この矛盾はどこかおかしい1
「ルーシィさん、この人を知っているんですか?」
「こいつはハイドワーフのラグナ。最低最悪な奴なわけよ」
「くくく、相変わらず手厳しいな。ルーシィ」
「あんたは……あっしのパパを殺した!」
ルーシィさんの親父さんを殺した?
つまりはニーニャさんのお爺さんを殺した奴だと言うことか。
「まぁ、結果的にそうだな……否定はせぬよ」
「あんたみたいな奴がどうして勇者の側についているわけ!?」
「理由は言うまでもないだろ? スリード爺さんや勇者殿、それにあいつ、この大陸の三強が揃ってるんだぜ?」
「相変わらず脳筋なわけ……」
「強者を潰すに小癪な技は無意味だからな、すべては圧倒的なパワーだ! そのために俺は強くなり続ける。その過程での手段は選ばねぇ」
「だからって、パパは関係無いでしょ!」
「てめぇの親父さんは修行相手には良い相手だったぜ。むしろ、俺の糧になれたことを逆に感謝して欲しいくらいだねぇ」
「そんなことあるわけないでしょ!」
「ルーシィ、てめぇは見逃す。お前の親父さんの遺言に従ってだがな。だが、かかってくるなら容赦無く糧になってもらう」
「あんたにどうやったって、あっしじゃ勝てるわけ無いのに無駄な事はしないわけよ。リューくんも雪っちもこいつには手出ししないようにするわけ」
手を出す……そんなことができているならとっくにしている。
俺の全細胞がこいつはヤベェって教えて、まるで麻痺にかかったように身体が動かない。
「物分りが早くてよろしい。そこのクソザコのように俺にビビって動けないほうが懸命だ。だが、そこの女は別だ……さっきの戦いを見学させてもらっていた。なかなかの剣の使い手だ、後で相手をしてもらおう」
ひぃぃぃ!
欽治はターゲットにされている。
けど、こいつは気付いていないのか?
欽治は男ですよ?
「使徒様、例の侵入者接近中」
「使徒様、お姉様は自分のだからね」
「974号、違う。これは自分だけのお姉様」
ドドドドド
「ははは、腕がなるねぇ! さぁ、節制の使徒として一仕事始めさせてもらおうか!」
欲望のままに動いてて、全然、節制じゃないですか!?
「欽ちゃ――ん!」
ガバッ!
ふぁっ!?
え……なんで?
死んだんじゃないの?
杏樹が欽治を思いっきりハグして頬をこすり合わせている。
「あ……杏樹さん?」
「はぁぁ、この極上の美少女のかほり……う――ん、デリシャァス!」
……本物だ。
このド変態さ、本物の杏樹だ。
欽治から聞いただけだが、殺されたんじゃ?
怪我の跡も無いぞ。
「おお……雪ちゃ――ん! 会いたかったよぉぉ!」
ガバッ
次は雪をハグする。
いや、幼女の胸に顔を突っ込むな!
「きゃはは! デカメロンちゃん、こそばゆい――!」
「自分のお姉様を取らないで!」
グワッ
黒子の一人が杏樹に向けて太刀を振り下ろす。
ガン!
まるっきりダメージを受けていないどころが傷も付いていない。
こいつの肉壁は健全のようだな。
「くっ……この侵入者、相変わらず硬い」
健全なのは良かったが、変態さも健全なようだ。
今の攻撃を杏樹はまったく気が付いていない。
雪の胸に顔を突っ込んだままだ。
「はぁぁ……このかほり……ここは天国ですか?」
お前の脳内がすでに天国なんだよ!
まさか、侵入者が杏樹とはまるっきり思わなかった。
こいつじゃ壁にはなるが、戦力にはならない。
ルーシィさんのMPの回復を待つかダリアを殴ってでも目を覚まさせるかして逃げるしか無いぞ。
「杏樹さん……生きているんですか……あそこの男によって、大剣で串刺しになっているところを見たのに」
「ふふ、一度は逝かせてもらったよ。いやぁ……あれは最高だった。あんな逝きかたは久しぶりだ。戦国時代以来だろうか……相手が男なのが非常に惜しまれるがな」
一回は逝った!?
戦国時代?
何を言ってるんだ?
そもそも逝ったら、お終いだろ?
「杏樹……欽治から聞いたが、死んだんじゃ?」
「なんだ……リュージか? クソゴミムシに語る舌は無いんだが」
もう、この欽治との扱いの差!
