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第三十二章 『決戦の海』

「魔のトライアングルにザルーラの本体がいると解った以上、早急に我々は全勢力を上げて向かうべきだと私は思うが」

「私も同意見だ」

「だが敵の戦力が解らぬまま動くのは得策ではないと思うが!」

「しかし先日の我々の戦いを見れば、恐れるに足らぬのでは」

「過信は命取りになる。今は情報を集めるのが最優先すべき事項だ!」

 ミンティア国に一度帰港したミンティア連合艦隊の作戦会議の中、各指揮官達が円卓のテーブルを囲み、真剣な面持ちで議論を交わし合っていた。

「私はザルーラが率いる海賊団と戦った事がある。奴らは紅鯨団に引けを取らぬ怪物クラーケンを従え、更には、人の力を遥かに超えた、魔の力を自由自在に我が物とする、この世の者ではない者も背後にはいるのだ!」カイルはエリーザの名は出さなかった。「私はそれらの力を目の当たりにした以上、今は我々の戦力を更なる物にするのが最優先すべき事だと思っている」

「しかし魔の海域は目と鼻の先、今やつらを逃せば次に何処で()えるか解らないのでは?」

 勝利を急ぐあまり、ラセール国の指揮官が焦りの表情をカイルに向け言った。

「いや、それよりも少し前にミーシアが得た情報によると、ザルーラ艦隊は優に三百隻は超えているとか、しかもクラーケンという海の怪物まで従えている。私は魔の力を持つ者に遭遇(そうぐう)した事があるだけに、今やクラーケンだけでは留まらないと睨んでいる」

「それではカイル殿は、ザルーラ艦隊がクラーケン以外の他の化け物を従えているとお考えか?」受け入れがたい敵の兵力に、ベルタ国の司令官が、カイルからそうでないという言葉を期待したが、

「恐らくは……」一旦言葉を切り、またカイルが話し始めた。「もしくは四百隻になっている可能性も……」

 ベルタ国の司令官は、先程よりも最悪な可能性を突き付けられ、言葉を失くしてしまった。

「そこまで敵の戦力が上がっているとは想像し難いが、敵を甘んじて戦いに(のぞ)むよりましか……」先程から考え込むようにテーブルに肘を着き、論議に加わっていなかったパウザニア国の司令官が、不意に考えを口にした。

「しかし戦力を高めるとはこれ以上どのようにして?」

 ラドゥール国の王子ジョセフがカイルに尋ねた。

「一つはミーシアの友、海棲怪獣シーサーペントの援軍を待つ事。そしてもう一つは、まだザルーラの支配下に下っていない国に、援軍を要請(ようせい)するのが今成すべき事だと思っている」

「シーサーペントたちの援軍はいつ到着するのですか?」

 シドール国の司令官がミーシアに尋ねた。

「ハッキリした事は今は言えません。ですが必ずギャスターたちは私の許へ現れます」

「まったく話になりませんなぁ~っ!」

 シドールの司令官は陰険(いんけん)な眼つきで言った。

 ミーシアはムッと表情を曇らせた。

「しかしザルーラの支配下に下っていない国々と言っても、ミンティアからは数日も距離の離れている国ばかり、仮に援軍要請を受け入れてくれたとして、ミンティアに着く頃には、間違いなくザルーラ艦隊は魔の海域を移動しているでしょうな」

 ラセールの指揮官がまた話を戻した。

「私と炎王が行けば日数は稼げます」

 自分なら他の者より早いと、使命感に駆られたミーシアが援軍要請の大役を買って出た。

「ミーシア、それではその役割を頼めるかい?」

「はい、勿論です」総司令官に向けてミーシアが頷きながら答えた。


 ミーシアは炎王と共に、まずは小さい国ではあるが近国のフランタに向かった。全速力で炎王が大空を羽ばたくと、フランタには半日で着いた。

 謁見の間に通されたミーシアは、ミンティア連合艦隊の現状を詳しく説明し、援軍の要請を求めた。国王は躊躇する事なく援軍の要請を受け入れた。

「しかし困ったものだ……」国王は眉間に皺を寄せた。

「どう致しましたか国王?」ミーシアが尋ねた。

「ミーシア殿の話では、ザルーラ艦隊は今は魔の海域に潜伏しているとか……」

「何か問題でも御ありなのですか?」

 国王は深刻な表情で事情を話し始めた。

「昨晩この国の民を乗せた民間船がポラードに向かったのだ」

「ポラード?」

「我が国からポラードへは、魔の海域を抜けるのが最短の航路なのだよ」

 ミーシアは険しい顔付きになった。

「それでは何も知らない民間船は、その航路を通ってポラードに向かっているというのですか」

「恐らくは……」国王の表情は諦めているようにも思えた。

 もうこれ以上ピーターのような悲しい思いは誰一人としてさせてはいけないと、ミーシアは強く心に思った。水面に触れるとそれが解った。

「国王、とにかく戦闘の準備が整い次第、直ちにミンティアに向かって頂けますか?」

「勿論だとも」

「私はその民間船を追い掛けます」

「昨晩出航したのだ、今頃はもう魔の海域に差し掛かっている頃だ。今から行っても間に合わんだろう……」

「ですが国王、国を支えるのは民の力、民は国の宝なのです。しいては世界の宝とも言えるのです。そんな民を私は放ってはおけません。私と炎王なるドラゴンが向かえば船よりも速いので、まだ間に合うかも知れません!」

「ミーシア殿のその言葉、余は深く感銘した。明日の朝一番にと思っていたが、今晩中にミンティアに向けてすぐに出航いたそう。済まぬが民間船は任せたぞ!」

「勿論です国王!」ミーシアは胸に手を当てた。


 ミーシアは謁見の間を出ると、廊下を駆け、階段を駆け下り、中庭へと駆け出した。

「炎王、予定を変更して魔の海域へ向かって欲しいの」

「どういう事だ?」

「一刻を争うから、飛行中に説明するわ!」

「よしわかった!」

 ミーシアは炎王の背に乗り、日が沈みかけている水平線に向かって飛び立った。事情をミーシアから聞いた炎王は、持てる最大の力で翼を動かした。

 星が上り、月が顔を出した頃、眼下に見える大海原は白昼よりも船を見付け出すのが困難だった。

「炎王、疲れたでしょ。少しあの孤島に降り立って休息を取りましょう」

 一日中飛び続けて来た炎王は、疲れ果てていたせいもあってか断る事はしなかった。ミーシアらは浜辺に降り立ち、肌を寄せ合いしばし休息を取った。

 数時間後ミーシアが目覚めた時、目の前には、炎王が狩って来た魚やヤシの実が置かれてあった。

「ありがとう」

 ミーシアはヤシの実の上部を剣で飛ばし、果汁を口に含んだ。

「炎王は食べたの?」

「ああ」

「悪いんだけど炎王、魚をちょっと焼いて頂ける?」

 ミーシアが可愛らしく言うと、炎王は口から小さな火炎を吐いて適度に魚を焼いてくれた。

「焼き加減ちょうどいいわ」口に魚を含みながらミーシアが言った。

 ミーシアが食事を済ませると、炎王はミーシアを乗せ、また夜空に飛び立ち民間船を探し始めた。炎王は暗闇に光る赤い眼で、くまなく大海に眼を走らせている。

「もしやあれか!」

 炎王がそう言った時には、すでに夜が明けようとしていた。


 明け方ミンティア国に入港したフランタ国の二十隻の船は、各国の船に歓迎されながら港に船を停泊させた。下船した指揮官と数名の兵士達は、すぐさまミンティア城へと足を運んだ。

「よくぞお越し下さいました」

 カイルが感謝の意を込めて歓迎の挨拶をし、片手を伸ばした時、フランタの指揮官がカイルの手を握りながら言った。

「早速ですが、早急にお話があります」

 険しい表情を見せたフランタの指揮官を見て、カイルは事の重大性を悟った。

「昨日、夕刻にミーシア様が我らの城にお起こし下さいました時……」

 フランタの指揮官はそう切り出すと、昨夜ミーシアと国王の間で交わされた内容を、事細かにミンティア連合艦隊の指揮官達の前で話して聞かせた。その内容を聞き終えた時、ジョセフ王子は青ざめた顔色になっていた。総司令官カイルは、じっとどうすべきか頭の中で思考を巡らせている。他国の指揮官は互いに顔を見合わせ、どうするべきかと検討し始めたが、それを跳ね除けフランタの指揮官が話し出した。

