070:ダンデライオン・クロック #1-1
今回は、トロオドンのセレブ貴婦人マリさん。
意外とワイルドライフをエンジョイしていて、カニ鍋パーティーなんか始めます。
070:ダンデライオン・クロック #1-1
私、風見 真利と申します。
34歳で小さいながらも弁護士事務所を営んでおります。
これは、私が恐竜に戻った時の話。
あの非常識なデイノニクスに付き合い、世界の立て直しを始めるきっかけとなった、そもそもの始まりとなるエピソードになります。
私が恐竜に"戻った"のは、月曜日の朝。
「何だ、この"鳥"は!?」夫の叫び声で目を覚ますと、夫が寝室の壁際で、震えながら私を見ています。
『どうしたの?』
話し掛けた私に、夫はゴルフクラブを持ち出し、殴りかかってきました。
私は逃げようと、せめてコートだけでもと、手を伸ばします。その手が目に留まり、ようやく夫を狂乱状態に陥れた原因が分かりました。
鳥の翼に鳥の脚のような指、黒光りする鉤爪。
目の端に止まった姿見に映ったのは、TVドキュメンタリーに出てくる羽毛恐竜。
目を見開いて私を見つめているその生き物は、私と同じ動きをします。
思わず動きが止まった私に、夫はゴルフクラブを振り上げ、叩き付けてきます。
『やめて!』
ボグッ!
無理もないこととは言え、夫の私に対する豹変。
殴り飛ばされた私は、「グッ」とうめくことしか出来ません。
この部屋に引っ越してから3年。ようやく仕事も落ち着き、そろそろ子供をどうしようか、と夫と話す余裕が出来た矢先だったというのに。
私は、よろめきながら立ち上がると、部屋の中を見回します。
愛した人が振りかぶってくる、渾身の一撃に、私は悟りました。
一度も手出ししない相手への、執拗な暴力。
これが、夫の本質なのだと。
その瞬間、振り下ろされたゴルフクラブは私に当たる事無く折れ、弾け飛びました。
夫は、なおも折れ残ったロッドで、フェンシングのようにファンデヴ(突き)を繰り出してきます。
しかしその攻撃は、全て私の手前で何か見えない壁に阻まれ、鈍い音を立てて跳ね返されます。
夫は、手近の椅子をつかむと、私に叩き付けてきます。
しかし、その椅子も、私の手前で何かの壁に阻まれ、音を立ててバラバラに砕けました。
「この…化け物!」
害虫でも睨むような夫の形相。
今まで大切にしていた何かが、終わったのだと悟りました。
『さようなら』
私は、化粧台のいつもの場所に置いてある記章をつかみ、逃げるようにマンションの外へと出ます。
しかし、それは状況をかえって悪くしただけでした。
街には恐竜、映画やTVのドキュメンタリーでしか見たことがなかった滅んだはずの生物があふれかえり、武器を持った人間たちと見境なく殺し合いを繰り広げていました
私も度々襲われます。人間からも、恐竜からも。
私は、趣味でトライアスロンをやっておりますので、ランとスイムには自信がありましたし、私の種、トロオドンは脚が早いようなので、なんとか逃げ続ける事が出来ました。
避難所が開設されたそうなので行きましたが、そこでは言葉が通じず、石を投げられ、追い出されてしまいます。
八方塞がり。
公園で水を飲み、一息入れてどうすればいいのか考えます。
考えようとしても、集中出来ず、浮かんで来るのは夫のことばかり。
我知らず、涙が溢れてきます。
『大丈夫かい?』
聞いたことがない言葉、でも不思議と意味は分かるのです。
声がした方を見ますが、誰もいません。
『どなたかいらっしゃるの?』
『おっとしまった』
声がすると、目の前に突然2頭の恐竜が、なんの前触れもなく現れました。
