第十八章 『音楽室の幽霊』
「トニー、早くしてよぉ~っ、ミーシアが港に着いちゃうじゃない!」
「オレだって急いでいるさぁ~、もうちょっと待ってくれよ!」
学校の石版探しで四組に別れた子供達は、もう一七歳になっていた。あれほどトニーとペアになるのを嫌がっていたキャシーは、クジ運悪くトニーと組む事になり、早八年が過ぎようとしていた。校長先生が何十年かけても見つからなかっただけあって、八年という長い年月が過ぎようとしているが、一向に子供達は石版の手掛かりを掴めていなかった。
キャシー達の担当する区画には音楽室が含まれていたのだが、音楽室は幽霊が出ると以前から噂されていた。キャシーは幽霊と聞くだけでかなりの逃げ腰になっていたが、トニーは幽霊が出るのは何か怪しいと睨んでいた。クイーンローズ島は田舎街という事もあって、少子化の問題もあり、小学校から高等部まで全てクイーンローズ学校に通う事になっていた。キャシー達にとってはずっと同じ学校で過ごせるので、石版探しにはもってこいの環境だった。
天井裏に上がっているトニーは、ランタン片手に四つん這いになって、何か手掛かりはないものかと音楽室の天井裏をくまなく探していたのだ。
「教室に一人にしないでよぉ~っ、もう私先に行くわよ!」
「待ってくれよキャシー。一人じゃないだろ、オレが居るじゃないか?」
「あなたは天井裏でしょ! 私が言ってるのは見える所に居てっていう意味よ!」
「ほんとキャシーは怖がりだなぁ~、もう下りるから待ってくれよぉ~」
「早くしてよ、一分だって待ってやんないんだから!」
「はいはい、怖がりキャシーさん」
天井裏から下りて来たトニーは、蜘蛛の巣だらけになっていた。
「それで何か手掛かりはあったの?」
「いや、蜘蛛の巣とホコリ以外は何も……」
肩に付いたホコリを払い落としながらトニーが言った。
「だから言ったでしょ。音楽室なんて何もないわよ」
「いや、今度は夜に来よう。幽霊が出るなんて噂があるのは、きっと何か原因があるからさ。もしかしたらその原因が石版に繋がるかもしれないしさ」
「あなた正気じゃないわね! 夜に音楽室に来るなんてバカげているにも程があるわ!」
「いや、必ず何かある。幽霊を見た人の話じゃ、日が暮れた薄暗い時間帯に見たと言っていたしな」
「それよりミーシアを早く迎えに行きましょうよ。きっとみんなもう港に集まっているわよ」
「そうだな、急ごう!」
港にはカトレーナにアリス、スーザンそれに男の子達も皆集まっていた。
「ゴメンね遅くなって」キャシーがアリスに言った。
「いいわよ、私達も今来た所だから」
「で、船は?」
「きっとあれじゃない」
キャシーが目を向けた先には、紅鯨団の旗までは目視出来ないが、大きな帆船が沖から港に向かって来ていた。
「ミーシアと会うのも半年ぶりね」
船長達は民間船を襲う海賊の情報を集め、情報が入るたび航海に出ていた。そして航海に向かう前には必ずマッシュ夫妻にミーシアを預け、早くて一週間、遅く一ヶ月の航海から船長達は帰って来るのだが、航海のつど功績を上げる紅鯨団は、今では街の英雄的海賊団に称されていた。
ミーシアにとっては、友達と楽しい時間を過ごせるのだから喜ばしい事だったが、同時に、ミーシアは船長達の事をいつも危惧していた。ミーシアも年頃になり、船長達が何をしに航海に出ているかは解っていたからだ。出航する前夜には決まってビッグママに、「片足のとうさん達の事お願いね」と、心から船長達が無事に帰還出来るようお願いしていた。
「来たわよ」
子供達が一斉に手を振り始めた。船の上ではミーシアも手を振っている。
港に着くとミーシアは、キャシー達に向かってロープを投げた。トニーがそれを素早くビットに掛け、ミーシア達の下船を待った。
「しばらく振りね、ミーシア!」
カトレーナが言うと、女の子達は次々に再会の抱擁を交わすのだが、男の子達は次は俺達の番だと両腕を開いて待っているが、男の子達とは毎回握手で終わるのだった。
「どう、あれから石版の手掛かりは何か掴めた?」ミーシアが皆に尋ねた。
「それがまださっぱりなのよぉ~」とスーザン。
「トニーなんか音楽室が怪しいってさっきまで屋根裏に登っていたのよ。結局何も見つからなかったけど」
「音楽室?」ミーシアは頭を傾げた。
「違うんだミーシア、最近音楽室にまた幽霊が出始めたんだ! きっと何かあるとオレは睨んでいるんだけどな」
「幽霊……ってあの幽霊?」
「ああ、ゴーストさ」
「なんか面白そうな話ね」ミーシアが笑顔で言った。
「そうだろ! さすがミーシア、話がわかる女だぜぇ~っ!」
「調子のいいこと言ってんじゃないわよ! 幽霊なんてこの世にはいないわよ!」
「その割にはキャシー、一人にしないでよぉ~っ、って怖がってやがんだぜ!」
