子人という障害者
車が空を飛ぶようになった時代。
政治などという前時代的なものを人間通しで議論するのは非常識だった。
サイエスという大国のことである。
昔、彼らは戦争に大敗し、その罪ゆえに政治の話をしない風潮があった。それが有事によって緩和され、いよいよ有事となって看破される。
とはいかず、その前にAIが政治をするようになった。
あくまでサイエスという国の話である。
サイエスに昼は無い。防護装置アマテラスが空を夜にしているためである。
ゆえに煌めく都市。走る車が流れ星のような通りの下に、いくらか宝石のような店がある。
靴屋、服屋といえば古風な二文字であるが、超未来においてはなんであるかを明確に示せるものだ。
(というのは多様性が靴屋に石油を売らせるのを容認している。だから靴屋などは死語であり、実際は店の名前で呼ばれる。フィフティーファイブとユーエックス。それそのものがジャンルなのだ。わからないはずだ。だから靴屋と服屋でいい。)
そういった店が音色を奏でるように構えている。
ここからが本題である。
七時になった頃、白髭の太った男と黒髭の痩せ男がカフェに入った。
アンドロイドに挨拶すると、適当に注文した。
して白髭が話し始めた。
「あんたは子供をどう思う? 僕はあれが障がい者には見えんのだ。つねに感情的で、知識もなく、そもそも覚える能力も低い。何かを判断しようとしてもそれは実に主観的かつ乏しい知識によるものでしかない。さらに彼らには自我が薄い。親という神の真似事をする傲慢者に服従するから、より自分というものがない」
黒髭は首を傾げた。
「いや、君が言う子人の質はほとんど現代の認識と変わらないところだが。知能が劣っている。ならばそれは障がい者だ。社会に被害をもたらすならよりそうだ。実際に最近、子人が面倒事を起こすことがあったろう」
アンドロイドが水を持ってきた。水は酷く透き通っている。水から見た白髭はまるで捻じれていない。
「あくまであんたたちが小人のことをどう認識しているかを述べただけだ」
「ならここからが本番かな」
「その通り。一言で言えば時代だよ。今の時代、人間のほとんどは大人として生まれる。親は都市であり、しかし個として自由だ。でもこれは今の時代。昔はそうではない。本来、人間は人間から生まれるものだ。だから親が存在した。子が存在した。人間は不完全な子から生まれ、成長するにしたがってまともになったのだ」
「そういう言い方がやはり差別的だが」
「違うな。昔の時代、子供が子供であることは当たり前だった。劣っていてもよかったのだ。だから昔は障がい者ではなかった。そう思うと、今の時代は実に貧窮していないかね。子供の存在を慈しめない。社会は豊かになったものだが、心は乏しくなったものよ」
「ただそれは昔のこと。今の時代とは違う。単なる事実だ。もしも政治批判でなければ」
「うむ。しかしその前に、忘れてはならないのは子人が今も法的に容認されていることだ。我々は子人を障がいとみて久しい。でも取り締まっていない。レリジン人なら即刻逮捕だというのにだ。いいや、心のどこかではあの、前時代的な国の、それゆえの子人ではないかと怖がっているのにだ」
「ああ。子人がレリジンのスパイという説もある。ただ私たちは彼らと違って賢い。わざわざ制御しにくい子人を使うなら、チップを埋めた大人を使えばいい。アンドロイドでもいい。私たちは科学国家ゆえの頭脳があり、それゆえにリスクを管理できている。だから子人が単なる親子ごっこ、ないし保守気取りでしかないと知っているのさ。人を、人ならば、玩具にするのは反倫理的だが、小人は、法律上では違うが、人でない。ああ、だから虐げられつつあるのさ」
話がやや逸れたから白髭は水を飲んだ。喉越しでごくごくと。玉が浮くようにゆらめく喉仏。それを見て黒髭は嫌な顔をした。
「歴史の話ではない。温故知新。なぜ昔は小人が子供なりえたか。わかるか」
「科学が未熟だったからだ。ペストが魔女を産んだのとは逆か。ヒトラーがユダヤを虐殺したのの系譜か。未熟な科学が宗教を産み、宗教が間違った認識を産み、そういうことを起こしてきた。子供についても同じことだ。人類には成熟した人間を産む技術がなかった。だから子供が多く、それが常識だった。一昔前のチップの話とも似ている。あれは大人の話だったが」
「そう。あんたたちヨル派はいつも科学の話をする。だのに生物の話はしない」
「それこそチップの話か? 結局あれは人体改造をするよりも小型化した機械を扱う方が手っ取り早いということになり、前時代における人体が見直された。これは人体を改造しても、科学技術が発展においてはその人体さえ前時代的、つまり新しいチップが出たときに対応できず、さらなる改造をするのにかなりの手間がかかる。もっと言えば、人体改造技術よりも小型化技術のほうが発展が速いと証明されてしまったからだ。もちろん、これはAIが導き出したものではない。ここには大手チップ企業の既得権益が関わっていた――」
「だから違うというに」
「どこが?」
