この解呪はどこかおかしい12
もしかして人格もコピーされたのか?
いきなり雪が出て来るなんて……正直、嫌な予感しかしないんだが。
「誰だよ! てめぇ! さっさと離しやがれ!」
「雪が……雪が……あたしを拒む……」
ナデシコではどうやら雪にとってはお姉ちゃんでは無いらしいな。
半分は欽治なんだけどな……残念!
「うわっ……なんで、あたい裸なんだ? てめぇ……何しやがったんだ!?」
「雪殿が何という……へぐぁ!」
愛輝が雪に躊躇なく金蹴りを入れられる。
おぅ……痛そ――。
雪がこっちを睨む。
おっと、操られたらたまったもんじゃない。
「こらっ……てめぇもこっち見てんじゃねぇ!」
「あ……姐さん。すいやせんでした!」
「へっ、わかってるじゃないか」
すぐに視線を逸らし、謝る。
うん、機嫌を取りつついけば何とかできそうだ。
「この萌え豚野郎! てめぇの服をよこしやがれ!」
「ひぃぃぃ、リュージ殿追い剥ぎでござる!」
どうやら愛輝の服を奪い取る気みたいだな。
サイズ的に大きすぎると思うんだが、服を着てくれないとまともに話もできそうにないし……許せ、愛輝。
愛輝の上着を無理矢理脱がし、それを着る雪。
迷彩柄だけあって、なんか小さな軍人に……見えないか。
「へっ、上着だけでもワンピみたいでいいじゃんかよ。ズボンは勘弁してやらぁ」
「うう……もうお婿に行けないでござる、ダリア嬢……」
絶対にダリアのお婿にはなれないと思うがな……お、ATMにはなれるんじゃね?
雪なら俺のことはしっかりと覚えてくれているだろうし、救恤の使徒を倒したくらいの奴だ……まぁ、本人が相手をしたわけじゃないんだがな。
凄くおっかないけど、話を付けて暴れないようにさせないと。
「姐さん、お久しぶりです」
「ああん!? 誰だ、てめぇ?」
記憶が全部受け継がれていないのか?
俺のことを知らないとなると、また一から取り入らないとダメっぽいな。
こんなところで時間を無駄に使いたくないのだが……。
あのおっかない親子が戻ってこないことを祈りつつ、話を何とか聞いてもらえるようにしよう。
「にしても、やけに身体が軽いな。頭もスッキリするし……んあ!?」
雪が培養槽に入っている雪を見て驚いている。
「なんだ、これ……あたいがいる?」
真実を伝えるべきなんだろうか?
雪のほうが雪より頭がいいし理解してくれると思うが……。
「……てめぇらか!?」
なんか、物凄くプルプルと身体を震わせて……怒っているのか!?
こりゃ話がどうとかの問題じゃなくなりそうだぞ。
「てめぇらがこんなふざけた真似してんのかって聞いてんだぁぁぁ!」
怖い……怖すぎる。
怒髪冠を衝くって感じくらいに怒りに満ち満ちている。
今は下手に刺激すると何されるかわかったもんじゃないぞ。
「こんなところぶっ壊してやる! 舎弟2568号来い!」
うわぁ……その能力は受け継いでるんだ。
マズいな、また数で圧倒されてビーム兵器を乱発されたらナデシコだって勝てないんじゃないのか?
雪が呼び出したのは軍服を着た人だ。
どう見ても軍人だよな?
「大佐……お呼びですか!」
「呼んだからここに居るんだろうが。ちったぁ頭使いやがれ!」
「し、失礼しました!」
どこのヤクザもんだよ、雪。
「あれを用意しろ。あたいの偽モンなんて作りやがって! この胸糞悪いところを跡形も無く消してやる」
「あ、あれですか!? 大佐、あれは北極条約で……」
「いいから用意しろ!」
「りょ……了解しました!」
いったい何を用意させるつもりなんだ?
ここを消すって言ってるし……相当ヤバいものなのは確かだよな。
なんとか説得して……って、人の話をまったく聞かないんだよなぁ。
そもそも、偽物はそっちなんだよって言ったら、余計に怒るだろうし。
「雪……いい加減にして」
「てめぇ……何様のつもりだ!」
ひぃぃぃ!
ナデシコ、雪を刺激するな。
何をされるかわからないぞ。
「雪殿! 吾輩の服を返すでござる! 代わりにダリア嬢の限定キーホールダーを差し上げるでござるからぁ!」
愛輝も、服くらい別にいいだろ!?
よせって、それ以上刺激するな!
「どいつもこいつも雪、雪と……あたいは雪だって言ってんだろうが!」
「大佐、やはりアレの使用だけは……」
「てめぇもあたいに逆らうのか? ……だったら、あたいが命じる! てめぇは自分の拳銃で頭をぶち抜け!」
「はっ!」
へっ……軍服の人が何の躊躇いもなく腰に付けていた拳銃を手に取り自分のこめかみに銃口を当てすぐに引き金を引く。
バァン
……パペットの能力って、そこまで相手を操ることができるのか?
