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訓練メニュー

 情報収集にあたっては、いくつか考慮すべき点がある。まず、お互いの間で決めておくべきこと――「深入りしすぎないこと」と「話しすぎないこと」。これは、自分たちが余計な疑いを持たれないための最低限の防御策だ。


 次に、「ある程度の信頼関係を築くこと」。これが、最も重要かもしれない。サクラは「男には多少の色仕掛けで十分」と自信満々だったけれど、正直ちょっと不安だ。それから、言葉だけではなく、仕草や挙動にも気を配る必要がある。昨日シグナスに感じた妙な違和感をサクラに話したら、「その感覚はなんとなく分かる」と言っていた。


「つまり、ゲームのキャラクターのステータスが、拙者たちの意識にまで影響を及ぼしている……と。それは、あり得るでござるな」


 たとえば、腕力や体力、頭脳といった能力はそのまま肉体に反映されている。私のように“回避”に極振りしていれば、戦闘時に相手の攻撃軌道が予知のように見えて、自然と体が動く感じになる。それを考えれば、現実世界では身につけられなかったような洞察力や動きも、今の私たちには備わっていると見ていいと思う。


「ゲームのシナリオを考えると、近衛騎士団は確実に全滅するよね」


「ふむ。仮にハイメス国側に加担したとしても、最終的にオスロウ国の城で魔人が出現する流れは変わらず、いずれにせよ近衛騎士団は全滅するでござるな」


 この未来を回避するには、どうしたらいいのか。単純に考えれば、事前にクリスに情報を渡し、対策を講じさせる……だが、相手はレイドボスだ。クリス以外の近衛騎士は、何人いようが一瞬で蹴散らされるだろう。1番近くにいる戦力は、貴族街を守る聖騎士団か……。この2部隊が連携して魔人を足止めし、そこへ私たちが加勢できれば、あるいは――。


「やっぱり、クリスとシグナスに真実を話すのは駄目かな?」


「あの色男は、拙者が言えば無条件で信じるかも知れぬが……。クリス殿はどうでござろうな」


 サクラの懸念はそこにある。私たちは“ゲームのシナリオ”という俯瞰(ふかん)視点を持っているが、クリスたちはこの世界の中で生きている。仮に真実を話しても、信じてもらえるとは限らないし――何より、“近衛兵団が全滅する”という未来を、本当に覆せるのかどうか。


「まぁ、まず拙者がクリス殿にそれとなく話してみるでござる。色男は適当に懐柔しておく。問題は……眼鏡をどうするか、でござるな」


 “眼鏡”とは、魔法師団長ラウルのことだろう。ただ、もっと厄介なのは、国王や大臣たちと近い立場にいるグレッグ総司令かもしれない。


「うん、わかった。じゃあ、私は王様の様子や変化について調べてみるよ」


 私は、国王陛下の動向について重点的に調べることにした。もし陛下が魔人だと確定できれば、対策も立てやすい。……けれど、それを証明するのは、現実的にはかなり難しいだろう。


 サクラの目標は、「開戦までにクリス、シグナス、ラウルを仲間に引き入れる」こと。その理由は万が一、国王が魔人だった場合、王城に到達するまでの間に使用人や貴族たちを迅速に避難させるためだ。近衛兵だけでは、シナリオ通りにいけば確実に全滅する。


 だが、聖騎士団の全軍――とくに回復魔法の使える部隊が加勢し、さらにクリスとシグナスの協力を得られれば、被害を最小限に食い止められる可能性はある。理想は……偽国王に気づかれることなく、オスロウ国全体で防衛体制を整えること。


 戦争は、もう避けられない。国王陛下自身が和平の申し出を拒否したのだ。敵軍とオスロウ側、どちらの陣もすでに構築が始まっているという。私たちにできるのは、国の民を守るための最善を尽くすことだけだ。


 開戦と同時に、私とサクラが敵の総大将を討ち、最前線部隊と防衛ライン部隊が街に出現するモンスターを掃討。その間、クリスとシグナスが魔人を抑え、近衛騎士団と聖騎士団が王城の人々を保護する。そして最後に、私たちが王城へ戻って魔人を討つ。今のところ、考え得る最善の流れがこれだ。