私と似た姿をした、私より小型の恐竜です。確か、ラプトルと呼ばれる種でした。
昔話に出てくる"隠れ蓑"やSFに出てくるステルス能力を持つラプトル。
『悲しいのは分かるけど、今は泣いていられる時じゃない』一方のラプトルはそう言いながら、派手な色のバンダナを出してきます。
私はお礼を告げ、バンダナで涙を拭います。
『やっぱり、家で隠れていた方がいいんじゃないか?』
『そうは言っても、サバゲー明けでハラ減ってて』
『コンビニも閉まってたじゃねえか』
『地道に店を回るしかないんじゃないか?牛丼屋とか?』
『あなたたち、この状況で食べ物探しに来たの?』
『そう。それに、オレら店をやってるんで、店が大丈夫か確認しておこうと思ってね』
『大胆なのね』
『ステルス、使えるようになってるしね。問題ない』
私は彼らに付いて行くことにしました。
道々、ラプトルは、私の事を色々訊いて来ました。
『そうか。ヒデェ話だな、無理もないけど』バンダナを貸してくれたラプトル、小野 敏生、トシさんが感想を漏らす。
二人は、ステルス能力を使って連携を取りながら、こともなげに恐竜や人間たちを避けて行く。それも、私の話を聞きながら。
『あー、ここもダメか』
私が連れになってから回った、都合5件目のファーストフード店も閉まっていました。
『オレもそろそろ腹減ってきた』最初に家に隠れていることを提案していたラプトル、佐野 舜介、シュンさんもこぼし始める。
『店の戦闘野戦食は?』
『ああ、ありゃ売り物だし、コスパ悪すぎる。最後の最後まで取っておこう。
あ~、カネならあるのに。店がやってねぇ』
『家帰れば水も燃料もあるってのに、食料だけないなんて…』
『チクショー、牛丼食いてぇ!』いつの間にか、シュンさんの方が、食料探しに熱が入っています。
『…鴨鍋食おうか』
ガードレールに鳥のようにとまり、尻尾を垂らして休んでいたトシさんがつぶやきます。
『何をバカな…』反論するシュンさんに、トシさんは道路上の…その、残骸の上をあちこち飛び回るカラスやハトを指差します。
『行こうぜ、河』トシさんは、尻尾をピンと立て、先に立って歩き出すと、私たちを振り返ります。
そして、私たちは荒川の河川敷にある公園にやってきました。
『どうすんだよ?』
『だから、カモを獲るのさ。見てろよ』トシさんはそう言うと、ステルスで姿を消し、カサカサと葦原の中へ分け入っていきました。
ガァガァガァ!
バッシャーン!
ほどなく何かが水に飛び込む音がし、カモの群れが鳴きながら飛び去って行きます。
入れ替わりに、水を滴らせたトシさんが、両手にカモを持って戻りました。それも、3羽も。
『本当に獲ってきたのね?』
『狩りか。…それは思い付かなかった』
『オマエらそれでも狩猟恐竜か?』トシさんは、身震いして水を飛ばすと、不敵な笑みを浮かべます。
『まだ初心者なもので』
『オレも』
シュンさんも私も苦笑いを返します。
『じゃ、帰ろう。酒はないけど、コレでパーティーにしよう』
『それなら、途中、自販機で買っていこう』
帰る途中、まだ動いている自販機でビールを買い、シュンさんの家に辿り着きます。
その夜は、私が腕を振るって作った鴨鍋と鴨のロースト、そしてフォアグラにつくねで、盛大なパーティーになりました。
不思議なものです。
恐竜の身になり、途方に暮れていましたが、なんとかなりました。
次の日、再び河川敷に3人で行きます。
今日は、シュンさんと私も狩りを覚える予定です。
しかし、この日は芦原の中に大型の肉食恐竜が待ち伏せしていました。
不意を突かれた私たちに、牙だらけの巨大な顎門が襲いかかります。
ガッ!!
