39、謎解きは終わる
「貴様はもう少し、勉学に励んだほうがいい」
帰り着くや、武弘はかんなぎに説教される。今回はかんなぎが間に合ったからいいものを、かんなぎなしでは武弘は死んでいた。
はなから大人たちに頼めとかんなぎが念を押していたのは、この未来を予測していたからなのだ。
「いくら子供が不老の巫女の存在を話したって、信じるわけもないからな。大人たちに見せつける必要がある。そもそも、マインドコントロールされた子供を説得できるのもまた、子供でなく大人の役割だ」
「なるほど……」
「まあ、貴様もいい線はいっていたが」
ほめて遣わす。と偉ぶる口調も今日はなぜだか憎めなかった。武弘はかんなぎの探偵事務所について、ようやく生きた心地がした。
「でも、なんで遠回しに暗号をよこしたんだ?」
「はなから今回の呪いのビデオは、儂への挑戦状だったからじゃ」
つまり、監禁された女の子たちは、理由なく理不尽な思いをしたわけだ。
かんなぎは相手の顔を知らなければ、その人間の場所を探れない。だからこそ、武弘をそばで見張りながら、並行して不老の巫女の居場所を探っていた。
結果的に、武弘がそこに赴いたことで、不老の巫女の場所を突き止める形となったが。
「じゃが、儂にも不可解なことがある」
「なに?」
「不老の巫女は、なぜ儂から名前を奪えなんだ?」
つまるところ、そのおかげで武弘もかんなぎも命拾いした。それはかんなぎが生への執着を見せたせいもあるだろうが、武弘が思うに。
「俺が――無意識に俺が神力で、神楽ゆいって名前を呼んでたから……」
「……つまり?」
いつもなら難なく推理してみせるくせに、こういうときだけ鈍いのは笑える。そう思いながら、武弘は照れくささを隠しつつ、
「帝から与えられた『いみな』と同じ――」
言葉を詰まらせる武弘に、かんなぎがハッと顔を逸らした。
確かに、かんなぎは帝からのいみなを大事に思っていた。大切なひとに与えられた名前だからだ。
だが、だったら、『神楽ゆい』という名前もまた、かんなぎの中で『大切』なのだろうか。
かんなぎはくすりと、今までになく幸せそうな、嘲笑ではない笑みを浮かべた。
「迷惑なやつだ。貴様のせいで儂は、もう少しだけ生きてみようと思えたからな」
――貴様が死したその日に、貴様の名前を受け取ることを楽しみにしておる。
今まで借り受けた名は、近くかんなぎから手放されるだろう。本来なら、不老の巫女とのえにしに決着がついたのだから、武弘の名前も必要ない。だがかんなぎはあえて口にした。名前を受け取る、つまり自分たちはこの先も、道は違えど最期を共にする。それがかんなぎの、武弘に対する最大の謝辞だ。
「そう、だな。そうなんだけど」
「なんだ、まだあるのか」
「いや。その。神楽。俺からオマエに、渡したい物がある」
「なんだ。また要らぬあくせさりーか?」
武弘は、かんなぎの目の前の椅子に座って、手をモジモジと絡ませた。失敗したら、笑いものだ。でも、武弘の考えが正しければ。
「オマエに、『神楽ゆい』って名前を贈るよ」
「はっ、なんじゃと? 貴様ごときが、儂に『いみな』を?」
いみなとは、そのひとそのものを表す、霊的な名前だ。
その名前を、神力のある武弘が贈れば。
その名前に込められた思いが強ければ。
そしてかんなぎ自身もまた、おのれが『神楽ゆい』であることを切に願えば。
「なっ……?」
瞬間、ぱっとかんなぎの体が光に包まれる。そうして、血の気のなかった頬に紅が差し、やがてかんなぎはかんなぎから神楽ゆいへと変わっていく。
悠久の時は終わり、かんなぎはゆいへと、巫女から人間へと、生まれ変わる。
ゆいが自身の両手を見つめ、やがてひと粒、涙を零した。あまりにも綺麗な光景に、武弘は思わず息を飲んだ。
「まさか、貴様に救われる日が来るとは」
「お、俺も意外だった」
言い出しておきながら確信はなかったようで、一番驚いているのは武弘のほうだった。かんなぎ――いや、ゆいはほのかに笑う。
「これで神楽も自由の身だな」
「そうさな。じゃが儂は、今後も心霊探偵を続ける」
それが儂の生きる意味だからな、とゆいの笑みは朗らかだ。そんな選択もゆいらしいと武弘は思う。
武弘もゆいも、言葉などなくとも通じあっている。少なくとも武弘はそう思っている。
「して、今後も貴様は儂に料理をふるまうのであろう? かたわら、貴様に神力の使い方も教えねばならぬし」
「おう、神楽さえよければ。てか、ほんとに俺、神力あるんだ」
「そうじゃな。生涯儂の料理を作ってもよいのだぞ?」
「え、それってプロポーズみたいじゃ――」
ここで、ゆいの耳が赤いことに気づく。ひとに戻ったからではない、明らかにその赤みは。
「え、ええ。俺、神楽がわからない」
ゆいにだってわからない。自分がすべきことも、愛情も信頼も親愛も。
だけれどあの時、不老の巫女の呪いを受けた今際の際、ゆいは帝の声を聞いたのだ。
『囚われるな。前へ進め。ソナタのまことの名前は――』
呼ばれたまことの名前は、ゆいにはもう聞こえなかった。あの世の者とこの世の者が、言葉を交わすことは不可能だ。聞こえた声だって、本当はゆいの空耳だったのかもしれないのだから。ゆえに、帝がゆいのまことの名をどれだけ伝えようと、この先もきっと、聞くことは叶わないのだろう。だが、それでいいと思う。かんなぎは今を生き、帝は既に死した人間。
思い続けることと囚われることは、きっと紙一重に違いない。ゆいが帝の死を今も忘れないことは、愛情にほかならないのは事実である。一方でそれは、ゆいを縛る枷となる。
だが、帝はそんなこと望んでいない。ただ、ひたすらにゆいの幸せを願う。それが帝の愛であり、想いであった。
だからゆいは、だからこそゆいは、前に進むと決めたのだ。過去を消すことなく、帝への気持ちを抱いたままに。
「儂も、己のことながら自分の気持ちがわからぬ。じゃが」
悲しみも苦しみも、全部ひっくるめて愛だったに違いない。ならばそれすら抱き込んで、ゆいは武弘に真っ向から向かうのみだ。
「儂の申し出を断るなど、罰が当たるぞ?」
顔を見合わせ、笑いあう。
今度こそふたりで、武弘とならきっと、正しく関係を結べるような、そんな気が、した。それはまた、武弘も同じく。
武弘とかんなぎの凸凹ペアの謎解きはまだまだ終わりそうにない。
これは、名前を亡くした巫女の、とある謎解きの物語である。
了




