”しのび”の戦い方
「わかりました。サクラ様とシノブ様を信じます。それで……私はどうすれば、よいのでしょうか?」
「クリスさんとラウルさんにも声をかける予定です。軍を動かせる人物の協力が、どうしても必要なんです」
シグナスは黙り込み、思案するように目を伏せた。
「おぬしに望むのは、2つだ。まず――“国王が偽者であると知っておく”こと。そして、万が一の事態が起こった時には、先ほど話した通り、”近衛兵団と協力して王宮内の犠牲を最小限に抑える”こと。そのための配置や行動方針を、考えておいてくれればよい」
「わかりました。本日の話は内密にしつつ、対応できるよう人員の配置計画を立てておきます」
サクラの真剣な眼差しを受け、シグナスは静かに頷いた。偽の国王について心当たりがないかも尋ねてみたが、聖騎士団自体、国王陛下と接点がほとんどないらしい。実際、国王が偽者だという確たる証拠もない今の私たちに、これ以上シグナスへ強く出ることはできない。あとは、彼がどこまで私たちを信じてくれるか……そればかりは、もう彼自身の判断に委ねるしかなかった。
すべてを話し終えたサクラが「帰ってよし」と告げると、シグナスは「名残惜しいですが、失礼します」と微笑み、静かに部屋を後にした。
「シノブ殿は、ヤツをどう見る?」
「性格は微妙だけど……サクラへの想いは本当だと思うよ。たぶん、大丈夫だと思う」
私は感じたままを伝えた。それを聞いたサクラは、なんとも言えない微妙な表情を浮かべながらも、渋々納得したようだった。報告会はそれで終了となり、サクラは自室へと戻っていった。こうして1日目が終わり、情報収集はなおも続く――。
――あっという間に一週間が過ぎ、色々と進展があった。
まず、国王の異変に気づいている人々は、思った以上に多かった。特に、古くから仕えていた使用人たちは、大規模な解雇の対象となっていたらしく、料理長の伝手でその何人かを紹介してもらえた。
幸い、この街に残っていた数名から直接話を聞くことができた。「利き腕が変わった」「口調が厳しくなった」といったわかりやすい変化もあったが、もっとも多く挙げられたのは「性格がまるで別人のようになった」という証言だった。中でも気になったのは、王族専属の主治医とその家族が、王妃と王子が亡くなった時期と同じ頃に消息不明になっていたという話。確証はないが……口封じのために消された可能性が高そうだ。
一方のサクラはというと――シグナスが積極的に協力してくれたおかげで、自然な形でラウルを説得し、仲間に引き入れることに成功したらしい。ラウルは魔導具研究所の所長でもあり、国王から間接的に開発依頼を受ける立場にあるという。
「今思えば、確かに不自然かもしれないですね。もしかしたら、あの頃から戦争の準備を始めていたのかも」
ラウルはそう言って、わずかに眉をひそめた。彼もまた、当時感じていた違和感の正体を、今になって腑に落としたようだった。また防衛作戦に関しても、彼の手によって魔導師団の人員配置にも変化が加えられ、王宮を囲う最終防衛ラインの一部戦力を都市の防壁内側へと再配備する調整が進んでいる。さらに、一般兵を中隊規模で街中に分散配置し、モンスターの不意な出現にも即応できるように提案してくれたらしい。
本人いわく、「それっぽい理由を並べて、書面100枚にまとめて提出しました」とのこと。普段は大人しく見えるけれど、ラウルは只者じゃない。いわゆる「能ある鷹は爪を隠す」タイプなのかも。
そして、今日――なぜか私はクリスと模擬戦をすることになっていた。しかも、非公式なのに場所は円形闘技場。観客は騎士や兵士が2万人以上。戦時下だというのに、あろうことかグレッグ総司令まで見学に来ている始末。試合は早朝1時間限定の“特別試合”。口コミで噂を聞いた兵士や騎士たちが、わざわざ早起きして集まってくるという騒ぎになっていた。
事の真相はというと――クリスは国王直属のため、軍事会議以外では接触の機会がほとんどない。そのため話すきっかけを作るために、サクラとシグナスが勝手に段取りを組んだらしい。私はそのことを、前日になってようやく聞かされた。……まぁ、別にいいんだけどね。ただ――
「観客、多すぎじゃない?」
兵士たち、みんなヒマなの? そんな私の気持ちをよそに、グレッグ総司令は礼服姿で審判役を買って出てきた。どうやら兵士たちの間で広まった私の噂を耳にして、実力を見てみたくなったらしい。