しかし牙は私たちに届かず、前と同じように、見えない壁に阻まれています。
牙の先端部分に、うっすらとオーロラのような光の膜が揺らいでいました。
『フォース・ウォールか…』シュンさんが身を震わせながらつぶやきます。
肌に当たる真夏の日差しのような感覚を、牙を突き立てられている辺りから、チリチリと感じます。
これは、私の能力だったのか。
ゴルフクラブで殴られれば、普通の人間でも骨折は免れません。まして、今の私のように華奢な身では、そのまま命を失っていたことでしょう。
あの時、僅かに衝撃を感じただけで、怪我を負わなかった理由が分かりました。
私が立ち上がると、トライアスロン中、バイクで坂道に差し掛かった時に似た感覚が強まり、牙を防いでいるオーロラが僅かに光を強めます。
私は、バイクのシフト・ダウンの時の要領で、僅かに牙を押し戻し、一瞬力を抜くと、フロントのチェーンホイールをシフト・ダウンさせ、ペダリングの回転数を一気に上げる感覚で、牙を押し戻しました。
しかし、パワーが掛かり過ぎたのか、私たちに牙を立てていた恐竜は、遊歩道を飛び越えて吹き飛んでしまい、派手なしぶきを上げて河に落ちました。
恐竜は気絶したのか、そのまま身動きもせずプカプカと河を流れて行きます。
『スゲェ!』シュンさんとトシさんが拍手を送ってくれます。
結局その日は狩り場が荒らされたせいもあり、カモは獲れませんでした。
代わりに浅瀬で水遊びしながら、モクズガニやザリガニを獲ることになりました。
私のフォース・ウォールで獲物を囲い込んだり、御二方のステルスでの素取りです。
水を跳ね散らし、虹の珠と戯れる。
こんなに無心になれたのは、いつのことだったか。
最後に海で楽しんだのは…。
思い出に問い返すと、それらは、自分が満足するためのものばかり。
楽しむ、という感覚からは遠いもの。
トライアスロン、あれは競技であって、手放しで楽しめるものではありませんでしたし、スピーチコンテストや大学で頑張ったのも、自分の能力を認めてもらうため。
大学を出てからは、契約と義務を果たすための日々。
ふふ…。
死と隣り合わせの危険なら、人間だった時も同じ。
それなのに、なんだか、愉快です。
何からも縛られず、自分で自分を縛る必要もない、自由。
自分たちで獲る、毎日のご馳走。
暮れ始めた川沿い。
葦の葉で干し柿のように数珠つなぎにしたカニを手に、私たちは家への路を戻ります。
所々、綿毛を付けたタンポポが目に付きます。
私は久しぶりにタンポポを摘むと、夕日に向けて綿毛を吹きます。
飛ばされた綿毛は広がりながら舞い、トパーズのようにきらめきながら風に乗ってどこかへと流れて行きます。
『きれいだな』
『そうですね』
『それ、もらえるかな?』
トシさんは、私から受け取ったタンポポの茎を裂くと川の水に漬けます。タンポポの茎は、裂いた所からクルクルとカールします。
そしてトシさんは、葦の葉を何枚か採ると、器用にカールに編み込み、葦の茎に刺すと、私に返してきます。
『わぁ、かざぐるま!』
『ホントお前、器用だよな』
『じゃ、お前にはコレだ』トシさんは、今度は葦の葉を編み、また違った作風のかざぐるまを作ると、シュンさんに渡します。
そして、今度はさらに葦の葉を何枚も使い、ボール状に編み上げました。
不思議なことに、今度の作品は、かざぐるまの体を成していないのに、わずかな風、それも、どんな方向から吹いて来る風でもクルクルと良く回るのです。
『お前、よくそんなの識ってるな』
『エアーソフト・ガンのガスラインをハイ・イナーシャル化(流動経路抵抗低減化)させる研究の副産物な。
コレ、ジェットエンジンのタービンに使えば10~20%は燃費稼げるよ』
『おかしなグループよね。流体力学の匠恐竜に経済学のエキスパート恐竜、そして、法律の専門家恐竜』
『で、名カニ獲り恐竜』
『かくれんぼのプロ恐竜で、囲い込みのスペシャリスト恐竜』
『カニ獲り恐竜以外は、食いっぱぐれそうなのばっかだな』
『ほんとね。上海ガニ、早く食べたいわ』
『楽しみだ。早く帰ろう』
この日は、三人でかざぐるまで遊びながら帰り、上海ガニ30匹入りのメガ盛りカニ鍋でのパーティーです。