「バカ、そんなこと言ってないわよ! 話を作らないで!」
キャシーは幽霊が怖いと知られるのが恥ずかしいのか、皆の前で嘘をついた。
「おぉ~、これは何処の美男と美女かと思えば、キャシー達じゃないかぁ~!」
船から下船して来た船長が、大きな声でおちゃらけて子供達に声を掛けた。
「船長お帰りなさい!」
キャシーが笑顔で言うと、子供達は船長のクマのように大きな胸に飛び込み、互いに再会を喜び合った。
ミーシアが街に訪れる度、船長はミーシアの友達を自身の子のように可愛がっていた。子供達も船長によく懐き、今ではベアー船長と冗談も言える仲になっていた。
「お帰りなさい。スマートさん!」
肩にバックを担ぎ、タラップを降りてくるスマートを見付けてマーカスが言った。
「やあマーカス、元気だったかい?」
「はい、そうれはもう。元気過ぎて困っているくらいですよ!」
マーカスもスマートと以前よりも親しくなっていた。それもそのはず、マーカスはスマートの一番弟子と呼ばれるほど、勉学もさる事ながら航海術も教わっていたのだ。
「兄貴ぃ~っ、お帰りなさい!」
トニーの声にジミーは、
「よっ!」とタラップを降りながら片手を上げた。
ぞろぞろと下船する船員達を、近くを歩く街の人達は称賛の眼差しで見つめている。
「さぁ~て、みんな降りたか?」船長が言った。
「あと赤鼻のじいさんだけですだぁ~」アクセントが返事した。
「おい赤鼻ぁ~、早く降りて来ねえかぁ~!」
「待ってくれぇ~、わしの荷物は多いでのぉ~!」
「ばかっ、そんなの置いてくりゃ~いいじゃねえかっ!」
「いやいや、これは置いて行く訳にはいかねえ。わしの大切なお宝が詰まっているからのぉ~」
大きなボストンバッグを背負い、最後に赤鼻のじいさんが下船した。
「何入ってんだあの中?」船長が聞くと、
「きっとエッチな本ばっかですよ!」ジミーが答えた。
「あの歳であの元気さは、きっとそれの御かげかもなぁ~」
船長が感情を込めてしみじみ言うと、男達は「確かに」と頷きながら笑い合った。
「さあ、みな揃った所で飯でも食いに行くかぁ~っ!」
船長の言葉に、子供達は「やったぁ~!」と声を上げて喜び、船員達は美味い酒が飲めると歓喜した。
「で、ミーシア。今回船長達は何処まで航海に出るの?」
テーブルを囲み、椅子に腰を落ち着かせた時アリスが尋ねた。
「魔のトライアングルって呼ばれている海域まで航行するらしいんだけど……」
「魔のトライアングル? なんか物騒な名の海域ね」
「何もなければいいけど……」
やはりミーシアは危惧していた。
「さあみんな、今日は盛大にやろう!」
皆が腰を落ち着かせた所で、船長が椅子から腰を上げ両腕を広げ言った。
船員達の歓声が店中に響き渡り、紅鯨団の男達と子供達は、久方ぶりの再会に喜び合い宴に花を咲かせた。
前夜の宴は遅くまで盛り上がり、赤鼻のじいさんの裸踊りが始まった頃には男達はほぼ酔い潰れていたが、ミーシア達は音楽室の幽霊の話で盛り上がっていた。その横でゴッズだけは永遠と食べ物を頬張っていた。そんな遅くまで酒を浴びるほど飲んでいたにも拘らず、朝になると男達は精悍な船乗りの顔付きになっていた。
港で船長達を見送る子供達は、早起きして学校の用意を済ませると、波止場に集まっていた。
船の碇が上げられ、ビットからロープが外されると、船はゆっくりと波止場から離れた。
「いってらっしゃい」
波止場からミーシアが手を振りながら見送った。
「ミーシア、早く戻って来るからな!」
波止場からゆっくりと船が離れて行くとき船長が言った。
「気を付けてね」
「ああ、心配いらないぞミーシア! 帰ったらまた皆で飯を食おう!」
甲板に立つ船長はじめ男達は、ミーシアとの別れを惜しみ、沖に行くまでずっと手を振り続けていた。
「行っちゃったね。さあ私達も学校に行きましょうか」
キャシーが言うと、子供達は海を背に歩き出した。
ミーシアはもう一度振り返り、遠くに見えるライフパルス号を見つめた。
(何も起きませんように……)
船長だけがいつまでも手を振り続けているような、そんな気がミーシアはしていた。
その日、十月には珍しい気候の変化が、船長達の行く末を、漠然とした不安に感じさせるのだった。そんなミーシアの心情を、私はそっと水面から汲み取った。
学校での授業はミーシアにとって退屈なものでしかなかった。船の上での生活は時間がたっぷりあるので、スマートの特別授業を受けており、この日黒板に書かれていた内容は、ミーシアはすでに勉強済みだった。
授業が終了すると、子供達は早くも用務員室に集まり、校長先生を交えて最後の石版について論議を交わし合った。
「昨日も言った通り、オレは今日、夜になってから音楽室に行こうと思うんだけど、みんなどうかな?」
