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最終話 愛に生きる


 回顧を終えたラスクはふう……と一息をついた。


「──ヴィルニフ伯爵の考察は正解だった。ブラックスピネルに到着後、マルクに雇われていた店主や護衛を早々と締め上げて全てを吐かせ、地下に入った。その後はマーガレットが見た通りだ」

「そ、そんなことがあったなんて……。お父様を助けてくれて本当にありがとう」


 宮廷医療を受けられるのであれば、お父様の病状も少しは良くなるだろう。この先は短いかもしれないが、それでも限りある時間を穏やかに過ごせるのならばこれ以上嬉しいことはない。それと同時に、これから私がラスクの横で過ごすことは確定してしまったのだが……私の感情はまだぐらぐらと揺れている。

 

 愛しているからこそ、不安定なのだ。

 

 ラスクを愛しているからと彼の手を取ってしまった。しかしいずれは国民の手までも掬い、守っていかなければならない存在になるのだ。そんな重責、私に堪えられるだろうか……。

 今はまだすぐに答えは見つけられない、いや、見つけるまでにきっと多くの試練をこれから私は乗り越えていかないといけないのだろう。

 そんなことが頭の中を巡り、私はしばらく黙ってしまっていた。


「マーガレット?」

「あ、いえ……何でもないわ」

「もうお互いに隠し事はなしだろう?」

「……そうね。私、これからラスクの……次期国王の横で歩んでいけるのかしら。あなたに告白されて嬉しかったわ。でもこれからのことを考えただけで、不安で押しつぶされそうだわ」


 「そうか」と小さくラスクは呟き、私の横に座り直した。ラスクは私の左の甲に手を重ねて優しく話し始めた。


「やっぱりマーガレットを選んで正解だったな」

「どこが? 想像しただけでこんなにも気弱になっている女よ? あなたの横には凜とした強い女性の方が……」

「将来のことを考えたら僕でも不安になる。でも僕がマーガレットに感心したのはそこじゃない。僕の婚約者になって舞い上がらなかったところだ。真っ先に自分の責務と国民のことを心配しだろ? 王子の婚約者となれば、一般的な令嬢ならステータスや贅沢品に興味を示す」

「ちょっと待って、それって私が一般的な令嬢ではないと? 少しズレているとでも?」

「はははっ、そうとも言えるが。いいじゃないか、お互いに変わり者同士仲良くいこう」

「そんな呑気で良いのかしら……」


 ラスクの笑顔は太陽のように眩しく、心はそよ風のように穏やかだ。そんな彼の横なら人生に迷うことなく一緒に歩いていけそうだ。たとえ辛いことが起きてもきっと最期まで愛し続けられる、そんな気がしていた。


「ところでマーガレット」

「なに──」


 気持ちが晴れて気を抜いていた私が愚かだった。ラスクの方を振り向いた瞬間。


「んっ……」


 ラスクから熱いキスがお見舞いされた。ラスクの手は私の耳元を押さえた。さっきよりも深く熱く息苦しいけど心地よくて溶けてゆく。


「ぷはっ……、ちょ、ちょっと何するの」

「やっぱりマーガレットが近くにいると無理かも。やっぱり今夜、覚悟しておいて」

「ひっ……」


 太陽のような笑顔というより、月のような笑顔かもしれない。月は輝かしい満月の日もあれば、姿形を見せない新月の時もある。ラスクの腹黒い笑顔が少し垣間見えた気がした。ラスクはそっと私の頬にある傷を撫でながら、犯人を刺すような声色で問いた。


「ところでこの傷、誰にやられたんだ?」


 つまり私が刺されてしまうのだが……ここは正直に答えることにする。


「……わ、私です。傷物にすれば売られなくなるかと思って……ごめんなさい! ラスクがくれたピアスでこんなことするなんて最低だって分かってる!」


 私は顔の前で両手を合わせ謝罪をした。予想していなかったであろう答えに呆気にとられていたラスクだったが、クスクスと笑い始める。


「マーガレット、本当に君って人は……」


 その後に続く言葉はなかったが、ラスクはそっと私を抱き寄せた。


「痛かっただろ? もう絶対に君を傷つけない。婚約破棄なんて絶対にしない。最期まで手を握って離さないから」

「うん……」


 ラスクは今、どんな気持ちなのだろうか。

 少し気恥ずかしくて、でも心地よくて、抱き寄せられた胸から聞こえる鼓動が愛おしい感情で溢れたものなら私と同じだ。



◆◆◆


 それから2年の月日が経った。


 お父様は主治医や高度な治療のおかげで少しずつ回復していて、今では少しの時間なら庭で散歩が出来るまでになっていた。そして私はラスクの婚約者から妻となり、慌ただしく過ごしていた1年目の春先。

 私は助産婦に囲まれたベッドの上で寝ていた。私の胸の上には、誕生したばかりの我が子が眠っている。


「マーガレット!」


 ラスクが勢いよく扉を開ける。


「ラスク、静かにしてちょうだい?」

「あぁ、すまない……」


 ラスクは足早にベッドへと近づき、我が子を愛おしそうに見つめた。この瞬間、ラスクは気づいていないだろうけれど、愛娘を見る父親の顔に変わった。


「見て、可愛い女の子よ」


 ブロンド色の髪。うっすら開けた目から見えた新緑色の瞳。まさにピスキウム家の血を継いだ女の子だった。


「顔立ちはマーガレット譲りだ。あぁ……なんて可愛いんだ。マーガレットのように美しい女性になること間違いないな」

「ふふっ、元気でいてくれたら何でもいいわ。ラスクのように脱走しない程度にね」


 私が笑うと、この子も小さく微笑んでくれた。その姿を見たラスクがこの子に名前を授ける。


「……Roseローズだ」

「この子の名前?」

「そう、顔を見て思ったよ。薔薇のように美しく、強かに、生きてほしい」

「素敵な名前ね」


 そう言ったラスクはローズの頬と自分の頬をくっつけて微笑んだ。これほどまで愛おしい光景は今までなかった。


「マーガレット、ありがとう。愛しているよ」


 ラスクは私とローズをまとめて抱きしめた。


「ねぇ、ラスク」

「なんだい?」

「……幸せがずっと続くといいわね」

「あぁ」



 これから私たちにどんな人生が待ち受けているのだろう。

 辛いことも悲しいこともあるかもしれない。


 それでもね、ラスク。私は絶対にあなたを幸せにするわ。


 そしてローズ。きっと私たちはあなたより先に旅立ってしまうけれど。


 

――自分を愛して、民を愛して、愛に生きて。最期まで笑って生き抜くのよ。


最後までお読みくださり、ありがとうございました。

作者の百奈山もなやまと申します。


実はこのお話、コミカライズにもなりました私の作品


『取り巻き令嬢なのに王女から虐げられていましたが、実は私も隣国の王女だったようです〜やられっぱなしは性に合わないので、私に一途な鬼畜剣士と仕返しします!〜』


に登場するラークスとマーガレットのスピンオフ作品でもございました。

当作品を気に入ってくださった方、どうぞ本編の上記作品もお読みくださると嬉しいです。

ただし!本編ではラークスとマーガレットは悲惨な運命を辿ってしまうので、覚悟しておいてくださいませ…!


ラークスとマーガレットがどうかここでは幸せに。そんな願いを込めて。

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