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「幼子は始まりの存在。だからかな、長い時を歩んだ。気の遠くなるほど長く、人の生と死を認め続けた。時の狭間に置き去りにされた存在は、ただ悔やみ、ただ――求めた」
言葉はただの語りから感情の篭り、実感と恨みとが滲んだ。それはオルイナとしての言葉ではない。それを経験してきた者の言葉だ。
「秘玉は失われた。けれども幼子の心は魅了されたまま。……だから新しい柱が生まれるのを待ち望んでいた。……生まれるはずだったんだよ、あの時。なのに――」
「あの男、ライナス。それとオルイナが、邪魔したんだ」
低く、呟くように言ったその姿はすでにオルイナでも山茶花でもない。――オメガだ。
けれど、フィグローゼは警戒することが出来なかった。オメガの感情が伝わるような気がした。怒りも恨みも、流れ込んでくる。
それは夢において過去視をする時と同じだった。未来視はぐちゃぐちゃとしたものがハイスピードで流れていく。パズルのようだが、いつでもピースが足りない。それをフィグローゼが繋ぎ合わせて意味のあるものに仕立てる。それがフィグローゼの予知。
だが過去視は違う。誰かの中を漂うように鮮明で、不安定で、悲観的だ。
(あれは、コイツの夢なのか)
フィグローゼが見る世界は人とは違っている。そんなことはわかっているが、(ならば人とは違うオメガならば、自分と同じ視線で世界を見ているのではないか)
過ぎった思いは、自ら霧散した。取り留めのない思考。目の前に起きている事象とはまったくべつのこと。――思考を今に合わす。
「姶良の中に芽生えていた柱はライナスによってオルイナに移された。誕生は失敗した。……無理やり引きずり出そうとした僕にも責はあるけどね、もともと適正がなかったんだよ、“あいつ”には。だから“愛羅”も姶良の中に再び戻った。未完成な愛羅は姶良を失し、吾平として過ごすことになった」
姶良を受け入れられないオルイナは力を暴走させた。自らの身を弾けさせ、命さえも散らせてしまうところだった。
だが、オルイナの中にはオメガがいた。オメガがオルイナの命を救ったとも言えよう。共有する身体は弱ったオルイナの代わりにオメガが増える。
吾平が放浪していた二年の間は完全にオルイナも沈黙していた。姶良と同じように、身体をもう一方に使われたまま弱っていた。
負担は両方とも深かったが、目覚めた吾平の力は姶良を眠らせ続ける。逆にオルイナはオメガと半分融合した状態でアカデミアに入学した。
二人はよく似ていたが、全くの逆だった。
「記憶なんて、初めからなかった。存在はあっても、意識はなかった。意識は世界と繋がっていた。――命を持たない命。自意識のない意識。集合存在」
それが己を己として意識することになったのは、オルイナの中で――“愛羅”を見たからだ。他者から映される己に“自分”というものを知った。吾平が己を男だと思ったのはオルイナの記憶と自己が混濁したからだ。
オルイナは山茶花と名乗り、吾平の前に立つ。けれど、不自由な記憶は山茶花とオルイナを結び付けない。オメガとも結びつくことはなかった。
「けれど、これで完成する。――吾平は再び“愛羅”に出会った。ここから、新しい世界が始まる」
洞窟で出会ったのは偶然だった。
けれど、――吾平は“祭壇”を傷つけられなかった。祭壇の下に眠る、自らの存在を感じ取ってか、それは欠片も変わらない事実となった。
それはオメガにとっては喜ばしい発見だ。今度は誰に邪魔されることもない。
「――お前は何がしたい」
「……さぁ?」
わからない。
その場にいることで、失った時間を取り戻せると思っているのか。時の歯車が再び動き出すとでも思っているのか。
それともただ、魅了された心が愛しいと騒ぐのか。
(――自らが変えてしまった世界を見届けようと思っているのか)
何百年の時を得ても、答えは出ない。
ただ、憎しみはあったのだろう。何も知らず、生きる人を、世界を。自らを排除した世界への、憎しみ。人を襲った。大切な何かを奪った。
(それは結局、何のためかといえば、)
自己への慰めでしかなかった。
失ってしまったものは取り戻せない。




