この解呪はどこかおかしい1
ルーシィさんは緊急手術中だ。
やはり、思っていた以上に臓器を損傷するほどの大怪我だったようだ。
欽治はルーシィさんの手当てによって一命を取り留めていたが、こちらも絶対安静のため入院ということになった。
愛輝の奴は目覚めた直後、ミャックで栄養補給するとか言って、ほぼ同時に目を覚ました雪を連れて出て行ってしまった。
そして、一向に目を覚まさない仲間がもう一人……ダリアだ。
外科や内科の先生が診察をしたが、特に身体のほうに異常は無いようだ。
意識を取り戻さないことについて、今は精神科の先生が診察をしている。
「ふぅむ……」
「ダーリンは何で目を覚まさないの?」
「ちょっ……ユーナ、診察中だから黙って聞けって」
「これは確かに不可解だね? 脳波も正常のようだし」
他の医者も身体に異常は無いって言ってたし、もしやと思ったが……。
「他にわかったことは無いんですか?」
「もしかすると、儂の分野では無いかもしれん……しばし、待っておれ」
このパリピ病院でかなりまともな医者のようで助かる。
スマホを取り出し、どこかに連絡をしているようだ。
「ではでは、お待ちしております」
お待ちする?
誰か有名な専門家でも呼んでくれたのか?
「失礼、少し待合室で待っていてくれるかね? こういったことに詳しい人を呼んだから。なぁに、大丈夫だよ。安心なさい」
「よ……よろしくお願いします」
ユーナはかなり心配そうな顔でダリアを見つめながらも、一度、診察室を出る。
「ダーリン、大丈夫よね?」
「お前の相方だろ? 大丈夫だ」
「そうですよ、ユーナさん。ダリアさんは大丈夫です」
ニーニャさんがフォローしてくれる。
こういう優しさがポイント高いんだよ。
「そういえば、ゼファー岳……あの山にあったバリスタって何だったんですか? 昔の勇者と魔王の大戦のときに作られたにはまだ新しい感じがしましたし」
こういう暗い感じのときは話題を変えるのが一番だ。
いろいろと気になっていることをこの際に聞いてしまおう。
「あの辺りには何も置いては有りませんでしたよ」
「それになんでわざわざあの雪深そうな山に?」
「勇者の一味がZ指定モンスターから逃げ込んだ先があの山だったのよ。途中で吹雪になったおかげで隊列をそれるふりをして逃げることができたんだけどね」
「わざわざ、カビル山脈の最高峰の山に? 何かあるのか?」
「あそこは勇者信仰発祥の地として有名なんですよ。山頂付近に勇者様を神として拝めた祠もありますし……でも、どうしてあそこに逃げ込んだのでしょうね? 慌てふためいたようですし……」
まぁ、馬鹿なならず者だもんな。
おそらく、本当に怪獣から逃げるのに必死で何も考えていなかったに違いない。
それか、ならず者共の巣窟でもあるのだろうか?
あったとしても生活する上ではかなり不便な所だし、仮の拠点なんだろう。
「それなら、あのバリスタって勇者の部下が造ったわけじゃ無いんですね?」
「ふふん、ニーニャんが召喚したのよ。召喚魔法、初めて見たわ。ねぇ……ニーニャん、今度教えてよ!」
「え……ええ。そのうちに……」
おい、ユーナ。
俺のニーニャさんが困っているだろ。
しかし、召喚魔法だって?
あのバリスタって召喚獣だったのか……どう見ても、木製だったんだが?
「ニーニャさんも昔の勇者の仲間って聞きましたけど、その魔法もそのときに?」
「はい、サモンウェポンという魔法ですよ。私は基本的に援護が主だったので、別の空間にいろいろなものを収納しておけるこの魔法を研鑽を積んで習得しました」
サモンウェポン……直訳すると武器召喚か。
別の空間にいろいろな武器を入れておいて、いつでも交換できる魔法か。
おいおい、かなり便利なんじゃないのか?
俺も教えてほしいな。
それで生徒と教師の関係になって……いつかは……ゴ、ゴホン!
「ねぇねぇ、ニーニャん。他にどんな武器を召喚できるの?」
ユーナが目をキラキラさせて聞いている。
ま、気が紛れているなら、ちょうど良いだろう。
「過去に私が触れたことがある武器なら召喚できますよ。そういえば、昔の同胞から変わった武器を渡されたことがありました」
「へぇ、どんなのですか?」
「ちょっと待ってくださいね」
ニーニャさんが詠唱を開始した。
両手が淡く光りだした。
手のひらに魔力を集中するタイプの詠唱らしいな。
「こ、これは……むむむ、なかなか難しい詠唱ね」
「そうなのか? 俺にもまったく理解できんが」
「ダメ……暗記できそうもないわ」
ユーナはやはり凄いな。
他人の詠唱を聞いて覚えようとしたのか。
こいつは知力極振りだし、普通ならできるんだろうか?