「私は絶対行かないわよ!」キャシーは腕を組み、「フンッ!」とそっぽを向いている。
「じゃあ私付き合うわ!」
ミーシアは幽霊が見てみたくて仕方ないようだ。ミーシアがそう言うと、「それじゃあ私も行く」「僕も行く」と、キャシー以外の子供達は次々に名乗りを上げた。
残されたキャシーは、
「それじゃあ私も行くわよ……」
と、しぶしぶ参加するのだった。
「それではこれを持って行きなさい」
先生が持たせてくれたのはランタンだった。
「オレも一個持っているから、これでかなり明るくなるな」とトニー。
「でもまだ暗くなるまで時間があるわね」とカトレーナ。
「じゃあ私、今の内にテスト勉強しようかな」
「テスト勉強なんかしなくても、アリスは頭が良いから大丈夫なんじゃない?」
そう言ったスーザンは、テストで何点取ろうがいつもお構いなしの女の子だ。
「私は頭が良いんじゃないわ。本当に頭が良いのはミーシアよ。学校に来なくてもいつも私より良い点数を取るんですもの」
「オレなんかどっちかというと、いつも100点よりむしろ0点に近いぜ!」
「あんた自信を持って言う事じゃないでしょ」キャシーがトニーに厳しく言った。
「私がいつも良い点数を取れるのはスマートの御かげなの。スマートの勉強の教え方は解り易いだけじゃなく、自然と頭に記憶されるようなそんな教え方なの」
「僕もそう思います。僕もスマートさんには、碇泊する時にいつも勉強を教わりますが、あの人の説明は、こぉ~何と言いますかぁ~、教わる側が答えを自然と導き出すよう教えてくれるのです」
「そう、そんな感じ!」
ミーシアの言いたい事をマーカスが代弁してくれたので、ミーシアはそれが言いたかったのよとばかりに声を上げた。
「じゃあオレも教われば良い点数取れるかな?」
「あんたは無理よ! そもそも勉強する気ないもん」キャシーがぴしゃりと言い放った。
「スマートさんには一度代理教師をして頂かんといかんなぁ~」
子供達の話を聞いていた校長先生が、自身も一度スマートの教え方を見てみたいとばかりにおっしゃった。
「それいいかもっ!」ミーシアが喜びに手を打ち鳴らした。
辺りが暗くなるまで子供達は用務員室で時間を潰し、ミーシアにそれぞれの近況を話して聞かせた。
「さあ、そろそろ時間ですよ」陽が沈み出す頃マーカスが言った。
ミーシアはわくわくと嬉しそうな笑顔を見せ、窓際に座るキャシーはおっかなそうな顔をしている。トニーはやる気十分といった表情だ。後の者は怖いもの見たさといった感じだ。
廊下を歩く時、キャシーは恐る恐る肩を縮こませ、ミーシアの腕に掴まり歩いた。ランタンを持って歩くミーシアとトニーの後ろに、それぞれ皆がくっ付いて歩いた。
「わっ、あれなんだ?」
トニーが何でもない物にまでわざと言う度、キャシーがビクッと身体を振るわせるのを、トニーは楽しんでいるようだった。
ドアの上に掲示されている、音楽室と書かれた札にミーシアは光を当てた。
「着いたわよ」
「やっぱり入るの止めな~い」キャシーが恐る恐る言った。
「ここまで来て何言ってるのよキャシー。覚悟を決めなさい!」スーザンが力強く言った。
「何の覚悟よぉ~、幽霊を見る覚悟って事ぉ~?」
普段はポジティブなキャシーも、さすがに幽霊が怖いとあってネガティブな受け取り方をしたようだ。
「さあ行くぞ!」トニーが男らしくドアを開けた。
ランタンの光が教室中をゆらゆらと照らし、壁の上に掛けられている偉大な作曲家達の肖像画が、下から照らされたランタンの光で薄気味悪く不気味に笑っているように見えている。
「今あの絵の目玉動かなかったか?」
「ちょっとゴッズ、冗談でもそんなこと言わないで」
「確かに動いたような気がしたんだけどなぁ~」
「ホントいい加減にしないと怒るわよ!」キャシーは幽霊を怖がりかなりムキになっている。
「きっとこの揺れる炎のせいよ」アリスはいつも冷静だ。
その時にわかにトニーの持っているランタンの炎がすーっと消えた。
「あっ、ヤバい、燃料切れちゃった……」
教室は更に暗くなった。
「どうして昼に使ったのなら燃料足しておかないのよぉ~、ホントあなたってバカね!」
キャシーが毒突いた。
教室の中は、ミーシアの持つランタンの淡い灯りが、室内を照らしているだけだ。
ミーシアが移動する度、皆一塊になってぞろぞろと後に続いた。
ミーシアは教室の黒板とは反対の後の棚に光を当てて、何かないものかと探している。皆も棚に目を向け調査していたが、その時ゴッズだけがふと前の黒板に目を向けた。
「でっ、出たあぁぁぁァァァ~~~~ッ!」
皆はゴッズの言葉にビクッと身体を震わせた。
「どうしたのゴッズ?」
「あそこぉ~、あの黒板……」
