始まりの夜の君と僕
「うわー、きれいだなぁ」
十歳ぐらいの少年が、毛布に包まり窓の外を見ている。窓の外では、まるで粉砂糖をまぶすように、街が雪化粧を施されていく。
その様子は、幻想的でこの夜にふさわしいものだった。そう、クリスマスの夜に。
「きゃー。どいてどいて」
ドン!少年の上に、悲鳴と共に誰かが降って来た。ここがマンション最上階の十五階で、部屋の中だというのは、この際置いておく。少年の上には、サンタのような赤い服に帽子をかぶった同じくらいの女の子が乗っかっている。何をどう否定しようが、それが事実だ。
「痛た・・・もう、どんくさいわね」
少女は、少年の上から降りながら言った。青い髪にアイスブルーの瞳、まるでお人形さんのような少女だ。
「ほら、大丈夫。怪我はない?」
少年に手を差し出す。少年は少女の手を取りながら言った。
「君は誰?」
「人に名前を聞くときには、自分から名乗るものよ」
少女は、大人びた口調で言い。少年の手を引き、立たせた。
「柊 聖」
「ホーリィ、ホーリィ=スノーよ」
少女は、極上の笑顔を浮かべた。
柊 聖は、寒さで目を覚ました。但し、マンションの一室ではなく、六畳一間のボロアパートでだが・・・・・・
「懐かしい夢を見たな・・・」
あの後、ホーリィと一緒に、毛布に包まり、雪を眺めながら、いろいろ喋ったはずだ。内容はよく覚えていない。明け方、彼女を迎えにきたのは、トナカイだった、人の言葉を喋る・・・・・・
翌朝、両親にその出来事を話したが、「夢でも見たのだろう」と、笑って信じてくれなかった。友人達もそうだ。聖自身、夢だと思ったかもしれない。少女が、ホーリィが残した青い宝石のペンダントがなければ…
「聖が持っていてよ。約束。今度、会ったときに返すのよ。無くしたら怒るからね」
首から下げたペンダントを握る。このペンダントだけが、あの夜の出来事が事実だったことの証拠だった。
「お疲れ様でした」
聖は、アルバイト先から外に出た。どこからか、クリスマスソングが聞こえてきた。
「今年も、一人か・・・」
クリスマスに異性と、一緒に過ごしたのは、九年前の出来事だけだ。両親と死別して高校大学と学費稼ぎのアルバイト三昧で、恋人を作る時間も余裕もなかった。
「ふう」
聖はため息をついた。
「家に帰って寝よ」
明日も、朝からアルバイトだ。聖は、クリスマスの陽気な雰囲気の街を、いつも通りに家路についた。
聖がアパートのドアを開けた瞬間、女の子の声が響きわたった。
「どいてどいて」
周囲を見回す。誰もいない・・・瞬間、上から何かが落ちてきた。
グシャッ
聖は、ものの見事に潰れた。
「痛たたたた」
聖の顔の上に、赤いブーツがのっていた。それをどかし、起き上がろうとして、それが目に入った。レースの装飾のついた白い下着とそこから伸びる白い脚・・・
「しししし、白〜」
聖が素っ頓狂な声を上げた。その声に気がついたのか、その女の子は、聖の上から飛び退いた。
「イヤ〜、スケベ!変態!ストーカー!」
女の子の余りといえば余りなセリフに聖がキレかかる。
「ちょっと待て!俺が押し倒した訳じゃない!そっちが、上から降ってきたんだろう。って、上から・・・・・・」
デジャビュー。前にも似たことがあったような?
聖は、改めて女の子を見た。ミニスカートになっているサンタの衣装を着ている。ショートの青い髪に、アイスブルーの瞳。そして、人形のような愛らしさ。面影があった。
「ホーリィ?ホーリィ=スノー?」
女の子も目を見開いていた。
「…せ、聖なの?」
無言で見つめあう二人。先に動いたのはホーリィだった。
「聖、聖、聖、会いたかった!」
ホーリィが、聖の頭を抱えるようにして、抱きしめる。
い、息が出来ない。でも柔らかなふくらみが顔に当たって、気持ちいい…聖は、息の続く限り、ホーリィの好きにさせることにした。
「それじゃ、聖は一人なんだ。そっか、そっか」
ホーリィがなんだか嬉しそうに言う。
「そうだよ。俺には、恋人の一人もいませんよ」
「じゃあさ、時間あるよね?手伝って」
突然のことに、聖は聞き返した。
「何を?」
「いいから、いいから、これを着て」
白い袋からホーリィが取り出したのは、サンタの衣装だ。仕方無しにそれを身に付けた。
「うん。似合っているよ。あと、ブーツと帽子もね。これを着ると壁抜けが出来るようになるから」
「壁抜け?」
「そう、プレゼント配るのに必要でしょ。家人には見つからないでね。大騒ぎになるから」
「ホーリィ、君は一体?」
胸を張ってホーリィは言った。
「私の仕事は、サンタクロース。世界中の子供達に夢を配るのが仕事よ」
そんなこんなで、俺は、サンタクロースをしている。何度か家人に見つかりかけたが、結果オーライ。無事配り終えた時には、もう明け方近くになっていた。
「今年も、無事終わったー。ありがとね聖」
「いや、しかし、結構楽しいな。逆泥棒みたいで」
ホーリィがクスリと笑った。
「確かに、見つからないように、忍び込むまでは似ているわね」
ホーリィが笑顔を、聖に向けた。
「聖、そこに座って目を閉じて」
「何?」
「いいから、私の言うことを聞いて」
聖は、ホーリィの言う通りにした。聖の唇に暖かく柔らかい感触が…びっくりして目を開いた聖の目の前に、ホーリィのアイスブルーの瞳があった。
「ホ、ホーリィ」
声が、うわずる。
「誰にでもするなんて思わないでね。聖だからだよ。さ、もう行かなきゃ」
「えっ」
「もう時間なの。夜が明ける前に発たなきゃ」
僕は九年前の約束を思い出した。
「ホーリィ。これ」
青い宝石のついたペンダントを、ホーリィにかけてやる。
「これ、覚えていてくれたんだ」
「忘れたことなんて無いさ。君のことも…」
ホーリィの瞳に涙がにじんだ。
「ごめんなさい。もう行かなきゃ。はい、聖にもプレゼントあげる」
ホーリィは一枚のカードを、聖に握らせた。
「また、会いましょうね。約束よ」
ホーリィは手を振ると、空飛ぶソリで行ってしまった。
聖は、ホーリィが消えた方角をしばらく眺めていたが、手の中のカードに視線を落とした。そのカードを読んだ聖は、いきなり笑い出した。
世界が、いきなり狭くなったみたいだ。そのカードには、ホーリィの住所と電話番号にEメールアドレスが書かれていた。
魔法のiらんどで、2003年のクリスマスから2004年のクリスマスの間に、全5回で連載した『聖夜に君と』シリーズの第1話です。




