參
天雅は彼女の科白に片目を細め、反応した。
「……先生をご存知か。でも《こちら側》ではなさそうだ。官軍か」
「否。わたしも《そちら側》だ。滅多に表に出なかったゆえ、存じてないだけであろう」
「名を」天雅が問う。
「蓮暁、と申した筈」彼女が答える。
「本当の名を」天雅、ふたたび問う。
「蓮暁」彼女も悠然と繰り返す。
まさに一触即発だった。
おいおい頼むよ、お2人さん。こんな場所で立ち回ろうっての? 加速も踏ん張りも利かないんだから、無理に決まってるじゃないか。
天雅が目をとじた。ひと呼吸置いて、目をあける。ヤツだ。すり替わった!
「名を」
その声音からは、一切の温度が消えていた。
「知りたくば、わたしの流儀を明察されよ。さすれば、おのずとわかろう」
言いながら彼女は刀を抜いた。こちらも見事なまでの感情および隙のなさ。
対する天雅の刀は、依然鞘に納められたまま。居合で応じるとういうことか。
と思った直後、天雅が背を向けるようにして身をよじり、「拝見」と呟きながらバネのように飛び出した。
そのときだった。部屋全体が大きく揺れ、今まで浮いていたのが嘘のように、背中から壁へと叩きつけられる。同時に天雅の馬鹿野郎が俺の上へ落ちてきた。ヤツの右肘を鳩尾にくらい「ぐぉぇー」ともどしそうになる。押さえつけてくる勢いは、少しも弱まらない。加えて、俺のぶつかった箇所は金属の出っ張りがあった部分のようで、背骨にごりごり当たって痛いのなんの、そりゃもう大口あいた先から喉ちんこが飛び出しそうなくらい、痛い。
天雅、このド阿呆! お前が抜刀体制に入ってたせいで肘鉄なんていう、いらん巻き添えを――ん? こいつの刀は?
必死に首を回して見てみると……。
鞘ごと俺の右袂を貫通し、後ろの壁に突き刺さっていた。怒りなんぞ吹っ飛び、片頬が引きつれる。
うは、うははは。人間、真の恐怖に直面すると、泣くのではなく笑ってしまうらしい。うは、うははは。
さらに圧力がかかってきた。今度は息もできないほど凄まじく、指一本動かせない。せめて、天雅の尻だけでも蹴りあげたいのに、むぎぎぎ……。
そのときになって初めて、彼女の姿が見えないことに気づいた。
そういや彼女はどこだ? 頭でもぶつけて気を失ってたら大変じゃないか!
俺は火事場のなんたらを総動員して天雅を押しのけにかかり、右袖だけでなく左袖も突っ張ることに気づいた。
むぅ、何かにはさまっ――。
それを見た瞬間、かき集めた馬鹿力が失禁のようにちょろちょろと流れ出てゆくのを感じた。
俺の左脇腹のすぐ横を袂ごと貫通し、壁にのめりこんでいるは銀の刃。つまり、俺の上に天雅、そのまた上に彼女が重なってることで、真剣が納められたままの天雅の鞘と、抜き身そのものの彼女の刀が、俺の両脇に槍よろしく突き刺さっていたのだ!
こんなふざけた話、あっていいのか。他人の争いに巻き込まれ、あわや磔となって死ぬとこでした、なんてことが。
それに……それに……。
どうして彼女が天雅の上にいるのだーっ!!
俺は、落ちてきたのが彼女だったらいくらでも我慢できる。背中の激痛だって耐えてみせる(さらなる圧力のせいで痛みは倍増していた。もう、肉えぐれてんじゃないの、これ)。
――って、待てよ。彼女は天雅と対峙してたわけだから、あの状態のまま俺に向かって落ちてきたってことは……ことは……。
2人は向かい合わせで抱き合ってるってことかーっ?!
この憤りが誘発剤にでもなったかのようなタイミングで、今度は激震が加わった。骨が砕けてもおかしくないほどの振動は、もう人間の力でどうこうできるレベルではない。
串刺しにされずとも、俺は結局、死ぬ運命だったのだ。齢27。もう少し生きたかったなぁ……。
と、何かが心に引っかかった。
俺は死ぬ――死ぬ?
俺ってもう死んだんじゃなかったか?
箱根山崎の三枚橋で左手首に重傷を負い、切断した。おかしい……あるな。
その後の戦いでは胸部に被弾。治療の甲斐なく疲労も限界。ついに気力が尽き果てて……最後、差し出されたモルヒネを飲んだのだ。
俺は自決した。あの日、函館、五稜郭で――。
〈中間圏突入。高度75キロメートル。気圧2.3881ヘクトパスカル〉
突如、声が響き渡った。いや、声というより音のよう。肉声ではない。キンキンしてて意味も不明。
ちゅうかんけん? きあつ?? へくとぱすかるって何???
〈マモナク成層圏突入。高度25キロメートル。気圧5.7459ヘクトパスカル。衝撃吸収装置作動。自動制御装置異常ナシ。着水スタンバイ完了。乗組員ニ告グ。マモナク着水。乗組員ニ告グ。マモナク――〉
くるー? くるーって?? クルウ、狂う? くるるるる……――。
俺の意識はそこで途切れた。暗転。




