戦う女給さん
翌日の夜、酒場にやってきた冒険者たちが、何やら騒がしく盛り上がっていた。
「お、シノブちゃん、聞いたかい? シノブちゃんが前に言ってたことが、本当に起こったらしいぜ!」
「はい? 何があったんですか?」
私が聞き返すと、常連の冒険者たちは待ってましたと言わんばかりに、自慢げな表情で話し始めた。
「ギュノス国の首都防衛システムが機動して、ドームが閉じたらしいぜ。そこにいた住人や行商人、それに冒険者や兵士たちも、全員が閉じ込められたんだってよ」
“御使い”という二つ名が広まったせいか、「シノブちゃん、何か予知ないの?」と、まるで天気を聞くようなノリで尋ねられることが増えていた私。だから、あの時も軽い気持ちで「そのうちギュノス国の防衛システムが作動しますよ」なんて、冗談めかして話してしまったのだった。
――まぁ、これはゲームシナリオ上、いずれ必ず起こるイベントだから、この世界でも同じことが起きるだろうと、ほぼ確信してはいたけれど。それでも……少し口が軽かったかな、と今になって反省している。
「――もう少し、詳しく教えてもらえませんか?」
私は運んでいた料理をテーブルに置き、おじさん冒険者たちに身を乗り出すように詰め寄った。その勢いに押されたのか、彼らは少したじろいだ様子を見せる。
「お、おう。なんでもな……今日の昼間に緊急警報が鳴ったらしくてよ、なんだったか……?」
「えーと、ほら、あれだ。なんとかシステムに侵入者がどうとか、ってやつだよな」
冒険者たちの話ぶりは、どうにも要領を得ない。聞き慣れない単語が思い出せずに、頭を抱えているといった感じだ。
「――中央管理システム、ですか?」
「それだっ!」「それだっ!」
2人のおじさんが、同時に人差し指を立てて大声を張り上げた。勢い余って飛ばしてきた唾を、思いっきり顔面に浴びてしまう。うぅ……汚い。私は沈んだ気分で顔を拭いながら、彼らの話を続けて促した。騒ぎを聞きつけたのか、周囲の冒険者たちもゾロゾロと集まってきて、ひとつのテーブルに肩を寄せ合う。そして「俺も聞いたぞ」とか「びっくりしたぜ」と、口々に騒ぎ立て始めた。
「要は賊が侵入したってことだ。しかも……噂じゃ“創世教”の連中らしいぜ」
「創世教か。最近やたらと信者が増えてるって話じゃねぇか。もしかして……けっこうヤバい連中なのか?」
「ヤバいもなにも、捕まった奴らはみんな獄中で死んでるらしいぞ。しかも、死に方が尋常じゃねぇ。全身の毛穴って毛穴から出血して、そのまま死ぬんだとよ」
「なんだよそれ。嘘くせぇ話だな……」
冒険者たちは、まるで怪談でも語るかのように声を潜め、おどろおどろしい口調で話していた。
――創世教。オスロウ国やハイメス国でも名前が上がっていた、創造神を崇拝する教団だったはず。いったい、彼らの目的は何なのだろうか。創世教の話題で酒場が賑わっていたその時、扉が勢いよく開け放たれた。
身なりの整った騎士たちが、まるで堰を切ったように酒場へとなだれ込んでくる。そして、その先頭に立つ騎士団長と思われる男が一歩踏み出すと、他の騎士たちは入口付近を塞ぐように左右に整列した。
「我々はギュノス国王立騎士団。これより我が騎士団長より、お話がある。謹んで拝聴せよ!」
突如として訪れた異様な光景に、酒場中がざわつき始めた。「なんだ?」「何ごとだ?」と声が飛び交い、全員の視線が一斉に騎士たちへと向けられる。黒い鎧を身に纏った騎士団長が、酒場全体を鋭く見渡し、低く重い声で告げた。
「この中に“御使い”と呼ばれる者がいるはずだ。出てきてもらおうか。この店に雇われていることは既に調査済みだ」
その言葉に、周囲の冒険者たちは無言で移動し、私の前に立ちはだかるようにして身を寄せる。まるで自然な動きのようでいて、誰もが意識的に私を庇っていた。しかし、そんな動きを見逃す騎士たちではない。騎士団長が目を細めたかと思うと、彼の背後に控えていた騎士たちが一斉に前進を始めた。
「ええい、どけっ! 隠し立てするならば容赦はせんぞ! 店主を呼べ!」
騎士団の数はおよそ100人。対する冒険者たちは、いつもの常連を中心に数70人といったところだろう。内30人はサクヤ目当ての女性客たち。酒場の空気は、一触即発の緊張に包まれていた。その騒ぎを聞きつけて、厨房からシゲオ店長が慌てた様子で客の間をかき分け、騎士団長の前に立ちはだかる。
「初めまして。ワシはこの店の店主、シゲオと申します」
店長は臆することなく、まっすぐに騎士団長を見据えて応じた。