「我フランタの王は言いました。ミーシア様はこれからの世界を担う大切な指導者になるだろう。あの方を死なせてはならぬ! もしミンティア連合艦隊にこの事を知らせ、ミンティア連合艦隊が動かぬというのなら、フランタ軍だけでもミーシア様を追い救い出すのだと……」

「カイル殿ッ、我々も直ちにミーシアを追いかけましょうッ!」

 ジョセフが堪え切れなくなり発言した。

「だがミーシア殿がまだザルーラ艦隊と遭遇したとは限りませんぞ!」シドールの指揮官が発言を始めた。「それにミーシア殿と炎王なら、仮にザルーラ艦隊と遭遇したとしても、難なく切り抜け、逃げ帰る事は容易なはず!」

「しかし万が一民間船がすでにザルーラ軍と遭遇していたとしたら、ミーシア殿は民間船を置き去りに出来るでしょうか?」パウザニア国の指揮官が発言した。

 カイルはミーシアの性格をよく知っていた。ミーシアならたとえ自分一人であろうとザルーラ艦隊に立ち向かうだろうと……。

「今のミンティア連合艦隊にとってミーシア殿は大いなる戦力の要、あの方を失った後ではミンティア連合艦隊にもう勝ち目はないでしょう。どの道ザルーラ軍とは衝突する運命にあるのなら、今を置いて他にないのでは?」スウェーニー国の指揮官が的を突いた発言をした。

「私はミーシアの性格は良く知っている。先程ブラッドリー殿(パウザニア国指揮官)がおっしゃった通り、あの子はたとえ一人でも人を救う為なら喜んで身を犠牲にする子だ。ミーシアの仲間がまだ合流していないのは残念な事だが、民間船がザルーラ艦隊と遭遇していないとも限らない。その可能性も想定した上で、全軍でミーシアを追いかけようと思うのだが」

 各国の指揮官は重々しく頷いた。どうやら意見は(まと)まったようだ。

 新たに加わったフランタ国の船を含め、二百隻にも満たないミンティア連合艦隊は、決戦の覚悟を決め、ミーシアを追い魔の海域を目指すのだった。


 炎王が見付けたのは探し求めていた民間船だった。しかし民間船は波間を超えて航路を進める訳でもなく、魔の海域で停泊していた。

 ミーシアは、炎王に低空飛行で民間船に近付いてもらうと、(あぶみ)を蹴って民間船の甲板に飛び降りた。甲板に立つ人々は、ドラゴンから飛び降りて来たミーシアを見て驚いた顔をした。

「ごめんなさい。ビックリさせちゃって」

 ミーシアの言葉を聞き、乗客は肩の力を抜いた。

「あんた何者だい? ドラゴンが現れた時には襲われるかと思ったよ!」水夫が言った。

「驚かすつもりはなかったの。実は話があって来たんです。船長さんはいらっしゃる?」

「船長なら私だが、どういったご用件かなお嬢さん?」

 パイプを片手に、船長が乗客の合間を()って現れた。

「フランタの国王から、この船がポラードに向かっていると聞いてやって来たんです」

「国王から……」

「えぇ、ポラードへはこの海域を通ると聞いたものだから、引き返すよう言いに来たんです」

「どういう事だね?」

 ミーシアはザルーラ軍がこの海域に潜伏(せんぷく)している事や、ザルーラが民間船を海賊団に襲わせている事などを話して聞かせた。事情を呑み込めた船長は、すぐにでも旋回してフランタに引き返したいが、船のトラブルで今すぐには動けないと説明してくれた。

「どれくらいの時間があれば船の修理が終わるのですか?」

「早くても数時間は掛かるかも知れん!」

 ミーシアは搭乗(とうじょう)している人達に、ドラゴンは仲間だから心配いらないと伝えた後、炎王を甲板に呼び寄せた。舞い降りた炎王にミーシアが駆け寄り現状を説明した。

「ミーシア、霧が出て来た。視界が悪くなれば敵が近付くのも五感が頼りになってくる。わしは五感を研ぎ澄ませてはおくが、遠くまでは察知出来ない。とにかく急がせろ!」

「ええ、わかった!」

 ミーシアは船長に修理を急ぐよう指示し、修理が終わるまではここに残りあなた達を守ると言った。

 船長は水夫達に修理を急がせ、乗客には船室に入っておくよう処置をとった。時間が経過するにつれ、先が見えなくなるほど霧は更に濃くなり、視界は完全に閉ざされた。辺りを警戒しながら甲板に立つミーシアと炎王は、目を(つむ)り五感を研ぎ澄ませた。聞こえて来るのは船側に打ち寄せる波の音だけだ。

 数時間が過ぎた時、

「ミーシア、感じたか」

「ええ」

 五感を研ぎ澄ませた者同士が静かに言った。

 ミーシアが剣を抜いた。

「距離はそう遠くない。どうする、背に乗るか? それとも二手に別れるか?」

「ここに居ても守り切れそうにないわ。一緒に戦うわ!」

「ミーシア、時間を稼ぐいい方法がある!」

「どうすればいいの?」

「まずブリザードで船の周りに氷の擁壁(ようへき)を作れ、溶けるまでは向こうも中に民間船がいるとは気付かないだろう。船長に運航が再開出来るようになったら信号を上げてもらうのだ。もしも氷の擁壁がその時溶けていなければ炎で溶かせばいい。その間我々は敵に奇襲を掛け、この場所から出来るだけ離れた所へ敵を誘き寄せる」

「名案ね!」

 ミーシアは、船長に修理が終わり次第合図を送るよう指示した後、炎王の背中に飛び乗った。炎王はミーシアを乗せ、船の周りにブリザードで氷の擁壁を作らせた。

 そしてミーシアらは奇襲を仕掛けた。

「敵襲だぁ~ッ!」襲撃を受けたザルーラ船の兵士が大きな声を上げた。

 ありがたい事に、敵を導く方向には霧が味方してくれているかのように晴れて行き、民間船はブリザードの冷気もあるせいか、霧は擁壁をカモフラージュしてくれていた。

 炎王の作戦は見事にザルーラ艦隊を誘き寄せた。その数は四百隻を優に超えていた。

「ここまで離れれば大丈夫ね」ザルーラ艦隊の上空を滑空(かっくう)しながらミーシアが言った。

「さて、少しは相手してやらないと警戒されて船に気付かれる。行くぞミーシア!」

「ええ!」

 炎王とミーシアは凛々(りり)しくも精悍(せいかん)な表情で更に攻撃を仕掛けた。私の目から見て炎王とミーシアは、共に目的を同じとした者同士で戦える事を、心の中で喜んでいるように見えた。

 ミーシアはブリザードで海面を凍らせ敵の動きを止めた。炎王は火炎で次々にザルーラ船を破壊して行った。しかし優勢に事を進められるのはそう長くは続かなかった。エリーザが現れたのだ。ただしミーシア達にとって、前列のザルーラ船だけでもブリザードで足止め出来た事は、民間船の時間を稼げたに違いない。

 上空では、ミーシアが炎王の背に乗りエリーザと対峙している。

「また貴様かエレーナの娘ッ!」

 言ったと同時にエリーザは杖を振った。杖から迸る炎がミーシア達を襲った。炎王はその攻撃を翼の一振りで右に(かわ)し、間髪を与えずミーシアの稲妻攻撃と同時に、炎王も火炎をエリーザに向けて吐いた。エリーザが杖を回転させた途端、エリーザの前に半透明の魔法のシールドが現れ、ミーシア達の稲妻と火炎はたやすく跳ね除けられた。その時だ! 遠く後方のブリザードの擁壁の中から、信号弾が空高く打ち上がった。

「こんな時にッ!」炎王が苛立った口調で言った。

 その信号弾を眼で捉えたエリーザが、ミーシアらのおとり作戦に気付いた。

「なるほどそういう事か」

 エリーザは信号弾が発射された地点に向けて杖を一振りした。たちまち突風が吹き、民間船辺りの霧を魔法の風圧で吹き飛ばした。

「こしゃくな真似を!」

 更にエリーザは擁壁の中に向けて火炎を放った。

「しまったッ!」

 炎王はすぐさま旋回して方向を変えると、放たれた火炎に向かって物凄いスピードで飛翔して火炎を追った。

「ミーシア、火炎に向かってブリザードを放てッ!」

「やってみるわッ!」

 ミーシアは全身に強い風を受けながら、ブリザードが火炎よりも速く走るスピードをイメージして剣を振り下ろした。剣から(ほとばし)るブリザードがジリジリと火炎に距離を積めながら、火炎が船に当たる寸前の所でブリザードが火炎に命中し、なんとか火炎を鎮火(ちんか)させた。

