過去と決別の儀式
龍司と広美は、外国人観光客のように何度も行ったり来たりしながら店を決めかねていた。慣れないススキノで何を基準に決めたらよいのか若い2人にはわからず、結局、無難にカラオケボックスへ、となった。
広美は、とても歌が上手かった。低身長、リス顔の童顔、おっとりした話口調からは想像がつかないような声量の美声。龍司もカラオケは好きだったしそれなりに歌も下手ではなかったので、思いの外、楽しい時間となり、当初の心配は杞憂に終わった。大人しそうなイメージの広美だったが、酔いも手伝って饒舌だった。カットソーの胸元からボリュームがあると一目でわかる谷間が時折視界に入り、ドキッとした。
「顔のわりに、胸が大きいな」
まるで流行の歌詞のような感想を龍司は心中で呟いていた。
2人とも、かなり酔っていた。龍司が歌っている間、広美は立ち上がり、上機嫌でソファー上で踊っている。広美は酔いのせいでふらつき、身体を支えようとした反動でさらに体制を崩し、スライディングするようにソファーに倒れこんで2人で爆笑した。かなり広美は酔っているのか、薄笑いを浮かべながら、仰向けの体制で動かない。華奢だが、出るところは出ているボディラインが露骨に強調されていた。
瞬間、龍司は欲情していた。曲線を描く豊満な広陵に、思わず手をかけてしまう龍司。微かな身体反応が確認出来たが、広美は抵抗しなかった。
翌朝、龍司は南7条のクラブの裏手に乱立するラブホテルの一室で目覚めた。二日酔いが酷い。頭痛に顔をしかめ、ミネラルウォーターの蓋を開ける。半裸の広美が隣で寝息を立てていた。龍司にとって、2人目の体験だった。高校2年の時、先輩の女子と通りすがりの事故のような童貞喪失をして以来であった。広美は、高校時代から付き合っていた彼氏と別れたばかりだったらしい。寂しさや鬱憤をぶつける様な交接だったのかもしれない。しかし、龍司も似たようなものだった。純子の呪縛が僅かに残存する自分からの解放。性欲に似た、過去との決別の儀式。そんな意味合いが一致していたのだろう。互いに異性として惹かれ合ってこうなった、という要素は皆無であった。肉欲に身を委ねた訳でもない。何となく、そうしてしまった。この後「じゃあね」と解散しても、広美は全く龍司を非難しないだろう。
そのつもりでいた。しかし、煌々と眩しい日差しに目を細めながらラブホテルを出た龍司は、何となく、札幌滞在中にまた会えるかと聞いてしまい、明後日の夜、大丈夫だよ、と広美は言った。2日後、ススキノではなく、大通のファミレスで広美と会った。他愛もない話に終始していたが、結局、2人は付き合ってみることになった。あれだけ距離に負けて純子には言い出せなかった。にも関わらず、広美との、札幌と仙台の遠距離恋愛を始めてみることを決めた龍司。何となく、だった。責任を取らなければ、とは思っていなかった。何となく、始まってしまった、広美との関係。広美もきっと、龍司のことが特に好きだとか、そんな感覚はない。断る理由も特になく、何となく「いいよ」と言ったと思う。
広美と解散し、地下鉄東西線の3番ホームへの階段を下りながら、純子のことを思い出していた。純子との美しい思い出と対比し、龍司は汚れてしまったような自分に嫌悪感を抱いていた。
「けど、大人ってこういうものなのかな」
まだ答えが見いだせない、大人だが子供の龍司は、地下鉄の入線音と突風にただ身を委ねて佇んでいた。




