1、心霊探偵かんなぎ
一、探偵無名
「ごめんください」
呪いのメールのURLを開いてから五日後の休日である。武弘はとあるビルを訪ねていた。普段なら寄り付かないような、大人の街の一角にある、商業ビル。
その二階にあるとある場所を、武弘は尋ねた。
『開いておる』
「……おる?」
首をかしげながらドアを開ける。ドアの向こうにはいかにもな机とその真ん前に座る女の子、そして備え付けの家具やキッチンまである部屋に、武弘はしゃんと背筋を伸ばした。
「あの、探偵さんに用事があるんですけど」
「そうか。儂じゃ」
「……えっと、冗談は」
「あながち、ほかの探偵に断られてここに来たってところじゃろうが」
「それは……」
「そうさのう。儂ならほかの探偵にできぬこともできるが」
にやりと笑う少女は、今時珍しく着物を着ている。幼い顔立ちには似合わない渋い着物だ。だが、それでも彼女には似合ってしまう、不思議な雰囲気があった。
烏の濡れ羽色の黒髪を後ろでひと纏め――シニヨンにし、前髪は綺麗に切りそろえられている。陶器のように白い肌、切れ長の目は目尻までまつ毛に縁取られている。小さく熟れた唇は嫌でも目を引く。
少女は渋い赤茶の着物の袖を両ひざの上にきれいに乗せて、頬杖をつきながら武弘を見て笑っている。豪華な椅子と机は、それだけで探偵らしい雰囲気を感じさせる。
「名前も名乗らないやつ信用できるかよ」
「名前、か……儂は名乗る名前がない」
「は? 意味わかんねえし」
くるりと武弘が踵を返す。しかし、少女が音もたてずに武弘の真ん前に立ちはだかった。先ほどまで椅子に座っていたはずの少女が一瞬で移動したことに、武弘は驚きを隠せない。
「貴様、なにを見た?」
「なにを、って……てか、なんでそこにいる……」
武雄の疑問より先に、少女が問いかける。
「例えば。怪奇現象」
ぴしゃりと指さして、少女が笑った。ぞっとする。その顔が、どこか嬉しそうに見えたからだ。
武弘はあのURLを開いた翌日、同じようにあのURLに三十一を付け加えてタップようと思った。しかし、そのURLが忽然と消えていたのである。
クラスメイトに聞いてみても、URLがないのだ。回ってきた時はしっかりと記載してあったのに。武弘にメールを送った女子生徒は、見間違いだと言い聞かせていた。
だから、もしかするとあの映像は武弘の見間違いか、あるいは勘違いなのではと思い始めていた。
現に、武弘はあの日の放課後、なにより先に警察署に赴いた。そこで、例の呪いのメールのこと、URLのこと、動画で見たこと聞いたもの。すべてを警察に話したのだが、誰ひとりとして取り合ってはくれなかった。
それどころか、
「いいかい。天野くん。金輪際呪いのメールを探らないこと。いいね?」
「でも、確かに見たんです」
「それは誰かのいたずらだよ。いいね、もう呪いのメールとは関わらない。約束できるね?」
と、大人たちはなにかを隠したいように、呪いのメールから武弘を遠ざけようとした。
武弘は当然納得いくはずもなく、故に武弘は何度も何度も呪いのメールを読み返したのだが、元来勉強が苦手な武弘にとって、暗号の解読なんてできるはずもなかった。
だからお小遣いをはたいて探偵を訪ねたのだが、結果から言うとどこも武弘の話を取り合ってくれない。
最後の頼みに訪れたこの探偵に限っては、名前がないだの、そもそもが子供だので散々な結果である。
「貴様はなにを見た? 化け物か? 幽霊か? 誰かの悲鳴か?」
「それ……は……」
「話すだけ話せ。依頼するかどうかはそれから考えてもよかろう」
少女の妙な雰囲気に、武弘は圧倒されて、案内されるままに事務所の客用のソファに腰を掛ける。
そして、震える手でスマホを取り出して、メールを立ち上げる。呪いのメール、その画面を開いたまま、少女にスマホを渡す。
「ふむ。なるほど。呪いのビデオか」
「いや、今は呪いのメールって言って」
「細かい男は嫌われるぞ。なるほど、あいわかった」
つらつらと、なぞるように一度だけそれを読み上げて、少女はスマホを武弘に返した。
「悪いことは言わん。貴様はこの件に首を突っ込むな」
「え……?」
まるで大人たちと同じように、少女が武弘をいさめる。そうなるとがぜん気になるのが子供のサガである。前のめりに、
「なんでだよ」
「これは子供のかかわっていい案件ではない」
「オマエだって子供だろ!?」
「かんなぎじゃ」
少女がふんっと鼻を鳴らす。
「かんなぎ……?」
「問うたであろう、儂の名を」
「でも、アンタ名前がないって」
「ない。まことの名は。代わりに、人々は儂をかんなぎと呼ぶ」
少女――かんなぎが怪しく笑う。着物のせいか、かんなぎの所作のひとつひとつが大人びて見える。
だが、だからどうした。
相手が大人だろうが子供だろうが、納得いかないものはいかない。
「かんなぎ……さん。なんで俺が関わっちゃダメなんですか?」
「はあ。そうじゃな、しいて言うなら貴様が子供だからじゃ」
「! もういい! あんたを信じようって思った俺が馬鹿だった!」
憤慨し、武弘は立ち上がる。
「相談料はいらんからな」
「言われたって渡すもんか!」
去り行く武弘の背中を見ながら、かんなぎがにやりと笑っていた。