 ミーシア達は民間船の擁壁を溶かす為さらに降下し、炎王の一吐きで火炎が擁壁を一瞬にして溶かした。民間船はゆっくりと旋回し始めた。

「お願い早く旋回してこの場から離れて!」ミーシアが叫んだ。

 エリーザは、足止めを食らっているザルーラ艦隊の海面に向けて火炎を放ち氷を溶かした。呪縛(じゅばく)の解かれたザルーラ艦隊は、民間船を見付け即座に動き出した。

 ミーシアらは民間船を守るべく背にして、目前まで迫る四百隻以上のザルーラ艦隊に身構えた。

「大丈夫かミーシア!」

「あなたとなら平気よ!」

「よし、その意気だ!」

 目前に迫る大艦隊に挑むミーシアらの決意は揺るぎない物だった。

 民間船が旋回をようやく終え、進行する遥か彼方の立ち込める霧の中かに、その時ライフパルス号の船首が顔を覗かせた。メインマストが霧から姿を現した時、紅鯨団の旗が勇ましく風になびいていた。

「ミーシア、感じるか!」

「ええ!」

 後方の霧の中からミンティア連合艦隊の船が次々に姿を現した。

 ミーシアの眼下に映る海面が、そのとき波を立て盛り上がった。

「遅くなってすまないミーシア」

 懐かしい声の持ち主は、誰あろうギャスターだった。次々に浮上して頭を(もた)げる海棲怪獣シーサーペントの軍団は、世界の海から集められた個性豊かな色をしたギャスターの友人たちだ。

 おそらくギャスターの彼女だろうか? ギャスターのすぐ隣には、ピンク色した雌のシーサーペントがいる。その後方には赤や黄、紫に緑といった様々な色のシーサーペントが頭を擡げザルーラ艦隊を睨んでいる。

「来てくれたのねギャスター!」

 眼下にはギャスターたちが、後方には紅鯨団を先頭にしたミンティア連合艦隊の仲間達がいる。ミーシアはこれまでにない程、自分には数多くの仲間が居てくれる事に心から感謝していた。水面が私にそう教えてくれた。

「これで面子は揃ったなッ!」炎王が力強く言った。

 前方から迫り来るザルーラ艦隊の前を、大きな黒い影の集団が、水面下から凄まじいスピードでミンティア連合艦隊に迫って来ていた。その黒い物体の先頭を泳ぐ一体が、背ビレを水面に覗かせ始めると、次々に邪悪な黒い背ビレが姿を現し、遂にはその全容(ぜんよう)(あら)わになった。シャチの群れだった。新たに懐柔(かいじゅう)した忠実なエリーザの従者(じゅうしゃ)たちだった。

 迫り来る敵に立ち向かうミンティア連合艦隊は、敵の半数にも満たないが、ミーシア達は(ひる)む事なく勇敢(ゆうかん)に突撃して行った。

「行くぞ、我同志たちよッ!」

「勿論だギャスターッ!」

 ギャスター部隊が先陣を切りシャチの群れに突進した。その上空を炎王の背に乗ったミーシアが過ぎ去り、聖なる剣を片手にザルーラ艦隊に切り込んだ。目指すは艦隊の上空を浮遊するエリーザだ。

 ギャスターの軍団とシャチの群れは数に大差はなかった。大きく口を開いたシャチの群れは、獰猛(どうもう)な牙を見せギャスターらに襲い掛かった。ギャスターらは持ち前の体の柔軟さでその攻撃を躱し、自慢の長い体でシャチの胴に絡み付いた。シーサーペントの太く長い体がシャチの黒い体を力いっぱい締め上げた。シャチは動きを封じられ海面から沈んで行くが、ギャスターらは力を緩める事はなかった。

 海面から沈んで行くギャスターらの上を、ミンティア連合艦隊が通過して行った。

「手始めに景気のいい一発をお見舞いしてやれ!」赤鼻のじいさんがボーケルトに言った。

「任せときな赤じい!」

 ボーケルトはこの上なく嬉しそうな表情をして火縄で火口に点火した。ズドォーーーンッ! と身体(からだ)(しん)まで響く砲弾が発射され、轟音が海上に響き渡った後、ヒュ~、シュルシュル~と砲弾が飛来する音が聞こえ、その直後ザルーラ船に着弾した爆発音が聞こえた。

「どうだい赤じい。記念すべき第一投目は見事に命中だ!」

「やるじゃねえかぁ~!」


 私の横では船長が、自分も参戦したいのか、水面を見つめ身体をウズウズと震わせている。


 ボーゲルトの第一投目を機に、次々に砲弾の音が海域に響き渡った。

 上空では炎王が、上昇してエリーザとの距離を詰めている。そのエリーザに向けてミーシアが稲妻を放った。

 エリーザは魔法のシールドを出したが、ミーシアの放った稲妻は弧を描きシールドを大きく逸れて、更に逆方向に急な円を描いてエリーザの背後を狙った。しかし命中間際、間一髪でエリーザはミーシアの変則的な攻撃を躱した。エリーザは怒りに眉間に皺を寄せ拳を強く握った。

「惜しかったなミーシア」背に乗るミーシアに炎王が言った。

「ええ」

 エリーザの怒りのあまり握られた拳から、一滴、一滴と血が滴り落ちた。爪を食い込ませた拳をエリーザは高く掲げた。そして小さな声で呪文を唱えた。滴り落ちるエリーザの赤い血が生き物のように活動を始め、核から細胞が生まれていくように、異様な速度で赤い液体が変化して行き、最後には大きく黒いエリーザの分身が五体出来上がった。

 エリーザが杖を振ると分身の眼が赤く光り、各自が意志の持った生き物へと変化した。五体のエリーザは素早く空を移動し、そしてミーシアらを取り囲んだ。

 炎王とミーシアは警戒して移動を試みたが、移動する度エリーザと分身達が、瞬間移動して同じ位置に距離を取って現れた。

「マジークマジランゴレーゾダーラ!」

 エリーザが呪文を唱えると、分身のそれぞれの杖から杖へ半透明の赤みがかった光線が放出し、ミーシアらを光の魔法陣で囲んだ。

「嫌な予感がするなミーシア……」

「えぇ、嫌な予感しかしないわ!」

 ミーシアは一体の分身に向けて稲妻を放った。稲妻が激突する瞬間、分身は一瞬消え、稲妻が過ぎ去った後また現れた。依然(いぜん)として魔法陣の中にミーシアらは囲まれていた。

 エリーザと五体の魔女が同時に呪文を唱え杖を横に向けた。次の瞬間、光の魔法陣が眩しく煌めいたかと思うと、光の魔法陣は炎の魔法陣に変わった。炎に囲まれたミーシアらは急降下して回避した。意外にもあっさりと炎の魔法陣から脱け出せた事に、ミーシアらは不審に思った。魔法陣は攻撃の為の物では無かったのだと、上空を見上げたミーシアらは愕然(がくぜん)となった。炎の魔法陣の中に赤い眼を光らせた黒いミーシアと、凍りつくような青い冷淡な眼をした白銀色の炎王が出現していたのだ。その悪魔の翼を持った白銀の炎王と、闇の黒い輝きを放つミーシアにエリーザは魂を吹き込んだ。白銀の炎王の冷淡な眼がキラリと光り、ミーシアらを追ってすぐさま急降下して来た。

「ミーシアしっかり(つか)まれ!」

「わかった!」

 ミーシアの返事と共に炎王は急上昇し、急降下してくる悪のミーシアを乗せた白銀の炎王らに向かって行った。炎王が炎を吐くと、悪の翼を持つ炎王も何かを吐いた。ブリザードだった。互いの炎とブリザードが空中で衝突し合った。凄まじい熱と冷気の激突だ。互いの力は互角だった。炎王は右に身を躱し、悪の炎王は左に躱した。そして空中でまた向かい合うと、互いがスピードを上げ激突し合った。炎王の上でミーシアが剣を振り下ろした。同じく悪のミーシアも剣を振り下ろした。二人の剣がぶつかり合い火花を散らせた。


