017:ガールズグリーティング #1
今回はミハルとジェシーの回。
ちょっとこれまでのジェシーを掘り下げています。
017:ガールズグリーティング #1
ミハルの食事の後、本日は解散となった。
ジェシー(シャルビノ曹長)は、恐竜化症を発症しデイノニクスになってしまった坂月 美春-ミハルを部屋まで案内した。
部屋はトウヤと同じ間取りで、ベッドとロッカーと机があるだけ。ミハルは身一つで保護されたため、荷物は何もない。
ミハルは沈んだ様子でベッドをなでる。
黒光りする鋭い鉤爪。指を覆うウロコ様の厚い皮膚。手の甲までの鳥の翼のような羽毛。嫌でも目に入る自分の一部に、自分が人間の世界から逸脱してしまった存在なのだと改めて思い知る。
殺意を剥き出しにして、自分に刃物で切り掛かってくる母の形相。猟銃を向けて撃って来た、顔見知りのご近所さんの無感情な目。
10年近く警察官を続けて来て、それなりに人間のダークサイドを目にしては来たミハルだったが、今日の体験はさすがに堪えた。
人間が怖い。
明日からどうすればいいの?
何も見えないよ。
ミハルの消え入りそうな後姿に、ジェシーはテキサスにある実家の、牧場での思い出が重なる。
離れの厩舎に隔離されていたその馬は、市街で起きた強盗と警察との銃激戦に巻き込まれ重症を負い、実家の牧場に預けられていた牝馬だった。彼女の主人は、現場から逃げようとした所を、犯人に背中から12ゲージで撃たれてその場で息絶えた。
彼女は、受けた流れ弾の手当てを受けた後も、薄暗い馬房でずっと震え続けていた。人間が近付くと噛み付き、誰も寄せ付けなかった。
当時13歳だったジェシーは、父や兄に止められていたので、こっそりと厩舎に入り込んだ。
河原毛色(かわらげいろ:カーキ色の一種)のアメリカントロッター(馬の品種)は毛並は乱れたままで、口の周りは吹いた泡がそのまま白く固まり、どんよりした目の下には白く筋が残っている。首と胸に包帯が巻かれているが、薄黒く血がにじんでいた。
ジェシーが近付くと馬は威嚇的に睨んで来たが、それ以上は何もしなかった。
ジェシーはオーバーオールのポケットからキャンディーを出し、掌に乗せてそっと差し出した。
馬は少し匂いを嗅ぐとため息を付き、キャンディーを口にした。
そしてジェシーは馬に「待ってて」と告げ、濡れタオルを取りに行き、戻って来ると馬の口の周りと涙の跡をそっと拭きとった。
「…ミハル、ハグしてもいい?」ジェシーは、普段通りの陽気なテキサス娘を崩さずに、ミハルに問い掛ける。
「はぐ?」
「んー、抱っこさせてもらえる?本当はトウヤに会った時、飛びつきたかったくらい。私も恐竜が好きなのよ」それに、ミハルの羽色はあの時の牝馬にそっくりだった。
ポリスだった女性。恐竜化という厄災に遭っても自分を見失わなかった、勇敢な女傑。
支えてあげたかった。
「うとぅる…かも、すれない(うつるかもしれない)」
「それならそれでも構わない。もうトウヤと握手してるし、彼が注いでくれたコーヒーも飲んじゃったからね。感染症ならとっくに移っちゃってるわよ」
「いいわ」
ジェシーはミハルに寄り添うとギュっとハグした。「ン~~ディナソーーー。キュー。フラッフィーー!!。(んーー恐竜ーーー。キュート。モフモフーー!!)」
あの後、血相を変えた父が厩舎に飛び込んで来て、情緒不安定の牝馬から大慌てでジェシーを引き離した。その騒動からか馬はパニックに陥り、そのまま腸閉塞を起こし、その日の夜に死んだ。
ジェシーはしばらくの間、父と口をきかなかった。