「……“御使い”なる者は存じ上げませんな。どうぞお引き取り願いたい」
その言葉に、周囲の冒険者たちも同調するように「誰だそれ?」「ああ、知らねぇな」と口々にとぼけてみせる。私はそのやり取りを静かに見守っていた。ここで名乗れば、私ひとりでは済まない事態になる。だからこそ、彼らが庇おうとするその意志を、無下にはできなかった。
しかし、騎士団長は目を細め、薄く冷笑を浮かべると、ゆるりと左手を上げた。それに呼応するように、周囲を取り囲む騎士たちが腰の剣に手をかける。
「隠し立てを続けるならば、国家反逆罪を適用する。我らの命に背く者は、家族もろとも――いや、今ここで我々に刃向かおうとする者すべて、極刑に処す」
その冷酷な宣告に、場の空気が一瞬で凍りつく。冒険者たちがざわめき、息を呑む音が耳に刺さる。国家反逆罪――それがどれほど重い言葉なのか、周囲の動揺が物語っていた。
「……いかに脅されようとも、当店にそのような者はおりません。何度でも申します。お引き取り願います」
シゲオ店長は微動だにせず、毅然とした態度でそう言い切った。だが――次の瞬間だった。
「愚か者めが」
鋭い音が響いたと思った瞬間、騎士団長の拳が店長の顔面を捉えていた。その一撃は容赦なく、店長は地面に叩きつけられ、切れた口元から鮮やかな血が流れ出す。
「やりやがったな!」と叫び、常連の冒険者たちが怒りに任せて騎士団へ詰め寄る。だが、騎士団は一斉に剣を抜き、殺気を漲らせて冒険者たちを睨み返した。その瞬間、酒場全体が一触即発の緊張感に包まれる。――だが、もう我慢はできなかった。
”これはゲームイベントだ”と、どこか冷めた目で眺めていた自分に、心底腹が立った。目の前で、自分を庇って傷付く人がいるというのに、黙って見ていられるわけがなかった。
私は床を蹴り、一気に跳躍した。スカート丈の短い女給姿の女が、急に高く飛んだ姿を見て、その場にいた全員が目を奪われた。私は上空から、銀製のトレンチの側面で騎士団長の顔面を思い切り殴りつける。乾いた音と共に、トレンチは耐久値を超えて砕け散り、騎士団長はその衝撃で壁際まで吹き飛ばされた。
その瞬間、四方から剣を突き出してくる騎士団たち。しかし、彼らはすぐに気付く。――己の身体がまるで糸で縛られたかのように、動かせなくなっていることに。
私が飛び出す前に放った3体の分身体が、すでに”潜伏”と”抜足”で騎士団の後方へ回り込み、”影縫い”と”粘着罠”を駆使して行動を封じていたのだ。騎士たちは剣を構えたまま、苦々しい表情で身動きが取れなくなっていた。私は倒れ込んだ騎士団長に近づき、その目の前に立つ。
「私が”御使い”、シノブです。国家反逆罪をあなたが認定するのなら――あなたとその部下全員の舌と両手を斬り、証言できないようにしますが……どうしますか?」
小太刀を突き出し、分身体ごと騎士団長を取り囲む。……怒りに任せて口にしたその言葉は、まるで犯罪者そのものだった。言ってしまってから、少しだけ後悔する自分がいる。でも、ここで黙って傷付く人を見ているほうがよっぽど情けない。睨みつける騎士団長の背後で、動けない騎士たちが憎悪と恐怖が入り混じった目で私を睨む。
「シノブちゃんは優しいですねぇ。……こんな連中、私が全員感電死させましょうか?」
涼しげな声が聞こえ、振り向くと――カウンターの上にサクヤが立っていた。肩に担いだ雷槌ミョルニルは、すでに帯電を始めており、時折「バチィッ」と鋭い音を立てて空気を裂いている。しかし、いつも着用している電撃無効の付与されたOLスーツを脱いでいるせいか、サクヤは微量なスリップダメージを喰らい、顔は若干引きつっているようにも見えた。
カウンターの下では、目をハート型にしてサクヤを見上げる女性客たちがうっとりとした表情で佇んでいる。もう完全に状態異常の魅了に近いな。まるで人気俳優のステージショーを見ているかのような錯覚さえ覚える光景だった。だが、そのミョルニルが放つ圧倒的な存在感は、女性だけではなく冒険者たちをも魅了し、騎士団にとっては絶望そのものだった。
観念したのか、騎士団長は苦渋に満ちた表情で土下座し、無様に許しを請うた。その姿に、酒場に集まっていた冒険者たちから、大歓声が巻き起こる。怒りと緊張で張り詰めていた空気が、一気に弾けるように熱狂へと変わった瞬間だった。
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