 ――――こうして、私たちの情報収集が始まった。


 私の初日は、まず“部下”として与えられた兵士たち――およそ5000人とのコミュニケーションから始まった。ただ、私の職業は忍者で、彼らはほとんどが戦士職。そもそも戦い方の前提からして違う。さらに驚いたことに、この世界では「忍者」という職業そのものが知られていなかった。……そんなにマイナーだったなんて、さすがに頭を抱えた。


 そこで、まずは自分の実力を見せることにした。私自身、単純な性格だし……経験上、それが1番分かりやすい手段だと思ったからだ。提案したのは、”私――素手” 対 ”剣を装備した大隊長5人”、という模擬戦闘だった。


「……あの、本当に良いのでしょうか?」

「5対1というのは、さすがに……」


 ……と、そんな調子でなかなか始まらない。見学していた兵士たちも、私が“小娘”だと見くびっている様子がありありと分かる。私は深いため息をついて、そばにいた兵士に開始の合図をお願いした。戸惑いながらも、その兵士は「は、始め!」と言い腕を振り下ろし、試合が始まる。


 ――瞬間、私は “潜伏”、“抜足”、“影分身” を同時に発動。攻撃の隙を与えず、わずか10秒で5人全員を制圧した。最近は実戦も何度か経験していて、ある程度の“手加減”は覚えたつもりだった。それでも、大隊長を務めるほどの彼らは、軽く叩いただけでは気絶すらしなかった。とはいえ、戦闘に参加した本人たちも、見学していた兵士たちも、何が起きたのか理解できないまま呆然としていた。


「少しは実力が分かっていただけましたか?」


 私がそう問いかけると、周囲の兵士たちは驚きと歓声が入り混じったような声を上げた。まるで「とんでもないものを見た」とでも言いたげな様子だった。


「では、もう一度。今度は私は特殊技能(スキル)を使いません。皆さんは、殺す気で斬りかかってきてください」


 大隊長たちは剣を構え、表情を引き締めた――が、それでもまだ本気とは言い難い。こうした“殺気”の有無を感覚的に察知できるのも、きっとこのキャラクターに備わった隠れた才能の一つなのだろう。


 5人は互いに視線を交わし、時間差で斬りかかってきた。だが、私は全ての剣の軌道が読める。どこを狙っているか、どこへ振り下ろされるか――その次の動きすらも。予測と反射が一体化し、身体が勝手に動く。そして私は、すべての攻撃を紙一重で回避した。どんなフェイントが来ようと、同時攻撃であろうと、私は一切の傷を負わずに避け続けた。


 ――約30分後、大隊長5人は膝をつき、肩で荒く息を整えていた。当然ながら、私はまったく疲れていないし、息すら乱れていなかった。


「これが、忍者です。ほかにも色々できますが……基本は“スカウトの最上級職”と思ってください」


「おおおおお!」「すげぇぜ、将軍!」「将軍ちゃん!」


 少し実力を見せたことで、ひとまず信頼は得られたようだ。その後、訓練方針としてペアを組ませ、マンツーマンでの戦闘訓練を開始した。1人は木剣を装備して攻撃専門、もう1人は素手で回避のみ可能。それを5分1セットで交代し、合計4セット繰り返す。……なんだろう、部活のノリっぽい。でも、私の戦いがインパクト強すぎたのか、皆かなりノリノリだった。


 私はよく知らないけれど、剣術には「基本の型」というものがあるらしく、回避側から見ると、わりと動きが読みやすい。そこで、攻撃役の方が「これは不利だ」と思ったのか、徐々に型を崩して工夫し始めた。


「ハァ、ハァ……将軍様。これは、変わった訓練方法ですね」


「攻撃が当たらなければ、絶対に負けません。それが、私の戦い方なので」


 こうして、「回避特化戦士軍団」の訓練メニューが完成した。この訓練中に、私は適当に抜けて情報収集する時間をつくるつもりだった。午後の休憩は2時間と設定し、「休息をしっかりとって、午後からの実戦訓練に備える」というそれっぽい理由をつけた。……もちろん、本音は情報収集のために多めに時間を確保しただけだけどね。


 午後からの訓練は、私も参加する実践訓練。名付けて――「1000人鬼ごっこ」。訓練場に巨大な円を描き、私が鬼役、兵士1000人が15分間逃げる。ただそれだけのシンプルな訓練だ。試しにやってみたら、10分もかからず全員を捕まえられた。これを5セット繰り返して、全員の捕縛が完了。なんとなく考えた訓練だったけど、意外にも大好評だった。