数年後、ジェシーは大学に入り獣医学を修めた。地元では獣医は割と手堅い商売だったので、父が半ば強引に進めたことだった。
もちろんジェシーは大学を卒業しても家に戻らなかった。丁度、湾岸戦争の半ばで兵力が不足していた時期だったので、軍に志願して。
優しさが産んだ暴力と死、そして、家族への葛藤に満ちた愛は、ジェシーにとって未だに血を流し続ける心の傷だった。
そんな憂さを晴らすように、ジェシーはジュニアの頃から馴染んでいたライフルの腕前を発揮し、戦場で次々に敵兵を沈める優秀な狙撃手としての評価を得ることになった。PTSDなんて関係なかった。自分に銃を向ける相手と馬泥棒と牛泥棒は全て撃ち殺していい的なのだから。
「大丈夫」ジェシーはミハルの背中を掻きながら、自分にも言い聞かせるようにつぶやいた。
「………」ミハルは、ジェシーに少し退いたが、自分でも警察犬に似た事をしたことがあったし、ジェシーも動物を撫でる以上に踏み込む様子はなかったので、おとなしくされるがままにすることにした。
何より、頭や背中を撫でられるのが気持ちよかったこともあり、次第に気分も落ち着いて来た。
「クルル~~~~コロロロ~~~~」ミハルはいつからか我知らずノドを鳴らせていた。「あ~恐竜もわるくないな~。そこ気持ちイイ」
ミハルの何とはなしのつぶやきに、ジェシーの手が止まった。「ミハル?今、何て?」
「え?」
「今、普通に喋ってなかった?」
「え…。ホント?ええ!?治った?ううん治ってないけど喋れる!キャーーーー!」
「ディディーーーー!!!(やったーーーー!!!)」
思わずふたりが抱き合い、歓喜の叫びを挙げた時、軍服ライフル4人衆がドアを開けた。
ポっ。一瞬の後、4人衆は頬を赤く染める。
「ナット・ゲソー!!。コール・ドク!アンド・トウヤ!ナウ!(じゃなくて!!。ドクターを呼んで!。後トウヤも!。今すぐ!)」ジェシーは場を取り繕うべくまくし立てた。
『あ~。つまり、デイノニクスのミハルをハグした後、ナデナデしてたら話せるようになった。でいいのかなシャルビノ曹長?』ジョンソン先生はミハルを診察しながらジェシーに確認する。
『ええ、そうです』ジェシーは興奮冷めやらぬ口調で答える。
「気分はどうかね、ミハル?」
「何というか、今まで何かにがんじがらめにされていたのが急になくなったようで。爽快というかハイになってます」
「ハイね。鎮静剤はいるかね?」
「いいえ」
「だろうね」先生は苦笑しながらカルテに薬剤処方無用の旨を書き付ける。「とはいえ、トウヤもそうだが、君たちはまだ経過観察中なんだ。羽目を外さんよう気を付けてくれ」
「了解」ミハルは警官らしく敬礼を添えた。
「いや~。療法の糸口が見えましたね先生。ひょっとしたら、ナデナデやキスで、人間に戻れるのでしょうか?」デイノニクスのトウヤは期待半ばの面持ちで言った。
「医師としてはナンセンスだと言いたい。アンダーソン(アンデルセンの英語読み)やグライム(同じくグリムの英語読み)の童話ではないんだ。ナデナデで言語疾患が治るなんて、現代医学が面目丸潰れだ。だが、一人のセラフィストとしてのオピニオンとしては、当然の帰結と言える。実際、動物と人間とのスキンシップはお互いにいい効果が多い」
「いいね。ミハルの開通祝いパーティーやろう。隊長、どうでしょう?」
『そうだな。我がチームの戦勝祝い…ではなく、不運にも爪と銃弾に倒れたティラノの追悼も兼ねて盛大にやろう!』
「ウ~~~ラァ!!」




