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「サリファンダとは、世界の欠片。旧世界風に言えばフラグメント」
世界に設置されていた秘玉。それは世界を支える柱だ。そしてその一本が壊れた。
一本が壊れても、他の柱が世界を支える。だが、それは歪で、一方面にのみ負荷が掛かった状態だ。だから、軋む。ひび割れた地面が軋み、揺れるように。海に波が起こるように。不格好な世界は軋み、揺れ、波紋を広げる。プレートが跳ね板となる。
「それが、サリファンダ。――世界から零れ落ちたもの」
「……それってまさか――!?」
意図的に切られた言葉の先を、ギギドナは明確に察した。
「そう。愛羅が柱に納まれば、軋まない。サリファンダも新たに生まれることがなくなる」
しかし、それは同時に吾平がいなくなることだ。
姶良は残っても、吾平はいなくなる。世界に統合され、意識も記憶も意志も、なくなる。
(……せっかく得た自由を、己の意志を、君は自分から手放すのか)
オメガには人を信じろといいながら、吾平は何を思っていたのか。人でありたいと、誰よりも望み続けた吾平が、自らそれを放棄するのか。
「僕が、“オメガ”が生まれたのは世界の意思だ。世界が愛羅を求めてる。だから僕は世界の駒になった」
永遠の時を彷徨う、時を刻まなくなった魂。愛羅に囚われた幼子を更に歪めたのは世界だった。だから、オメガは愛羅に愛しいと囁きながら、アイラを壊す。愛羅が柱になるように、人から離れるように。休息を必要とする愛羅に目覚めろと促し続ける。
無意味なことだ。温床を壊されたところで、休息が必要な事には変わりない。それでも壊し続けるなぞ……意味のない行為。
けれど、そこにどれだけの血塗られた過去が刻まれたか。悲劇だ。けれど、喜劇だ。
「――もう、行くよ」
その言葉に、撥ねかれたように立ち上がろうとして、――動かなかった。
それどころか目覚めていた意識が再び睡眠の闇へと引きずり込まれようとしている。
(何も、できないのか……ッ!?)
きっと、これが最後になる。それは確信だった。
吾平は行ってしまった。なら、ギギドナに残されたのは一つ。
「お前は!?お前はそれでいいのかッ!?」
山茶花は階段の向こうへと下りてゆく。その背に、問いかける。
その階段の下で、きっと世界のすべてが変わる。きっと、この後には平穏が訪れるのだろう。なぜなら山茶花はこの世界が好きだといった。吾平もまた、ここに住む人々の平穏を望むだろう。だからサリファンダなどいなくなるに違いない。世界はきっと平和で戦いもなく、命を脅かされる毎日など送らなくなる。恐怖に囚われたまま怯え生きることはなくなるのだろう。それはギギドナの望むところでもある。だが、
(お前らはどうなる……?)
死を覚悟した山茶花。吾平の命を必要とする世界。山茶花を助けようとする吾平の意思。
「お前は何がしたいんだッ!?」
図らずも、それは最初と同じ疑問だった。
そして、答えは当に知っている。ギギドナに返される答えなど、ないということを。
ギギドナが、フィガルノが、……少なくとも、ここにいる全員が“二人”を願ってる。
鈍感な二人は、そのことを本当にわかっているのだろうか。




