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続 蕾、開く  作者: 灯影


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3/3

櫻井と水澤

 


 私のクラスのホームルームはどのクラスよりも平均的に長い。


 担任が女性で話好きというのが大きな要因だと思う。だけど今日のホームルームは意外に早く終わった。


 情報屋の友人によると、なんでも彼氏に振られて以降、初の合コンが今日開催されるらしい。


 どうでもいいけど、それによって私たちに何か影響があるとかっていうのは勘弁してほしい所。


 誰よりも早く、華麗な足取りで出て行った担任に苦笑いを向けながら、皆も帰る支度を済ませ廊下へと出て行った。


 どうやら他のクラスはまだ、どこも終わってないらしい。廊下には私のクラスの姿しかなかった。


 私の教室から左をずっと見ると、櫻井のいる二組がある。


 あの辺りは進学クラスでどうにも近寄りがたい感じがあって、私は近づいた事がない。


 でも皆櫻井みたいな人間ばかりだったら、一般クラスと進学クラスの壁はなかったはずだ。


 私はそんな事を考えながら何処か新鮮な気分で歩いていたら、パックジュースの自販機が目に入った。


 櫻井はいつも私にここで買ったジュースをくれる。


「……」


 私は通りすぎてしまった自販機の前まで戻ると、イチゴミルクとカフェオレを買った。


「たまには私も買ってあげないと、借りばっかりが貯まる気がする」



 そして私は少しの言い訳とジュースを手に、再びあの場所へと向かった。



 あの後、櫻井は次の授業をサボる勢いで言葉の続きを待っていたけれど、放課後にまたここでという約束と共に無理やりその場を終わらせた。



 私がお気に入りの場所に着いた時、ベンチに誰か座っているのが見えた。


 櫻井、じゃない。


 背中を丸めて座る男性は、ここを守ってくれている二代目の用務員さんだった。


 私は久しぶりに見た彼へと小走りで近づいた。


「用務員さん! お久しぶりです」


「おや、お嬢さんか。久しぶりだねえ」


 黒髪より白髪のほうが多い初老の用務員さんは、私を見て穏やかに微笑んだ。


 私が近づくと座っていた位置をずらして、場所を開けてくれる。


 私も笑顔で横に座る。


「場所っていうのは、そこを好きな人が増えると見違えるようになるね」


 唐突なのは、いつものこと。


「何か変わりましたか?」


「僕は一週間に一度ほど見に来るんだけどね、なんだか空気が変わった気がするよ」


 優しくなった、と用務員さんは言った。


「空気ですか」


 うん、と用務員さんは頷くと目尻の皺を更に深くさせながら、私を見て微笑んだ。


「さて、そろそろ僕は行こうかな。そのジュースの子がそろそろ来るかもしれない」


 よっこらしょ、と用務員さんは立ち上がった。


「お嬢さんは、雰囲気が以前より柔らかくなったね。更に素敵になったよ。ジュースの子が関係してるのかな」


 ウインクをする用務員さんを初めて見た……


 私はどうしてそこに櫻井が出てくるのだろうと、疑問に感じながらも用務員さんに手を振って見送った。





「水澤! ごめん、遅くなった」


 程なくして、櫻井がこっちに向かってきた。相変わらずのキラッキラした笑顔に、私は思わず笑ってしまいそうになる。


 子犬みたいだ。


 櫻井は荷物をベンチの端に置いた。


「さっき用務員さんに会ったよ。『ああ、君だったんですね』って言われた」


 初めて会うわけじゃないけど、と不思議そうな顔で櫻井はそう言うと、さっきまで用務員さんが座っていた場所に座った。


「何の事か知ってる?」


 私は一瞬考えて言った。


「櫻井がこの場所を好きになったお陰で、色んな事が変わったって事」


「すげー、全然意味わかんね」


 そう言って櫻井は笑った。


 私は手に持っていたイチゴミルクを、櫻井に渡す。


「はい、あげる。今日は私が早かったから」


「え! まじで! オレにくれんの?」


「高いよ」


「やべ、うれしい」


 あまりの反応に、私は少し驚いた。


「いや、櫻井? それただのジュースだし」


「うん……いや、水澤にはわかんないだろうなー。これ好きなんだよ」


「知ってるよ?」


 最初にそれを飲んでる時は驚いたけれど、毎回変わらずイチゴミルクをチョイスしてれば、間違いなく好きなんだという事は私にだってわかる。


「そう言う事じゃないんだよなー」


 櫻井は一気飲みに近い速さで、それを飲みきった。


「しまった、テンションあがりすぎて一気しちゃった……」


 飲み終えた空のパックを見つめて真剣に呟いた櫻井。


 やっぱり櫻井の考えてる事は分からない。


 私は嘆く櫻井を横目に、カフェオレをゆっくり飲んだ。






「で、さっきの続きなんだけど」


「うん」


「先輩に告白してきた」


 空気が固まる。


「……水澤。ごめん、もう一回言って?」


 櫻井はそう言って私を見ている。


 なんだろう、この妙な罪悪感は。


 私は小さく息を吸って、櫻井を見ながら言った。


「告白。してきた」


 泣きそう?


