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「……おう、やっと来たか。遅いってぇの」
薄青色に燐光する壁に照らされる洞窟内。広いその場所に彼らはいた。
通常なら乱すことの無い、完璧に制御下にある呼吸も、この時ばかりは悲鳴を上げてひゅー、ひゅー、とか細く息を漏らす。
吾平が見たのは無残で悲惨な、けれど同時に安堵する光景でもあった。
固まった血糊が目にこびり付いたのか、片目を塞がれているギギドナはサリファンダと相対しながら、吾平に声をかけた。
「防衛、しといたぜ吾平」
血塗れ傷だらけで、……それでも彼らは生きていた。
吾平が来ることを信じて、待っていたと。戦いの中でその場所を守り続けていたのだと、そう語る。
「ちゃっちゃか、片付けて帰るぞ。みんなで、――あいつも連れて」
おう、と同意する声がサリファンダ唸りよりも強く、洞窟内に反射して返る。それは吾平を力づける和唱。勇気付ける響き。希望であって確固たる意思。
相変わらずの表情で彼らはいる。バカだ無謀だと、そう彼らもわかっているのに、信じて疑わない。なぜ、信じられるのだろうと思う。この中で一番実力のある吾平さえも怖気づきそうな状況で、そのことがわからない連中でもないのに……強く信じる。
「――無駄な事だよ」
涼やかな声音が否定する。
それは吾平には根底から揺るがされるような、深く思い響きに思えた。
「いくら倒したところで意味がない。封をしなければ、止まらない」
オメガが、入り口に立ち、吾平たちを見下ろしていた。
サリファンダと戦う吾平たちに何をするでもなく、睥睨して、ただ絶望だけを煽るような言葉を放つ。実際に、サリファンダは倒れようとも、どこからともなく次のサリファンダが出てきて室内の量は一定しているかのように減ることが無い。
吾平が来る前から彼らは戦っていたのだから、この連鎖がいったいいつから起こったのか知れない。ただ、吾平にわかるとすれば、「“壊した”のか」
祭壇は壊れていた。
見事なぐらいに両断されて完膚なきまでに壊れている。まるでもともとそうであったかのように鎮座して何の違和感も無いほど、壊れている。
以前、任務中にオメガとあった。以前、吾平はこの場所へ龍城とともに来た。以前、ここでチセが視界を失った。以前、オメガはこの場所を傷つけたくないといい、祭壇を守った。以前、――吾平がこの祭壇を前に、壊そうという暴力的なまでの意思で攻撃して、なんの掠り傷をつけることもできず無傷に終わった祭壇が、壊れている。
「壊れる予定だった。運命だった――世界はもう、保たない」
オメガは吾平に答えることなく、けれどその意味はよく伝わった。だから、吾平もまた、決意する。当の昔につけていた覚悟を、また覚悟する。吾平は姶良だ。けれど、同時に愛羅だった。
龍城を見捨てた日、吾平はこの場所に来ていた。いや、もっと正確に言うならばその祭壇の下へと、赴いていた。
祭壇を傷つける意思ではなく、押すと、その下に階段が現れた。ずっと昔、ずいぶん昔から知っていたような、そんな思いに惹かれるように、吾平はその古い意思に操られるまま行動して、階段の下、もう一つ下の階層に大切にしまわれていたソレを知った。
今また、吾平はそれを知りにいく。
吾平が祭壇を退かし、その階段を露にした。
ギギドナたちは気づかなかったその存在はひっそりと吾平を飲み込み、沈黙した。
吾平が階段に消え、洞窟はひっそりとした空間に包み込まれた。たった直前まで戦闘行為を繰り返していたにもかかわらず、サリファンダが目の前にいるにもかかわらず、静寂がその場を強いる。……やがて、サリファンダは今まで戦っていたことも忘れたように、洞窟を出て行った。そして、どこからとも無く現れていたはずの姿も次いで出てくることは無くなった。