皆が一斉に黒板に向けて振り返った。そこには青白い光を背にした黒く大きな不気味な影が、まるでゾンビのように両手を前に突き出し映っていた。
「きゃあぁぁぁぁぁァァァ~~~~ッ!」
振り返る中、真っ先に叫んだのは勿論キャシーだ。
「うわぁぁぁぁぁァァァ~~~~ッ!」
デビットもキャシーに負けないくらいの大きな声で叫んだ。
突然の不気味な黒い影の出現に、ミーシアと冷静なアリス以外は、、恐ろしさのあまり慌てふためき叫喚した。
「ちょっとみんな落ち着いて」アリスが平静を保って言った。
「みんな静かにして、今何か聞こえたの」
「ミーシアこれ以上怖がらせないでよぉ~」キャシーはガタガタと震えている。
「違うの幽霊の声じゃないのよ」
ミーシアの一言で、子供達は少し落ち着きを取り戻した。その子供達に向けて、ミーシアが口に人差し指を当て「しー」と口の形をして見せた。たちまち子供達は音を立てまいと、身体の動きまで止めて身構えている。教室が静寂に包まれた。ミーシアは目を瞑り、耳に手を当て五感を研ぎ澄ませた。
「チュウチュウ(おい、いきなり静かになったぞ!)」
「チュウチュウ(まさかバレたのかっ⁉ なんかヤバくないか!)」
「チュウチュウ(ズラかった方がいいんじゃねえか?)」
「チュウチュウ(大丈夫だよ。しょせん人間の子供達だ)」
「あなたたち、そこに隠れているのは解っているわよ!」
「チュウチュウ(どうしてあの女の声だけオレたち解るんだ?)」
「チュウチュウ(そんなのオレが知るか!)」
「私の声が聞こえているのね。早く出てらっしゃいよ! 掃除箱の裏に居るのはわかっているわよ!」
「チュウチュウ(おいっ、バレてるぞ!)」
私は水面に掃除箱の裏を映し出してもらった。そこには三匹のネズミが、一匹は人間の手の平サイズの手鏡を持ち、もう一匹は青白い光を放つネズミと同じ大きさ程の石を持ち、その石の前にもう一匹のネズミが後ろ肢で直立していた。
「何もしないから出てらっしゃい! 話を聞かせて欲しいだけなの」
「チュウチュウ(おいどうする?)」
「チュウチュウ(オレに聞くなよ!)」
「チュウチュウ(逃げた方がいいんじゃねえか?)」
「あなたたち、逃げたら掃除箱をどかして、壁の穴を壊してもう住めなくしてしまうわよ! 出て来て話を聞かせてくれるなら、ずっとそこに居させてあげるから……」
ミーシアにしては珍しく動物に脅しをかけた。
「チュウチュウ(おい、やっぱり出て行った方がいいみたいだぞ……)」
「チュウチュウ(確かにそうだな)」
「チュウチュウ(だからオレは最初から出て行こうって言ったのに~ぃ!)」
「チュウチュウ!(言ってねえよッ!)」二匹のネズミが同時にツッコミ声を揃えた。
ミーシアはくすっと笑った。
「ねえミーシア、誰と話しているの?」
ミーシアの言動を聞いてスーザンが尋ねた。
「今出て来るわ、小さな幽霊さんたちが」
子供達が掃除箱を見つめていると、掃除箱と壁の隙間から小さな幽霊さんたちが並んで出て来た。ネズミたちは悪戯がバレたのが恥ずかしかったのか、人間のように頭を掻きながら、照れ臭そうな仕草を見せた。
「えぇ~っ、これが幽霊の正体ぃ~っ!」
一番怖がっていたキャシーが拍子抜けした声を出した。
「出て来てくれてありがとう」
ミーシアが優しく言った。
「チュウチュウ(オレたちに何の話があるって言うんだい?)」
右端の先程直立していたネズミが言った。
「どうして幽霊のフリして学校の生徒を怖がらせるの?」
「チュウチュウ(お前が言えよ!)」
「チュウチュウ(いやお前が言えよ!)」
「チュウチュウ(何を言っているんだお前が言えよ!)」
三匹のネズミたちは責任を擦り付けるように言い合ったが、
「チュウチュウ(それならオレが言う)」
「チュウチュウ(いや、オレが言う)」
と、右端のネズミから順番に手を上げたので、先を越されてはいけないと左端の太ったネズミが、
「チュウチュウ(いやいや、それならオレが言う)」
と最後に手を上げた。
待っていましたとばかりに二匹のネズミは、
「チュウチュウ(どうぞ、どうぞ!)」
「チュウチュウ(どうぞ、どうぞ!)」
と、透かさず左端の太ったネズミに優先権を譲った。
譲られた太ったネズミは、(してやられたぁ~っ!)とばかりに、ハメられた感満載の顔をして口を開けたまま固まった。
このひょうきんなネズミたちを見て、ミーシアの表情は綻びっぱなしだ。
「チュウチュウ(しかたねえなぁ~、じゃあオレが言ってやるよ!)」
太ったネズミが観念して話し始めた。
「お願いねネズミさん」
「チュウチュウ(長くなるから覚悟して聞けよ)」
「わかったわ」
「チュウチュウ(棲み家を荒らされない為だ!)」
ミーシアと二匹のネズミは続く言葉を待った。しかし一向に続きを話そうとするどころか、説明し終えた感満載の晴れ晴れとした顔をしているので、堪らなくなった二匹のネズミが、