「大御婆様、どうしてあんな者達が……」

「あれは力を複写し、別の複製体を作り出す魔法じゃ!」

「ならなぜ炎王の偽物(にせもの)がブリザードを出すんだ?」船長も気になったようだ。

「炎王には元々ブリザードを放出する能力が備わっていたのかも知れん。炎王自身気付いてなかっただけじゃろう」

「ばあ様、もう一匹何か現れたぞッ!」

 水面に映る魔法陣の中では、もう一体ブラックミーシアを乗せた黄金色の炎王が出現していた。


「炎王ッ、もう一体こっちに向かって来るわッ!」逸早く気づいたミーシアが叫んだ。

 黄金色の炎王は、降下しながら口から稲妻を吐いた。

 炎王は素早く稲妻を躱したが、稲妻は勢いを止める事なく海面向かって落雷して行った。その落雷した稲妻は、ミンティア艦隊の船の真横に落ち大きな飛沫(しぶき)を海面に上げた。

「奴らより高度が低いと、迂闊(うかつ)に攻撃を避けられないな!」

 炎王はそう言うと高度を上げ、敵よりもやや上空でホバリングしたが、次々にブリザードと稲妻が襲って来た。炎王は巧みに攻撃を躱しながら火炎を吐いた。ミーシアも攻撃の手を緩めなかった。


 その頃海中ではビッグママが肌を鋼鉄化して、手当たり次第にザルーラ船に体当たりしては、船内の兵士をぐらつかせて大砲を撃たせないようにしていた。

 シャチを物ともせず海底に(ほうむ)ったギャスター軍は、ザルーラ艦隊に向かって凄まじい攻撃を仕掛けていた。ビッグママと共に海中から体当たりするモノ、船に巻き付き船体を真っ二つにするモノ、擡げた頭を振り下ろして敵兵を次々に海面に投げ飛ばすモノ、ありとあらゆる攻撃でザルーラ船の数を瞬く間に減らせていった。しかし圧倒的に数で上回るザルーラ艦隊は、容易な事では戦力を失わなかった。


「ミーシア、まずは奴らの上に乗っている黒いミーシアを打ち落とせッ!」

「でもどうやって?」

「さっきの変則的な攻撃を思い出せ、それを工夫して放つんだッ!」

「わかったやってみる」

 ミーシアは続け様に火炎と稲妻を放った。火炎は真っ直ぐ白銀の炎王の上に乗っているブラックミーシアに向かって行った。そして稲妻は弧を描いて逸れた方向に向かって行った。白銀の炎王がミーシアの火炎を躱した所に、急旋回して来るミーシアの稲妻が見事にブラックミーシアに命中した。ブラックミーシアは木っ端微塵(こっぱみじん)に吹っ飛んだ。

「ミーシア、感が冴えてるな!」

「こんなに上手く行くとは思はなかったわ!」

「感心している暇はないぞ!」

「ええ」

 次は黄金色に輝く炎王に向けて稲妻を放ち、続いて稲妻を躱すと思われる方向に、火炎を弧を描かせて時間差で放った。

「さあ次はどうなるかしらね?」敵の攻撃を炎王が躱す中ミーシアが言った。

 しかし残念な事に黄金色の炎王は、ミーシアの稲妻を躱す事なく稲妻を飲み込んだ。時間差で放たれた火炎は、黄金色の炎王の真横を通過して行く事となった。

「あんなのあり~っ!」意表を突かれたミーシアが驚きながら言った。

「どうやら同じ属性の攻撃は効かないようだな。がっかりしている暇はないぞ! 早くに知れて良かったと思え」

「超プラス思考ね!」

「バカ者、慰めってやっているのだ!」

 ミーシアは小さく笑った。

「炎王、黄金色の炎王に向かって真っすぐ火炎を放って!」

「うむ」

 炎王が火炎を吐くと、ミーシアは続け様に二発火炎を放った。弧を描いたミーシアの火炎は、クロスして更に逆方向に曲がり上下に別れた。黄金色の炎王が上昇して炎王の攻撃を躱した所に、先程ミーシアが放った上昇した火炎が命中した。黄金色の炎王は、翼を負傷し炎の中から出て来たが、その上に乗っているはずのブラックミーシアは吹き飛んでいた。

「なるほど、三つの攻撃で確率を上げた訳か」

「私、数学は得意な方なの!」

「ミーシア、冗談を言っている暇はなさそうだぞ!」

 ミーシアが見上げた視線の先には、魔法陣を解いたエリーザの分身達がミンティア艦隊に向けて降下し始めていた。

「炎王、ここ任せて大丈夫?」

「どうするつもりだミーシア?」

「飛び降りるの」

「この高さからかっ!」

 ミーシアはすでに鐙を蹴って飛び降りていた。

「炎王、任せたわよ!」降下しながらミーシアが叫んだ。

「無茶をしよる」炎王がぼそっと呟いた。

「ギャスターッ!」ミーシアは降下しながらギャスターの名を叫んだ。「受け止めてぇ~ッ!」


 私の横では船長が、あたふたと両手を震わせ焦っている。そのとき大御婆様が言った。

「さあ二人とも、泉に願いを込めるのじゃ!」

 私はミーシアの落下速度が緩慢(かんまん)になるよう願った。船長も同じ事をきっと願ったはずだ。


 海面ではミーシアの声を聴き付けたギャスターが、頭を擡げ待ち構えていた。しかしミーシアの落ちて来る速度があまりにも速過ぎたせいか、

「ミーシアっ、少し速過ぎやしないかァ~ッ!」とギャスターも焦っていた。

 その時ミーシアの嵌めている守りの指輪が光った。私達の願いを聞き入れてくれた泉が指輪を通して力を発揮した。指輪から光のプラズマが放出されミーシアを包み込んだ。落下速度が急激に緩慢になった。ギャスターはミーシアを首にキャッチした。


 上空では炎王が、獰猛な二体のドラゴン相手に死闘を繰り広げていた。


 海上に降り立ったエリーザの分身らは、それぞれ散り散りになってミンティア艦隊の船に向かった。


「大御婆様ッ、このままではッ!」私は叫んだ。

 大御婆様は素早く水面に触れた。私は、大御婆様が心の声でミーシアに何か伝えているのだと解った。私も水面に触れてみた。


(ミーシア、よくお聞き!)

「その声は大御婆様っ!」ミーシアが声に出した。

(エリーザの分身は普通に戦っても姿を消し攻撃を躱す。そこでエリーザがもう一度出現する所にブリザードで冷気を温存するのじゃ! そこに現れた分身のエリーザは、冷気に凍り付き次は姿を消せんはずじゃ。そこをもう一度攻撃するのじゃ! よいな、一の攻撃はあくまで奴の足を封じる為の物じゃ!)

「わかりました」ミーシアはそう言うと、ギャスターと共にエリーザの分身の許へ向かった。

 ミーシアはエリーザの分身の所へ着くと、大御婆様の言われた通り、まずブリザードを分身目掛けて放った。エリーザの分身は直撃を避けるため姿を消した。その消えた地点にブリザードが冷気を散布(さんぷ)した。

 再びエリーザの分身が現れた。すぐさまミーシアが稲妻を放った。エリーザの分身はまた姿を消そうとしたが、凍り付いたその身体は固体となって消える事はなかった。そこへミーシアの稲妻が見事命中した。バラバラに砕かれたエリーザの分身は、甲板の上に粉々になって散らばった。ミーシアはこの要領(ようりょう)で次々に残りの五体を甲板の上に沈めた。

 その時ミーシアの視線の先に、船首に絡み付く巨大なイカの化け物クラーケンの姿が見えた。絡み付かれている船は、ジョセフの乗船するラドゥールの国旗が掲げられた船だった。

「ギャスターあの船に向かってッ!」ミーシアが慌てて言った。

「わかった」

 ラドゥールの船に辿り着く間も、ミーシアは次々にザルーラ船に向けて稲妻を放ち敵の数を減らせた。最前線では移乗攻撃を仕掛けている船も多数あった。その合間を縫いやっとラドゥールの船に辿り着いたミーシアは蒼白になった。船首に絡み付くクラーケンが、ラドゥール兵を次々に悪魔の触手で縛り上げては、命を奪い海へ放り投げていたのだ。そして船尾からはザルーラの兵が移乗攻撃を仕掛け、残りわずかなラドゥール兵が甲板の中央で応戦していたのだ。ミーシアはその(わず)かな兵の中にジョセフの姿を見つけ安堵(あんど)した。