「人体が見直された。科学技術同士の競合も要因の一つであるが、実際は人体そのままのほうが、改造するよりも扱いやすかったのだ。それとあんたらは医学の話を忘れている。この部分だ。人間本来の体が結局は色々と融通が利く。足りないものを道具で補えばいい。これが最適解だった。そしてこれは神が作った、あるいは自然法則、進化、が成形した人体が最も素晴らしいという結論なのだ」
「それは曲解だ。だいたい言いたいことが分かってきた」
「ならば言おう。子供は人体なのだ。矛盾なき自然法則が導き出した最適解なのだ」
「チップと人間のように? 出産と人間生成も?」
「そうだ」
「いいや。それはおかしい。それならむしろ人間生成で産まれた、ほとんどの人間になんらかの障害があるはずだ」
「ある――だろう?」
白髭の鋭い視線がグラスの淵を曲がって黒髭にぶつかった。
黒髭は仮に、そうなった理由でさえ、すぐに答えられる。だから重力を感じない。
黒髭はその指輪を通している人差し指で、白髭の同じく人差し指を指した。
「このフレバー社のニューソフトのことを言ってるのか? それを外してみればいい。きっと酷くなるぞ」
「この前外した。その通り。視界がぐらぐらして正気じゃいられなかった。ただ、これが真実だ。我々はこの指輪、ニューソフトのせいで、本来ある不快感に耐えられなくなってしまった。いいや、その不快感が本来あるのかさえわからないほどに」
「ニューソフトが成形の障害を誤魔化しているというのか?」
「その可能性だってあるだろう。この前見たのだ。子供同士が嬉しそうに走るところを。あれを見たとき、僕は羨ましかったよ。あれこそが真の自由ではないかとね。だって僕たちは笑ってもそれが自分のものかわからないのだからね」
「考えすぎなだけさ。老人。恋なんてする時代じゃないだろう」
「それもそうだがね。それもそう、だがね……」
黒髭は白髭のこういうところが苦手だった。
年齢の差もあったのだろう。
黒髭はキレのある会話を志していた。
テンポの悪さ。そこに漂うなんとも言えない雰囲気。
それを遠ざけるために。
「歴史とは科学なのです。その逆でもいい。ともかく近しいものだ。アルキメデス、デカルト、ニュートン、マクスウェル、ボイル。発見した現象。それを説明する予想。それを証明する公式。真実を明らかにしていく人間にしかできない所作なのです。歴史も似たようなものです。出来事があり、それを説明する動機があり、そこから人間がなんであるかを見つけ出し、次の出来事を生む。もちろんこちらは恐竜でも猿でもできますが、文明ではないでしょう。残せるのは人間だけです」
「その意見には特に評論するところは無いが」
「はい。だから子供と子人の歴史です。とある時代、子供は神聖視されてきました。何も知らないというのを純粋だと信仰していたのです。だから村などでは最も価値のある存在の一つでした。しかし別の時代。災害や戦争になると、親は子を食いました。自分の子を食えないとなって隣の家の子を食べていたこともあったようです。信仰とはやはり悲惨なものですね」
「ふむ。それで」
「別の時代、子供は労働者でした。産業革命というのが昔にあったようです。酒を飲まして、死ぬまで働かせました。町はこの空とは比べないでいただきたい、真っ黒だったようです。まるで人の欲望がその色だったのではないかというくらいに。いいえ、厳密には大人でした」
「……」
「次の時代、子供は戦争の道具になりました。子供にも働かせましたし、子供にも愛国心的な教育、ないし敵対国家に攻撃的になるような教育、ないしある主義を崇拝するように教育しました。子供というのは無知ですから、いいえ、そうでなくても抗う術などありませんから、大人の駒として利用されてきたのです。愛国心、保守的な教育。それが破れた後、つまりグローバル化が進む時代となっては、平和主義的な思想を、その次は共産、これにより荒れ狂った国もいくらかあったようです。その次は極めてリベラルな教育だったようです。その時代では男女に加え未確定の概念があるにもかかわらず、そこに隔てが無かったようです。どの思想が正しいなどと言うつもりはありません。どれも科学的ではないような気もします。とにかくその全てが子供を悪用してきたところがあります」
「その意見には同感だ。なのになぜ君は子供を子人扱いするのだ?」
「やはり子供が利用されるのは一重に子供が障がい者だからです。子供は何も知らず、判断もよく見誤る。その特性、障害性。実に利用しやすい。それでもって子供には親の愛があります。仮に自分の子供が反社会的な思想を掲げていても、それを殺せるはずがない。これほど利用できるものは無い。今の大人がとある政治思想に支配されていても、次の時代はその子供たち。選挙権があれば簡単にひっくり返せる。そして子供たちは、仮に18歳、20歳にしても、まだまだ子供ですから、まともな判断などできません。その四年ほどの任期のうちに独裁をしてしまえば、あとはご存じの通りです。リベラリズムの悪い所であり、保守の弱点ですね。愛国心とはつまり子供なのですからね」