それに今日、2回もクソって言われたし。
俺……落ち込んで良いですか?
「杏樹さん、どうして行きているんですか? あそこの男に……」
「あの男か。次も逝かせてもらえるんだろうか……アハッ」
顔を赤くして……る?
男は汚物みたいな扱いをするこのド変態が?
「杏樹さん……ちょっと、失礼します」
杏樹の胸に耳を当てる欽治。
「はわわわ……欽ちゃん、私はまだ心の準備が!」
「……心音は聞こえるけど……この遅さって……いったい?」
え……鼓動が遅い?
鼓動が遅ければ、どんな動物でも動きそのものが遅くなるはずだが……どう見てもピンピンしている。
俺も杏樹の鼓動を聞いてみたいが、そんなことをしたら俺の頭部はおそらくトマトを潰したような状態にされるだろうし。
「杏樹さん……貴女はいったい?」
以前、アナライズをかけたときはヒューマンだった。
今もかけて見たがヒューマンだ。
アンデッドになったら種族は何も表示されないみたいだし、どういうことだ?
「私の心臓か……昔から特異体質なだけだよ」
いや、特異体質だけじゃないだろ。
昔から変態なんだろ、絶対にそうだ。
「もしかして、学校で習ったことがある……スローソウル……?」
欽治がポツンと呟いた。
スローソウル?
何それ、おいしいの?
直訳すると遅い魂……なんじゃそりゃ?
「杏樹さん……もしそうなら、凄いです! 伝説の能力者だったんですか! 僕の世界に伝わる七不思議能力の一つですよ!」
「何か知らないが、欽ちゃんが喜んでくれるなら私は幸せだ。そうだ……帰ったら抱き枕にさせてもらって寝ても良いか?」
ブンッ!
黒子三人が同時に欽治と杏樹に斬りつける。
……油断し過ぎだしな、ずるいとは言えないか。
「お人形遊びに用は無い!」
ダンッ
「「あふん」」
三人の黒子が気を失って倒れている。
え……杏樹、何をしたの?
回し蹴りのようにしか見えなかったが。
というか、ホムンクルスでも女体だぞ。
容赦無くやりやがったな、杏樹。
「まったく! 欽ちゃんにそっくりな格好してても魂無き者に用は無い」
魂無き者って杏樹には魂が見えてるのか?
ホムンクルスってアンデッドなの?
いや、杏樹の言うことは真に受けないほうが良いんだろう。
「杏樹さん……凄いです。あの三人を一度に、いつの間にそんな強さを?」
「あれって強いのか?」
いや、強いだろ。
欽治のコピーだぞ。
若干、ステータスは落ちてるが筋力極振りに変わりは無い。
「まぁ……いい。それより、そこの胴着の汚物は私に何の用だ? こ、この前の続きをするのか! はぁはぁ……また、逝けるのか!?」
「くくく、ここまで無視されたのは初めてだぜ。女、俺を随分舐めてるみたいだな」
「ふっ、汚物を舐める趣味など無い! せいぜい、美少女の使用済みパンツを食べるくらいだ!」
食べるんかい!
「てめぇ……舐めてるのか? 前からずっとそんな調子で!」
舐めてるんじゃなくて、それが通常時なんだよなぁ。
なんだろう、杏樹が来るとシリアスな場が一気に崩壊してくるぞ。
「だから、汚物を舐める趣味など無いと言っているだろう! パンツ以外なら美少女のおしっ……」
「てめぇぇぇ!」
ドン!
ラグナが杏樹に殴りかかり、杏樹の腹部に右手がめり込む。
「うわっ、汚物が私に触れるな!」
グワッ!
杏樹がラグナをサマーソルトで振り払う。
「くっくくく、相変わらず硬さは異常だな。俺も以前と同じように少しずつパワーを上げていくとしよう」
「いや……結構だ。醜い宇宙生物の相手をする趣味は無い。そ、それよりこの前みたいに本気モードでぜひ! ぜひ、また逝かせてくれ! きゅふふふ!」
「くくく、相変わらずおかしな奴だ。だが、いつまで吠えていられるかな? まずは5%くらいで行くとしよう」
ボコ
ボコボコ
ラグナが力を込めると全身の筋肉が少し膨れ上がったように見えた。
……5%って……いや、まさかな。
もしかして、全力は100%中の100……いや、やめておこう。
そんなのされたら、どうやったって勝てるわけがない。