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world for you  作者: ロースト
四章 深雪に蹲る
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「お前は始め、私に“オルイナ”だと言ったな?だが、」


「オルイナは僕ですよ。それで当たり。でも違う。オルイナは存在だ、人じゃない」

 愛羅のそばにいるために、オルイナは存在した。そこに個人というものはなかった。あるとするならば、狂おしいほどの愛。愛羅を求め、――けれど多分、姶良という存在を、吾平という存在を、心のそこから愛してしまった。


「オルイナとは、何なんだ?」


「……器。出来損ないの器ですよ。何の意味も無い。――姶良の幼馴染ではあっても、そんな存在、初めからなかった。僕の、偽り」

 ひっそりと息づいていたのは、僕の恋心かもしれなかった。


「オルイナなのか、オメガなのか――自分でも区別できないんですよ」


 オルイナの――正確には“山茶花”の一族。彼らは始祖の罪を償うために生まれて、死んでゆく。

「今さっき言った少年の末裔ですよ。そして一族の義務として祖の悪行の責任、世界の守人を司る。柱の復活を目的とした」

 でも同時にその血は“彼”に感染しやすい。

 教育による人格形成状の問題なのか、多重人格として己の中に彼を育てる。ある程度の精神自立が成り立つ年齢を迎えると急激に覚醒し、二つ目の人格が精神を蝕み、統合へと向かう。一個人から“オメガ”という意識体へと変容する。――だが必ずしも覚醒するわけではない。だが、覚醒すればそれは人の輪から外れ時をさまようことになる。幾星霜もの時の流れに取り残されるただ一人の存在。

「山茶花は選ばれたんですよ。柱の復活を望みつつ、その魅力に狂気に取り付かれたオメガ。そのオメガの意識を受け入れ、やがては統合する」

 黴菌が傷口から細菌を広げるようにオメガはオルイナを浸食する。けれど、愛羅を愛する気持ちは変わらない。

 奇しくも、今代にはフィグローゼがいた。夢はオメガと繋がり、敵ながら友人だった。同類、他人に理解されない感覚は心を近づけた。

 けれど、だからこそ、アイラは壊れた。まるで気分は置いてけぼり。

「オメガは、あなたのこと、友人と思ってました。立場は違くとも、同じ孤独を知る、仲間だと」



「――ありがとう」



「ありがとう、だなんて……」

(……そんな風に思われるほどじゃない。私は――私の隣にはいつだって人がいた)


 消える背中に、うっすらと輪郭の残るぐらいの背に聞こえたかどうかわからない。

 けれど、(空しい。悲しい)

 慰めてくれる人が、何も言わずともわかってくれる心が、差し伸べられる優しい手があった。孤独を感じても、すぐに温もりの中へ帰ることができた。

 あいつの、あいつらの悲しみを、絶望を、孤独を、……私は片鱗さえ理解していない。(幸せ者なんだよ、私は)

 理解者も、いたのだから。

 冬の空が澄んでいて、切ない。


「……どう、すべきなんだ、私は」

 逃した背中に魚を思う。

 オルイナは軍人だ。山茶花は生徒だ。けれど、オメガは敵だ。

 軍人であって、教師であって、人であるフィグローゼには今、自分を何をすべきかわからない。知ってしまった正体を誰かに告げるべきか、どうか。


「オメガかオルイナかわからないって、言ってる時点でお前はまだオルイナだろうが……」

 晴れ渡る空を見つめて、苦い思いを噛み砕く。そして、

「あーこちら、フィグローゼ。緊急報告がある。会議場に人を集めてくれ」


 こんな時には眠りたくなる。

 けれど、それはたぶん、逃避でしかないのだとわかっている。

 だから、“友人”として、せめて真正面からぶつかろうと、フィグローゼもきびすを返した。軍靴の高い音が冷たい冷えた石の廊下に鳴り響く。



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