第079話 楽しくもない事情 * ルフランへ〈シュリダンテ〉
シュリダンテ目線。
じゃじゃ馬姫ローザリンデの常軌を逸した提案により、突然の珍道中となった。
お忍びで豪華客船に便乗しているのではなく、このじゃじゃ馬姫の思いつき旅行に、警備一同が一般乗客に扮して便乗しているような具合だ。
当然ながら公式に直行便などはなく、コルネリウス卿のビジネスの便にまさか王子が同乗するなどありえないため、別便を無理矢理用意させたようだ。
さすが、最速だったな。
テンションの高いじゃじゃ馬姫が、困り顔のルシアスに楽しげに話しかけているのを横目で見ながら、俺は父親であるコルネリウス卿に心中同情した。
恐らくコルネリウス卿自身、俺がじゃじゃ馬姫の突拍子もない提案を快諾した理由に対して『手腕を試されている』と受け取ったのだろう。
あわよくば、不思議姫を気に入ってくれて…など、今頃その後の展開に思いを馳せているかもしれない。
手配の速さには正直驚いたが、逆にこの警備の多さは俺にとって少々厄介だ。……まぁ、立場上やむを得んし妥当だが。
「ルシアスってやはりそういった服がとても似合うわ」
「そ、そうでしょうか?」
「ええ。かしこまった服よりもずっと似合う。昔からそう思っていたのだけれど」
「ありがとうございます…」
二人の他愛のない雑談を聞き流しながら、持参した雑務の書類に目を通す。
コルネリウス卿には申し訳ないが、海の上の風は爽やかで、部屋に引きこもって仕事をこなすよりも幾分か気分転換になって気持ちがいい。
これから向かう行先を考えると、色々と複雑な気分ではあったが、『これはこれで楽しむべきか』と俺の中で割り切ろうとした。
「王…、いえ、シュリさん」
躊躇いながら、ルシアスは近くから俺に声を掛けた。
「なんだ?」
一応、呼び方も一般人として振る舞う必要があるため俺は『シュリ』と呼ばれ、あまり堅苦しい敬語で話しかけないようにと通達した。
ちなみに、ローザリンデは別に偽名を使う必要はないのだが『ローザ』と呼んでほしいと言われたため、愛称であるローザと呼ぶことにした。
事務的な態度で澄ましているルシアスの顔が今日は若干歪み、いつもなら綺麗に整えられているはずの短い茶髪が海風に無造作に揺れている。
私服なのか、いつもは見ないラフな、どこぞの爽やか青年のような装いで、城の中で見るよりも幼く年相応に人間味があるように見えた。
確かに、ローザリンデが言うように、彼はこちらの服装の方が似合っている。
「本当に、申し訳ありません」
「何を謝る必要がある?」
彼に砕けたように微笑みかけると、「…では、感謝、します」と深々と頭を下げた。
その後ろから、旅慣れたようなパンツ姿で軽装のじゃじゃ馬姫が大きな声で言った。
「シュリ!遠くに灯台が見えるわ!まだここはエーベルハルトなのかしら??」
気楽なものだな。じゃじゃ馬姫は。
ルシアスはガクリと頭を下げながら、ローザリンデの軽い問いかけに深く溜息をついた。
返さなければうるさそうだったため、俺は大声で返答した。
「知らん。悪いが俺は今手が離せん」
眼鏡を持ち上げて、書類に視線を落としながらルシアスに言った。
「お前がじゃじゃ馬姫のところに行け」
「え?!ですが……」
過剰に反応するのだな。面白い。
「見てわからないか?俺は今仕事中だ。
女を退屈させるな。それが今回のお前の任務と思え」
「……えええ???」
「なんだ?俺の仕事の邪魔をするつもりか?」
「……いえ」
「早く行かんか」
「は、はい!申し訳ございません!」
戸惑いながら俺の傍を離れ、駆け足でローザリンデの元に向かった。
自ずと笑みがこぼれたのは、遠くから眺める二人は楽しげで、まるで恋人同士に見えたからだ。
ローザリンデは、変わり者ではあるが、実際国交の無い国にまで、鶴の一声ですぐに船を用意することが出来るほどの力を持つ。そして立場は俺に縁談の話が来るほど、この国の中では有数の権力者の娘である。
ルシアスもそれなりの家柄だが、『それなり』で彼女を娶ることはかなわない。
真面目でドライなはずの男にこれほど嬉しそうな表情をさせるのだから、愛するという感情は逆に考えると恐ろしいものだと改めて思う。
『私は、王子のように諦めるなど、出来ません。
……忘れる方法を教えてほしいくらいです』
身分違いの恋愛に苦しむのはよくある話だ。
大抵の者はその時は真剣に悩むが、最終的には家の思惑に逆らうことなど出来ず、その恋愛自体、過去の大切な思い出となるものだ。
貴重なこの時間が輝かしい記憶の一つとして、ルシアスの心に残ればいいと、俺は他人事ながら思った。