 ギャスターの背から甲板に飛び降りたミーシアは、クラーケン向けて稲妻を放った。稲妻がクラーケンの触手を切り落とした。触手が甲板に落ちた時、ドスンッ! と重々しい音がした。切断された触手は、甲板の上でまだ(うごめ)いていた。クラーケンは痛さに凄まじい咆哮(ほうこう)を上げ海中に潜った。

 ミーシアはジョセフの許へ逸早く駆けた。

「ジョセフ!」

 多勢に無勢で戦っていたジョセフがミーシアの声に気付いた。

「ミーシア!」剣を振る手を緩めずジョセフが言った。

 ミーシアはジョセフの許に辿り着くと、敵に死角を作らぬようジョセフと背中合わせになった。

「ミーシア、無事だったんだね」

「あなたも」

「でも見ての通りさ!」

 敵の攻撃を剣で防ぎながら二人は言葉を交わした。

「ミーシア、君に伝えようと思っていた事があるんだ!」ジョセフは敵の攻撃を受け止め剣で弾き返しながら言った。

「それは何?」ミーシアは戦いの中ジョセフの次の言葉を待った。

「ミーシア、この戦争が終わったら僕と結婚してくれないか!」

 ミーシアの表情がパッと華やいだ。間違いなくミーシアの耳にも届いたはずだ。しかしミーシアは、

「何、聞こえない? もう一度言って!」

 と、恐らく聞こえたにも(かかわ)らず、欲張りにもジョセフにもう一度言わせた。

「だから、僕と結婚して欲しいんだッ!」先程より大きな声でジョセフが叫んだ。

 ミーシアは二度目のジョセフの言葉を噛み締めるように聞いた。ミーシアの顔はこれ以上なく(ほころ)んでいる。

「でも私は海賊の娘よッ!」ミーシアも叫んだ。

「そんなのは関係ないよッ! 僕は君といつまでも一緒に居たいんだッ!」


 水面に触れてみた。ミーシアの高揚した気持ちが掌から伝わった。ミーシアは待ち望んでいた言葉をジョセフから得たのだ。


「私もあなたに伝える事があるの!」背中合わせにミーシアが言った。

「伝えたい事って?」ジョセフが聞き返した。

「私、今は海賊の娘だけど、ムアール国のプリンセスだったの!」

「え? 聞こえないよ。もう少し大きな声で言ってくれないかっ!」

 喧騒(けんそう)(いちじる)しく、本当にジョセフには聞こえていなかったのだろう。

「私、ムアール国のプリンセスだったの!」ミーシアが声を大にして言った。

「じゃあミンティアの王位継承を継ぐのは君だったのかっ!」ジョセフも叫んだ。

「でも私は継がないわ! それでも私を花嫁にしてくれるの?」

「勿論だともミーシア!」

「じゃあ何としてもこの戦いを終わらせないとね!」

「その通りだッ!」ジョセフが最後に叫んだ。

 それからの二人の剣捌(けんさば)きは目を見張る物があった。向かって来るザルーラ兵を物ともせず、ラドゥールの船をたちまち危機から救った。


「ミ、ミ、ミーシアが結婚っ!?」

 船長は放心状態だ。しかし間を置いてから、

「結婚なんてまだ早いッ! 絶対俺は認めんッ!」

 本人は神界に居るというのに、断固として阻止する姿勢を船長は示した。


 ラドゥール船の破損状況(はそんじょうきょう)(わず)かな兵では、船を動かす事は出来ないと考えたジョセフは、残りの兵をラドゥール船の九隻のいずれかに移動させる事を考えた。

「ミーシア、お願い出来るかい?」

「勿論よ。ちょっと待って」

 ミーシアは海面から頭を擡げているギャスターに、お友達を連れて来るよう頼んだ。数分後現れたのは、ピンクのシーサーペントだった。

「初めましてピンクのシーサーペントさん」

「あなたがミーシアね。さあ背に乗って!」

 ピンクのシーサーペントが人の言葉を話した時、ジョセフ初め兵達は驚きに目を丸くしたが、感動している暇はなかった。ジョセフを先頭に兵が四人ピンクのシーサーペントの背に乗ると、ギャスターの背にもミーシアを先頭に残り五人の兵が乗った。

「しっかり掴まっていてね!」

 ピンクのシーサーペントがジョセフ達に言うと、ジョセフ達の返答を待たず動き出した。その時のジョセフ達の慌てようと言ったら、まるで初めて馬に(またが)る子供のようだった。

 近くのラドゥール船にジョセフらを降ろした時、黒煙を上げる船がミーシアの視界に入った。さほど遠くない距離で黒煙を上げているのは紅鯨団の船だった。

「あれは私達の船ッ!」

 ミーシアの言葉に、

「僕も行く!」

 と、ジョセフはまたピンクのシーサーペントに飛び乗った。二人はライフパルス号目指してギャスターらに速度を上げてもらった。

 甲板では赤鼻のじいさん初め子供達が、あちこちに刺さっている火矢を消そうと消火活動を行っていた。

「みんな下がって!」

 ミーシアの声にみんな振り返った。

「ミーシア!」それぞれが安堵するようにミーシアの名前を口にした。

「さあぐずぐずしていられないわよ! みんなそこを退いて」

 ミーシアは指輪をクリスタルに当てブルーに変えた。その剣を軽く一振りすると、たちまち火はブリザードによって鎮火した。

「被害状況は?」

「船員共にみな無事じゃ!」赤鼻のじいさんが嬉しそうな顔をしてミーシアに報告した。

 ミーシアはほっと安堵した。

「カラフルなシーサーペントたちが、わしらを守ってくれていたんでな」

 ミーシアは、大切な家族を庇護(ひご)してくれていたシーサーペントの軍団に改めて感謝した。


 上空の炎王は、二体の炎王相手に接戦を繰り返していた。

「このままでは(らち)があかん」

 炎王はそう呟くと、遠くに見えるいくつもの突き出した岩場目掛けて飛行した。その後を追って白銀の炎王と黄金色の炎王が追跡して行った。炎王はいくつもの岩場の間をアクロバティックな飛行で突き進み、誘い込むように岩場の間を飛行した。そして岩場に向けて強烈な火炎を噴射(ふんしゃ)した。翼に深手を負っていた黄金色の炎王の頭上にあった大岩が、黄金色の炎王目掛けて落下した。断末魔の叫び声を発し、黄金色の炎王は岩もろとも海中に沈んで行った。ほどなくして海面から黄金色のオーブが浮かび上がり、物凄い速度で炎王目掛けて飛んで来た。炎王はそれを避けようとしたが、尋常(じんじょう)ではないそのオーブの速度は、炎王の翼では避け切れるものではなかった。オーブが炎王の体に触れた途端、体の中に浸透していった。

「何だったのだ今のは⁉」炎王が言った。

 だが炎王はそれが何だったのか時間と共に解ったようだ。炎王の中で本来目覚めるべき力が覚醒(かくせい)されたのだ。

「力が漲るぞォ~ッ!」

 炎王は白銀の炎王に向けて稲妻を吐いた。勿論この攻撃は躱されたが炎王は攻撃の手を緩めなかった。火炎と稲妻の連続攻撃で、白銀の炎王のブリザードを(しの)ぐ攻撃力が備わった炎王は、瞬く間に敵の翼を稲妻で封じ込め、更に火炎で渾身(こんしん)の一撃を浴びせた。火炎に焼き尽くされた白銀の炎王から青いオーブが現れた。そのオーブが炎王目掛けて飛んで来たが、次は避ける事をしなかった。自分自身の記憶媒体に打ち勝つ事で、炎王は本来備え持つ真の力を得たのだ。


 その頃、深手を負ったクラーケンは飼い主の下へ帰っていた。エリーザはクラーケン海賊団の船に降り立っていた。

「私の可愛い(しもべ)をこんな姿にするとはッ!」

 エリーザが杖を一振りすると、瞬く間にクラーケンの触手は元通りに再生した。

 ザルーラ艦隊の最後尾にいるクラーケン海賊団の船には、ドルニック船長初めガーゼン卿が乗船していた。怒りを(あら)わにするエリーザにガーゼン卿が言った。

「エリーザ様、我々が直ぐにでもムアールの忘れ形見を始末して参ります」

 ガーゼン卿の言葉にエリーザは、キッと厳しい眼を向けた。

「二度の失敗は無いものと思え!」

 その凍り付く眼差しは、ドルニック船長とガーゼン卿をも震え上がらせた。失敗は命を持って(つぐな)わせると、エリーザの眼が強く物語っていたからだ。

 エリーザは上空を睨んだ。視界には映らないが、自身が召喚した炎王部隊が敗れたのだと悟ったようだ。そしてエリーザは眼を瞑った。自身の分体がやられている事を悟った。しかしエリーザは悔しがるどころか微笑を浮かべた。


