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情報改竄

 ――その日の午後。


 冒険者ギルドを通じてジェイコブ卿からの依頼を受けた斥候が戻り、ハイメス国の情勢、建設中の砦、そして部隊の動向についての報告があった。得られた情報をもとに、精査のうえ緊急軍事会議が招集された。


 グレッグ総司令から、斥候がまとめたハイメス国の軍事情報の書類が配られる。兵力は総勢およそ3万。総大将は――ハイメス国王女、デイア・フィル・ハイメス。対して、こちらの兵数は約5万。単純に数だけ見れば、防衛側である我々のほうが多い。「戦争は数だ」っていうけど、本当にそうだろうか? 相手の主力は、魔法剣(スペルブレード)を扱うマジックナイト部隊と、上位魔法(ハイスペル)を行使する魔導師団という精鋭集団。思っていたより、戦力差は開いていないかもしれない。


「問題は――軍を束ねる将がいることだ。”姿なき魔槍”、そして”爆雷の女神”。名のある強者らしい」


「ふん、大層な二つ名だな。名の知れた強者でござるか?」


 サクラが気だるげに問いかける。ゲームのシナリオには、そんな名前は出てこなかった。強いとしても……せいぜいバロウキン程度じゃないか、と予想する。グレッグ総司令の話によれば、最近になって急にその名が広まったらしく、詳しい情報はほとんどないとのことだった。私の脳裏には、黒ずくめで槍を構えた男と、背中に電々太鼓を背負った女――そんな妙なイメージが浮かんでくる。


「一撃で1000人のマジックナイトを倒したとか……あるいは、目に見えぬ投槍で岩盤に風穴を開けた、なんて噂もある」


 ……うーん。噂って、たいてい尾鰭(おびれ)どころか背鰭(せびれ)まで付いてるもんだし。正直、誇大広告の域を出てない気がする。一撃で1000人を倒すなんて……究極攻撃魔法(アルティメルスペル)でも使わないと、現実的じゃない。レイドボスのデイア姫なら、たぶんクリス以上の実力があるだろうけど……。それ以外は、ちょっと信じがたい。今のところは、ね。


 会議後、いつも通りの訓練が終わり、夜の定例報告会には城を訪れたジェイコブ卿が参加する事となった。


「2人とも、お久しぶりです。将軍として最前線に立たれると聞きましたが……」


 まさか、将軍とは……と心配している様子。サクラは「総司令のほうが良かったでござるが」……と、あっけらかんとしている。ジェイコブ卿は心配そうな表情で、書類をテーブルに置いた。その書類は、本日の会議で議題となった、ハイメス国の情報と国王に関する書類だった。


 テーブルにはクリス、シグナス、ラウルと、私とサクラの部隊の大隊長10名が座っていた。ここでの主催は一応、予言者設定の私という事になっている。


「この書類は、冒険者から直接受け取った”原本”になります」


 配られた書類に目を通すと、会議で提示されていた敵軍の部隊配置や規模が若干違っていた。実際には総勢約6万の兵力で、将軍の1人の印が最前線に記入されていた。よく、こんな書類が手に入ったものだ。よほど優秀な斥候を雇ったのだろう。


「――これは、我々が知っているものと違いますね。」


 シグナスが真っ先に問いかけた。兵の総数だけ見ても、事前に会議で聞いた数と倍近く違うから、疑問に思うのは当然だ。


「後方に騎馬隊も控えていますね。前線で消耗させて、一気に突撃するのでしょうか。しかし、何故こうまでも情報に差異があるのでしょう?」


 ラウルの疑問は、誰もが感じた違和感を現していた。もとより、我々は国が立案した作戦とは別に「対魔人用の防衛作戦」を構築していた。でも、ここまで情報が違うとなると、多少の修正は必要だ。


「この国の上層部……参謀本部に裏切者がいる。その者が情報を改竄(かいざん)し、オスロウ国が不利になるように事を運んでいるという事ですね」


 大隊長たちがゴクリと喉を鳴らす。国の腐敗を目の当たりにしたら……そりゃ、驚くよね。場の空気が凍り、皆は口をつむぎ沈黙する。当然、こちらの情報もハイメス国に流れていると考えるべきだ。だから、ジェイコブ卿はこの書類を”原本”と言ったのだろう。


「ハイメス国の協力者とは、限らない。魔人の傀儡(かいらい)がオスロウ国の消耗を狙って、情報を改竄(かいざん)した可能性もあるでござる」


「……うん、私もその可能性が高いと思います」


 サクラの意見に私も同意した。魔人の狙いは、両国の消耗と衰退。王座に座りながら影で糸を引いているんだ。


「防衛作戦に変更はないですが、戦力差は少し想定外ですね」


「問題なかろう。それよりも、シノブ殿にお願いがあるのでござる。実は、拙者の部隊の兵士たちが、シノブ殿の稽古に参加したいと申しており、お願いできぬかと」


 そう言って、サクラは大隊長たちに視線を送った。すると彼らは揃って「ぜひに!」と頭を下げる。……なんなんだ、いきなり?