こんなの俺たちも操られたら何の躊躇いも無く、自決させられる!?
コッコッコッ
トンネルの奥から足音……こっちに向かってきている。
今の銃声が聞かれたのか?
「くくく……そうだ、はじめからこうしてりゃ良いんだ。てめぇらも、そのガラスに入ってるニセモノもあたいが取り込んで、自殺させてやるよ! あっははは!」
あの能力から逃げる術って何か無いのか!?
こんなところで操られて自分で自分の命を奪うなんて、最悪すぎんぞ!
コッコッコッ
足音が近付いている。
誰が来るんだ、誰でもいいか……この暴走幼女をなんとかしてくれるのなら。
「雪……じゃなくて、雪! やめて……お姉ちゃんの言う事を……聞いて」
「何を呆けたこと言ってやがる!? あたいに姉などいねぇよ……兄貴ならいるけどな」
欽治を男扱いしてくれている!?
いつもの雪なら、欽治をお姉ちゃんって呼ぶのに兄貴だって?
他のホムンクルスもどこかがおかしいように、こいつもオリジナルの雪とどこかの部分でおかしいところがあるのか?
本物の雪は雪の中にいるのだろうし……おっかねぇな。
異世界で人型機動兵器同士のドンパチなんてされたら、それこそたまったもんじゃないぞ。
「あら……何事ですの?」
ホークがトンネルから入ってきた。
これは、良かった……のか?
「あらあら、喧嘩はやめてくださいまし。ここには大事な研究データがあるし、そこの子たちは、まだ治療が終わっておりませんわ」
「誰だ……このおばはん」
「あら……あの子のホムンクルス?」
ホークにこれまでの経緯を説明する。
「バッグベアとか言う奴が勝手に生成を開始したんだよ」
「そうですの? ま、治療代としていただいておきますわ」
そこじゃなくてぇ!
目の前にいる幼女は最恐なんだぞ!
ナデシコで酷い目に遭ったっていうのに全然、反省してないじゃないか!
「ほう……そこのおばはんがあたいのニセモノを作った張本人か! くくく、どうやって自害させてやろうか!?」
ホークは呑気にコーヒーを淹れている。
まさか、もう操られていたりとかしないよな?
「あたいを無視するな!」
「……ふぅ、うるさいですわね。電気も暗いですし……って、あら?」
「強制排出でそこの子が勝手に出てきたんだよ! 何とかできないか?」
「そうですの? 珍しいこともありますわね……ズズズ」
ホークが近くの椅子に腰を下ろし、コーヒーを飲み始めた。
ちょっと……何を呑気にコーヒーを飲んでんだ!
コーヒーを飲みながらデスクの上に置いてあるタブレット端末を触り始める。
「そこの失敗作のおかげでアップデートも完了しましたわ。もう、エラーは100%起きませんの」
「ん……失敗作って……あたしのこと?」
「あら、ごめん遊ばせ。確か、ナデシコ……だったですわね。貴方たちに懐いていますし差し上げますわ」
えっと、つまり……どういうことなんだ?
「おばはん、いつまでもあたいを無視してんじゃねぇ!」
ピッ
ホークはタブレット端末を操作し、雪の声にはまったく耳を貸さない。
「もういい! あたいが命じる! てめぇら、あたいのもの……」
ドサッ
雪が倒れる。
まさか、緊急停止ボタンとかそういう類のものを操作したのか?
……た、助かったぁぁぁ。
ホークが来てくれて、本当に良かった。
「それにしても、この子……サイッコ――に可愛いですわね。3000体くらい製造しましょうかしら?」
なんておっかないこと言ってやがるんだ。
ホークが眠った雪を抱き上げ、再び培養槽に入れる。
「バッグベアが来てしまったようですわね……ここには来るなと言ったのに。金髪の可愛い子にも酷い目を合わせたようで、謝罪しますわ」
「あ……ああ。でも、今のは本当に助かったよ」
「構いませんわ。以前も言ったように、その子たちが治るまで安全は保障しますわ」
本当に助かったよ。
いつ、雪に能力を使われるのかとヒヤヒヤしていたし。
「……ねぇ、どうして……あたしを……助けてくれるの?」
ナデシコがホークに問いかける。
「決まってますわ、可愛いは正義ですから……それだけですわ」
うむ、正論!
「雪が増えたら……八人ほど……あたしの家族にして……いい?」
「そうですわね。貴女が再度、ここに入ってくれたら考えてあげてもいいですわ」
「それは嫌……」
「あら、残念」
何を恐ろしい話をしてんだ、あんたらは!
雪が大量生産されるのは確定なのか?
「あと少しで治療が終わりますわね。ラグナが目覚めたら厄介なことになりそうですし、私は自室に戻りますわ」
え……えええ!?
ラグナが目覚める!?
「ラグナの治療は済んでるってのか!?」
「バッグベアも凄いことしますわね……原液の薬剤に入れるなんて」
「原液に入れたら、どうなるんだ?」
「わかりませんわ。怖くて試したこと無いですもの」
……もう、嫌な予感しかしねぇ!