第十三話:エスティナとのひと時
自分で勇者の息子である事を隠してきたのに、これだけの知識をひけらかしてたら、色々勘繰られるだろって!
ど、どうする!?
必死に頭をフル回転させて、咄嗟に出した答えは──。
「え、えっと。じ、実は、この世界に魔法があるって聞いて、エ、エリスさんに色々と教わっただけなんだ」
「そうなんですか?」
「う、うん。さ、さっきの話も、エリスさんの受け売りなだけで。だ、だから、あまり俺から聞いたって言わないでくれる? 変に詳しいって思われると、恥を掻きそうだし……」
ごめん! エリスさん!
苦笑いし頭を掻いた俺は、心で必死にエリスさんに謝る。
いやだって、もしこれでアイリスさんが召喚術に成功できなかったら、彼女が理由になっちゃうわけだし……。
「じゃ、じゃあ、きっと召喚術も、うまくいきますよね!」
「う、うん。た、ただこの話、みんなには内緒にしてくれる?」
「え? 何故ですか?」
「あ、いや。その……き、きっとエリスさんも、俺に教えたって知られなると都合が悪いかもしれないし。だから、俺達だけの秘密にして欲しいんだ」
きょとんとしながら話を聞いていたアイリスさんが、最後の言葉を聞いた瞬間、いきなり顔を真っ赤にし俯いてしまう……って。俺、何か変な事を言ったっけ?
思わず俺の方が首を傾げていると。
「リュ、リュウトさんと、ふ、二人だけの、秘密……秘密……」
まるで壊れた玩具のように、ぼそぼそとそんな言葉を繰り返している。
……えっと、俺と二人っきりの秘密って言いたいのは、わからなくもない。
だけど、それでこんな風になるもんなのか?
「ア、アイリスさん。大丈夫?」
「は、はひっ! だだだ、大丈夫です! 絶対誰にも言いません! 秘密にします! 秘密にさせていただきます!」
……流石にちょっと、きょどり過ぎじゃないか?
必死にペコペコする彼女を見ながら、俺はまた困った顔をするしかなかった。
§ § § § §
あの後、やっと落ち着いたアイリスさんと、もう少し話をした。
といっても、結局共通の話題なんてほとんどないから、漫画について触れてみたんだ。そうしたら案の定、
「リュ、リュウトさんは、マンガを知ってるんですか!?」
なんて、エスティナたちが予想していた通りに見事に食いついたんだ。
折角おめかししたであろう服の可愛さも霞むくらいの興奮っぷり。俺も苦流石に苦笑いしたけど、折角なんだしとそのまま向こうの世界の漫画について話して聞かせたり、他の人に内緒って条件で、スマートフォンに残してあった漫画のイラストを見せてあげたりした。
流石にアイリスさんも、こっちの世界の文字まではわからない。けど、ある意味本場の漫画を見た彼女はもう、夢心地になりながら、
「はぁ……リュウトさんの世界では、こんなに凄い物が沢山見られるんですね……」
なんて口にしつつ、しばらく惚けていて。彼女が本気で絵が好きなんだなっていうのを改めて感じたっけ。
彼女の描いた絵も幾つか見せてもらったんだけど、写実的な物だけじゃなく、漫画的なややデフォルメされた絵も見せてくれた。
これが正直、俺のいた世界でも通用しそうなくらいの可愛い女子や格好いい男子を描いてて。
「これなら、向こうの世界でも十分通じるよ」
なんて褒めたら、アイリスさんはすごく嬉しそうな顔をした。
ちなみに、漫画寄りのイラストは流石に他の人には見せたことがなかったらしく。
「あ、あの……こ、これも、二人っきりの秘密で、お願いします……」
なんて、上目遣いでしおらしく言われた時には、ちょっと可愛いと思ってしまった。
勿論エスティナには敵わないけど、彼女もやっぱり男子にモテそうな気がするんだよね。ちょっと引っ込み思案な所を除けば。
§ § § § §
