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軍人特有の分厚いコートで身体のフォルムを隠し、フィグローゼは仁王立ちしていた。
「早速だが……3軍との合同訓練をやる」
左右にいくつかの障害物の並んだ空間はホールという名がついていても、おかしくはない程度の大きさだ。しかし、実際には数種類用意された共同訓練実施室の一つだ。二クラス分、総勢70名程を飲み込んでもなお、倍以上の余裕を誇る。
「内容は簡単だ、先ずはグーパーで分かれてもらう。そして、グー同士、パー同士で戦う。武器は空気砲、制限時間内に相手の人数を減らした方が勝ちだ。陣地は好きに決めていい。ルールは以上だ」
特殊加工のされた頑丈な高いヒール。それで強化された背はスラリと高く、生徒たちを見下ろす視線は威圧に満ちていた。全体から滲み出るやる気のなさは変わらないのだが、見た目だけは立派だった。
壁に隠すように収納された武器を一部、開閉してその操作まで教え込む。このホール自体は一般開放されているので、既に見知っている者も多いだろうが説明は教師として必要とされた。同じく教師である3軍の教師、サタバがいなければその行動をフィグローゼがしていたかどうかは定かではないが、現在は至って普通に教師としての役目をこなす。
「そうそう、この空気砲だが、当たると痛いぞ?下手なところに当たれば――」
ニヤリ、と笑う。
「まぁ、楽しんでくれ。これは単なるお遊びだ」
全三回戦、といって3軍の教師――サタバとともに二階へと引っ込む。
「――女史!相手の陣地に乗り込むのや接近戦に持ち込むのは……」
「ルールは以上、と言ったはずだ」
そう、背を向けたままフィグローゼは返す。今度こそ、二階席へと観覧に勤しむ。
持ち上げた事柄以外はルール違反にはなり得ない。ならば、空気砲による乱れ内を掻い潜って接近戦に持ち込もう、とした者もいた。それを留める手立ては応戦するか――「違反だ、馬鹿者。武器は空気砲といったろう、素手を使うな阿呆」
呆れ顔のフィグローゼが引き摺って掴み、強制退場させるかしかなかった。
「山茶花、お前は羨ましい奴だよ!我らのアイドル、吾平ちゃんとムフフンな接近しやがって!」
このラッキーボーイめッ。
からかうような口調で詰め寄ってくるクラスメイトに山茶花は閉口した。
「山茶花?」
途端に山茶花へと群がっていた有象無象の集団が黙りこくる。まるで悪いことをしている時に先生にでも会いました、というような子どものような反応で、急に居住まいを直す彼らに山茶花は苦笑した。きつく首をロックしていた丸太のような腕だけはどうにもできずにそのまま硬直してしまい、苦笑気味に山茶花はそっと腕を押しやった。
見上げた先に吾平がいる。相も変わらず男子生徒の服を着こなしてそのスタイルを隠そうとした矜持と意識の努力が垣間見えるが、成果は余り良好ともいえなかった。花の様な少女独得の香りと艶やかな美しい銀の髪を煌かして吾平は山茶花へと声をかけていた。
「何やってんだ、先部屋戻るぞ?」
先ほどの訓練の話で盛り上がる男子生徒たちを前に早々と立ち去ろうとする吾平。その姿はすっかり帰り支度を終えていつでも言葉どおりの行動を起せる状態だ。案の定、何の反応もないまま、再び友人・クラスメイトたちに囲まれてしまった山茶花を放って教室から出て行く。
声をかけたぐらいなのに薄情だ、と思いもしないわけではなかったが、この状況でそれを口にするほど山茶花はお気楽思考ではないし、最初の頃の完全に拒絶した態度を取られるよりかは遥かに態度が軟化している。冬山をバックに人々を凍りつかせるような凍てつく視線と毒舌を浴びせられるのが最初ならば、今はほんの少し人付き合いが苦手で人と群れるのが嫌いで馴れ合いを断固拒否している、世間知らずの我通し程度だ。
「……部屋?」「戻る?」「先に?」「――おまっ同室かっ!?」
ぎぎぎ、と立て付けの悪いドアか油の差していない鉄板稼動部のようなぎこちない動作で吾平から山茶花へと視線を合わせた。そして単語をそのまま繰り返した疑問を発し、ようやく飲み込めたのか言葉を繋ぎ合わせたのかわからんがどうにか疑問の装丁を伴ったそれを発する。勿論、それに対し山茶花が返す言葉は一つに決まっているのだが。
「あー、うん、そ……です」
一気に周囲が殺気立つ。わかっていたのだが、そう言うしかないのだからしょうもない。自分を納得させた一言を呟く以外に言いつのるべき言い訳もない。
「“男子生徒”だからさ、」
「――くぅううう!お前ばっかりなんていい目を見るんだ!」
「同室ってことはあれだろ、ラブコメ。ポピュラーにお風呂でばったり。着替えに遭遇」
「朝起こしてもらえたらなぁ、最高だよ」
「いやいや、最強はこれだろ。『お帰りなさいアナタ。お風呂にする?ご飯にする?それともア・タ・シ……?』」
「「「キモ」」」
みんなでハモる。心情を入れまくった演技は傍から見て、きもい。脳内変換を起こす前に処理できずにショートする。
「う、うるせぇ!俺のことはどうでもいいんだよッ!ほんとのところはどうなんだ、山茶花よ」
「……ん-、吾平の場合三つ目の選択肢は危険なことになりそうだな。アタシ、と選んだ瞬間、訓練室に連れ込まれて強制的に練習相手にされること間違いなし」
照れくさそうに、反撃なのか矛先が山茶花へと向けられる。だが、それに悩んだ末に出た言葉は男たちの夢を砕く。
「ああ……そうだな」
「辛くても現実だ」
「ツンデレ萌えー」
ひとり、おかしい反応をするやつもいるが、まあそれはマイナーなのでほっとくとしても。
「とにかく俺、帰るから。よろしく!」
実際、吾平はもてていた。本人が気づいているのかどうかは別として、吾平の容姿は人に好かれやすい。実力も相まって、目立つ姿は好意に晒されていた。特に、個性の強い生徒によく好かれている。けれどそれは妬みにもすぐ変わった。
吾平は強く、羨望の的となりえても、嫉妬されることはない。ただ感嘆と畏怖のみを抱かせる。圧倒的強さは近親感を与えず、競うところまで心が高まらない。しかし、そんな実力とは打って変わり、その心は脆い。
戦闘時の冷静さと頑強な精神はしかし、素には弱さを与えた。急所、それも致命的な欠点が吾平にはある。
(過去と、体と、……姶良だ)
過去については触れられたくないのか語りたくないのか、打ち解けた今となっても山茶花に漏らすことがなかった。
体については非常に大事にしている。傷一つつくことを恐れるのは普段の吾平とは反応が違う。大事にしすぎて、けれど同時に大事にしていない。攻撃に対する無防備さは防御がないからだ。受け身になることなく、強気に出る。その曖昧さが気にかかる。
そして姶良。吾平がたまに口に出す名だ。発音の若干な違いはガダン王国の特徴だ。文字をつなぎ合わせて意味を作る。共通語よりも複雑に組み合わされた文字は単語より更に短く、一つ一つに意味を持つ。“アイラ”は吾平と姶良で意味が違うのだ。だから気づいているのはほとんどいない。口に出すもう一人の名の少女へと向けられた愛しさを。その深い愛情を、強い執着を。




