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「お前は何者だ、“山茶花”とやら」
コツ、と一つの靴音が鳴ったと同時に山茶花は己の後頭部に感触を得た。
「……やはり、バレテしまいましたか」
硬いそれに、わざとらしく頭をすりつけ預けつつ話す。冷たい温度が沸騰しそうになる頭を気持ちよくさせてくれる。
(このまま、このまま爆発するのかな)
微かな希望を持って背後を見やるが、咎める言葉もなく黒い塊がより押し付けられる感覚だけが確かだった。冷たい眼差しは容易に開放する事はない。
(頭の許容を熱が上回って爆発するより、よっぽど後頭部の弾がぶっぱなされたほうがありがたいや)
どちらにしてもそう遠くない事を知っていながら、それでも山茶花はそれが早く訪れる事を願う。できるならば、今。吾平の居ない場所で。
「俺は、“オルイナ”ですよ、魔女」
(吾平に全ての真実を知られたい)
軍人が持つ、無骨で圧倒的な暴力。全時代の遺物、そして原始的な力。黒い塊は人の脳を破壊するのに充分な火力を持つ。――己の担任が構え、見据える。山茶花を警戒する目、脅迫する目、慈悲の優しさが垣間見られた。
(吾平には何も知ってほしくない)
山茶花の心の中は、頭の中はぐちゃぐちゃだ。何の整理も出来ていない。
そういう場合には人に話すことで整理する。自分の理解度が知れる。だが、理解などしたくはなかった。いや、流れる思考を理解してはいけないのだ。
求める心は等しい。だが方法が違うとここまで相反するのか。
「子どもがいた。平凡で、幼く、何にでも興味の向く年頃の幼子だ」
何の自覚もなかった。自然に戯れることは幼子にとって、ただ目を輝かせる。
見つけた綺麗なものは宝物箱に隠した。キラキラと光を反射するものが好きで、ガラスも宝石も石もすべてごちゃまぜだ。子どもの自己満足の世界に、それは輝いていた。
いつも遊ぶ森。その入り組んだ地形を深く行ったところに見つけた、巨木。
その木の根に寄り添うように切り株があった。太いそれは芽吹き始めた木の葉と細く未完成の枝によって入り組んだ様相を持ち、何か“キレイな物”を一つ、ぐるりと囲んでいた。まるで、編まれたように、円を描き、包み込む。
キラキラと。太陽の光が一点に集中しているかのように、赤く、けれど何処までも澄んだ推奨のような輝き。――幼子はそれを手に取った。
子どもの残虐さで枝を手折り、徒に生命を奪った。そして守られた秘玉を手にする。
強引に手に入れたそれを覗き込むことが幼子の習慣となった。
玉は緋色に包まれていたが、陽を集めるその場所から外れたことで輝きを失っていった。けれど不思議な輝きは細々と再現される。ガラスのような表面を越えた、触れられない奥底に耐えない緋色があった。炎のように煌き、生命を脈動させる。
――幼子はそれに触れたかった。
それは心を魅了する妖しい煌き。神秘的で触れてはならない禁忌。
子どもの、穢れやすい心は真っ白から色を変えた。
「子どもは、秘玉を壊した。そして、世界に災厄は解き放たれてしまった」
世界を支える柱の一つ。それが秘玉だった。
壊れたのか、壊したのか。それはもう、幼子でなくなってしまった誰かには分からない。そして誰にもわからない。
バランスの壊れた世界は荒れる。それが結果だった。