「チュウチュウ(それだけかよッ!)」
と同時にツッコんだ。
「チュウチュウ(お前説明ヘタだなぁ~、代わりにオレが言ってやるよ!)」
右端のネズミが言うと、
「チュウチュウ(それなら最初からお前が言っとけよッ!)」
と左端の太ったネズミが、逆切れするように透かさずツッコんだ。
この三匹のネズミのやり取りに、ミーシアは一人ウケていた。
「チュウチュウ(おいお前、ちょっとあれ取って来てくれ)」
右端のネズミが真ん中のネズミに頼んだ。
「チュウチュウ(石か?)」
「チュウチュウ(ああ)」
真ん中のネズミは素早く掃除箱の横の隙間を通ると、わっせさっせと自分と同じ大きさ程の青白く光る石を持って来た。
「わぁ~、綺麗な石ね」
「チュウチュウ(オレたちの棲み家には、この光る石がたくさん天井に埋まっていて、この石の光の御かげで植物も育つし、もちろん天敵に襲われる心配もないし、俺達にとっては楽園なんだ。その楽園を汚されぬよう、こうやってこの部屋に人があまり寄り付かないようにして来たんだ!)」
「幽霊のフリをしてって事ね」
「チュウチュウ(ああ、そして何より、オレたちは先祖から受け継がれて来たある物を守っているのさ!)」
「えっ、ある物?」ミーシアは期待に胸を躍らせた。
「チュウチュウ(ああ)」
「もしかして……、それってこんな物じゃない?」
ミーシアは石版のスケッチをポケットから取り出してネズミたちに見せた。
「チュウチュウ(どうしてそれをお前たちが知っているんだ!)」
スケッチの古代文字を見て右端のネズミが答えた。
「私達はこの石版を探しているの」
石版と聞き子供達の胸も高鳴った。
「チュウチュウ(なに~ぃ、石版を探しているだと! 石版と聞いちゃあ~これ以上お前たち人間に話す事は何もねえな!)」
「ちょっと待って! 石版はもしかしてこの指輪の持ち主に渡す事になってない?」
ミーシアは胸元からネックレスを取り出し、ぶら下がっている指輪を見せた。
「チュウチュウ(おい、どうしてお前がそれを……)」
他の二匹のネズミも驚いている。
「チュウチュウ(選ばれし者なのか……)」
「選ばれし者かどうかは解らないけど、指輪は私が持っているわ」
子供達はどういう事かと顔を見合わせた。
「チュウチュウ(オレたちはその指輪を持っている者に石版を渡すよう先祖から言いつかっている。だから石版はお前に渡そう)」
「じゃあ持って来てくれる!」
「チュウチュウ(いや、石版はオレたちでは運べない。というより持ち出せないんだ)」
「どういう事?」
「チュウチュウ(指輪の持ち主が自ら石版を取り出すよう細工されているんだ)」
「取り出す?」
「チュウチュウ(ああ、石版が組み込まれている仕掛けを外すには、指輪が鍵となるとご先祖様から聞いている)」
「なら私があなたたちの棲み家に行けばいいのね。だけど私はあなたたちが通って来た小さな穴には入れそうにないわ!」
「チュウチュウ(心配には及ばない。オレたちの棲み家には別の通り道があるんだ。そこを通って来ればいい)」
「それは何処にあるの?」
「チュウチュウ(古井戸さ)」
「古井戸? あそこにはそんな通り道は無いわよ」
「チュウチュウ(当たり前だろ! 石版をお隠しになった御人が、通路も見つからないよう細工なさったんだ。古井戸の底まで下りてよぉ~く組石を見てみるんだな! すぐにそれと解る印がしてあるから、そこに指輪の石を当ててみろ、きっと驚くぜあんた達!)」
「わかったわ! じゃあまた後で会いましょう」
「チュウチュウ(ああ!)」
ミーシア達は一旦校長先生の許へ戻った。
「それでは幽霊の正体はネズミだったのかい?」
意外な幽霊の正体に、校長先生も驚いた顔を見せた。
「はい」
「それにしてもネズミが石版を守っていたとは驚きだ!」
「でも私は、ミーシアが守りの指輪を持っている事の方がもっと驚いたわ!」
キャシーが言った。
校長先生とミーシアは目を見合わせた。
「えっ、校長先生は知っていたんですか?」
二人を見てキャシーが言った。
「みんな済まない。これには深い事情があってのぉ~。ミーシアが大きくなるまで黙っているよう先生が命じたのだよ」
「そうだったんですか……」アリスが言葉を返した。
「で、深い事情って?」キャシーが尋ねた。
「その頃はミーシア自身も、どうして指輪を自分が持っているのか解らず悩んでいたのだよ。それを知っている船長達は航海に出ていたし、帰って来てから船長に尋ねたのだったねミーシア」
「はいそうです」ミーシアが答えた。
「で、船長は何て言ってたの?」やはりキャシーが問い掛けた。
