大人の階段
翌週の部活終わり、健太に呼び止められた。
「龍司、今日ブンチョウに飲みに行こうよ」
香織と1年前からめでたく付き合い始めていた健太だったが、少し前に色々あって破局したらしい。
仙台の繁華街、通称、ブンチョウ。国分町のクラブに健太に連れて行かれた龍司は、大音量と人口密度に露骨な不快感がある一方で、未体験のその空間に高揚感も感じていた。
「失恋して、発散したいんだろ。今日は健太に付き合うよ」
瓶ビールで乾杯し、しょうもない下ネタで爆笑しながら立て続けに3〜4本飲み干して2人ともいい気分で酔っていた。
龍司が中座しトイレに行き戻ってみると、健太は2人組のOLをナンパして盛り上がっていた。露出の激しい服装から、日サロで綺麗に焼いた素肌がのぞいていた。それが照明により際立っていかにもエロそうな女と、健太はボディタッチし合いながらニヤついてコソコソ話していた。その横の友達は、少し呆れたように2人の様子を観ながら笑っている。エロ女とは対称的な、暗いクラブ内でもハッキリとわかる、ハッとするほど色白で体型はスレンダーな典型的な「年上の綺麗なお姉さん系OL」だった。
雰囲気が、純子と似ていてドキッとした。名前は、真理。25歳らしい。高校時代の純子を物凄く色っぽくした、そんな印象の真理。龍司は意気投合し、健太とも近くにはいたが2対2で別々に話すような展開となった。
気が付いたら、健太が消えていた。周りを見回すが、発見できない。
「なんかわたしの友達、健太くん可愛いから、お持ち帰りするって言ってたよ」
そう言って、真理は楽しそうに笑っていた。子供な龍司は「女が男をお持ち帰りする」という概念を初めて知り、驚いた。
「ね、ここうるさいから、ラウンジで話さない?」
妖艶な眼差しで腕を絡めながら、顔を至近距離に近付けて真理は言った。色気が凄い。
「ふふ、龍司くん、可愛い」
からかうような、悪戯な、真理。
クラブ内の落ち着いたラウンジのカウンターで真理と並んで座り、乾杯し直した。ふと何となく、路地裏で純子と最後に話した日のことが記憶の断片として降りてくる。
「ちょっと龍司くん、こんな美人が隣にいるのに、違うこと考えてたでしょ、今」
完全に見抜かれ過ぎて龍司は動揺したが、思わず吹き出して笑ってしまった。
「どれどれ、お姉さんに話してごらん。聞いてあげるから」
長い髪をかき上げた後、頬杖をつきながら覗き込む様に真理は熱い眼差しを龍司に向けた。甘い香水の真理の色香に吸い込まれそうになりながら、酔っていたせいなのか、全くの他人という気楽さからなのか、純子や広美との経緯を全て話してしまった。
なるほどね〜、と真理。
「龍司くんはね、自分の行動や選択が間違ってたんじゃないか、そう思ってるでしょ?」
サザンコンフォート・トニックで喉を潤した後、真理は続けた。
「人間なんてね、そんなに強くないし生きるのに慣れてないよ。純子さんに告白出来なかったのも正解、告白したとしても、正解。広美さんと一夜限りで終わっても正解、お付き合いしても、正解。やっぱ、正しいより、楽しい、じゃん? 人に迷惑かけたり悲しませなければ、何でもオッケーじゃない?」
衝撃だった。龍司の世界に全く無かった概念。しかしそれは龍司の根幹に止められない速度で浸透していく。その龍司の様子を観ながら、真理は母親が子供を慈しむように頭を優しく触れてきた。
「じゃあさ、今夜はお姉さんが、他にもたくさん色々と教えてあげる、ね?」
酔いと艶香と衝撃。頭の中はグチャグチャになり、龍司は、追い詰められ白旗を挙げた無抵抗の敗走兵と化していた。
真理に手を引かれ、夜の帳へ消えていく龍司。
順調に、大人の階段を昇っていた。




