」
呪文詠唱し、足平から光を流し続けた。船長の切断されていた足が、髪の毛が一瞬にして生えて来るような速度で船長の足が再生していった。
「凄ぉ~いッ!」
キャシーは興奮気味である。
船長はというと、
(おおぉ~、俺の足が元に戻ったぁ~っ! ありがてぇ~っ! ばあ様ぁ~っ、恩に着るぜぇ~ッ!)
と喜びにまた涙したからさあ大変。心情では喜びに涙だが、ミーシア達には赤子が泣いているようにしか見えないものだから、
「もしかしてお腹を空かせて泣いているのかしら……」
とミーシアが言うと、
「それなら私に任せて! こう見えて私、母乳がすごくたくさん出るのよ」
とキャシーが船長を抱きかかえ、船内に向かって行った。そして閉め切られた部屋の中で片方のオッパイを出すと、赤鼻のじいさんと同様に、船長の顔を自身の乳房へと近づけた。
(待て待て待て待てキャシーぃ~っ! やめろやめろやめろぉ~ッ! 娘のようなキャシーから授乳を受けるなど、俺にとって一生の汚点になるじゃねえかァ~ッ!)
迫りくるキャシーの乳房に、赤子の船長は抗う事は出来るはずもなく、
「ハイ、良い子でちゅねぇ~、いっぱい飲みまちょうねぇ~」
船長は無理やりキャシーに授乳されたのだ。
そんな船長がらみの遣り取りもあったが、
「万が一、敵に遭遇した場合の事も考えて、武器弾薬の準備も整えているわね!」
「勿論だ、ミーシア! 抜かりはないぜ!」
ジミーか応えた。
そして全ての準備が整うと、ライフパルス号はラドゥールの港を後にし、羊皮紙に記された緯度と経度を目指すのだった。
「師匠、この辺りですね」
マーカスの言葉に、
「うん」
スマートが頷いた。
ライフパルス号の航海士師弟コンビは優秀なだけあって、羊皮紙に記された目的地点には数時間で辿り着いた。
「ミーシア、この辺りだ!」
スマートが叫んだ。
「本当にこんな所であの種を海に投げて、何か起こるのでしょうか?」
「そうだな、常識から考えて何か起こるとは思えないが、しかし船長が赤ん坊になってしまった事も説明がつかない現象だけに、何か起こりうる可能性は十分あり得るな」
舵輪を握り持つスマートと、その傍らで立っているマーカスが、これから実行されようとしている事項について議論しながら、船縁に立つミーシアを見守るように見つめていた。
「大御婆様、本当にこの種を海に投げ入れるだけでいいのでしょうか?」
自身の肩に止まる大御婆様に向けてミーシアが言った。
「私が神界から観ていた船長に啓示された内容でも、確かに海に投げ込むと言っていた。今は指示に従い、次に起こりうる導きに従うほか手段はない」
ミーシアは手に握り持つ種を胸の前に持っていき、祈るように目を瞑った。そして海に向けて種を解き放った。種が海面下に沈んで行った。皆それを目視していた。
「何も起こりそうにねえなぁ~」
ジミーが言い放ったその時、海底が地響きを起こし、水面が波打ち始めた。その波に影響を受けたライフパルス号が少し横移動した。第二波の波は先ほどより少し大きかった。皆、船縁を握り持ちながら海面を見つめている。第三波の波に備えようとしていたその時、海面が大きく盛り上がった。まるで大きな島が今にも浮上してくるような、そんな異常な程の海面上昇の瞬間だった。しかし海面から現れたのは島ではなかった。大きな樹の葉が姿を現せたかと思うと、それが太陽に向けて上昇して行くにつれ、船の五倍は優にある巨大な大樹が姿を現した。その中心部には、海面の水を暗黒の世界に吸い込んで行きそうなほど、巨大な樹洞が船を誘うように姿を現した。
「大御婆様、あれは……」
「恐らくあの樹洞の中に進んで行かなければならんという事じゃろう」
「でもあの中に入って大丈夫なのでしょうか?」
「他に選択の余地はなさそうじゃぞ」
皆の前に突如として現れた巨大な大樹を目前にして、皆その壮観かつ雄大な眺めに固唾を飲んだ。
「ミーシア、どうする?」
舵輪を握り持つスマートの声に、
「あの中に進んで!」
ミーシアが叫び返した。
スマートは舵輪を切り、樹洞に向けて調整を行った。ライフパルス号が向きを変え、樹洞に向けて推進を始めた。バウスプリットが暗黒の樹洞に飲み込まれるように推進していくと、続いて船首、船体中央、更に船尾が暗闇の中に消えて行った。そしてライフパルス号の姿が海上から消えてしまうと、大樹は灰が風に飛ばされるように海上から姿を消した。