「片足のとうさんが言うには、昔ある島で財宝を見つけた時、その中にこの指輪とネックレスが入っていたらしく、女がする物だから私にくれたんですって」
「でもどうしてミーシア・ベネット・ウォールデンが持っていた指輪が、そんな島の財宝の中に紛れていたんだろ?」
キャシーの疑問はもっともな事だ。
「私にも解らないわ。片足のとうさんも解らないって言っていたわ」
私は船長がミーシアに嘘を言った時の事をよく覚えている。初めて子供達がライフパルス号を訪れた翌日、出航してからしばらくして、ミーシアが思い悩む顔をして、船長に指輪の事や母親の事を尋ねたのは見るに忍びなかった。船長は校長先生に助言頂いた時から、ミーシアに私の事や指輪の事を聞かれたら、何と言おうかとそれはそれは悩んでいた。悩んだ結果結論を出したのが、今しがたミーシアが話した内容だった。母親の事に関しても、遭難している船からミーシアを助け出した時、その遭難船での人命はミーシア一人だけしか救えなかったのだと……。
あのとき大御婆様は私におっしゃった。
「すべてはミーシアの事を思っての事、事実を話すのも愛ならば、話さないのもまた愛なのじゃよ」
「ええ大御婆様。わかっておりますわ!」
「其方はこの真実の泉で、船長を通じて子育てを体験しておる」
「はい、大御婆様」
「なので体験ついでにもう一つ学ぶべき事がある」
「それは何ですの大御婆様?」
「いいかいエレーナ。子供があれを買ってとおねだりをして来たら其方ならどうする?」
「買い与えると思います」
「じゃがそれが度々続くとどうする?」
「私なら買い与えないかと」
「それはどうしてじゃ?」
「なんでも買い与えると甘えた子に育たないか心配になります。あと物を大事にしない子になって欲しくないのも……」
「じゃが子供はそんな親の心情を解らぬものじゃ。どうせならと、子供が望む物は全て買い与えてやる親もおる。どちらが正しいというものでなく。与える愛もあれば、与えない愛もまた愛なのじゃよ」
確かにその通りだと思った。
「でもミーシア、どうしてネズミたちに守りの指輪を見せたら石版を渡して貰えるって解っていたの?」カトレーナが尋ねた。
「その事についても先生の口から話そう。今はもう君達も、嘘を言った事を理解出来る年頃になったから言うが、実はあの時ギャスターから石版をもらって来たのは、ミーシア一人で行ったのだよ」
「えぇ~っ、そうだったの!」スーザンも驚いている。
「ミーシアは皆に心配を掛けまいと、そして恐らく先生にも心配を掛けまいと、あの時ミーシアは先生にも全ては話していないはずだ。そうだろミーシア」
ミーシアは小さく頷いた。
「ギャスターから石版を譲ってもらうにあたって、ミーシアは辛く恐ろしい経験をしたはずだ。間違っておるかな?」
ミーシアは頭を左右に振った。
「その時、その体験から指輪が石版を得る物だと解ったのだ」
「つまりギャスターは、指輪の持ち主を待っていたって事ですか?」アリスが尋ねた。
「その通りだ」
「みんな黙っていてゴメンね……」
「いいのよミーシア、気にしなくても、私達の事を思っての事なんだから」
アリスが優しく言った。
「さあそれでは皆で古井戸に行くとするかのぉ~」
「先生も付いて来てくれるんですか?」
「勿論だとも、この年寄りにも、最後の石版を手に入れる感動を分け与えてはくれんかのぉ~」
「勿論ですとも先生!」キャシーが笑顔で言った。
古井戸の底はずいぶん前から枯れ果てていて、梯子を据えれば簡単に降りられた。しかし通路の扉を開くまでは、すべての人が降りられるスペースが無い為、ミーシアとアリスが先に降りた。
「おーい、大丈夫かぁーっ」星空を背にトニーが井戸を覗き込んだ。
井戸の底ではランタンの灯りがほのかに灯っている。
「ええ、大丈夫よぉ~、問題ないわぁ~っ」ミーシアが答えた。
「アリス、もうちょっと灯りを上げてくれる」
「ええ、これでいい?」
ランタンの光に灯された円形の井戸の中は、長方形の石で組まれた立派なものだった。古色蒼然とした石組みは、何百年もの時を重ねてきた趣を感じさせている。
「何処だろうね、ネズミさんたちが言っていた印って?」
「ここだけなんか窪んでいるみたいだけど」アリスは窪みの部分に付いている泥を手で払い落とした。浮き上がって来たのはミンティアの紋章だ。
「ミーシア!」アリスはミーシアに顔を向けた。
「きっとこれね!」ミーシアが言った。
更にアリスは紋章の周りを手で擦った。紋章の下にちょうど指輪に埋め込まれている赤い石が納まりそうな窪みがあった。二人は顔を見合わせると、同時に頷き行動に移った。ミーシアは首の後ろに手を回してネックレスの留め具を外すと、胸元から指輪を取り出し、指輪の赤い宝石を窪みに当てた。すると石組みが音を立て震え、次に紋章を基準に左右にずれた。そして石組みの壁が奥に遠のいて行ったかと思うと、そこには人が通れそうなほど大きな通路が出来た。その向こうには石畳の通路が伸びていた。二人は感動と驚きに胸を高鳴らせた。
