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第1話 結婚詐欺師 マーガレット・ヴィルニフ


「マーガレット! おまえとの婚約は破棄する!」


 春の朗らかな昼下がり。

 私は目の前にいる小太りの婚約者から野太い罵声を浴びせられた。

 しかも公爵家の門前で。


(こういうのって普通家の中で言わない?)


 今日は婚約者であるマルク公爵から話があると言われ、そろそろ正式に成婚かと思いきやこの仕打ち。でも残念ながら私はこれに慣れている。泣きわめくことも縋ることもしたくはない。

 私は深緑色のドレスの端を持ち、丁重にカーテシーをした。


「えぇ、こちらから願い下げですわ」


 言動が一致しないとはまさにこのこと。

 カーテシーを終えた私は、激昂する感情を抑え満面の作り笑いをマルクに向ける。


「なっ……!」


(またイチからやり直しね)


 私は度重なる婚約破棄を経験したためか気持ちの切り替えが驚くほど早かった。くるりと踵を返しオレンジ色の長髪を靡かせて颯爽と去るつもりだったが、マルクは振ったくせに私の態度が気に入らなかったのか、背後から私の肩を左手で掴み私を振り向かせた。


「すぐ受け入れるあたり、おまえの浮気は本当だったようだな? どうせ次の男がいるからすぐに切り替えられたんだろ?」


(またそれか)


 私の婚約は今回で4回目。そして4人とも私のことをそう言う。どうして毎回同じ理由で婚約破棄をされるか分からなかったが、どうやら誰かが婚約者に虚偽の情報を流布しているようだった。恨みを買われるような生き方はしてこなかったはずだが……もしかしたら婚約者を狙っていた令嬢が嫌がらせをしていたのかもしれない。とにかく、真相は不明だが毎回同じパターンだった。


「違うと言っても信じられないのでしょう?」

「婚約破棄が4回も続いているようではなぁ? おまえの顔の良さに過去のことは目を瞑って迎え入れてやったが、やはり浮気性は直らなかったようだな」

「過去も違いますわ」

「ふん、信じられるものか。結婚詐欺師め」


(結局そうなるじゃない。だから丁重にお断りしたというのに)


 もちろん、私は詐欺師ではない。1人目の時は猛反論したが私の話など聞いてもらえなかった。どのみちお飾りの令嬢だ。噂が嘘であれ流れてしまっている以上、世間体の悪い女など妻にしたくないのだろう。結局は自分の保身が全て、そんな男性が3人も続いたが今日でまた更新される。


「まあ、毎晩俺に奉仕するというのなら家に置いてやってもいいが?」


 私の体を舐め回すような視線をマルクは私に向け、手首を掴み家に連れ込もうとする。


「嫌……!」


 必死に抗い、全力で拒否をするも男性の力には敵わない。


(どうして何回もこんなことが繰り返されるのよ……!)


 私と同世代の令嬢は結婚が上手くいっているのに、なぜ私ばかりに不運が降り注ぎ、わけの分からない理由で破談となるのか。何もかもが嫌になる。運命の人がいるというのなら早く迎えに来てほしい、なんてそんな淡い期待を抱いて他力本願している自分の無力さに涙を浮かべた。


 ──その時。


 マルクの腕に素早く何かが落ち、私の手首は解放された。反動でふわっと軽くなったと同時に後ろに倒れそうになるも地面に頭を打ち付けることはなかった。


「えっ……?」


 状況をそのまま言うなら、ローブを纏いフードを深く被った男性に私は抱きかかえられている。そしてマルクは私を掴んでいた腕を片方の手で押さえながら悶絶している。


「うぐっ……な、何しやがる!」

「この女性が嫌がっていたから手を解いただけだ」


 素早すぎて見えなかったが、どうやらこの男がマルクの腕に手刀を切ったようだった。


「さて。僕と婚約しようか」

「……へっ?」


 急な出来事に思わず間抜けな声が出てしまった。


(今、告白されたわよね?)


「な、何を仰っているのでしょう?」

「ん? 君に縁談を持ちかけているんだけれど」


 私は危機感を覚えすかさずその男の腕から脱出した。

 フードのせいで顔がはっきりと見えないが、太陽に当てられた瞳は春の芽吹きを感じさせるかように新緑色に輝いていた。なぜか目が離せない。身元が分からなくてもどこか気品を感じるけれど、初対面で告白してくるだけ性格は歪んでいるのかもしれない。

 

 私が返答に詰まっているとマルクが野蛮な声を上げて返答していた。


「おまえか、5人目の男は!」

「そういうことにしておこうか」

「テメェ……! その面見せやがれ」


 マルクは男に向かって手を上げフードを剥がそうとしたが、またもや素早い速さでマルクの腕を制止させていた。圧倒されたマルクは「チッ」と小さく舌打ちをして手を下ろした。


「さて、行こうか」


 男はマルクとは違って私の手を優しく掬い、どこかへ連れだそうとしていた。


「ま、待って! あなた誰なの?」

「僕は……」


 と男が話そうとした時、遠くから誰かを探しているような声が聞こえた。


「──様、どこにいらっしゃるんですかー!?」


 私には誰の名前を呼んでいるかはよく聞こえなかったが、その声がトリガーとなったのか男の行動が機敏となった。


「ちょっと付き合ってくれ」

「えっ?」


 困惑する私をお構いなしに、男は私の腰を両手で掴みひょいっと持ち上げた。そして穀物の入った麻袋を運ぶかのように男の肩に私が乗せられてしまったのだ。


「え、ええええーーっ!?」


 華奢に見えたこの男だったが、どうやらこの下には鍛えられた筋肉がついているらしい。回された腕には、アスリートのように鍛えられたしなやかな筋肉を感じる。


(騎士とか……? って、そうじゃなくて!)


「な、何するのよ!」

「ごめん、こっちの方が早いだろうから」


 口調は柔らかいものの、やることなすことは野蛮である。もしかしたらマルクより厄介な人間かもしれない。

 男は声のする方とは反対の道を駆け足で進む。マルクは私が見えなくなるまで睨みつけていた。


「早いとかそういう問題じゃなくて!」

「あぁ、こう見えても鍛えているから大丈夫だよ」

「そ、そうでもなくて」

「君もあの男の元から去るんだろ? お互い相手から逃げる目的は一緒じゃないか」


 うまく丸め込まれてしまったかもしれない。たしかにマルクの元からいち早く去りたい気持ちはあったが、まさか人力の馬車がやってくるとは思わなかった。


(ここは言うとおりに大人しく運ばれましょう……)


 私は男に身を委ね、遠く小さくなっていくマルクに別れを告げた。


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