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「じゃ、三分」
楽しげに歪められた口元に次なる課題だ、と吾平は内心思った。一斉に椅子から立ち上がり、フィグローゼのもとへ駆けて行くものが数人、躊躇いつつ列になって並ぼうとする者たちが半分、後の者は手元に石――ファラカイナを補強するのに使う宝石を現在持ち合わせていないようだった。
「今からですか!?取りに行くのなんて間に合いません!」
「質問は受け付けない。そもそも、持って来ないこと自体不思議だな、私は」
「授業でも使うし、石が無くて戦闘はできん」そう言ってフィグローゼは取り合わない。批難気味の反論は幾数人かの内心の代弁だったが、フィグローゼには堪えた様子もない。だが、吾平にとっては「ご尤も」と納得のできるこたえだ。突然の発言は一般の常識外れではあるが、ここアカデミアではそちらこそが常識――突然のことに答えられない様では戦闘に際して対応できない。
しかし、そうは思いつつも吾平は持ち合わせが殆どなかった。けれど、三分という制限時間にも慌てることなく冷静にいた。顔色を真っ青に変えた者たちとは違う。
吾平は石を持っている。ただ、部屋に置いてきた石もあるということだけだった。石にはそれぞれ特徴がある。それは現象化の能力自体にも変化をもたせる特徴だ。その日その時の気分や必要に応じて服装を変えるのと同じく、吾平が持ち歩く石もその時によって変わっていた。だからこそ、吾平には能力の一つに“空間”がある。
(現象化をしてはいけない、というルールは言われていない)
やや型破りな発想をして吾平は立ち上がると列に並んだ。順を待つ間にブレスレットのはまった手を持ち上げる。それはオブシディアンと呼ばれる宝石の光るファラカイナ金属で加工した腕輪だった。
「ショートカット・クリア」
言葉によってイメージは現実世界に現象化される。
石の持つ意味合いが現象化能力を左右する。イメージで全てが行われる現象化にも相性が存在するからだ。
例えば、このオブシディアン―――別名、黒曜石は可能性の意味を持つ。ならば逆説的に現在科学で証明のされていない事象を引き起こすのに一番の力を発する。そして金属に刻む文様は青をいれた薔薇。青い薔薇の言葉、“不可能を可能にする”を効果に付与しているのだ。最大限、能力は増大している。
吾平が連想したのは“空間”を繋げる能力だった。
出来上がったのは空間の歪み。それに腕を突っ込む。
空間と空間を繋げるにはその場所にマーキングが必要だ。そして部屋に置いた鍵(目印)を口にする。
「ポイント、アハト・デア12」
ただし、能力には一般にいう“難易度”が存在する。明確なものではないが、定義は現象化による影響の大きいものほど高度ということになる。つまり、“空間”を歪ませるこの能力など、自分自身とは別の対象へと事象を働きかけているものは高度に振り分けられる。
難易度が高いことによる負担は使用者に掛かるか、使用制限という形になって現れるかのどちらか。他にもいくつか能力により異なる制約を受けるものがあるのだが、それは使用者が自分で見つけていくしかない。想像、連想により能力を発揮するファラカイナに型というものは存在せず――ならば見本も手本も自分以外には現われない。自己の想像に頼る以外ない現象化能力は形だけ真似ることは出来ない。自分の能力は自分で研究する以外ないのだ。高度能力に分類される吾平の能力の誓約は二つだ。
一つには物量と距離が比例していること。そして繋げるにはポイントと“鍵”となる言葉が必要なこと。そして負担は使用者自身に返ってくるタイプの能力だ。