「将軍ちゃん頑張れーっ!」「将軍ちゃんなら勝てるぜ!」
私の部隊の兵士たちが、場外から声援を飛ばしてくる。すると、グレッグ総司令が渋い顔をして私に向き直り、こう言った。
「……もう少し、規律や威厳を重んじてほしいものだが? ――シノブ将軍」
「あははは、あとで言っておきますね」
もう、笑うしかない。そもそも、ただの女子高生に映画みたいな“上官”の真似ができるわけがないじゃないか。仮にそれっぽく「貴様はクズだ!」とか「ゴミだ!」なんて言ったところで、迫力なんて出ないし、何より自分が一番恥ずかしい。むしろサクラみたいな性格の兵士がいたら、「ご褒美ですね」などと言いそうで、想像しただけで恐ろしい。
「――まぁ、いい。それでは、2人とも準備はいいな?」
私とクリスは同時にコクリと頷いた。グレッグ総司令の「始め!」という掛け声が響き、模擬戦が始まる。クリスは修繕されたドラゴンスレイヤーを構え、こちらの出方を慎重に伺っている。サクラの時とは違って、だいぶ慎重だなぁ。
攻撃は全部回避できると思う。でも、ちまちまと攻撃を当てたところで、あの“天業ノ黒”が飛んでくる。脳裏に浮かぶのは、血まみれのサクラの姿。……あんな攻撃、死んでもごめんだ。即死系の特殊技能は使えない。使ったとしても、ボス補正がかかって効かないだろうし、仮に効いても相手が死んじゃったら意味がない。
――なら、狙うのはひとつだけ。あのスカウトの戦法、借りさせてもらうよ。
私は”影分身”を発動し、3体の分身体を出現させる。影分身を初めて見る騎士や兵士たちから、驚きの声が上がる。4人になった私に、さすがのクリスも目を見開いた。
分身体たちが一斉に攻撃を仕掛ける。相手の攻撃をすり抜けながら、両手の小太刀で六連撃を繰り出す――とはいえ、攻撃を当てる気なんてさらさらない。簡単に言えば、これはただのデコイ。クリスの注意を引いてくれれば、それで十分。
私は”潜伏”と”抜足”を組み合わせて、気配を完全に断つ。人数が一体減ったことに気づいたのは、おそらくグレッグ総司令とサクラ、そしてクリスだけだろう。その隙に、舞台のあちこちに罠を仕掛ける。――よし、準備完了。
私は”縮地”を使って、クリスの背後へと回り込み、一気に姿を現す。虚を突かれたクリスは一瞬、体勢を崩した。――今だ!
「特殊技能”陽炎連舞”!」
私と分身体の姿が陽炎のように揺らぎ、実体と幻が入り混じる。この特殊技能は「通常攻撃の回数を倍加」するもの。4人が二刀流で攻撃するため、1セットで八連撃。それが陽炎連舞で倍化し、驚異の十六連撃となる。どれだけ反応速度が高くても、これを全て捌くのは無理だろう。
しかも大剣による攻撃は、軌道が大きくて読みやすい。私は5秒間に百発を超える連撃を繰り出しながら、クリスを罠へと追い込んだ。やがて、足が粘着罠に絡まり、クリスは再び体勢を崩す。そこへ分身体たちが、クリスの影へと目掛け一斉に刃を突き立てた。
「特殊技能”影縫い”!」
分身体が声を揃えて叫び、クリスの動きがピタリと止まった。影縫いは、影を通じて相手の動きを封じる特殊技能。私は二刀流なので、1体につき2回、合計6回の成功判定が行われる。分身体のどれかが成功したら、相手は行動不能になる――どうやら成功したようだ。
本体の私はクリスの喉元に小太刀を突きつけた。グレッグ総司令の「――それまで!」の声が響き、こうして、約5分間の短い模擬戦が幕を閉じた。
観客席からは大歓声が巻き起こり、私の部隊の兵士たちが「将軍ちゃん!」コールを叫び続けていた。ブリッジのような体勢のまま身動きが取れないクリスは、苦笑しながら一言つぶやく。
「……まいりました」
ゲームでは、敵のLPをゼロにするのが勝利条件。この戦法は、そういう意味ではあまり効果的じゃないように思えるかもしれない。でも、現実世界と同じ条件下、しかも模擬戦というルールの中では、かなり有効な戦い方だったと思う。だって、まともに戦ったら――天業ノ黒を喰らって、死んじゃうかもしれないんだから。
「おもしろいものを見せてもらったよ、シノブ将軍」
グレッグ総司令は満足げにそう言い、兵士たちに城へ戻るよう命じた。一斉に動き出したその様子は、まるで民族大移動のようだった。私がクリスの拘束を解いていると、サクラとシグナスが駆け寄ってくる。
「さすが、シノブ殿。見事な戦いぶりでござった」
「えっへへ」
