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怖かった。
どうしようもなく怖くて、震えて、立ち上がれなかった。
先ほど、みんなに勇気をもらったばかりだというのに。そんなものに意味はないと、平気で圧し折る圧倒的な――現実。
フラッシュバックした。
一瞬で過去に置いてきぼりにされる感覚。物語の主人公として生きているのに、自分ではどうにもならない感覚。自分で動いているのに、何も変えることができない運命。……吾平は思い出してしまった。
場違いにも、思い出さなくていいことを、よりにもよってこの場所で。ないといわれた記憶が、吾平のなかで、溢れていた。
龍城が倒れるのを受け止めた時。それが初めてではないのだと実感した。
足元から冷えていく感覚。どうしようもなく寒かった。体の心から冷える――人の死の間際。
過去の中で、“吾平”は誰かを抱きしめていた。その“吾平”は青年だったり、少女だったりして疎らだった。けれど、いつも受け止めるのは――受け止め、冷たくなっていく体の持ち主は……
「正気に戻れ!吾平」
「たつ、」
視線を龍城へと向けようとして、オメガから外そうとして――動けなかった。
「……んっ」
唇が、重なる。
塞がれた唇から、伝わる熱は確かな鼓動を伴っていた。
熱く、甘い。蕩けるような強い気持ちがそこから伝わってくるようだった。
冷えた体の芯を、暖かく、甘く溶かす。
フードに隠されていても、この近距離ならばその容姿は知ることができた。
答えはあっけないほど簡単で、当たり前で、現実的で……残酷。
「お前……は、オル、イナ――?」
引き伸ばされた唇は、月のような弧を描いた。
「うそ……なん、で――お前、死んだはずじゃ」
動揺し、思いのまま言葉を紡ぐ吾平。驚愕の声がわかったところで、龍城にはどうすることもできない。
事情は知らない。だが、――「はぁああああああ!!!」
背後から一撃。
「チ――ッ」
オメガが攻撃を避けるために吾平から離れた。その隙を狙って龍城が吾平に近寄った。
先ほどまで龍城が動けなかった理由。オメガが吾平にどれだけ接近しようと、何もできなかった。それは不意打ちで受けた最初の一撃。薬か何かの影響で龍城が動けなかった。
だから言葉だけで吾平に指示を出した。先ほどまで精神的に参っていた吾平だ、期待していた部分が多かった。あれだけ散々にこき下ろした龍城のところへ来たのならば立ち直ったのだろう――そう、期待して。
(でも甘かった)
立ち上がったよりも、更に立ち上がれなくされた。完璧に、今度こそ。
吾平の心の弱い部分を、正確に狙ってきているオメガの言葉。悲しみも憎しみも、吹き飛ぶぐらいの動揺。
それは吾平だったが、吾平ではなかった。そこにいたのは、ただの少女だ。人の死に敏感になり、感傷的で、美しい心を持った儚い少女。
「吾平。引っ込んでいろ、……俺が倒す!」
顔を真っ青にして震える吾平に――これ以上、戦場では戦えないと、思った。
逃げてほしいと思った。けれど、逃げることも、また戦いだった。だから、ここで断ち切らなければならないんだと決意した。
もう、遠ざけるがための虚飾にまみれた言葉ではない。龍城は、心の底から吾平に自由になってほしいと思った。
(山茶花と、一緒に、自由になれ)
惚れた女と一緒なら、あいつも本望だろう。世界を救うことをまっすぐに考えるあの成年ならば、時間をかけて丁寧に少女の傷を癒すだろう。世界に背を向けてでも、両親が罪悪感に痛んでも、後悔しない――たった一人の愛しい人を救えるのなら。
(だから俺は、ここでオメガを切る――ッ!)
それは死ぬ覚悟をまとった決意。
「本当、邪魔だなぁ……お前」
龍城の覚悟を知ったのだろう。その声音はいかにも面倒そうで、そして何故か苦笑。




