016:恐竜の婦警さん
坂月さんが身の上話をします。
016:恐竜の婦警さん
オレたちは女性のデイノニクス、坂月さんを檻から出し、ケアも兼ねるため再びビュッフェへ戻って来た。
シェフのケビン(ローイン大尉)が顔を出すと、ジョンソン先生が経緯をかいつまんで説明し、坂月さんに食事を出すように指示してくれる。
「よしきた。トウヤ、キミも食うかい?」栄養士のケビンは、ジョンソン先生からデイノニクスの女性、坂月さんへの食事を依頼されると、意気揚々とオレにもいるかと訊いてくれた。
「ええ、お願いします」もちろん喰うよ!
「お、ね、が、い、し、ま、す」坂月さんも頑張りを見せ始めたみたいだ。
「まずは水か何か出してあげてもらえますか、ケビン?」朝から飲まず食わずだったんじゃないかな、坂月さん。
「そうだね。ドクター、水の方が無難ですよね?」ケビンは先生に確認を入れる。
「ウェル。セーズィン・ナーブス。ビカアフル・ハー(そうだな。彼女は今かなり落ち込んでおる。気遣ってやってくれ)」
「オゥケィ・ドク。お嬢さん、ココは軍隊なんであまり気の利いたモノはないので、お手柔らかに。少し待ってて」ケビンはそう言うとキッチンへ入って行った。
「わ、たし、さん…じ、じゆう、いち。てぃ…ちょと、とし(わたし31。ちょっと歳)」坂月さんはわずかにはにかみながらも、もどかし気に言葉を紡いだ。
「はは、アメリカーナは気にせんよ。なにせ男所帯だ。花があっていい」
「うん…ぐんたい、て、ここは、ろ…どこ…ですか?(軍隊って、ここはどこですか?)」
「在日アメリカ軍、横田基地ですよ。
今朝から大騒動で大変で。それにしても、あなたは運がいい。外にはまだ訳も分からず彷徨っている方が大勢いるのですよ」
「きいようりう、え…す…か?(恐竜ですか?)」
「ええ、そうです。行き違いがありましたが、無事保護出来たのは、あなたでまだ2人でして」
「げん…いん、は、あん…です…か?(原因は何ですか?)」
「それがさっぱりでしてな。何でも、世界規模で起きているそうです」
何ですと!?メッチャ広がってますよ!ともあれ、今は坂月さんのメンタル・ケアが優先だ。
「わたし、は…どうあるおです…か?(わたしはどうなるのですか?)」
「しばらくの間、当基地で保護します。外は非常に危険な状態でして、見境をなくした恐竜たちが暴れております」
「こあか…た(怖かった)」
「大変でしたね」
「おか…さん、に、ほーちょで、さ…されそ、なて、にげ…て…。ろーずーで…うた…えて、ぬ…げて…(お母さんに包丁で刺されそうになって、逃げて。猟銃で撃たれて逃げて)」坂月さんは目に涙を浮かべながら続けた。「ほこぁ…の…きょーりゅに…お…そわれて…にげて(他の恐竜に襲われて逃げて)」坂月さんが語った体験は、何とも壮絶な内容だった。親に包丁で刺されそうになった上に猟銃で撃たれ、恐竜に襲われるなんて、なかなかの世紀末ぶりだ。
「それなのに、なぜわたしを助けてくれようとしたのですか?」オレはさっきから訊きたかった質問を出した。
「お…な…じ、きょーりゅ、なかまと…おもた。それに…わたし…けーさつかん(同じ恐竜、仲間と思った。それにわたし警察官)」
「ええ!?坂月さん警察官なの?」いい匂いと共に現れたケビンは坂月さんの前にスープカップを置きながら訊いた。「スープは冷ましてあるけれど、ヤケドに気を付けて」
「ありがと。う…じ…じうんさちょー…なんです(ありがとう。巡査長なんです)」
「じゃあ、署に連絡した方がいいな」
坂月さんはため息をついた。「わたし…まだ…し…すごく…こんらん…してる。れ…ぶん…が…にんげんな…のか…きょーりゅなのか。でもとーろくばんごはおぼ…てう…し、な…まえも、きのーみ…たてーび…おおもいだせう(わたし、まだすごく混乱してる。自分が人間なのか恐竜なのか。でも登録番号は覚えてるし、名前も、昨日観たテレビも思い出せる」坂月さんは落ち込みながらも頑張って一気に言い通すと、スープに口を付けてすすった。
坂月さんはもう一度ため息をつくと「おいし」と言った。
「とーや…さん。う…ふゅく…はどーしたお?(トウヤさん。服はどうしたの)」
「これは私物なのですよ。…というか、もうビジネスモード切るよ。朝、目が覚めたらこうなってて、それでもめげずに自前でスーツ直して出勤しようとしたんだ。そこから後はも~無し崩し」
「ティラノを蹴り倒した後、私たちにアイスコーヒーを振る舞ってくれ、くつろいでいた所へ、君のアタックが来たのだ。生きた心地がしなかったぞ」
隊長ぉ~…、オレだけじゃなく、チームメンバー全員がノリノリだったじゃないですか。
「てらのさーるすおけりたおした?(ティラノサウルスを蹴り倒した?)」坂月さん、真に受けないで下さい。「あのてかいのお?(あのデカいのを?)」いや、つっこまないでって。
坂月さんは口に手を当てて笑い始めた。
「はい、お待ちどう。カリフォルニア風ステーキサンド、野菜抜きのサワークリーム抜き。ん、少し元気出て来たみたいだね」いいタイミングでケビンがサンドを持って来た。
「あ…がとーござ…ます。こえおおいしそ…れすね(ありがとうございます。これも美味しそうですね)」そう言う坂月さんのセリフは、発音しづらい音は飛ばし飛ばしになっているものの、イントネーションは日本語になってきていた。
「では、取り敢えず食べよう。これからの事は後で考えるとしよう。
そしてトウヤ。君の申し出だが、適切な呼びかけを行うよう部隊に指示を出すことにする」
「感謝します」
ケビンが作ってくれたステーキサンドも美味かった。オレはさっきデカいバーガーを2つ平らげた後だったにも関わらず、まだ食べられそうだった。しかしここは味見程度にして、残りは坂月さんに譲った。
そして、ケビンに"バーガー早食い競争に出場しないでくれ"と言われた理由に、改めて合点が入った。
坂月さんのパーソナリティーなのか、デイノニクスの性質なのか、なんとも豪快な食べっぷり。
2皿分のサンドが5秒程度でなくなった。見ている分には楽しく、なんだかもっと見てみたい。
とは言え、人や動物が美味しそうに食べている姿を見るのはいいものだ。なんだかこっちも幸せになってくる。
人は本当に悲しい時には涙も出なくなる。安心して幸せを実感している時にこそ泣けるものだ。今の坂月さんのように。
坂月さんが人心地着くと、これからの話し合いになった。
まずは、まがりなりにも公務員(警察官)なので、上司に連絡を入れる。色々と悶着がありそうだが、これはジョンソン先生主導でターク小隊がバックアップすることになった。
施設内のコンパニオンをどうするかという下りでは、意外にも女性隊員のジェシー曹長が名乗り出た。
着替えに関しては、どうしようもない。
オレのスーツを参考にしたらどうだとか検査着(もちろん人間用)はどうだとか、意見はいくつか出たものの、今、突貫で戦闘服の直しをやっているところなのでそれまでジョンソン先生の白衣を羽織ってガマンしてもらうことになった。
ちなみに恐竜のおまわりさんもいます。
そのうち出てきます。




