表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宇宙の彼方のIF~SF作品集  作者: 夏生由貴
回想
12/25

『その若さで、おまえは本当に肝が据わっている』


 先生はよく私におっしゃったものだ。


 そんな自覚は露ほどもなかったが、幼少のころより怯むことはなかった気がする。剣をふるうようになってからは、率先して危地へ向かった。それが一番隊組長たる私の役目であったし、そんな立場を抜きにしても、誰かのあとに続くというのは性に合わなかったから。私はつねに先陣で、先駆けだった。


 私の前に人はいない。ただ、3人を除いては――。


                   *


 夜半の波に漂いながら、そんな昔のことを思い出していた。


 辺り一面の水群は、煌々とした月灯りを吸って金色に染まっている。


 これが海というものか……。


 見るのも入るのも初めてのことだった。脚がつかない恐怖よりも、のびのびした開放感の方が大きい。私はこの景観に高揚していた。


 世にこれほど広い場所があったとは。この齢になっても、まだまだ知らないことがたくさんあるようだ。剣一筋で生きてきたゆえ、がくとは縁がなかったからな。でもそれは言い訳かもしれん。先生は暇さえあれば書物をひらいてらっしゃったし、あの人にいたっては和歌まで詠んでいた。


「天雅ぁ!」


 遠くで大声がした。波音にかき消されながらも続く声。


「おーい、天雅。聞こえるかぁ? どこにいる」


 てんが? はて……誰のことだろう。誰が誰に呼びかけているのか。


「………………………………こら、てめー、無視すんな! 聞こえてんだろうが、返事くらいしろ!」


 長い沈黙の後、口調が激変した。


 ああ、そうか。彼が呼んでいるのは私だ。彼、確か慈音じおんとかいう者。正しくは、蓮暁れんぎょうからそのように呼ばれてる者。


「はい、ここにいますよ」


 一応、手を振ってみる。夜半でもこの満月ならわかるだろう。


 すぐさま黒いかたまりが、ばしゃばしゃと音を立てて近づいてきた。


「何ぼーっとしてんだよ。さっきから浮いてるだけで、ちっともついてこないじゃないか。はぐれたって知らないぞ。それともお前、泳ぎ苦手なのか?」

「海に入るのは初めてですけどね。川でよく子供たちと遊んでましたから、ご心配なく。ありがとうございます」

「だーっ、礼なんていいから手足を動かせ」


 この御仁、せっかちで口は悪いけど、結局は面倒見がいいんだな。こうゆうところが、あの人に似ている。もっともあの人は、慈音ほど単純ではないし、感情をむき出しにすることもないけれど。


 5尺ほどの距離をあっという間に泳いでみせると、慈音は「ほえー」と目を丸くした。


「お前、なかなかやるなぁ。意外に肺活量あるんだ」


 ふむ。これほど素直でもない。


 と、何かが心に引っかかった。


『意外に肺活量あるんだ』――肺活量?


 私は肺を患っていたのではなかったか。


 千駄ヶ谷。起き上がることもままならない状態だった。おかしい……これだけ泳いでも全然苦しくない。


 とこに伏したまま病状は悪化する一方、体力も限界。ついに精神も尽き果てて……最後、黒猫を見たのだ。


 私は死んだ。あの日、千駄ヶ谷、植木屋平五郎宅で――


「袴が重くて動きづらいよな。といって、ふんどし一丁になるのもな。刀が邪魔で……っておい、天雅? またぼーっとしてるぞ」


 話しかけてくる慈音の言葉は、もう耳に入っていなかった。


 こうして生きている私は何者なんだ。もう一人の私などありえるのか?


『天雅であろう』


 蓮暁の言葉を反芻する。私を知っているふうだった。いや、私だけじゃない。先生のこともだ。しつこく問いつめれば何か繋がりがわかるかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