エピローグ
キャロルは一週間、誰からも相手にされない現実を知った。
もう彼女のトレードマークとも言うべき笑顔も鳴りを潜めている。
「すみません!」
もうゲームの出会いイベントを考えるのはダメだ。キャロルはそう判断した。本当はエルバート殿下と親しくなってからしか発生しない彼との出会いイベントだが、今は選択肢を選ばなければどこにも行けないゲームの中ではない。
キャロルは自らの足で知的眼鏡男子サイラス・バリー・フィッツクラレンスを訪ねた。もうヤケッパチも良いとこであったしサイラス自体が自分の好みでもなかったので、愛想を振りまく余裕はなかった。
「・・・何か?」
「私、この前編入してきたのでエルバート殿下に校内を案内していただいたんですが!殿下、とっても悩んでるようでしたよ!」
鬼気迫るキャロルの様子に警戒していたサイラスだが、エルバートの名前を聞けば彼も思うところがあったのかその警戒心を解いた。
「場所を移そう」
そうして音楽室へと2人で移動した。サイラスは自分の知っているサイラスとかけ離れた違和感を感じないので、キャロルは少しホッとする。
「ここなら防音がしっかりしているから話しても大丈夫だろう」
サイラスはふうとため息を吐くと眼鏡を外した。胸ポケットから眼鏡拭きを取り出すとレンズの汚れをふき取る。
「・・・実は、ちょうど5月頃からだろうか。殿下が悩みだしたのは」
「やっぱり!原因は分かってるんですか?」
「原因?そんなの、1つしかあるまい」
眼鏡をかけ直し、顔を上げるとサイラスの顔は怒りに燃えていた。キャロルもその予想外の怒りに若干たじろぐが、続く言葉を聞いてそんなもの吹っ飛んでしまう。
「フィオナ・ニコラ・ボイルだ!あいつのおかしな行動のせいで、殿下は心を乱している」
「やっぱり!あの女が何かしたんですね!」
「やっぱり?やっぱりとは、どういうことだ?」
勢い込んだキャロルの言葉にサイラスは反応する。キャロルは頷くと、拳を握りしめた。
「知ってるんです。私、あの女のこと。どんな酷い女かってことを!」
「そうなのか。殿下を悩ますような奴だからな。しかし、立場は侯爵家であり殿下の婚約者だ。滅多な中傷は聞かれると厄介だぞ」
「あの女は、もしかしたらこの学園の運命を根底から覆すような何かを企んでいるかもしれないんですよ!」
切迫したキャロルの様子に、ただ事ではないと感じ取りサイラスは窘めることを止めキャロルを観察した。その表情はフィオナのとんでもない企みを恐れ、そして阻止したいという意志が見えた。
「・・・その、企みの内容は分かるのか?」
「それは、分かりません。でも、絶対にあの女は仕掛けてきます。周りを巻き込んだ大きな混乱を起こしてくるでしょう」
真剣なキャロルを見てサイラスは黙考する。この少女は信用に足るだろうか?
しかし、サイラスはずっと1人で悩んできた。様子のおかしいエルバートを気遣い、何か自分にできないかと問うてきた。しかし決まって、大丈夫だと。何も問題ないと返される。
そんなはず無いことは一目瞭然であった。それに、この少女だけ気づいてくれたのだ。もう、これしか自分の取るべき行動が分からない。サイラスは眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げた。
「この事態に気付いているのは我々だけということか」
「そ、そうです!みんなを助けないと!」
「良いだろう。フィオナ・ニコラ・ボイル。彼女の陰謀を必ずや阻止してみせる。少女よ、協力してくれるか?」
「もちろんです!」
こうして、学園は泥沼三角関係に加わり妙な陰謀説まで上がって、大混乱を迎えることになったのだった。