「逃げる訓練なんて初めてしました!」とか、「いつか、将軍様から逃げ切ってみせますよ!」なんて声もあった。残った時間は通常の剣術訓練。さすがに、ちゃんとした武器の扱いも重要だしね。


 訓練終了後、兵たちを解散させてからは、夕食がてらサクラとミーティング。お互いに一日の成果を報告し合う。


「ほほう、そのような訓練を。なかなかユニークでござるな。拙者は訓練には一切口出ししていない。模擬戦はしましたが、歯ごたえはなかったでござる」


「そりゃそうでしょ。……で、なにか耳寄りな情報はあった?」


 ちなみに、私はこんな話を聞いた。――厨房の料理長いわく、1年前に王妃と王子が亡くなってから、国王陛下の味の好みがガラッと変わったという。もともとは甘い味付けや、よく加熱された料理を好んでいたのに、今では血の滴るようなレアな肉料理ばかりを所望するらしい。


 そのことで、毒見役が何人も交代したそうだ。……レア調理は衛生面でもリスクが高いし、しっかりした調理技術がなければ命に関わる。毒見役の人たちが粛清されてなければいいけど……。今日は訓練中心だったので、深い情報までは得られなかった。


「拙者は、色男を配下に置きました」


「はぁ?」


 思わず、阿呆みたいな声を上げてしまった。……色男って、シグナスのことだよね? なにその言い方?  比喩だよね?


「たぶん、もうすぐ……」


 サクラが部屋の入り口へ視線を向けた、その瞬間。扉が、コンコンと乾いた音を立ててノックされた。サクラが「入るでござる」と言うと、扉が静かに開き、シグナスが姿を現した。


「サクラ様、シノブ様。お待たせしました」


 シグナスは深く一礼すると、静かに椅子へ腰を下ろした。そして真剣な眼差しでサクラを見つめ、口を開く。


「サクラ様。重要なお話というのは……やはり、結婚――」


 その言葉を言い終えるより早く、サクラの左フックがクリーンヒットした。顔を押さえながら「て、照れ屋さん……」とつぶやくシグナス。――これ、配下じゃなくて漫才の相方なんじゃ……? 思わず苦笑が漏れる。まあ、これも彼なりの挨拶なのだろう。


「シグナス。これから話すことは他言無用。そして、この国の存亡に関わる話だ。心して聞け」


 いつになく真剣なサクラの表情に押され、シグナスも姿勢を正した。結局、シグナスにはジェイコブ卿と同じように、事実を話すことにしたようだ。まぁ、シグナス相手に色仕掛けは向かないかもね。別の意味で危険な感じもするし。


「まず――この国の国王は、すでに偽物とすり替わっている」


「……む。それは、一体どういう意味でしょうか?」


 驚きと警戒をにじませた目で、シグナスが問い返す。無理もない。忠誠を誓った君主を偽物呼ばわりされたのだから。


「拙者の言葉が信じられぬか?」


 サクラはじっとシグナスの目を見つめ、逆に彼の本心を問いかけた。先ほどまでの冗談めいた雰囲気は一切なく、その表情は真摯(しんし)そのものだった。


「――信じましょう!」


 シグナスは勢いよくサクラの両手を取り、力強く応じる。サクラが不機嫌な顔を見せると、慌てて手を放した。……この人、ほんとに懲りないな。本当は聖騎士じゃなくて、漫才師かお笑い芸人なんじゃないだろうか。


「ですが、それが事実として……情報の出所はどちらから?」


 信じるとは言ったものの、シグナスの表情にはなお疑念が浮かんでいる。


「実は――シノブ殿は神の御使(みつか)いで、未来を見通す力を持っているのだ」


 うんうん、そう、その通り。すごいでしょう? 私ももう、そういうことにしていいよ。話が早いし、なんなら黒猫の姿にでもなろうか? シグナスは「まさか……」と言いたげな顔で、私の方をじっと見ている。


「未来予知、ですか……。にわかには信じがたいですが……」


 うん、普通の反応だよね、シグナス。おかしいのは私たちの方なんだから。


 その後、サクラはジェイコブ卿に語ったときと同じように、自分で考えた設定を堂々と語り、いかにももっともらしく説明していった。その姿は、いつも感じている詐欺師の姿だった。

お読みいただきありがとうございます。

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