 全く感情のつかめない表情の櫻井は、私の顔を数秒見つめると、ぐったりと前屈みになって項垂れた。


「ちょっと待って、まじで。流石にそんな展開予想してないってー」


 物凄く小さな声で呟いたその言葉は、もしかしたら独り言かもしれない。 


 両手で顔を覆って下を向いている櫻井は、今どんな表情かもわからなかった。

 これは完全に私のミスだ。

 慌てて言葉を繋げる。


 こんな時も言葉足らずな自分に嫌気がさす。


「ごめん、待って櫻井。続きがあるの」


 櫻井は顔を覆っていた手を外すと、私に顔を向けた。相変わらず姿勢は前屈みのままだけれど。


「告白は確かにしたんだけど、それは過去の清算というか」


「清算?」


「そう。自分勝手なのは分かってるけど、それでもちゃんとしたかったの。先輩にもちゃんと自分勝手ですいませんて謝った」


「いや、謝るとかそれは良いんだけど……なんて言ったの?」


 櫻井は体を起して私と視線を合わせた。


「中学の時好きでしたって」


「……先輩はなんて?」


「そっかー。気付かなかった。ありがとうって」


「それだけ?」


「それだけ」


 本当はもっと色んな事を話したけれど、今は言わない。


「あと莉子先輩の事も聞いた。ずっと気になってたから」


「どうだったの?」


「仲良くやってるみたい。五月になると私の話題になるらしくて……私に会いたがってるって言ってた」


「それは……会うんでしょ?」


 櫻井の顔に笑顔が戻っていた。


「うん。もう平気。むしろ会いたい」


 そっか、と櫻井は微笑んで背もたれにもたれた。


「でもなんで五月?」


 首を傾げる櫻井に、私は軽く笑いながら言った。


「櫻井、私の名前知ってる?」


「水澤」


「殴るよ」


 私は真顔で拳を作って見せた。


「ごめんなさい!」


「下の名前、知らないの?」


「芽衣」


 でしょ? と櫻井は笑っている。


 私の心拍数が、トン、と跳ね上がった。


「水澤?」


 面白そうに私を見る櫻井に、半分腹立たしさを感じる。


「そう。芽衣。で、五月はさつきとも言うでしょ」


「何それ。メイが五月だからじゃなくて? まさか超人気アニメの――」


 私は大きく頷いた。


「昔からサツキお姉ちゃんはいないのって先輩に言われてた」


「くだらねー! つかそっちかよ!」


 櫻井は大声で笑った。私も釣られて笑う。


 ひとしきり笑った後に、小さな沈黙が落ちた。


 ざあっと強めの風が私達をすり抜けていく。


 まるであのアニメに出てくる、ネコのバスが通りすぎた時みたい。



 そんな場違いな事を思いながら、私は遥か彼方に出来ている飛行機雲を見上げた。


「櫻井」


「何?」


「先輩はね」


「うん」


「凄く強引だけど、同じくらい優しくて泳ぎも綺麗で憧れてた」


「……うん」


「莉子先輩もそう。明るくって美人で楽しくて……憧れてた」


「うん」



 飛行機雲は端からだんだん消えかけている。



「先輩に過去の思いを受け止めてもらったのも、もう会いたくないと思ってた莉子先輩と、もう一度会いたいって思えるようになったのも――」


 私は櫻井の目を見つめた。


 櫻井も私の視線を柔らかく包むように、私を見つめている。


「全部。全部、櫻井のお陰なんだよ」


 櫻井は笑いながら首を振った。


「……水澤が頑張ったからだよ。って、こんな月並みなことしか言えないけど」


「ありがとね、櫻井」


「みずさわー」


「何?」


「好きです」


 久しぶり聞いた櫻井の想いを乗せた言葉の威力に、私は柄にもなく照れてしまう。


「うん。ありがとう」


 思わず顔が緩くなる。


 櫻井も、私を見て笑う。


 そして、がばっと頭を下げて私に言った。


「オレのこと、いつか好きになって下さい」


 ゆっくりと頭を上げた櫻井と目が合って、また私達は声を上げて笑った。


「水澤相手なら望むところだよ」




『でもびっくりした。まさか過去の告白されると思わなかったよ』


『……気持ちにリセット掛けないと前には進めないと思ったんです』


『芽衣ちゃん変わったね。』


『そうですか?』


『うん』



 いつの日か。


 櫻井の事を先輩に紹介する時が来るのだろうか。


 私の横で楽しそうに話す櫻井をみながら、ぼんやりとそんな事を考えていた。



 青空の下、私達は今日もベンチに座り、笑い合いながら、二人だけの時間を楽しんだ。

 飛行機雲はもう見えないけれど、私達の心には新しい日差しが降り注いでいる。


 私はそっと、彼の手に触れたくなる気持ちを胸にしまい込み、今日という日を噛み締めた。


 

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