 私は水面に、バラバラになったエリーザの分身を映し出してもらった。氷が気化し終わった途端、霧状(きりじょう)(もや)が一つの個体を形成し始めた。分身は元通りの姿に戻ったのだ。

 水面を見ていた船長は、

「ばあ様ッ、生き返ったぞッ!」と懸念(けねん)を声にした。

「そのようじゃな」

「そのようじゃなって、落ち着いている場合かよッ!」船長は私と同様に焦っている。

「何か手を考えねばな!」大御婆様は難しい顔をなさった。


 生き返ったエリーザの分身達は、ミンティア艦隊にまた破壊攻撃を仕掛けた。


「わしが行くしかないか」

「ばあ様が行ってくれるのか?」

「しかしわしが現世に留まれる時間は極わずか、何体までやれるか解らんぞ!」

「それでもやるしかねえじゃねえか!」

「よし、やるだけやってみよう!」

 私と船長は、大御婆様を現世に移動すべく強く泉に願った。

 大御婆様は泉に吸い込まれ、


 エリーザの分身の前に降り立った。

 大御婆様は一体のエリーザの分身に向けて杖を振った。エリーザの分身が動きを止めた。大御婆様はゆっくりとエリーザの分身に歩いて行き、杖のこぶでポンと叩いた。たちまちエリーザの分身が乾ききった砂のようになり、その粒子が風に飛ばされて行った。


「やるじゃねえかぁ~ばあ様ッ!」

 水面に映る後ろ向きの大御婆様が、私達に向けて左手でピースサインを出した。

「俺の声が聞こえているのか?」

「ああ、聞こえておる」水面に映る大御婆様が言った。「所詮まがい物じゃ! わしの敵ではない」

 大御婆様は杖先を甲板に打ち付けると姿を消し、次のエリーザの分身の前に現れた。この要領で一体一体エリーザの分身を(ほうむ)り去る度、大御婆様はおちゃめにピースサインを欠かさなかった。

「あと一体か……」

 しかし大御婆様がそう言った直後、大御婆様の身体が半透明になり、遂には姿が消え……、


 また泉に戻って来られた。

「時間切れじゃわい……」大御婆様が悔しそうに言った。

「じゃあもう一度やろうぜ!」

 船長が言ったが、

「そう何度も出来るのじゃったら、とっくの昔にこれでエリーザをやっつけておるわい! 泉にも限界があるのじゃよ」

「でもあと一回ぐらいは無理か?」

「出来たとしても泉が消滅してしまうじゃろな」

「よわったなぁ~、せめてばあ様の力をミーシアに譲れたらなぁ~」

「それじゃッ!」大御婆様の顔が急に明るくなった。「シワのない脳ミソでよくぞ思い付いた。でかしたぞ熊五郎ッ!」

「熊五郎って、もうちょっとましなニックネーム付けてくれよなぁ~」船長が苦笑した。


 エリーザは船首に立ち、遠くに見えるライフパルス号の方角に向けて杖を振った。たちまち進路を(さえぎ)っていたザルーラ艦隊が、サーッとありえない右舷と左舷方向に横移動し進路を開けた。その遥か先にライフパルス号が見えている。

「目指すはエレーナの娘、ミーシアだッ!」

 エリーザは進路方向の先に見えるライフパルス号に杖を向け言った。

 海賊達が「オォ~ッ!」と勇ましい声を上げた。


「ミーシア、あれを見てみろ!」赤鼻のじいさんが指を差した。

 ザルーラ船が左右に別れ進路を開けた遥か先から、クラーケン海賊団の暗黒のような黒船が一直線にライフパルス号目掛けて迫って来ていた。

「我らの宿敵が向こうからやって来るぞッ! どうするミーシア?」

 赤鼻のじいさんは早く一戦交えたくてうずうずしている様子だ。

「こちらも向かって行くわ!」

「でも左右から砲弾の雨が降るぞ!」ジミーが言った。

「わしが何とかしよう!」

 頭上から声が聞こえた。その時ミーシア達を照らしていた太陽の光が遮られ、ミーシア達は影に覆われた。ミーシア達は頭上を見上げた。そこには、太陽を背にした大きく翼を広げた炎王が、翼を折り畳み甲板に降り立とうとしていた。

「炎王ッ!」ミーシアが叫んだ。「倒したのね!」

「当然だ!」炎王が答えた。

「でも炎王どうするんだ?」

 ジミーの言葉に、

「まあ見ておれ!」

 と炎王は自信ありげに一言いうと、すぐさま飛び立ち、まずは右舷に見えるザルーラ艦隊の真上を滑空しながらブリザードを吐き続けた。右舷前列の艦隊が流氷のように凍り付き擁壁と化した。

「スゲぇ~っ!」トニーが感動に声を震わせた。

 続いて炎王は旋回すると、左舷前列の艦隊をブリザードで擁壁化し、また旋回して後列に控えている船に向けて稲妻を浴びせた。それをもう一度繰り返し、右舷の後列に控えている船にも稲妻を浴びせた。

「これで心置きなく前進出来るな!」

 赤鼻のじいさんはこの上なく嬉しそうな表情を見せた。


 黒船の甲板ではエリーザが怒りに歯噛(はが)みしていた。


「私と同じ攻撃が出来るようになったのね」炎王が甲板に降り立った時ミーシアが言った。

「ああ、奴らを倒したらこの力を使えるようになったのだ」

「心強いわ!」

「うむ!」炎王が頷いた。

「さあ~て、弔い合戦じゃ~ッ!」赤鼻のじいさんは獅子奮迅(ししふんじん)の勢いだ。

「それじゃあみんな行くわよ。敵の船に接舷したら移乗攻撃に移り、とうさんとスマートの仇を討つわよ!」

「勿論だミーシア!」

「俺達はこの時を待っていたんだ!」

「目にもの見せてやる!」男達もヤル気十分だ。

「ビッグママ、第一投目はビッグママの鋼鉄のアタックで敵を混乱させて」

「任せておきなミーシア!」

「ギャスター、お友達の背にみんなを乗せて欲しいの」

「任せておけミーシア!」

 海面から次々にギャスターの仲間が頭を擡げた。カラフルなギャスターの仲間達の背に子供達が跨った。ギャスターの背にはジョセフが跨り、ピンクのシーサーペントの背にはキャシーが跨った。トニーは緑のシーサーペント、他のみんなもそれぞれのシーサーペントに跨り、剣を片手に陣形(じんけい)を整えた。

「ミーシア、早く背に乗れ!」

 炎王が言った直後、ミーシアは勇ましく炎王の背に飛び乗った。

「全速前進じゃ~ッ!」

 赤鼻のじいさんの号令で皆の思いが一つになった。目指すは黒船クラーケン海賊船だ。

 クラーケン海賊船を目指して大空を飛行しているミーシアと炎王の横に、キツツキのリーゼントが鳥の大群を引き連れ現れた。

「オレたちも何か手伝えねぇかなと思ってな」

 鳥たちの爪には小石が握られている。大型の猛禽類(もうきんるい)は重たそうな大きな石を握っている。

「うれしいわリーゼント」

「石の雨をお見舞いしてやるぜ!」

 動物を仲間に敵と渡り合う様は、まさに大御婆様が生前なさったミンティアの神話そのものだ。


「あのミーシアがこんなにもたくましく成長するとはなぁ~」

 ミーシアの幼き頃を思い出したのか、船長はしみじみと言った。


 目前に迫るクラーケン海賊船に、ミーシアは様々な思いを胸に秘め、右手に持つ聖なる剣を力強く握り締めた。そして眼下に泳ぐビッグママにハンドサインをミーシアが送ると、ビッグママは全身を赤く染め潜水した。黒船に激突する衝撃音が聞こえると、続いてリーゼントにサインを送った。石の雨が黒船に向かって降下され、クラーケン海賊団の船員達は頭を(おお)って甲板を走り回った。動揺している海賊達を他所に、ギャスターらの背に乗っている子供達が、ジョセフを先頭に黒船に移乗攻撃を仕掛けた。大イカの化け物がエリーザの指示に従い、ギャスターたちに襲い掛かった。ギャスターらはそれに応戦した。ライフパルス号が接舷に成功すると、次々に紅鯨団の男達が黒船に乗り込み、獅子奮闘(ししふんとう)の勢いで移乗攻撃を開始した。