「それは間違っている。今、ほとんどは成形だ。親も子もない。だのに我々には愛国心があるはずだ」
「そうですね。でもそれはきっと昔の時代にあったようなものとは全く違う、独りよがりのものですよ」
「あんたが言いたいのは、子供の害悪性ということか。それゆえに障害者というレッテルを貼るのか」
「現代において障害者などほとんどいません。科学の進歩ゆえです。だから昔の時代にあったような障がい者に対する一般人的な、差別しない価値観というのは薄れてしまいました。なにせいないのですから。だからそういえば差別的だと思うでしょうが、少なくともこれは科学による結論です。私がどう思うかは置いておいて、科学的に子人は劣っています。それは事実です。科学は嘘をつけませんから」
アンドロイドが飲み物を持ってきた。
黒髭はコーヒーをにんまりと飲んだ。少し苦かったらしい。砂糖を入れた。
実言うとニューソフトで味覚を変えることもできるが、面倒だったのだ。
白髭はニューソフトを弄る。宙に色々と記事が流れている。何か見つけたらしい。白髭はそこで止めた。
「これはかなりニッチな話かもしれない。ただし、話す必要があるだろう。いつかの年、この年はほんとうに酷い。三月から児童人身売買、四月は親が子供を殺し、さらに平和主義者が子供を事故死させた。五月は酔っ払いの運転手がまた事故を起こした。六月は……」
「わかった。それでなんだ?」
「君は子供が弱いから利用されるといった。ただそれはやはり大人の悪性を排除している。いいや、大人が罪から逃れるための詭弁に過ぎない。金に釣られた子供が悪いのか? 親に逆らう子供が悪いのか? 無知な子供が悪いのか? 判断できない子供が悪いのか? 違うはずだ。大人の怠慢のせいだろう」
「それもある。ただ人間というのは不完全なものだ――」
「違う。怠慢だ。特にこの、平和主義者が事故死させたのはあまりに酷い。何の責任も取らず逃げようとしていたようだ。自らを平和主義者といいつつ、子供を利用しようとした挙句、まともに安全管理もできず、批判されれば差別主義者という。自分たちが被害者面している。こういうのはよくあることだが、子供を死なせておいてこんなことができるのは人外だ」
「落ち着け。いつの時代の話をしているんだ」
「あんたは子供を何とも思っていない、いや、人間を軽視しているからいいのだろう。ただこれは酷いことだ。わからないか!」
「わかる。子供はまともな判断ができない。だから利用されるし、子供自身も間違える。でもそれは大人もわかっている。だからこそ子供を利用するなど外道だ。ということだろう。ただ怒っていも意味がないことだ。もう一度言う。いつの時代の話をしているんだ」
「とにかく弱い人間、子供を利用するなど言語道断なのだ。これは搾取だ。ブルジョワだ!」
「まるで共産主義者みたいだな」
「今の時代でもそうだ! 自分の足りない自尊心を子人への差別に向け、悦に浸る。これが人の悪性だ!」
黒髭はコーヒーを飲み干した。黒い髭がもっと黒くなっていた。
一方で白髭はパフェをもしゃもしゃと食い、さらに白くなっていた。
しかし黒髭は自分の口を拭くのである。
「いいや、これは人の悪性なのか。いや、実際にそういうこともある。ただ忘れていないか」
「何をだ!」
「子供を利用しようとする大人は大概、劣った大人だ。君もさっき言っただろう。悦に浸るとか。彼らはついに子供に手を掛けてまで生きられないみすぼらしい人間なのさ。彼らを変に刺激しても、事件が起こるだけで何の得もない。そしてそもそも正論など通じない。なぜかといえば劣っているからだ。無論、これは現代の話だ。さっきも言った通り、子人を利用するなど効率が悪くて誰もしないからな。悦に浸るにしても、乱暴ごととなればすぐアンドロイドが動く。それがわからない人もたまにいるが、ニューソフトがカバーするようにしている」
「だからなんだ?」
「だから君は自己矛盾をしているのさ。君が子供を庇う一方、同じく劣等である大人を庇えていない。君は子供という存在に恋しているだけで、劣等が社会に置いてかれていることへ怒っているわけではない。それでは社会は良くならない」
「それは論点逸らしだ」
「ああそうかも。ただこれは一重に社会が不完全だから起こることだというのを忘れてはならないよ。偏向報道にしても。国防にしても」
「君のそう言うところがあまり好きではないね」
「ということは納得したということか」
「いや、君がニューソフト信者であり、科学信者であり、子人差別主義者であるからそうはね」
「違うって。さっきも言っただろう」
「冗談だ。べつにそれでもいい。もうお腹が膨れたし、行くとしよう」
白髭が早く席を立った。先に店を出て行って会計をするつもりも無い。
だから黒髭がレジまで行った。
「どいつもこいつも何を子供に期待しているんだか。愚かだな」
今月。人口管理の元、死人もいなかったので、人の生成は行われなかった。
人の塔は静かに聳えていた。