アイリスさんの部屋に来て数時間。
随分俺の事も記憶に残せたって聞いて、夕方前にお開きにする事にした。
「リュ、リュウトさん。ミャウちゃん。今日は、ありがとうございました!」
「ううん。こちらこそ」
「ミャーウ」
部屋に来た時と同じくらいの勢いある会釈に、俺とミャウは顔を見合わせながら笑顔になる。
「明日も学校、頑張ってね」
「は、はい!」
「それじゃ」
「ミャウミャーウ!」
俺は部屋の扉を開け廊下に出ると、アイリスさんに手を振った後、ゆっくりと扉を閉めた。
……ふぅ。なんとか乗り切れたかな。
俺は胸を撫で下ろすと、そのままミャウと廊下を歩き出す。
正直、最初はどうなるかなって思ったけど、何とか会話も繋げられたし良かったな。
一般的な絵のモデルみたいに、じーっと見られ続ける方が辛かったし。
っと。そういえば。エスティナの所も寄らないといけないんだっけ。
階段の前で足を止めた俺は、踵を返し彼女の部屋に向かう事にした。
§ § § § §
部屋をノックすると、エスティナはすぐに出迎えてくれて、俺達はそのまま部屋に案内された。
どうも朝の話は、夕食について気にしてくれてて、それで部屋に寄ってほしかったんだって。
「何かごめん。そろそろ自分で食堂で自炊しなきゃって思ってるんだけど」
「ううん。気にしないで。こうやって料理を作るのも好きだから」
俺が謝っても、嫌な顔もせず笑ってくれるエスティナ。
この気立ての良さは有り難いし、こう言ってくれるのも本当に嬉しいけど、あまり気を遣わせてばっかりだとちょっと申し訳ない気持ちになる。
でも、ここまで準備してくれたんだしと、今日はお言葉に甘える事にした。
ミャウが床でミルクを飲んでいる脇で、俺はテーブルに並んだ彼女の手料理を堪能している。
今日はパスタ。塩気なんかもいいし、ほんと彼女の手料理は凄く美味しい。
至福を感じながらそれを味わっていると、エスティナがこんな話をし始めた。
「ねえ。そのうちリュウトの手料理もごちそうしてくれる?」
「そうだね。まだ食材とか全然理解できてないから、まずはその辺の勉強からだけど。色々チャレンジしてみたい事もあるし、折角だから試食でも頼もうかな?」
「ほんと? じゃあ、今度マナードさんに相談して、一緒に貯蔵庫でも見に行こっか? 食材のことも色々教えてあげられるし」
「あ、それは助かるかも。お願いしてもいい?」
「勿論」
エスティナの返事に、俺も自然と笑顔になる。
まあ、好きな人と一緒にいられるのは、どんな環境だって嬉しいに決まってる。
彼女もどこか、嬉しそうに微笑んでくれているし。
「そういえば、アイリスとはうまく話せた?」
「うん。エスティナとカサンドラさんのお陰で、何とか間を持たせられたよ」
「そっか。どんな話をしたの? やっぱりマンガの話?」
「だいたいそんな感じ。俺のスマートフォンに入ってる漫画とかを見せたら、凄く喜んでたよ」
相手がエスティナとはいえ、アイリスさんの事については、話してもいいことと悪いことがあるはず。
そう考えて、慎重に言葉を選びながら話していると、彼女は他にも色々と話を聞いてきた。
「へー。頼まれたモデルって、どんな事をしたの?」
「あ、えっと。普段通りしててって言われて、話をしたりしてただけかな」
「え? そうなの?」
「うん。見てたら記憶できるから、普段通りにしててほしいって」
「そうなんだ。アイリスは可愛かった?」
「え? あ、うん。今日は普段の制服姿じゃなかったけど、その服も似合ってたし」
「ふーん」
あれ? 俺、何か変な話をしたか?
急に話題が変わって首を傾げた俺とは別に、少し伏し目がちになるエスティナ。
彼女はそのまま上目遣いに俺を見ると、こんな話を始めたんだ。