「ばあ様、早くしようぜ!」

「そう急かすな熊五郎。なにせ初めての試みじゃから少し準備が必要なのじゃ!」

 大御婆様は魔法の薬品を調合している。

「わしの力を全てミーシアに転送するには、わし自身覚悟を決めねばいけないのじゃ。この薬を飲んでな」

「どういう事だッ、ばあ様っ!」

「なにせわしも初めての試みじゃから何とも言えんが、これはあくまで仮説じゃが、恐らくわしは転送後力を失うじゃろう」

「力を失ったらどうなるんだ?」

「年老いた老婆が力を失えば、どうなるかは察しがつくじゃろう」

「まさかばあ様っ、死ぬのか?」

「心配するな、もうすでに死んでおる」

 大御婆様が笑顔で言った。私にはその笑顔が作られた物のように映って見えた。

「希望を繋ぐ為じゃ。世界平和に協力出来ると思えば、万が一わしの魂が消滅しようとも安いもんじゃて……」

「ばあ様ぁ~~っ!」船長は円らな瞳から涙をポロポロと流した。


 海上では炎王が、急降下スパイラル(螺旋降下(らせんこうか))でエリーザに向けて鋭い牙を光らせている。

 炎王の牙がエリーザの身体に食い込んだと思われたが、炎王は虚空を切り裂く事しか出来なかった。エリーザは姿を消して遥か上空にまた現れたのだ。炎王が急上昇でエリーザを追いかけた。

「忌々しい奴らめッ!」エリーザが口を開いた。

「あなただけは許さないッ!」ミーシアが言った。

「私に指一本触れる事も出来ない小娘が、どう許さぬと言うのだッ!」

「必ずあなたを倒すわ!」

「口だけは母に似て達者だな、たとえ聖なる剣を手に入れても、お前など取るに足らぬわッ!」

 エリーザは杖のこぶをブンと回した。ミーシアらの背後にエリーザの分身が現れた。五体居るはずの分身が、一体になっているのを確認したエリーザは、思案に目を細めた。

 ミーシアは背後に目を向けた。ミーシアは自分が消し去ったものと思っていたエリーザの分身が、たとえ一体だけでも現れた事に驚きを隠せないでいる。

 エリーザが正面からブリザードを放った。後方からも同じ攻撃がミーシアらを襲った。

 炎王は翼を羽ばたかせ上昇して攻撃を躱すが、エリーザも今回ばかりは変則的な攻撃でブリザードを急カーブさせ、炎王の左翼を凍らせた。飛行能力を失った炎王は右翼をバタつかせたが、右翼だけでは空に浮く事もままならなかった。凍り付いた左翼を下にして炎王はミーシアを乗せたまま落下した。


「ミーシアァァァぁぁぁ~~~~ッ!」船長が水面に向けて叫んだ。


 海面に沈んで行く炎王を確認したビッグママが、炎王の下に潜り必死で浮上を試みた。炎王は翼の凍り付いた状態で離陸する事が出来ないでいる。そんな炎王の息の根を止めようと、エリーザらは降下しながら杖を振りかぶった。窮地(きゅうち)に追い込まれた炎王の背で、ミーシアは上空に向けて闇雲に攻撃を続けるが、エリーザらはそれをことごとく避け、ついには杖先から稲妻を放出した。

「ミーシアーッ、わしから離れろーッ!」

 炎王が言うが、ミーシアは離れるどころか向かって来る稲妻に正面から剣を振りかざした。その剣を力いっぱい振り下ろすと、剣からこれまでに無い強烈な稲妻が放出された。稲妻と稲妻が空中で衝突し、間一髪の所で窮地から逃れたが、すでにエリーザらは海面に降り立ちミーシアらに杖を向けている。エリーザが呪文を唱えると杖こぶが赤く輝き出した。もう間もなく杖から何らかの攻撃が放出されるのは明らかだった。


 そのころ真実の泉では……。

「よし出来たッ!」大御婆様が完成した魔法の薬品を躊躇(ためら)わずに飲み干した。「早く泉に願うのじゃ~ッ!」

 私と船長は、大御婆様の力をミーシアにと一心不乱に願った。大御婆様の身体から神々しい光が発せられ、その光が水面に向けて吸い込まれて行った。その刹那(せつな)


 ミーシアの身体が神々しく輝き、栗色だったミーシアの髪が大御婆様と同じ銀髪に変わった。


「エレーナ、わしの代わりにミーシアに伝えてやるのじゃ……。わしの血を引く其方なら……、愛の深い其方なら……、きっと心が繋がるはずじゃ……」

 大御婆様は最後の力を振り絞ってそう言い残すと、息を引き取るように地に(くずお)れた。

 突然のまさかの出来事に、

「ばあ様あぁぁぁぁァァァ~~~~~ッ!」

 と、船長はこれまでにないほど取り乱した声を出して駆け寄り、大御婆様の小さな身体を優しく抱き上げた。船長は抱き抱えた大御婆様をそっと台の上に横たわらせた。

 私は大御婆様の事が心配でならなかったが、大御婆様が私に(たく)された言い付けを守り、私は水面に触れミーシアに語りかけた。


(ミーシアよく聞いて、大御婆様の力があなたに受け継がれたわ! その力を使い早くそこから脱け出しなさい……)

「誰……? でもどうやって?」

(心に描くのです……。私の可愛い娘……)

「お、お母さんなの……」


 それ以上はいくら語りかけても声は届かなかった。私は大御婆様ほどの力を持ち合わせていなかったからだ。初めて娘と話せた事に、嬉しさのあまり涙が(こぼ)れた。あの子の口からお母さんと言う言葉が聞けた。涙が止まらない……。もう少し話したかった……。いえ、永遠に話していたかった。それは叶わないものと解っていてもその衝動が止まらない。私は涙に(にじ)んだ瞳で水面を見つめた。ミーシアは、炎王、そしてビッグママと共に瞬間移動していた。


 ミーシア達の残像が残る程の今しがたまで居た場所に、エリーザの強力な赤い稲妻が撃ち落とされた。

 窮地(きゅうち)から回避したミーシアは、左手を炎王の翼に当てた。神々しい光がミーシアの左手から放出され、凍り付いていた炎王の翼が瞬く間に溶け元通りの翼に戻った。

 ミーシアも私と話せた事に涙していた。

「ミーシア、今の力は……」炎王が言った。

「大御婆様がくださったの……」

「どうして泣いているのだ」

 ミーシアは無言のまま小さく首を横に振った。

 ミーシアはエリーザの分身に向かって左手をかざした。エリーザの分身の動きがピタリと止まり、続いてミーシアはクリスタルの聖なる剣を分身に向けて一振りした。剣先から光の鎌のような鋭い切れ味の物が飛び出し、分身を切り裂いた。透かさずミーシアはクリスタルから赤い宝石に変えて、炎でエリーザの分身を焼き尽くした。エリーザは目の前で起こった出来事に驚きを隠せないでいる。

「炎王、もう私は一人でも大丈夫」

 そう言うとミーシアは、黄金の神々しい光に包まれながら空中に浮遊(ふゆう)した。

「炎王、残りのザルーラ艦隊を撃破して」

「よしわかった!」炎王が飛び立った。

「ビッグママ、ここに居ては危ないわ。すぐに離れて」

「どうやらあたしが居ると足手まといのようだね!」

 ビッグママは海面から潜水して行った。

「ミーシア・ベネットめェ~ッ、子孫に力を託したかァ~ッ!」

 エリーザは憎しみと悔しさの入り混じった声を漏らした。


「ばあ様ぁ~ッ、ばあ様ぁ~ッ!」

 私の横では船長が、大御婆様の胸に顔を埋め、ひたすら大御婆様の名を叫び慟哭(どうこく)している。その姿はまるで母を失った息子のようだった。私もいたたまれない思いで大御婆様の顔を見つめた。薄眼(うすめ)を開けた大御婆様と目が合った。私は思わず吹き出してしまった。

 依然として気付いていない船長が、涙ながらに大御婆様に語りかけている。

「ばあ様ぁ~ッ、お願いだぁ~ッ! もう一度目を開けてくれぇ~ッ!」

 大御婆様は切り出すタイミングを失ったのか、いや、間違いなく面白がっている顔だ。

 私は水面に目を戻した。水面にはそれぞれの戦いが(いく)つも映っていた。


 ギャスターらは一斉にクラーケンに攻撃を仕掛け、獰猛と思われたクラーケンがまるで赤子のようにギャスターらに殺られていった。ギャスターらはクラーケンを始末すると、それぞれ残りのザルーラ艦隊を撃破しに向かった。