「降りて来て大丈夫よぉ~っ!」
「通路が見付かったのかい?」
「ええ、来たらビックリするわよ!」
ミーシアの声に、井戸の上では早くもみな興奮気味だ。
「よし、じゃあオレからいいかな?」
「早くしてよね! 順番がつかえているんだから」キャシーは相変わらずトニーには手厳しい。
その場で待っていると皆下りて来られないので、ミーシアとアリスはランタンを掲げて少し通路を進んだ。
「ミーシア、私、ネズミの棲み家を想像していたから、まさかこんなにも凄い物があるなんて考えてもみなかったわ」
「私もよ。これを作った人ってホント凄い人だったんだね」
改めてミーシアは、大御婆様の偉大さに感銘を受けていた。
水面を私と共に眺めていた大御婆様は、曾曾曾曾……孫から敬愛された事に、心なしか誇らしそうな表情を見せた。
「まさか井戸にこんな仕掛けがあったとは……」
殿を務める校長先生も古井戸の仕掛けに驚いている。
先頭を行くミーシア達は、通路を進み階段を上り大広間へと出た。天井に敷き詰められた青白く輝く光石が、空間を幻想的に照らし出していた。
まもなくして殿を歩く校長先生も大広間に到着した。
「うわぁ~っ、凄いわねぇ~っ!」
スーザンは天井を見上げ、幻想的な光石の輝きに圧倒されながら感嘆の声を上げた。
「チュウチュウ(よく来たなお前たち!)」先程のネズミたちが出迎えてくれた。
「チュウチュウ(みんな出て来ていいぞ! こいつらは信用出来る人間達だ!)」
右端にいたネズミが言うと、辺りに隠れていたネズミたちが、点在する石柱の裏から次々に顔を覗かせた。中にはお母さんネズミに寄り添う赤ちゃんネズミも数えきれない程たくさん姿を見せた。
「こんばんはネズミさんたち」
「チュウチュウ(かあちゃん、あの人間おいらたちにしゃべったぞ!)」
「チュウチュウ(ホント、人間の言葉がわかるなんて初めてだわ!)」
ミーシアの言葉に安心したのか、子供達の足元にぞろぞろとネズミたちが集まって来た。
「私ぃ~、ネズミ苦手なんだけどなぁ~……」スーザンが恐る恐る呟いた。
「チュウチュウ(かあちゃん、あの人間の言葉はまったくわからないね)」
「チュウチュウ(きっとわたしたちに会えて嬉しいのよ。ピーちゃん、挨拶代わりに肩に乗ってあげなさい)」
「チュウチュウ(よしわかった!)」
お母さんネズミの言葉に、ピーちゃん赤ちゃんネズミはスーザンの足から素早くよじ登り、スーザンの肩へと移動した。
「チュウチュウ(かあちゃん、なんかこの人間震えてないか?)」
「チュウチュウ(きっと嬉しさに感動しているのよ)」
「チュウチュウ(そうか! なら頭に乗ってやろう!)」
スーザンの髪の毛を伝ってピーちゃんが頭によじ登ると、スーザンは恐怖のあまり硬直し始めた。
「チュウチュウ(かあちゃん、この人間、なんか固まってないか?)」
「チュウチュウ(きっと嬉し過ぎて硬直しているのよ)」
スーザンは声も出せぬほど硬直し、泡を吹いて気を失いかけている。
そのやり取りを一部始終見ていたミーシアは、おもしろ過ぎて吹き出してしまいたいのをグッと堪えていたが、見るに見かねてピーちゃんに話し掛けた。
「ピーちゃん、さあこっちへいらっしゃい」
ミーシアが手を差し伸べると、ピーちゃんがミーシアの手の平に飛び移った。
スーザンはホッと安堵の溜息を吐いた。
「ネズミさんたち、早速で悪いんだけど、石版の所へ案内してもらえないかしら?」
「チュウチュウ(もちろんだとも、オレたちに付いて来な!)」
ミーシア達は三匹のネズミの案内の下、大広間の奥に見える、横に長く大きな五段ほどの階段を上った。
階段の上は大広間ほど広いスペースではないが、ミーシア達が優に立っていられる広々とした空間があった。中央には腰ほどの高さの石造りの台が見えており、その奥には、腰に剣を差した、甲冑を身に纏った女性の石像が右手を前に向け立っている。その両脇には一頭ずつ、石造りの重圧ある凛々《りり》しい面構えのライオンが、女性に従えるように正面を向いて存在していた。
「チュウチュウ(石版はあの石像の前にある)」
ミーシアは石造りの台に近づいた。
「これぇ~、どことなくミーシアに似てないか?」トニーが石像を見て言った。
「あら本当ねぇ~、でも他人のそら似じゃない」キャシーが気軽な感じで答えた。
「おそらくミンティアの守護神、ミーシア・ベネット・ウォールデンだろう」
校長先生が深く威厳のある声でおっしゃった。
「じゃあこの神殿は彼女が建造した物なのですか?」マーカスはメガネを触った。
「まず間違いないだろう」