ポンッ
ニーニャさんの手のひらに一つの武器が現れる。
ん……これって武器……なのか?
「これです。リュージさん、わかりますか?」
「何かしら、これ? 単なる筒じゃないの?」
確かに見たところ円柱形の筒のようにしか見えない。
大きさは手のひらにしっくりとくるくらいの握れるサイズだ。
いや、握って使うのか……なんか、そんな感じにも見える。
「ちょっと触っても良いですか?」
「ええ、良いですよ。どうぞ」
手に取っていろいろと見てみる。
金属でできた筒に、滑らないようにラバー加工がしてあるのか?
これって、この世界のものじゃないよな。
明らかに俺の世界のものだ。
しかし、こんな筒……見たことがないぞ?
底に蓋のようなものがあるので開けてみる。
蓋の部分にはバネのようなものがついている。
あれ、これって……まさか電池のマイナス極に合わせる部品じゃないのか?
本体の奥を見てみるとプラス極を合わせる部品が見える。
この大きさからして単3電池ってところか。
電池が入っていないんじゃ、使いみちもわからんぞ。
「ニーニャさん、この世界に電池ってありますか?」
「でんち……ですか? すみません、聞いたことが無いです」
参ったな、電池があればこれがどんなのか見分けられそうなんだが。
「これは一つ大事な部品が欠けてますね」
「それがでんちと言うものなんですか?」
「ええ、それさえあればどんな武器なのかわかるんですが……」
「何よ、だらしないわねぇ。無いなら作ればいいじゃない」
無茶を言うな。
電池自体は小学生でも簡単に作れるが、単3電池みたいな小型化はできないんだよ。
作るのに必要な材料を集めて完成したときにそそるぜぇ?
それは別の漫画でしょ!
「ユーナ・クロウド様。診察室にお入りください」
おっと、呼ばれたようだ。
例の専門家が来たのか。
ユーナと一緒に俺とニーニャさんも診察室に入る。
「待たせてしまったね。こちらは魔法鑑定士のマリアンナさんだ」
「貴女がユーナさん?」
「そうよ……私が女神のユーナ・クロウドよ。ふふん、崇め奉りなさい」
……いつも通りの調子に戻って良かったのか?
初対面の人にそれは失礼すぎるだろ、さすがにやめてくれ。
「早速だけど、この眠った子猫ちゃ……こほん。ダリアさんだったわね? この子にはある特殊な魔術がかかっているわ」
「特殊な魔術……ですか?」
「ええ、はるか昔に作られた伝説の魔法……いえ、呪術……と言ったほうが良いかもしれないわね」
「呪術ですって!?」
一緒に診察室に入ってくれたニーニャさんが驚く。
呪術……名前を聞くだけでなんか嫌な予感がするんだが……。
「ダーリンはどうなるの!?」
「はっきり言うと、解呪しない限り目覚めることは無いわね。それにこのまま眠り続けると最悪のことも……」
「すまんの。今すぐというわけでは無いが1年……いや半年ほどこの状態が続けば、酷な事かも知れんが衰弱死もあり得るというわけじゃ」
「だったら、早く解呪してよ!」
「ユーナさん、落ち着いて下さい。呪術と言うのがどういうものか貴女も知ってるはずです」
取り乱すユーナを抑えるニーニャさん。
しかし、予想通りというか……やはり面倒なタイプのイベントだったか。
はぁ……次は何をさせられるんだ?
「マリアンナさん、解呪の方法を教えてもらっていいですか?」
厄介事には首を突っ込みたくは無いんだが、それは赤の他人の場合だ。
ダリアはユーナの大事な友人であり仲間だし、何とかしてやるべきだろう。
「リュージさん、呪術と言うのがどういうものかご存じなのですか?」
「その猫耳さんの言う通りよ。貴方は解呪の方法を知ったとき、ためらわずにできるのかしら?」
確かに呪術と言う名前は知っているが、どういうものかはまったく知らない。
呪術を知っているこの二人にとっては、俺を引き止める理由があるくらいの解呪の仕方なんだろう。
だが、聞かないと何もわからないのだから聞くしかないんだ。
「俺は呪術など知りません。だから、それを聞いたときマリアンナさんの言う通り、ためらうかもしれないけど、ためらわずにできるかもしれません」
「……知らないなら、はっきりと言ってあげましょう。解呪の仕方……それは誰かが身代わりになることよ」