 クラーケン海賊船の甲板の上では、圧倒的に有利な戦いを進めている紅鯨団のメンバーが、ドルニック船長とガーゼン卿を船尾まで追い詰めていた。

「これは船長の分だァ~ッ!」

 ジミーがガーゼン卿に一撃を浴びせた。

「スマート、今仇を取ってやるぞォ~ッ!」

 赤鼻のじいさんもドルニックに一撃を浴びせた。


 エリーザはミーシアの新たな力に恐れをなしたのか、その場を離れようと急上昇したが、ミーシアは瞬間移動でエリーザの行く手をことごとく(さえぎ)った。

「あなただけは決して許さない!」

 ミーシアが開いた左手をエリーザに向け波動を放った。波動に吹き飛ばされたエリーザが黒船に落下して行った。甲板の上に倒れ込んだエリーザの(もと)に、ミーシアが上空からゆっくりと舞い降りた。


「大御婆様、そろそろ水面を見た方がよろしいのでは?」私は言った。

「そうじゃの」

 大御婆様は何事も無かったかのように、台から立ち上がり水面に顔を向けた。

「えっ、どういう事?」

 狐につままれたようなポカンとした顔をして、間抜けな声で船長が言った。


 エリーザは立ち上がった。そしてミーシアに向けて連続攻撃を浴びせたが、大御婆様の力をすべて受け継いだミーシアにとって、もはや敵ではなかった。ミーシアが左手をかざすと目の前に光のシールドが現れ、エリーザの攻撃はことごとく()()けられた。

 ミーシアは左手をかざしてエリーザの動きを封じた。

「私は仲間を守り世界を守る……」

 ミーシアは一歩一歩エリーザに歩み寄った。

「もうこれでお終りにしましょう」

 ミーシアは右手に持つ聖なる剣の剣先をエリーザに向けた。しかしミーシアの手が止まった。ミーシアの中に迷いが現れたのだ。それはお母さまがおっしゃった事が頭に(よぎ)ったからだ。だがその時、カイルがエリーザを(かば)うように前に立ち、ミーシアの持つ剣を素手で掴んだ。そしてカイルは自身の胸もろとも後方に居るエリーザを突き刺した。

「君を一人では行かせはしない……」口から血を流しながらカイルが言った。

 ミーシアは驚愕(きょうがく)に剣を持つ手を離した。

「カイルぅぅぅ~~~ッ!」ミーシアが叫んだ。

 カイルは更に剣を深く自身の胸に突き刺した。

 エリーザは断末魔の叫び声を上げた。エリーザから魔物が離脱し空中でもがき苦しみながら消え去った。エリーザは本来の面影を取り戻した。エリーザはカイルの背中を強く抱き締め、優しい顔付きでゆっくりと目を瞑り、そして息途絶えた。続いてカイルがゆっくりと目を瞑った。二人は幸せな夢を見ているような、そんな顔をしていた。

 エリーザを失ったザルーラ艦隊が、降旗(こうき)を上げるのにさほど時間は掛からなかった。

 エリーザとカイルを、ミンティアで同じ墓に埋葬してやるのだとミーシアは言った。ミーシアだけがカイルの気持ちを知っていた。

 長きに渡ったザルーラとの戦争は、この海域での戦いでようやく終止符が打たれたのだ。


 二日後、ミーシア達はライフパルス号に乗り、この戦いで命を落とした人達の魂を(とむら)う為、再び魔の海域を訪れた。甲板からはたくさんの花束が海に投げ込まれた。ミーシア達は黙祷(もくとう)(ささ)げ、死者の霊を(なぐさ)めた。


「さあ熊五郎、そろそろお別れじゃ」大御婆様が船長に言った。

「ばあ様、もう(だま)されはしないぞ! 俺はいつまでもばあ様とミーシアの母君と、ここでミーシアの成長を見届けるんだ」

「何を言っておる。お前はミーシアの所に戻るのじゃ」

「ばあ様、そんなウソが俺に通用すると思っているのか!」

「ウソじゃない。本当に言っておるのじゃ」

 大御婆様はいつになく真剣な表情をしておられる。

「ミッシル・カヤンが魔の海域で生き返った話は知っておろう。お前が目の前で見たのじゃから」

「ちょっと待ってくれ、ばあ様……。もしかして俺は生き返るのか?」

「そのもしかしてじゃ」

「いや、それなら俺の代わりにスマートを生き返らせてくれ! スマートはまだ若い。そして俺にとってはミーシア同様、スマートも息子だと思っている。スマートを差し置いて俺だけ生き返る事は出来ねえ」

「お前ならそう言うと思ったよ」大御婆様が微笑んだ。「心配はいらぬ。勿論スマートも一緒じゃ」

 船長は左手で右肘を掴み、右手で顎髭を揉みほぐし、目を瞑りながら何やら考え始めた。そして考えに思い至ったのか、船長は真っすぐ大御婆様を見つめた。

「やっぱりばあ様、俺は生き返らねえ。俺の代わりにミーシアの母君を生き返らせてくれ!」

 突然の船長の申し出に、私は胸を押さえ、そして目頭が熱くなった。私は口元に手を当てた。涙が止まらなかった。

「俺はミーシアと、少なくとも一緒に過ごせた期間はあったが、母君はミーシアと一度も過ごした事がないんじゃぁ~不公平と言うもんだ。確かに俺はミーシアともう一度会いたいが、ここで母君と出会った以上、俺は二人の幸せを心から望む!」

 私は両手で顔を覆い隠し、たくさんの涙を流した。本当にこの人がミーシアを育ててくれた事を心から嬉しく思った。そして私自身船長と出逢えた事も……。

 でも私は知っていた。私は生き返るための条件に満たされていない事を……。

 それであっても船長の優しさは、私にとって何より嬉しかった。

「熊五郎、残念じゃがそれは出来んのじゃよ」大御婆様が静かに言った。

「なぜダメなんだ?」

「あの海域でのみ生き返る事が出来るのは、お主とスマートだけなのじゃ……」

 大御婆様は残念そうに言った。

「さあもう時間じゃ」

 大御婆様がそう言うと、船長は切ない瞳を私に向けた。

 私は温かい笑顔を船長に向けて頷いた。

 船長が私に歩み寄り、別れを惜しむ何とも言えない表情で、優しく温かなハグをしてくれた。私も船長の大きな身体を力いっぱい抱き締めた。

「船長さん、娘をよろしく頼みます」

「母君、任せておいて下さい」

 次に船長は、大御婆様を抱きかかえ強く抱きしめた。

「わが息子よ。いつかまた逢おうぞ!」大御婆様が涙を流し言った。

「泣かせるなよばあ様ぁ~っ」

 涙もろい船長は、美しい涙を頬に伝わせ、大御婆様の顔の横でしばらく無言のまま泣いていた。


 黙祷が終わるとミーシア達は少しの間、流れて行く花束を見つめていた。そこにプカリと浮かんだのは水葬した船長の棺だ。その横にスマートも浮かんだ。

「見てあれっ……」見つけたのはキャシーだ。

 ジョセフの横で佇むミーシアは、両手で口元を覆い隠し、今にも泣き出しそうだった。

 男達が棺とスマートを船に引き上げ、そして棺のふたを開けた。

 ミーシアは祈るように両手を口元で握り合わせ、奇跡を願うような瞳で船長を見つめている。そんなミーシアの肩に優しくジョセフが腕を回した。棺の周りに集まった子供達や男達も奇跡を信じ見守った。

 船長とスマートの鼓動(こどう)が脈打ち始め、胸が上下し始めた。

 見守る人達の顔に明かりが差した。

 スマートがゆっくりと目を開いた。

 続いて船長がガバッと目を開けた。船長は目覚めるなりいきなり起き上がり、ミーシアとジョセフに向けて指を差した。

「お前達、近過ぎる。もう少し離れなさい!」

 ライフパルス号に再び笑顔が戻った。


                           第一部 完。


海賊姫ミーシアとは別に、コメディータッチの自伝、

レッツ ゴー トゥ ザ NY ウィズ 岸和田㊙物語シリーズ1『武士はピンク好き 編』

も同時連載しておりますので、よければ閲覧してくださいね!

作者 山本武より!

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