そして、襲撃のことがありましたし、同じ猟場に連日行くと、場が荒れて獲物が来なくなるとのトシさんの言で、3日目は江戸川の方へ狩り場を移すことにしました。
その途中。
この恐竜禍を調査に来たという、米海兵隊のチームと行き会いました。
驚いたことに、チームの中には、私たちとよく似た姿をした恐竜の女性隊員、デイノニクスの坂月 美春少尉がいます。
「他にも、もう一人いるんですよ。私と同じデイノニクスなんです」IDバンドを私の手首に巻きながら、ミハルさんが話しかけて来ます。「今、レッカー呼びに町の方へ行っているんですけど」
彼女も、恐竜になった当初は、人間の言葉を喋ることができなかったそうですが、バディのシャルビノ少尉と、同じく隊員のデイノニクスの山本少尉のおかげで言葉を取り戻したとのことです。
快癒への方法は、まだはっきりと確立されていないそうですが、人間語回復には、幾つかのきっかけらしきものがあるとのことです。
彼らは、作戦の一環として、人間も恐竜も分け隔てなく救護しているそうでして、行き場を失った恐竜たちも何人か身を寄せていました。
私たちも、人間語回復のためご厄介になることにしました。
シャルビノ少尉ともすぐに打ち解け、副長のレナード大尉が、私たちの種を特定してくれます。
「あなたは、多分、トロオドン、かな?トウヤよりスマートで脚の鎌爪が小さいから。
君たちは、多分ドロマエオサウルスだね。トウヤより一回りコンパクトだ」
シュンさんとトシさんは、ドロマエオサウルス。ヴェロキラプトルに似ているけど、体格が大きくガッチリしているのがポイントだそうだ。
そして私はトロオドンという、どちらも北アメリカ出身の小型狩猟恐竜だということです。
ミハルさんとシャルビノ少尉と話している内に、シュンさんとトシさんは、人間語を話せるように回復しました。
しかし、喜んでいるのも束の間。一カ所に長い間滞留していれば、恐竜たちに襲われるのは時間の問題でした。
ミハルさんも、ライフルで応戦しますが、数が多い上、私たち保護されている恐竜たちを守るため、圧されています。
そこへ、思わぬ援軍が現れます。
バリオニクスの平さんです。
平さんは、ワニのような巨大なアゴと重厚なカギヅメで、襲ってきた恐竜を次々と追い払います。
襲撃の潮目が終息へと変わり、私も、もう大丈夫だろうとフォース・ウォールを展開します。味方が撃った銃弾を遮らないよう、今まで使わずにいたのです。
意外だったのが、隊員のみなさんの撃った銃弾が、障壁を通り抜けてしまったことです
それまで、障壁は内側からの攻撃も遮ってしまうと考えていたのですが、外部からの攻撃を一方的に遮ることも、内外と外側の双方向に遮ることも出来たのです。
昨日、カニを獲る時は、獲物を封じ込める用途に使ったこともあり、そう思い込んでしまっていました。
私たちは、ライフルとフォース・ウォールの"シフトダウン"で来襲する翼竜に応戦し、平さんは、その巨体と牙で、ご自身の倍以上もある巨大なアパトサウルスを撃退して行きます。
そして、ゲリラ豪雨が止むように、翼竜の攻撃は急に収まり、平さんが押さえていたアパトサウルスも立ち去って行きます。
生き残った。
火薬のツンとする臭いが辺りに立ちこめる中、もっと喜ぶべきなのでしょうが、係争中の案件が片付いた後のような、単に一仕事片付いた程度しか手応えを感じません。
刺激が強すぎたからでしょうか。
その後、デイノニクスの山本少尉-トウヤさんが、始祖鳥になった重傷者を連れて、商店街の方から戻ってきます。
獣医師のシャルビノ少尉と指揮官にして軍医であるジョンソン先生が、エアドームを広げ、緊急手術を始めます。
トウヤさんは、私たち恐竜となり身を寄せている者たちに水を配りながら、各々に声を掛けて行きます。
やがて平さんとタバコを吹かし始め、何やら楽し気に世間話を始めます。
『なにかあったんですか?』私も混ざりに行きます。
「いや、何ね。こちらのバリオニクスのダンナが、せっかくの禁煙のチャンスをフイにしたところで」
肩を揺らして笑うデイノニクスにつられて、私たちも笑ます。