子供達は真剣な眼差しで、大御婆様の若き頃の石像を見つめている。
「今はこんな年老いた姿をしとるが、わしにも美しい頃があったのじゃよ」
水面に映る子供達に目を向けながら、大御婆様がおっしゃった。
「綺麗な人ね」石像を見てカトレーナが言った。
私の横では大御婆様が、心なしか顔を綻ばせていた。
「ねえ見て、これ台に文字が彫られているだけよ」
ミーシアの言葉を聞き、
「ほんとだ。『月近き時』、一段下には『石版』と書かれていますね」
とマーカスが台の上部中央を見て言った。
「ネズミさん。まさかこれが石版ではないでしょ?」
「チュウチュウ(いや、それが石版だよ)」
「えっ、でも台と一体化してるわよ?」
「チュウチュウ(あぁ、万が一指輪を持っていない者がやって来た時の対策だろう)」
「で、どうすればいいの?」
「チュウチュウ(それはオレたちには解らない。音楽室でも言ったように、『指輪が鍵となる』としかオレたちは聞かされていない)」
困った顔をしているミーシアに、
「どうしたのミーシア?」とアリスが話し掛けた。
「この石版を取り出すには、指輪が鍵となるとまでしか、ネズミさんたちは聞かされてないそうよ」
「じゃあこの文字がやはり石版なの?」
「どうやらそうみたい」
「じゃあ指輪を台の上に置いてみたらどうかな?」トニーが誰もが思い付きそうな事を言った。
「ミーシア、まずそれは違うと思うから指輪を置かなくてもいいわよ」キャシーが否定的な物言いをした。
「じゃあキャシーならどうするんだよ?」困った顔をしながらトニーが尋ねた。
「それは……、そのぉ~……」キャシーも答えに困っている。
「ミーシア、石像の中指に指輪を嵌めてごらん」
石像をつくづくと眺めていた校長先生が、ふとアドバイスを下さった。ミーシアは校長先生に従い、迷う事なく指輪を取り出し、若き日の大御婆様の石像の右手の中指に指輪を嵌め込んだ。指輪のサイズもちょうどピッタリだった。そして指に収まった刹那、カチッっという音が辺りに響き、次の瞬間、台の上部が振動し始めたかと思うと、文字の周りにL時型の亀裂が入った。
「ウソでしょぉ~!」
キャシーはお驚きに目を丸くしている。
「どうして中指に指輪を嵌める事が解ったのですか?」
謎を解けなかったマーカスが、逸早く校長先生に尋ねた。
「簡単な事だよ。それぞれの指には指輪を嵌める意味があるのだよ。高い志を持つ者なら、自ずと中指に嵌めるだろう。恐らくミンティアの守護神は、高い志を持ち、誰よりも平和を愛した御人だから先生はそう思っただけだよ」
「では中指には高い志を成就する効能があるのですか?」
誰よりも知識を重んじるマーカスが尋ねた。
「右手の中指に指輪を嵌める事は、邪気から身を守り、直感や意志のまま現実的なパワーが欲しい時などに効果的なのだよ。簡単に言えば思うように事を運びたい人は、この指に指輪を嵌めると効果的なのだ。私が推量するミーシア・ベネット・ウォールデンは、当時、一国では抑え切れん他国を相手にそれをねじ伏せ時代を築いた御人だ。彼女が指輪を嵌めるならまず中指だと思っただけだ。他の指にもそれぞれの意味があるのだが、神話を作った彼女の抱え持つ宿命から言って、まず指輪を嵌めるならその指に間違いないと先生は考えたのだよ」
マーカスはどんな知識でも我が物にしようと、今聞いた事をすぐさまメモに取った。
先生の話が終わるとミーシアは石版を台から取り上げた。
「これで全ての石版の文字が繋がったわね」
ミーシアの言葉を他所に、マーカスは一人青ざめた顔をしている。
「どうしたのマーカス?」アリスがマーカスの顔色に気付き尋ねた。
「はい、ある程度予測はしていましたが、どうやら少し面倒な事態になったようです」
「どういう事?」
「すべての石版の文字を繋ぎ合わせると、『月近し時、近き場所、石版持ちて戌の刻、意を述べよ、選ばれし者』となる訳です」
「なるほど、前に言ってた事態になったという訳ね」
「ねえアリス、前に言ってた事態って?」キャシーが疑問を投げ掛けた。
「つまりこういう事よ。すべての石版を持って戌の刻にある場所に行くには、博物館の石版が必要になって来るって事よ」
子供達は事態の深刻さにやっと気付いたようだ。
「ネズミさんたち本当にありがとね。これからは音楽室で幽霊の振りはしなくてもいいわよ。ねっ、先生」
「ああ、私が責任を持って君たちをこの神殿で暮らせるようにするから、安心してお暮し。とミーシア、済まないが伝えてくれんか」
「はい」
最後の石版が見付かったにも拘らず、井戸から地上に出た子供達の表情は、浮かれた顔付きではなかった。
そんな子供達を励ますかのように、夜空に大きな丸いお月さまが、にっこりと子供達に微笑み掛けている。そんな趣のある夜だった。




