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015:ネイティブ・スピーク

人間たちが戦々恐々で見守る中、トウヤは生け捕りにしたデイノニクスと対面します。



 015:ネイティブ・スピーク


 食事兼ティータイムが終わると、さっき生け捕りにしたオレと同族の恐竜-デイノニクスに引き合わせてもらえることになっていた。

 初めはオレ自身の興味からだったが、今は少佐としてのジョンソン先生との取引で、恐竜になった人間が意志疎通を果たせることを証明する取り込めを結んでいるからだ。


 デイノニクスが収監されていたのは、鋼鉄のフレームと透明な強化ポリカーボネートの板で作られた水槽のような檻だった。表面硬度と弾性が高く、体当たりも爪も通じない。

 デイノニクスはいましめは解かれていたものの、見るからに落ち込んだ様子で、うずくまっていた。


 ターク隊長以外のメンバーが後ろに下がると、オレはジョンソン先生とターク隊長に促され、一緒に檻へと近付いた。

 檻の中の恐竜は、オレに気が付くと顔を上げ、しわがれ声で2こと3こと啼いた。『助けようとしたのに、こんなのひどいじゃないですか』

『助けようとした、ですか?』なんだ、この恐竜もオレ同様に会話能力があるじゃないか。あまりに簡単に意思疎通が成り立ったので驚いた。おまけにメス…じゃない、女性か?ともあれ、相手の意図がつかめなかったので訊き返す。

『あなたが敵に取り囲まれていたから、助けようとしたのに』

『敵?あれはわたしの仲間なのですが。では、あの時のわたしの周りにいた人間を敵だと思ったのですか?』口調を我知らずお仕事用プレゼンモードに切り替えて答える。今までのフランクな話ぶりの方が地なんだ。

『そうよ』デイノニクスは釈然としない雰囲気だ。

 オレは振り返り、先生と隊長に話し掛ける。『先生。どうもこのお仲間は、オレが隊長たちに取り囲まれて攻撃されていると勘違いして、オレの事を助けてくれようと…。どうしました?』オレは二人に向き直り、小首をかしげる。

「トウヤ、落ち着け」隊長は、なぜかオレをなだめるように身構えながら血相を変えて両手を広げる。例の軍服ライフル4人衆までもがオレにライフルを向けてくる。

『危ない!逃げて!!』檻の中からデイノニクスが叫ぶ。

 何だ?訳が分からない。

「トウヤ、私の言ってる言葉は解るか?」

『ストップ!ストップ!どうしたんですか?なぜライフルを向けるんですか?』オレは隊長たちに向き直り、銃を下げてもらうよう前肢を広げる。

「トウヤ。今話しているのは君たちデイノニクスの言葉なのか?」ジョンソン先生も身構えながらオレの顔を覗き込む。

 何だって?オレは、言われてふと思い返す。

「キョロロ…」オレが上げた笑い声は、確かに人間の笑い声ではなかった。「ははは、すいませんでした。どうも気が付かない内にネイティブ(第一言語。この場合はデイノニクスの種本来の言語。)を話していたみたいです。ライフルは下げてもらえませんか?」

 ジョンソン先生はハンド・サインで4人衆にライフルを下げるよう指示した。「一体、何があった?」

「別に何も。このデイノニクスが話し掛けて来たので、無意識にネイティブに切り替わっていただけです。

 このお姉さんは、あなたたちに強い敵愾心を持っているようですよ。

 先の襲撃は、オレがあなたたちに襲われていると思って、オレを救出しようとしてくれたと言ってます。

 確かに、言われてみれば、オレから一番近い所にいた中川さんに真っ先に飛び掛かりましたし」

「ふむ。トウヤ。先のそのデイノニクスと交わしていた囀るような鳴き声がネイティブだったのかね?」ジョンソン先生が興味津々といった面持ちで尋ねてくる。「ん!?お姉さんだと?彼女がそう言ったのか?」

「初めの方の答えはイエス。次の答えはノーです。確認した訳ではありませんが、女性の口語体で話していました。もうちょっと待っててもらえますか?もう暴れないか訊いてみます」

『すいません、さっきの続きですが、出来れば落ち着いて話したいので場所を移せないか、話を持ち掛けてみようと思います。そのために、まず、もう私たちを襲わない事を約束していただけますか?』

『そっちが銃や包丁で襲いかかってこないなら。ツメやキバもなし。私だって争い事はイヤよ』

『そう言って頂けて安心しました。そうだ、先ほどはすみませんでした。知り合いを守るためとは言え、あなたにひどい乱暴を働いてしまいました。謝罪します。私はトウヤ。少しお待ち下さい。すぐに出してもらえるよう、交渉してきます』

『お願いします。私は坂月さかつき 美春みはる。トウヤ…さん?紳士なんですね』

 今度は隊長たちがパニックにならないように、オレは意識して日本語に切り替える。「このお姉さんは坂月 美春さん。包丁や銃で襲いかかってこないなら、手出ししないし、むしろ争い事はごめんだと言ってます。だから、出してあげてもらえないでしょうか?」

「とは言え、もう少し聞きたいことがあるからなあ。ええと、ミズ・坂月は、日本語か英語は通じるのか訊いてみてもらえないかな?」

 オレはうなずくと坂月さんに訊いた。

『ええ英語は元からほとんどダメだけれど、日本語は聞き取れてるわ。なのに喋れなくなっていて困っているの。どうしたら、あなたみたいに元通り話せるようになるの?』

『よかった。コミュニケーションが大幅にはかどります。

わたしがなぜマルチリンガルでいられるのか、その原因に付いてはまだ調査中なのです。何分、この姿になってからも今まで通りの思考と会話が出来ていたため、何も異常を感じなかったものですから』

『はじめから?』

『はい。

 そうだ。わたしも口や舌が変わったせいで発音が少しおかしかったのですが、ドクターに手伝ってもらったおかげで治りました。

 だから、どうでしょう。あなたも隊長たちに話し掛けてみては?』

『話し掛ける?』

『そうです。今、あなたが置かれている状況に対する不満を、あなたの言葉で彼らにぶつけるのです』

『不満…そうね。確かに、わたし、恐竜になってから一度も自分の言葉を話していない』

 坂月さんは何かに気付いたように隊長たちに顔を向けると、口を開いた。「アガ…ガア…ガガア…。ア…ダ…ヒ…。アー。ワ、ワタシ…を…ア…シ…、ダ…シ…て」そう言うと頭を下げた。

「トウヤ、彼女は今『私を出して』と日本語で言ったのか?」ジョンソン先生は目を丸く見開き、確かめるように尋ねて来た。

 オレはゆっくりとうなずき「そうです」とだけ答えた。

 坂月さんを見ると、彼女もはっきりとうなずく。

 ジョンソン先生は、監視要員の兵にケージの鍵を開けさせ、坂月さんを出した。

「先生、坂月さんに食事をさせてあげてもらえないでしょうか?ヒアリングはその後にしませんか?よくいる日本人と同じで英語はほとんど分からないそうですが、日本語は普通に聞き取れると言っていましたよ、坂月さんは」

「朝から何も食べていないのだろう?ケビンにステーキサンドでも作ってもらおう」先生はそう言うと白衣を脱ぎ、檻から出された坂月さんに羽織った。

 坂月さんは目を閉じ、涙を流していた。


坂月さんも結構ハードな一日でした。


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