 サクラの話では、今日のクリスとの試合を見て、私の戦いぶりに触発された兵士たちが、自ら志願してきたらしい。そう言われても、私は8割方ただ見てて、たまに指示出してただけなんだけどな……。今ですら、約5千人に訓練をつけてるのに、ここからさらに倍、1万人規模とか……。思わずブツブツと独り言を漏らしていると、クリスが苦笑した。


「私の部下にも、シノブさんの戦闘を学んでみたいと話す者がいましたね」


「……あははは」


 自虐めいたセリフなのに、クリスが言うとそんな感じがまるでしない。むしろ、スポーツドリンクのCMにでも出てきそうな爽やかさすらある。


「合同訓練はいいけど、サクラも手伝ってよね? 武器の扱いや知識はサクラの方が得意なんだからさ」


 私が了承すると、サクラは上機嫌になり、部下の大隊長たちも明るい表情を見せた。……なんだか、面倒ごとを押しつけられたような気がしないでもない。まぁ、いいけど。どうせ前線部隊の強化は必須だ。私とサクラが総大将を倒すまでの間、彼らには最前線で敵軍を食い止めてもらわないといけない。


「――あの、ラウルさん。頼んでいた魔導具は間に合いそうですか?」


 私は、最前線部隊に配布するためのアイテムの製作を、ラウルに依頼していた。内容は、炎と雷の属性ダメージを軽減するアミュレット。ゲームのシナリオでは、この2属性への耐性を上げることで難易度が激減する仕様だった。それがこの世界でも通じるのではと、サクラと相談し、前線部隊全軍に装備させるという“チート級の作戦”を考えたのだ。


「……なんとか、ぎりぎり間に合うと思います。しかし、その2属性の指定も予言なのですか?」


「もちろんでござる。シノブ殿を信じていれば、我が軍は無敵でござるよ」


 サクラが胸を張って答える。なんであんたがそんなに自信満々なんだか……。会議の開始直後とは打って変わって、場の空気は和やかになっていた。この雰囲気に、ジェイコブ卿はやや戸惑った様子だった。何せ、最悪の情報を持ち込んだのに、皆があまり動じていないのだから。


 国王陛下に関する情報については、私が事前に調べていた内容と大きな違いはなかった。ただ、確証もまだ得られていない。結論としては「限りなく黒に近いグレー」止まりだった。


 こうして、その日の定例報告会は終わり、皆はそれぞれの寝所へと戻っていった。帰り際、サクラがジェイコブ卿を呼び止める。開戦時の防衛策として、貴族街の人々に冒険者を雇うよう伝えてほしいという依頼だった。それは本来、モンスターへの備えだが、そのことは伏せ、あくまで「避難時の防衛」という名目で、と。ジェイコブ卿もその意図を理解し、静かに頷いた。


 ――翌日から、私は1万人の指導者として、忙しく走り回った。


 回避特化訓練では、第2段階として重い盾を使った練習も採用した。素早く盾を構え、回避の直後に防御姿勢へと移る動作の連携。そして、その盾を装備したままでの、”1000人鬼ごっこ”。


 サクラには“縮地”に制限をかけて鬼役をお願いした。すると、なんと大隊長の1人が15分間逃げ切るという快挙を成し遂げ、皆から拍手喝采を浴びていた。サクラはとても悔しがり、再戦を希望して場を和ませていた。


 シグナスやラウルにも協力を頼み、信仰系特殊技能(ディヴァインスキル)上位魔法(ハイスペル)への対処訓練も実施した。日を追うごとに、最前線部隊は、目に見えて総合力を上げていった。大隊長の中には“縮地”を習得する者も現れ、シグナスは戦争終結後に聖騎士団への勧誘を考えるほどだった。


 その合間、自軍の防衛ラインの見学にも足を運んだ。木材で作られた巨大な柵に、簡素ながら頑丈な石造りの砦がいくつも築かれている。双眼鏡のような魔導具で敵陣を覗くと、山脈の麓に大勢の兵士が集結し、同様の砦が構築されつつあった。


「ゲームとは全然違うよね。少しだけ、不安になってきた」


 ゲームでは省略されていた、開戦に向けての準備。人々の営みと重なる日常の一部。ゲームのミッションではない、現実の戦争が起ころうとしている。いくら自分が強くても、戦局を――運命を変えるなんて、できるんだろうか。


「大丈夫。シノブ殿は拙者が守るでござる。――それに、失敗したとしても、生きてさえいれば物語は進むのではござらんか?」


 サクラの言う通りだ。たぶん、コンティニューなんてものはない。きっと“ifルート”で物語は続く。続いてしまう。でも、それは嫌だ。オスロウ国で知り合った仲間や友人、街で暮らすみんなには、生きていてほしい。そしてできることなら……この戦争に巻き込まれたハイメス国の人々にも、犠牲になってほしくない。


 ――すごく欲張りで、戦争を舐めたような幼稚な考えだってわかってる。けれど、それが私の願いであり、目標なんだ。そのために、自分にできることを全力で頑張るんだ。

お読みいただきありがとうございます。

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