「いやいや、チェーンスモークしたい所だ。もう一本もらえるかな?」
「やっぱり、肺活量デカ…って、あんた、言葉が!」
二人の掛け合いをきっかけに、恐竜たちが次々に言葉を取り戻して行きます。
そこへ、自衛隊員が装甲車でやって来ます。
彼らは、歯に衣着せぬ傲慢な物言いで、私たちに即時退去するよう通告してきます。
隊長さんたちは、レッカーが来るまでの間だけ、と対応しますが、相手は聞く耳を持ちません。
ここに至り、私も自衛隊の方針に、こちらからも打って出る必要性を感じました。
そこへトウヤさんが代わり、やって来た自衛隊の幹部に、重傷者の緊急手術中のジェシーさんの姿を見せます。
「鶏鍋でも作っているのか?」
「…大した礼節ですね。そして、治療中の患者を鶏呼ばわりするのは、余程の大義あってのことでしょう。
それは、何なのですか?」
「聞こえてましたよ」
威力公務執行妨害にならない距離を取り、私たちもトウヤさんに加勢します。
「ああ、オレも聞いた。鶏鍋だとよ、学校の先生に向かって」
平さんも加わります。
トウヤさんとジョンソン先生の畳み掛けに、自衛隊さんは逃げるように帰って行きます。
まるで、竜と大黒様に追われる鬼を見ているようでした。
トウヤさんは、一見無謀に見えて、奥深い考えを持つ方のようで、押さえ所をしっかり押さえる方のようです。
「日本は、僕たちを見捨てるのかな?」
将来の不安を口にするトリケラトプスの光希君を子供扱いせず、この先しっかりと自分自身を主張して行くよう諭し始めます。
私もちょっとお手伝いをすることにします。
トウヤさんからスマフォを借り、お世話していただいた先生方や知人に、安否確認も兼ねて今しがたの一件で色々とお願いをします。
根回しを済ませた私に、トウヤさんは素朴なデザインのネックレスを持って来ます。
それは、私が手放さずにいた弁護士記章を、胸元に飾るためのホルダーになっていました。
今まで、シュンさんの家で分けていただいたビニールひもに結んで持ち歩いていたのですが、出来るなら、記章を入れるサックかポシェットをあつらえようとずっと思っていた所でした。
「これならなくしませんよね」
トウヤさんは、記章を付けたペンダントを私の首に掛けると、満足気に微笑みます。
レザーのストラップは、首元の羽毛に引っかかる事無く隠れ、ペンダントだけが胸の羽毛の上に浮き出るようになっていました。
ミハルさんやジェシーさんも、似合うと言ってくれてきます。
面白い恐竜さん。
それが彼の印象でした。
この荒廃した世界で、モノ作りを続け、精神的な豊かさを忘れないよう説く方。
自動車のラジエターを溶接して直す、多彩なエンジニア。
襲い来る恐竜の軍勢を、一瞬にして壊滅させた無慈悲な破壊神。
そして、一日が終わろうという折り。彼から聞かされた真実。
私たち恐竜は、迫り来る氷河期から逃れるため、白亜紀から時を超えて渡って来た、本物だと言うこと。
そして、ほとんどの恐竜たちは、"渡り"の前の記憶はおろか、人間だった時の記憶までも失っており、本能のままに行動しているのだそうです。
私や小野さんと佐野さんのように、人間だった時の記憶を保っている恐竜は希有な存在で、その上で生き残れたのは、奇跡に近いのだとも。
冷や水を浴びせられたようでした。
それも、トウヤさんは、白亜紀での私を知っており、私は当時も今と似たような人生を歩んでいたとのことです。
彼は、そんな私の能力を見込んで、大それた依頼をしてきます。
恐竜と人間との折衝役です。
それも、混乱を招かないよう、真実を隠したままで、です。
正直な所、そんなのムリです。
この世界で、恐竜と人間の間に入り、お互いが共存して行くための筋道を付けるなどというのは、一頭の恐竜の手に余ります。
その一方で、トウヤさんは、このまま時を過ごしてしまうと、人間が地球を破壊して小惑星帯にしてしまう未来を迎えることになるのだと、告げます。
そして、地球の未来を守るため、地球破壊を阻止する方法を考え、実行に移すため、海兵隊の助力を仰ぎます。
バカなのか、それとも、気が狂れているのか、この男は?