そう。俺も、あの時を忘れた訳ではない。
状態を逸らして伸びをする。日も落ち若干風が冷たく感じられたため、俺は静かに書類をまとめてその場を後にした。
ルフランに着いてからは色々と忙しくなる。
階段を下りて自室に向かいながら予定を考えた。
数日中に済ませる必要がある雑務を早い段階で済ませ、ルフランに着く前は十分な仮眠を取っておく必要がある。
わざわざ目立たないようにするため夜中に停泊許可をとりつけたのは賢明な判断だ。こんな悪目立ちしそうなほどの大型客船だからな。
それに夜中であるなら何かと動きやすいため俺にとってみれば都合はいいのだが、問題はどのタイミングでこれほど大勢の警備の目から抜けるか、だ。
恐らく船を降りてからはゾロゾロと一般客に扮した警備の者と流れに沿って、急遽予約された宿泊施設に向かうことになるのだろう。
まさか俺はその流れに従い、ローザリンデと一夜を共にすることなど考えてはいない。朝までに『やるべきこと』があるのだ。
「おい」
柱の陰に声を掛けると、音もなく白に近い金色の髪の男が跪いた。
「お呼びでしょうか」
髪の色はガレンや『シュライゼ』と同じだが、この男とはあまり慣れ合った覚えはない。
彼が無駄口を叩いているところは一度も見たことがなく、今、側近の中で一番信頼している男だ。
「まず群れから抜けるのに援護しろ。隙をついてお前も情報を探れ」
いつも通り、ちらっと一度だけ視線を交わし無駄な質問はしない。
全てを察したように「承知致しました」と金髪をサラリと揺らして頭を下げるとすぐにその場を立ち去る。
この男が今一番近しい側近ということは、誰も知らないだろう。
用事があるその瞬間だけの短いやり取りで、この男が俺をどう思っているかさえ知らないが、こいつの仕事の出来に今まで問題があったことは一度もない。
その実績だけを信頼して使っている。
仕事上の付き合いで馴れ合いなどは禁物なのだ。今回それは改めて思った。
あの『シュライゼ』のように、いつ裏切られるかわからんからな。
大事な判断が出来なくなるほど気を許してしまうのは、本当に危険な事なのだ。
正直、『シュライゼ』の裏切りは、この俺も少し応えている。つまらない表面的な付き合いだったというのに、処罰を下すために出会うことを避けたい気持ちがあるのだ。
当然気持ちだけで、処刑を避けることなどはしない。けじめをつけるのは当然のことなのだから。
……俺もルシアスのように単純に楽しい旅行であったなら、よかったのだが。
用意された自室に入ると、ランプをつけ、手に持った書類を置いた。
窓辺に置かれた椅子に座ると、落ちていく微妙な色合いの水平線を眺めながら、黒装束のフードを外した。
ゆっくりと暗くなる室内と対比して、ランプの灯の明るさが段々と浮き彫りになる。
目を閉じると波の音を近くに感じ、ガレンの動揺した瞳が思い出された。レビンつまり『シュライゼ』の失踪を伝えたときの顔だ。
あの時、相反する二つの感情が湧き上がった。
ガレンにこのような顔をさせる、『シュライゼ』という男が許せない気持ち。
そして、そのレビンを最終的に捕らえて処刑しなければならない立場であるやりきれない気持ち。
甘いことばかり言っていられない。
俺は国の次期代表であり、国を護る義務がある。
色々な機密情報を知るレビンを生かすことは国にとっても危険なことなのだ。
この事態を招いたのは、裏切る隙を見抜けなかった俺の責任でもあり、この手で、ガレンの幼馴染であるレビンを消さなければならない立場だ。
だから、このルフラン行きの提案に便乗したのだ。
『シュライゼ』と最後に接触したあのルフランで、彼の消息を掴むために。
そうやすやすと痕跡を残さないだろうと踏んだ通り、彼もプロだ。どれほど探させても情報があがらなかった。
我が国エーベルハルトには当然ながら帰還していないし、アインテアにも入国していない。
可能性として高いのが、まだハルネスバーレーンにいるということだ。
当然、素人の俺が一人、ルフランで行方を探そうが、何の情報も掴めないというオチは百も承知だ。
だが、俺は一度でも自分の手で探さなければならないと思っていた。
俺の犯した失態でもあり、たった一人の親友の心に穴を開けてしまったのだから。
そして、直接『シュライゼ』という男に訊きたい。
何故裏切ったのか。
俺の何が、間違っていたのか。
次から次へとザーザーという単調な波の音だけが止めどなく続く密室に、一層心が乱される。
眼鏡を外して置き、眉間を揉んだ。
こんなことをしていられるほど暇でもないのだがな。