真正面から褒められるのって、案外悪くない。ゲームでキャラを動かして戦うのとは違って、胸の奥がじんわり熱くなるような――久々に心が高鳴った。
「本当にお強かったです。手も足も出ませんでした。もしシノブさんが武闘大会に出ていたら、決勝戦はサクラさんとシノブさんだったでしょうね」
「私も驚きました。シノブ様があそこまでとは……Cランク冒険者の実力じゃないですよ」
終始褒められっぱなしで、思わず照れながら謙遜する。戦闘の事で評価されるのって、けっこう新鮮で、悪くない気分だ。
その後、私たちは城へ戻るついでに、貴族街のカフェで朝食をとることになった。この時間を利用して、クリスに話を聞く。――できれば、仲間に引き入れたいという算段らしい。
「クリス殿。国王というのは、どのようなお方でござるか? 拙者、雇われてから一度も顔を合わせておらぬので」
「ええ、国王陛下は自室に籠もっておられることが多いですからね。……そうですね。お優しい方でしたが、最近は隣国との摩擦で気が張っておられるようです」
クリスは、表情ひとつ変えず、極めて冷静にそう答えた。「お優しい方でした」という過去形が引っかかる。けれど、隣国との緊張のせいで変わってしまった、という解釈なのだろう。
「王妃様と王子様がご病気で亡くなられて……それが原因で、心を病まれたと聞きました。……可哀想ですね」
「――それも、心に影を落とす一因だったのかもしれません。ちょうど1年前は、いろいろな事件が重なっていましたから」
つい、どこか演技がかった台詞になってしまい、自分で言いながら少し気恥ずかしくなる。でも、クリスは特に気にする様子もなかった。「いろいろな事件」って、何のことだろう? そのとき、ふいにシグナスが口を挟み――その答えを語り始めた。
「創世教という宗教団体の暗躍と、鉱山資源を巡る権益争い。──この国は、二つの大きな問題を抱えていたのですよ」
創世教というのは初耳だけど、この辺りもゲームのストーリー通りか。ここまで一致しているなら、もう“そういう世界”だと断定していいのかもしれない。──間違いない。この先、物語はシナリオ通りに動き出す。私とサクラは頷き合い、クリスに対して「偽国王の正体」と「間もなく起こる出来事」について説明した。
最初こそ、訝しげな表情を浮かべていたクリスだったが、次第に思案顔となり、やがて深く考え込む様子を見せ始める。とくに“予言”の話に関しては、かなり引っかかっているようだった。
「おぬしは、すでに肌で感じたはずであろう。シノブ殿が、すべての攻撃を予知し、見切っていたということを」
サクラは、この展開へと持ち込むために私とクリスを戦わせたのだ。なるほど、回避の動きは予知に近かったと私自身も思う。クリスは驚いたように私を見つめた。私はあえて、何かを匂わせるように重く頷く。それを見て、彼はようやく察したのだろう。少しの沈黙ののち、口を開いた。
「……私も、少しだけ違和感を抱いていました。そして、時折王宮全体を包むように漂う、負の魔力……。まさか、国王陛下が……?」
「信じられぬのも無理はない。だが、シノブ殿の予知が現実になった時──おぬしも、近衛騎士団も、王宮の人々も、誰一人として生き残れぬぞ」
サクラの言葉には、威圧と冷静な確信が込められていた。クリスの表情からは、混乱と葛藤が読み取れる。信じがたい。だが、否定しきれない。そうした迷いが、彼の瞳の奥に滲んでいた。
「……クリス。私は、サクラ様とシノブ様を信じようと思う。それゆえに、人員配置を変えたのだ。──キミを、守るためにね」
クリスは顔を上げ、シグナスの言葉を静かに受け止めた。作戦会議のとき、彼とラウルが兵を前線よりも後方に集めていた理由。それが今、ようやく繋がったのだろう。
「……わかりました。使用人は兵の宿舎へ避難させ、大臣や貴族の警護も計画にいれ退路を確保させます。そして、近衛兵の配置も再編しましょう。何事もなければ、それでいい。だが、万が一の時は、私が国王を止めます」
「先に言っておきます。”天業ノ黒”は効きません。危険を感じたら、迷わず退いてください」
私の忠告に、クリスはわずかに目を見開いた。彼の誇る最強の技が通用しないと聞かされたら、当然だろう。だが彼は、すぐにその衝撃を飲み込み、静かに、しかし力強く頷いた。
「……わかりました。肝に銘じます」
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