7-1
「♪でんす うぉらー、すきゃらー だ れぃんぼー、そあ はい あん ふぁす、らい
か うぉーらふぉー♪」
ソイの屋敷の中庭に一ヶ所だけ作られた底なしの井戸。
リッコはそこに精霊魔法で生み出した水を流すことにしていた。
まだ会社でお試しで魔法を使っていたころとは比べ物にならない量の水を毎日出力している。このまま放っておいたら庭が水びたしで草花が全滅してしまう、との庭師の進言があって、急遽作られたのだ。
夕闇の中、リッコが歌い終えると、会社で試していたような『雨』を通り越して、『滝』のような水流が彼女の目の前の井戸を真上から叩きつけた。
滝といっても通常サイズの井戸に収まる程度のものだ。規模はそう大きくないが、待てど暮らせど落ちやまないからリッコは焦った。
底なしの井戸は際限なく水を貯えるからどれほど注いでも大丈夫だと太鼓判を押されてはいたが、あまりの水量に怯んでしまう。
リッコは昨日教えてもらったばかりの、魔法の出力を止める呪文をさっそく使ってみた。
「え~と……すてぺんど!」
すると滝だった水流がやがて緩めの水道水くらいに変わり、ついには、ぽたり、ぽたりと滴り落ちる水滴くらいにまで絞られた。
しかしそこまでで、ずっと水の一滴がぽたぽた天空から垂れてくる。
──これなんだっけ。
ソイが何か言ってた気がするけど……
リッコはメモ帳をめくった。
呪文を教わった時に補足で何か言われたことは覚えているのだ。
それがこの現象に当てはまるかどうかがうろ覚えだが。
辺りはだいぶ薄暗くなってきたが、まだ文字は読める。
ぱらぱらと音を立てているリッコの手が止まった。
「あ──これだ!」
『空から落ちてくる水を手の甲で受け止めるようにして、水道の蛇口を回すイメージで手をひねる』
リッコが書いてある通りに実行すると、漏れていた水滴はぴたりと止まった。
すると彼女の背後から拍手が聞こえてきた。
いつの間に背後にいたのだろう。
ソイは面白そうに頬を笑ませて自分のあごに手を添えた。
「こんなに歌と相性が良いとはね。
もっと早く試してもらえば良かったかな。
もう水精の初級は完璧じゃないかリッコちゃん」
「ソイ。ふふ、ありがと。
今の『細滝』の魔法が初級の最後?
あと『雨仕事』と『水鏡』と『グラスイン』はもうできるわよ」
胸を張っていたリッコは筆記用具をまとめて左に持って、右手で指折り数える。
それはこれまでに使えるようになった水属性の魔法の数だ。
『雨仕事』は会社でも行っていた狭い範囲に雨を降らせる魔法。
『グラスイン』はワイングラスやタンブラーを使ってその中にあふれないように水を注ぐ魔法だ。
水属性の中級の魔法を教わりたかったリッコは、しかしソイに出足をくじかれた。
「まだまだ。光精の魔法はどのくらいできるようになったんだい?
冷精は?」
「う……『明り取り』と『氷室』だけよ」
痛いところを突かれてリッコは一目でわかるほどしょんぼりした。
うつむきがちになってぼそぼそと答える。
『明り取り』は無機物に光の精霊を宿らせて照明代わりに使う魔法だ。
魔法使いを志す者がいの一番に習う、本来なら一番簡単な魔法。
リッコは最初は使えなかったわけだが、ソイにあれこれ教わってからはスムーズに行使できるようになった。
それでなぜ彼女がそんなに凹むのかというと、光属性には比較的簡単な魔法が多いのに、なぜかリッコは明り取り以外の魔法が使えるようにならなかったからだった。