恥ずかしいことですが、一瞬そう思ってしまいました。
しかし、彼は、地球の未来を憂えていることは確かであり、一貫してそれを裏付ける言動を取ってきているのです。
この夜は、詳しいことは基地に帰ってから話し合おうという所で終わり、私はと言うと、事態について行けていないまま、ジョンソン先生が掲げる乾杯につられてしまいました。
はぁ…
今日一日、色々な体験で疲れていたこともあり、星空の下で飲む冷えたピルスナー・ビールはおいしく、気分を落ち着かせてくれます。
お店を守っているアンキロサウルスのご隠居さんは、そんな私を優しく見守っていました。
そこへトウヤさんが来ます。
「明日、まだ話し切れていないことを、このメンバーに話すことになると思います」
「またさっきのような内容でしょうか?」
トウヤさんは、目を伏せ、小さいため息をつきます。
「そうです」
「あの。白亜紀の私は、どんな恐竜でしたか?」トウヤさんは、気が重そうだったので、私から話題を変えました。
「そうですね…今と同じ、やり手のキャリアウーマン、かな?
ウチのボス相手に、色々と調整や折衝を話し合っていましたよ。
オレとしては、ちょっと怖い感じ、でした。多分、一度も話をしたことがなかったせいもあるのでしょう。
機会があったら話してみたかったんですよ。
白亜紀でのあなたは、私たちデイノニクスと同じ、調査派でしたから」
「私たちトロオドンは、どんな種だったのですか?性質とか」
「う~ん…。オレたちデイノニクスとは、色々と折り合いが悪かったですね。
ケンカをしたり仲がよくない、というのではなく、狩猟竜としてタイプが違ったんですよ。
オレたちは、今から思い返すと、刹那的で暴力的でした。
一方のあなたたちは、理知的で、話し合いが巧かった」
「お互いに、一目置いていた、ということですか?」
「むしろ、オレたちの方が、あなたたちの方を軽んじていました。
あの時代は、かなりワイルドでしたし。
けれど、今の時代に暮らしてみて、ちょっと息苦しい所もあるけれど、悪くないな、と思ってます。
当時のあなたたちのイデオロギーに、よく似ているんですよ。今の世界は。
昔は、暴力で何でもカタが付いた。
けれど、あなたたちは敢えて暴力を使わない時が多かった。
当時としては考えが新し過ぎて、理解が及ばなかったんでしょうね。なにせ7000万年近く経った今でも、古びていないどころか、人間たちもその考えを支持するようになっている位なんですから。
私がお願いしたいのは、恐竜と人間との、双方のマナーレベルからの見張り役なんです。
トリケラトプスの光希君のように、人間から迫害された恐竜が、ユタラプトルの上山さんのように、テロに走らないように」
デイノニクスは、手にしたビールを口に付けました。
「何もない平和な時に、またこんな冷えたビールを、人間たちと飲んでみたくありませんか?」
なぜでしょうか。私は、なんだか、この恐竜に腹が立ってきました。
「それは理想?それとも本気ですか?」
「本気です。
後がないのは、恐竜も人間も同じなんです。
共倒れするか、やれるだけやってみるか、考えてみて下さい。
お返事は明後日までで結構です」
世界は、個々の意思とは無関係に進んで行く。
彼は、それが分かっていない。そのくせ、妙に自信を持っている。
先にも感じた事ですが、どこか無謀な…。
そこまで考えた時、思い至りました。
さっき聴かせていただいた、デイノニクスとトロオドンのタイプの違い。
暴力的-よく言えば行動派の恐竜と、理知的な恐竜。
なるほど。確かに折り合いは悪いでしょうね。
けれど、"またこんな冷えたビールを、人間たちと飲んでみたくありませんか?"という彼の誘いは、私が感じたように、無謀な夢にも見えますが、魅力的です。
本当に不可能なのだろうか?
私は自問します。
洒落たラベルが貼られた滑らかなガラスビンも、その中の爽やかな醸造物も、今まで当たり前にあるものでした。
彼は、それらを失わせたくないのです。
私は…
いいえ。私も、人間の文明や文化が失われた世界は嫌だ。
「考えておきます」
出来る出来ないではなく、やりたい。
私の心は決まりました。
タイラ:上海蟹。今度、ウチの店に卸してくれんかな?
シュン:天然モノだから高いよ。5掛けでどう?
マリ :違法操業なのでNGです。
トシ :カニは喰ってもガニ喰うな。
ミハル:ところで、タイトルのダンデライオン・クロックって、どんな時計なんですか?
マリ :綿毛になったタンポポのことね。古語が組み合わさっているので分かりづらいけれど"時を知らせるライオンの歯"という意味よ。
ミハル:(うっ!アセアセ)どこからそんな名前が付いたんですか!?




